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気づかぬ恋、気づきすぎた少女たち

ノルド城の庭は、まもなく冬を迎える。


土の匂いがかすかに漂っていた。

花は咲かず、枝々も裸のままだ。


それでも、整えられた小道や刈り込まれた生垣が、城の格式を物語っていた。


「・・・あまり、見るものもありませんが」

ユウが先を歩きながら、素っ気なく言う。


「いえ。十分です。こうして、ご一緒できるだけで」

リオウがすぐに返す。


その一言に、ユウは足を止め、ちらりとリオウを振り返った。


「・・・ずいぶんと、物好きですね。何も咲いていませんよ」


からかうような声ではない。

ただの感想のようだった。


けれど、リオウは顔を赤らめ、少しだけうつむいた。


「物好きでしょうか・・・、かまいません。ユウ様は、とても・・・」


言いかけて、言葉を飲み込む。


その言葉の意味がわからず、ユウは不思議そうな顔をしている。


「ユウ様は・・・とても」

リオウが言いかけて、ふと口を濁した。


「とても?」

ユウはまっすぐな瞳で見つめる。


金髪がさらりと揺れた。


「・・・いえ。なんでもありません」

リオウは頬を赤らめ、目を逸らした。


ユウはそんな彼を見つめたまま、ひとつ息をついた。


ーーわかっている。


でも、それを言わせるのは違う気がした。


「リオウ様は・・・父上に少し似ていますね」

ユウがつぶやく。


「叔父上と、ですか?」


「ええ。顔立ちだけなら、妹のレイの方が似ています。

でも・・・雰囲気というか、なんとなく」


「それは・・・光栄です」


二人の声は穏やかで、静かなやりとりだった。

まるで噛み合わないようでいて、心地よく響き合っている。



少し離れた場所から、その様子をシュリはじっと見守っていた。


ユウと、従兄の青年――リオウ・コク。


並んで立つ二人の姿は、あまりにも絵になっていた。


高身長で整った顔立ち。

落ち着いた物腰に、礼儀正しさも申し分ない。

育ちも良い。

元・領主の息子。


ユウ様にふさわしいのは、きっとこういう方なのだ。


ーーいつか、こうなるとは思っていた。


自分は、無口で、目立たない。

けれど、背筋だけは伸ばしていた。

どれほど使用人と呼ばれようと、ユウ様のそばに立つ時だけは、誇りを失いたくなかった。


今日の自分は、見張り役だ。

ユウの背中を、遠くから眺めるだけの存在。

それが、こんなに――こんなにも、遠いことだったなんて


リオウがふと視線を感じて振り向く。


目が合った先に、シュリがいた。


「あの者・・・さきほどの厩でもご一緒でしたよね」


「私の乳母子です」

ユウが答える。


「乳母子? 姫に・・・男の?」


「ええ。父上が命じました」

ユウの声は、さらりとしていて強い。


リオウは一瞬、驚いたように眉を上げたが、それ以上は何も言わなかった。



その様子を、さらに遠くから見つめていたゴロクが、隣にいるシリに小声で言った。


「あの二人、よく似合っておる」


ゴロクが呟いた声は、わずかに含みを帯びていた。


シリはその意味を汲まず、穏やかに微笑んで答える。


「ええ。従兄妹ですから。仲良くしてくれたら、それだけで十分です」


「・・・そう、か」


ゴロクはその答えに、ひとつまばたきをした。

ほんのわずか、表情が揺れる。


「ユウ様は、あの青年の気持ちに・・・気づいておらぬのだな」


「気持ち?」


シリはきょとんとした顔をして、ゴロクの方を見た。


その顔を見て、ゴロクは確信する。


ーー本当に、何も気づいていないのか。


「・・・いや、なんでもない。こちらの早とちりかもしれん」


「ふふ、ゴロクでもそんなことがあるんですね」


「たまにはな」

苦笑しながらも、ゴロクの胸にはどこか言いようのないひっかかりが残った。



そんなふたりから少し離れた場所で、レイとウイが寄り添って立っていた。


レイは何気ない声でつぶやいた。

「あのリオウって人、姉上のことが好きみたいね」


「・・・そうね」

ウイは小さく頷いた。声は苦しげだった。


「でも、姉上は、そうでもなさそう」


「え・・・?」

ウイが驚いたように顔を上げた。


ーーあんなに素敵な人なのに。

姉上はきっと、惹かれているのだと思っていた。


そんなウイを、レイは静かな瞳で見つめていた。

どこか達観したような、年齢を超えた眼差しだった。


「だから、大丈夫よ」

レイは小さく、でもはっきりと告げた。


「何を?」


「姉上の気持ちは別の人にあるわ」


「一体・・・」

ウイの問いかけかけた言葉を、レイが先に受け止めるように、ぽつりと呟いた。


「多分、姉上は・・・」


言いながら、レイの視線はそっと動いた。


その先に立っていたのは――少し離れた場所に佇む、シュリの姿だった。


「もしかして、ね」


風が、レイの黒髪をさらりと揺らした。


「えっ」


ウイは絶句したまま、その視線の先を追い、ただ黙って立ち尽くしていた。


庭の花はまだ咲かない。

けれど、誰かの胸の奥で、確かに何かが芽吹きはじめていた。


【祝・100話!だけど終わらない】


今日で100話。

「ここで終わるかな?」と思った方、すみません。まだ続きます。


ユウとシュリ、そしてリオウの距離感は、ご想像にお任せします。


心の奥で、芽吹いてしまった“なにか”が、

少しずつ、でも確実に物語を動かしていきます。


100話でも、まだ物語は冬の入り口。

これからが本番です。どうぞお楽しみに。


明日の9時20分に更新します


===================

この物語は続編です。前編はこちら ▶︎ https://book1.adouzi.eu.org/n2799jo/


おかげさまで累計10万6千PV突破!

兄の命で政略結婚させられた姫・シリと、無愛想な夫・グユウ。

すれ違いから始まったふたりの関係は、やがて切なくも温かな愛へと変わっていく――

そんな物語です。

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