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新しい朝

「シュリは意地悪されないの?」

ユウが不安気にシリを見上げる。


「大丈夫よ」

シリが微笑みながらユウを見下ろした。


翌朝、2人は馬場が見える三階のバルコニーに座っていた。

今日から早朝の稽古に加わることになったシュリの様子を見るためだ。


11月の朝は、ミンスタ領とはいえ身を刺すような冷気が漂う。


「ユウ、寒くない?」

そう言って、シリは自分の膝に座るユウを、銀色のストールごとふわりと包み込んだ。


「私のせいで、シュリに迷惑がかかったわ……」

珍しくユウが、シリに甘えるように身を寄せる。


長女のユウにとって、それは珍しいことだった。


「叔父上は、シュリに剣技を教えるつもりなのよ」


馬場の向こう。


遠くから見ても、緊張した面持ちのシュリの背中は、どこか小さく頼りなかった、




緊張した面持ちでシュリは、馬場へ足を運んだ。


「シュリ!来るんだ」

ゼンシの次男 マサシが素早く声をかける。


多くの家臣が剣技の練習に励んでいた。


「すごい兵の数です」

挨拶もそこそこにシュリがつぶやく。


「ミンスタ領は専属の兵を雇っている」

マサシが説明する。


「専属の兵?」

シュリは目を丸くした。


この時代、普段は領民として畑作業に従事している人々に武器を持たせ、

兵士として戦場へと送り出すことが一般的だった。


「専属の兵ならば、農繁期でも争いに行ける。戦うことが職業になる」

マサシが話す。


「そんな話・・・聞いたことがありません」

シュリは驚いたように口を開けた。


「父上が考えた。それを軍隊と呼んでいる」

マサシは木槍を片手に持つ。


「だから、ミンスタ領は強領なのですか?」


「そうだろうな。財力がなければ軍隊は作れない」

マサシは他人事のように話した。


「はい」


「争いがない間は、こうして身体を鍛えるのみ」


「・・・僕は乳母子です。戦士ではない」

シュリは口ごもった。


「あぁ。主を守り、主のために生きるのが乳母子だろ?」

マサシはニヤリと笑う。


「はい」

シュリの顔つきが変わった。


「なら、乳母子は強くならないと。主を守れない」

マサシは東側をチラッとみる。


シュリがマサシの視線を辿ると、バルコニーにはユウとシリがいる。


「はい!」

シュリが真剣な顔で答える。


「シュリ!少年兵はこちらだ」

そこへ、タダシが金の髪をなびかせながら声をかけてきた。


「はい!」

シュリの小さな背中は決意に満ちていた。




「シュリは頑張っていたわね」

長い石畳の廊下を歩きながら、シリは隣のユウに声をかけた。


ユウは、こくんと小さくうなずいた。


部屋に着くと、エマが待っていた。


「朝食の支度が整っています」


ミンスタ領では、朝食は個々の部屋で食べるのが習慣だった。


嫁いだワスト領では、グユウと一緒に朝食を食べた。


柔らかい陽の光が降り注ぐ食堂で、グユウが目の前に座り、

食事中に、とりとめのない話をしたものだった。


グユウは、寡黙な上、食事中は話せないタイプだった。


『そうか』


話す言葉は、それだけだった。


上手な切り返しや会話の応酬ができないけれど、

グユウは優しい目でシリの話を聞いてくれた。


質素な食事だったけれど、一緒に食べていた朝食は何よりも美味しく感じた。


ーー帰りたい・・・。


帰れないのだ。


グユウは、この世にいない。


度々、襲われる悲しみの波に流されそうになる。


シリは不意に目頭が熱くなるのを抑えるために、大きく息を吸った。


一人で食べる食事は寂しい。


「エマ、子供達と一緒に食事を食べたいわ」

唐突にシリがつぶやいた。


「ここの城では、そのような習慣はないはずです・・・」

エマがしどろもどろで話す。


「このシュドリー城で新しい習慣を作るのよ」


そう言って、シリは自らテーブルを動かし始めた。

慌ててエマと女中たちが手を貸す。




「母上と朝ごはんを食べるの?」

起きたばかりのウイは、にわかに信じられず部屋に足を運ぶ。


「ウイ、おはよう」

ウイの目に飛び込んだのは母の笑顔だった。


ーー母の笑顔は昔と違う。


少しだけ寂しそうな影が顔にある。


それでも、ウイは母の笑顔が好きだった。


「今日から一緒にご飯を食べましょう」


食卓の大きな青い盛り皿の上には、丸っこい茶色のソーセージが茶色の肉汁に浸かって

山のようにのっていた。


薄切りに炒めたじゃがいもは、ソーセージと食べると美味しそうだ。


美味しそうな香りに、ウイの口の中は唾が沸き、

滑るように椅子に座って、ナイフとフォークを手にした。


ワスト領では、食べる機会がなかったバターをたっぷりパンにぬり、

一口頬張っただけで、何とも良い気分が身体の中に広がった。


籠の中でレイは眠っており、母の背後にある木像の側には真っ赤なゼラニウムが咲いている。


ユウも嬉しいようで、ひっきりなしに話している。


母は微笑みながらうなづいてくれた。


誰かと一緒に、ご飯を食べるのは嬉しかった。




「ゴロク様が面談を希望しています」

朝食後、エマが困惑した顔でシリに伝えた。


「ゴロクが?」

シリは目を見開いた。


「はい。シリ様にお伝えしたいことがあるようです」


ゴロクはミンスタ領の筆頭重臣、年齢は50歳くらいだろうか。


この時代の平均寿命は50歳。


年齢を感じさせぬ強靭な体格で堅太り、

白髪が混じった髭をゴワゴワと生やし、厳しい顔つきだけど照れ屋だ。


シリと話す時は、恥ずかしいようで顔を赤らめ、目を合わすことがない。


シズル領の領主になったゴロクを、

洋品店の店主のように、シリの部屋に通すわけにはいかない。


「客間に通して。すぐ行くわ」


シリは慌てて客間に足を運ぶ最中に、疑問が口から出てしまった。


「ゴロクが私に何の用があるのだろう」




明日の10時20分 


ゴロクが客間に通したのは、死んだはずの青年――マナトだった。

彼の手から渡された小袋には、シンの“最後の願い”が込められていた。

涙に沈む夜、シリはもう一度、未来へと歩み出す決意をする


シンからの贈り物


ブックマークありがとうございました。

とても嬉しかったです。

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