第38話 逃げ道をふさぐ
スリーピー・ホロウを片づけた俺は、セーフティポイントの中へ足を踏み入れた。
「リンネさん! 無事ですか!?」
部屋の中にはリンネさんと見知らぬ男が一人。
リンネさんは俺の姿を確認するとほっとしたように微笑んだ。
「クロウさん。私は平気です。イレギュラーモンスターは?」
「無事に無力化しました。ご心配なく」
「さすがクロウさんです!」
「ありがとうございます……それより、この人が?」
「はい。セーフティーポイントの隅っこで、このマントを着て透明になって隠れていました」
リンネさんが差し出したマントを受け取る。
それから改めて男に視線を移した。
「おい、お前らダンチューバーだろ!?」
男はすごい剣幕で叫んできた。
「ふざけるなッ! 勝手に撮るなよ! しょ、肖像権の侵害だ! 訴えるぞ!?」
「安心してください。配信は一時的にオフに設定していますので」
「そ、そんなの関係ないんだよ!? この迷惑系ダンチューバーめ! 社会の害悪め!! いいから拘束を解けェッ!」
男は興奮状態だった。
確かにこちらもかなり強引な手段をとっていることも事実。
このままではマトモな話ができそうもない。
「リンネさん、拘束を解いてあげてください」
「え、いいんですか? 逃げ出しちゃうかも……」
「大丈夫です」
「わかりました」
俺の言葉を聞いてリンネさんは恐るおそるといった感じでスキルを解除した。
拘束を解かれた瞬間、男は一目散に部屋の外へ逃げ出そうとする。
「待ってください」
俺はドアの前に立ちふさがって、男に声をかけた。
「退けよッ!」
「まず、いきなり拘束してしまったことをお詫びします」
現時点でこの男がイレギュラー事件の犯人だと決まったわけじゃない。
だから男の怒りを受け止めたうえで、頭を下げて自分たちの目的を告げる。
「……私たちはここ最近ダンジョンで発生している連続イレギュラーのことを調べています。お時間は取らせませんので、どうか質問にご協力いただけませんか?」
「こ、答えることなんてなにも無い!! 僕はイレギュラーに出会したから、襲われないようにセーフティポイントに避難してただけだ!」
「透明化していたのはなぜですか?」
「ね、念には念を入れてだよ! イレギュラーモンスターがここまで入ってこれないって、お前は保証できるのかよッ!?」
「なるほど……あなたの言い分はわかりました」
俺は男の言葉を肯定した上で、言葉を継ぐ。
「じゃあ最後にひとつだけ……あなたのダイバーライセンス情報の開示を求めます」
「は……? ダイバーライセンス……? な、なんでそんなことをお前らに……」
「権限はあります」
男の反論を防ぐよう、俺はピシャリと言い切った。
「ご存じありませんか? ダンジョン法23条。この条項にはダンジョン内での探索者の義務が明記されています。その一つ――」
俺はダンジョン法の条項をそらで暗唱する。
「探索者はダンジョンの治安維持のため、求めがあった場合は、特段の事情がない限りダイバーライセンスを公開しなければならない」
ダイバーライセンスに記載されている情報は氏名、探索者ID、等級、そして……所有スキルに関する情報。
更に探索者IDを用いてダンジョンポータルに照会すれば、対象者のスキル使用履歴を確認することができる。
つまりダイバーライセンスを確認できれば、この男が白か黒か明らかになる。
「そ、そんな……デタラメを……僕には関係……」
「デタラメじゃなく、法律上の義務です」
ワナワナと震えだした男に対して、俺は改めて自分の意図を伝えた。
「私たちは一連のイレギュラーモンスターの発生が人為的な事件だと疑っています。また、発生場所の傾向からイレギュラー発生時点でセーフティポイントにいる探索者が事件に関与していると考えています」
「う、ウルサイ……そんな証拠……どこにも……」
「はい、推測でしかありません。間違っていたら当然謝罪しますし、必要な賠償をしなければいけません。そのためにも、どうかダイバーライセンスの公開をお願いします」
男は俯く。そしてしばらく沈黙した。
そのうちに男の口からモゴモゴとこもった音がこぼれだす。
「……法律なんて関係ない…… 僕ちんが……嫌だって言ってるんだぞ……それをゴチャゴチャ言いやがって……」
男が身にまとう魔素がわずかに揺らぐのを俺の眼が捉えた。
それは、人がスキルを発動する前兆。
俺は腰に収納しているククリナイフの柄をそっと握りしめる。
直後。男は面を上げた。
「クソダンチューバーごときがッ!!
ボクちんの解放のジャマをするなああああああッ!!!!
男は狂気に染まった相貌で、獣のような雄たけびを上げる。
「スキル発動オオオオオッ!
【超力招来】――!」
その掛け声と共に、男の体がイビツに膨らんでいった。
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