第4話 いざ店内へ
翌日、再び猫耳の男と犬耳の男は昼食の為に行きつけの店へと向かう。
その際、昨日も通った青い建物の前を通る。
「昨日、教会で働いてる母さんに聞いたんだけど、母さんですら、あったような無かったような?って、首を捻ってたよ」
猫耳の青年が不意に建物の話をする
「こんなに目立つのに、記憶に残ってないなんて、おかしな話だよな」
そんな事を話しながら建物の目の前に来ると、カランカランと聞きなれない音を立てて、青い建物の扉が開き2人して思わず立ち止まる。
人が居た!?
中から小さな背中が見えたと思うと「よいっしょっ」と言いながら、何か絵の書かれた大きな黒板を引っ張り出して店の前に立てかけた。
振り返ったその顔を見て息が止まる。
その辺の町娘と同じ様なワンピースに、紺色の上等そうなエプロン、髪を馬の尻尾のように一つに結んであるその髪は、黒に少し青みがかっておりその艶の良さを見れば遠目で見ても、サラサラなのだろうと思える。些か幼さを残した可愛らしい顔立ちの女性、その瞳は濃い茶色で日の光のせいかキラキラと輝いている様にも見える。
こちらに気づいたその女性は、微笑み会釈すると建物の中に戻っていった。
目があった瞬間、脳天から何かに貫かれたような衝撃、息が止まるとかそんな言葉じゃ言い表せない。息もできずに固まっていると
「今の見たか?この辺じゃ見かけない人種だな…って、おい!どうした!?レイ!!息をしろ!!」
猫耳の男、ソラウに肩をガタガタと揺すられ、ようやく呼吸を思い出す
「はっ!?おっ、俺は今夢でも見てたのか?
ものすんごい可愛い黒髪の女の子を見た気がしたんだが!!!」
レイがソラウの肩を掴み、血走った目でソラウを問いただす。
「落ち着けって!!それは、現実だ!
俺も見たし黒髪の可愛い女の子が店から出てきて、引っ込んでいくところも」
腕を離せとソラウに腕を引っ叩かれて「イテッ」と言いながら手を離す。
そうか…現実なのか…あの可愛い子は現実に…
「じゃじゃじゃっじゃぁ、あああああのあの建物の中に、あの娘がいるって事だよな!?」
「どんだけ吃るんだよ、看板出してたし店の娘さんか店員なんじゃないのか?」
アワアワしているレイを引きづり看板の前に連れてくる。
看板と言っても黒板に幾つかの料理の絵と、店のシステムが書かれていた。
「ほら、飯屋だ…んっ?なんか見たことない料理が多いな、ランチメニュー?定食?ってなんだ?
けど、この品数でこの値段は安すぎないか?
まぁ、いいや店の中で聞けばいいよな、せっかくだし今日の昼飯ここにしようぜ」
「ファッ!?」
驚きのあまりレインの尻尾がブワッと広がる
それを見て腹を抱えて笑うソラウが
「ブハッ!!お前!!ファッ!?って何だよファッて!
アハハハハ!!ウケるわーククッ、さっきの子気になってるんだろ、早速お近づきになりゃーいいじゃんか、ほら行こうぜ!」
ガシッとレイの首に腕を回すと、引きずる様に店の扉を開ける。
先ほどと同じようにカランカランと音がする。
どうやら扉の上に鈴に似た金属製のような物が取り付けられているらしい。
なるほど、客が来たらわかる仕組みか、面白いとソラウは思い。
もがくレイを無視してそのまま店内に入る。
中に入るとレンガを白く塗った様な壁に、よく磨かれたピカピカの木の床、居住スペースでなく店に暖炉もあるところを見ると中々金をかけている建物のようだ。そして、その煉瓦の壁には見たこともない絵がいくつか飾ってある。風景画のようだが、異国の物なのだろうか?木製のテーブルと椅子は安物には見えない。
外の値段設定からは想像できないほど小綺麗で品のある店内、その辺の汚い飯屋とは大違いだ。
「いらしゃいませ!」
突然明るい声がかかり驚いて見れば、先ほどの女の子がカウンターから顔を覗かせていた。
この辺の店じゃ絶対に無い愛想の良さ、この子の人柄なのかもしれないが明るい笑顔を向けられれば悪い気はしない。
この国でも黒髪は別に珍しくないが、華奢な体型に顔立ちがどう見てもこの辺の人種ではない。
レイも言っていたが…うん、可愛い!
「あぁー、2人なんだけど…もう入って大丈夫だった?」
勢いで入ったものの、品のある店内の雰囲気に少々気後れしてしまう。
「もちろん、お好きな席にどうぞ」
そう言われていつもなら適当な席に迷わず座るが少々悩む、しかし自分の腕に掴まれている顔を真っ赤にしたレイの存在を思い出し、カウンターの席に引きづって連れて行く、席の前でレイを離せば相変わらず真っ赤な顔をして、俯き気味にオズオズと席に座る。
普段とは別人すぎるその姿に、吹き出しそうになるのを堪えて自分も席に着く、カウンターに座ると目の前には見慣れない物ばかり、木のコップにはフォークとナイフがいくつも刺さっており、食べる時に自由に取れと言うことだろうか?
それに、薄っぺらい紙の本が置かれている
「それはメニュー表です。
外に出してある看板は本日のおすすめで、其方の紙に書いてあるのが通常のメニューです」
視線に気付いたのであろう女の子が、メニュー表を開いて渡してくれる。
メニューの表?その辺の飯屋ならまずそんなものは無い。大体置いてある品はどこも一緒だから、ポテトサラダ!と頼めば、店に置いてあれば出てくるし、無ければ「うちじゃやってねぇーよ」で終わりだ。
それにしても気になるのはメニューを差し出している女の子の細腕、さっきの看板よく持てたな!?
と、思うほど細い手首に視線が入ってしまう。
こんな手首じゃ重たいものなんて持ったら折れてしまいそうだ…
「外にランチセットの定食って書いてあったけど、あの盆に乗ってるのが全部ワンセットで3ブロンズって事でいいの?」
ジロジロ見るのは宜しくないなと、視線を外してメニューを見ながら確認をとる
「そうです。それと飲み物もここに書かれている中から、好きなのを1杯お選びいただけます」
「飲み物までつくの!?」
驚いて声が上ずる。
見たところ店内にはこの女の子1人、つまりは店主であろう。定食とやらにはサラダ、スープ、メイン料理、パンに飲み物までつくと言う。
他の店で食べたら倍は間違いなくするだろう。
こんなので商売していけるのかと、他人事ながら心配になってくる。
「じゃぁー、俺は表のオススメ定食で飲み物は果実水にするよ。
おいレイ、お前は何にするんだよ」
隣を見ればポケーと女の子を眺めているレイ、だがその尻尾は忙しなくブンブンと左右に振られている。
こいつはもうダメだ、いつまで経っても決まらないだろう
「こいつも同じオススメで飲み物も一緒で」
「オススメ2つに、果実水ですね
すぐ作るので先にこちらをどうぞ、無料のお水と手拭き用の布です」
そう言って俺達の前に木のコップではなく、透明なガラスに入れられた水と、見たこともない素材の真っ白い布が細長い木の板の上に巻かれて置かれている。
「えっ!?」
「んっ?」
驚いて声をかければ、女の子は何か?みたいな顔をしている
「えっ、これタダなの?」
「あっ、布はお持ち帰りされては困っちゃいます。
ここで飲食する人向けに手を拭いたり、口を拭ってもらうための布なので置いていってくださいね」
困った様に眉毛をさげる女の子
そうじゃない!!聞きたいのはそう言うことではない!
飯を食べに来ただけの人間に水が無料で手拭きの布?
何故そこまで!?
見たことない人種なのは、どうやら見ためだけではないらしい。この子の国では当たり前なんだろうか?だいたいガラスだって高級品、この辺の店で取り扱うガラスはこんな透き通っていないし、気泡だって入っている。
そんな高級ガラスをこんな庶民においそれと出すなんて…テキパキとカウンターの中で動き回る女の子、一体どこの国の出身なのか色々と聞き出そう。
そんな事を思っていると、ジュワーっという肉の焼ける音と共に漂い始める肉の良い香りで喉がゴクリとなった。




