第10話 聖女
部屋に漂う甘い香り
それに混じってダージリンの様な良いお茶の香りが
先程までのパニックだった私の心を癒してくれる
「はぁ〜、癒されますぅ〜」
紅茶を一口飲んでほぉーっと息を吐き出す
「フフフ、気に入ってくださって良かった
青葉さんが来てくださるのを知っていたら
色々とお菓子も用意していたのですけど
有り合わせでごめんなさい」
青く綺麗に澄んだ瞳に
綺麗に整えられた眉が下がり
申し訳なさそうにする聖女様
しかし、有り合わせというには
どうみても高級そうな焼き菓子ばかりで
その辺で売っている菓子とは比べ物にならない品のある菓子ばかり…
「いえいえ、とんでもないです!!
お世話になっているのに
ご挨拶が遅れに遅れた上
突然来てしまい、むしろ申し訳ありません」
オーナーさんに会えるかも?と思いつつも
本当に会えるとは微塵も思っていなかったので
菓子折りの一つも持って来ていない私
社会人として、大人として失格である
あぁ…愚かな私をお許しください…
しかしながら、聖女様と話している限り
エシュテル様が会わせたくないと言っていた理由が見当たらない
もしかして、神と話せるのが聖女の私だけのはずなのに
この馬の骨がっ!!!と、扉の奥で罵られるのでは?
と、大変失礼な事を思ったりもしていたのだが
今の所そんな雰囲気は無い…多分…
「そんな事、気にしないで下さい
これもエシュテル様に仕える者の役目と思っておりますし
それに、エシュテル様に止められていたのでしょう?
私もエシュテル様に青葉さんのお店には行かないようにと
止められていたのです…
皆が青葉さんの料理は美味しいと絶賛しているのを聞かされるばかりで
こんな可愛らしい店主さんの作る料理、美味しいに決まっています」
そう言って、まさに聖女の名に相応しい神々しい微笑みを浮かべる
エリティナ様
思わず手を合わせて、ありがたやぁ〜と拝みたくなる
こんなモブにも可愛いだなんて
もはや神です!!
「可愛いだなんてそんな!!
綺麗な人に褒められると何だか、お恥ずかしいです…
聖女様にはお店の申請や
もう、本当に色々お世話になっておりますので
聖女様さえ宜しければ、今度お料理とデザートをお持ち致しますね」
そう伝えれば
聖女様は驚いた様にカチャリと音を立ててカップ置いた
「まぁ!本当に!嬉しい!!
お料理が食べられるんですねー、楽しみです!
あら…青葉さん、赤くなってふふっ…店主さんは本当に可愛らしいですね
それと、聖女様だなんて他人行儀な呼び方ではなく
私の事はエリティナと呼んで下さいな」
そう言って微笑むエリティナ様
なんなんだ、絶対私よりも年下だろうに
この色気と口説くようなセリフ!!
女ですけどキュンとしてしまったよ!!
これは、皆んな
聖女さまぁぁぁぁぁぁ!!って、なるのわかる気がする
内心でウンウン頷く
そんな事を話していてふと時計を見れば
開店の時間まであと20分に迫っていた
しししししまったぁ!!!
1時間も経っている!!!
慌てて立ち上がると
「すみません!!
あと20分でお店を開けなければいけなくて
お話の途中なのに申し訳ありません!!
すっかり長居してしまって…」
頭を下げて、アワアワしながら時計とエリティナ様の顔を見比べる
「あら、もうそんな時間なんですか?
大変!私も祈りの間に行く時間だわ!
慌ただしくてごめんなさい
会えて本当に嬉しかった!
また是非、顔を見せに来てくださいね」
なんていい方なんだエリティナ様!!
「はい!今度は料理もお持ちしますね」
「ふふ、とても楽しみにしています」
そう言うと、エリティナ様も立ち上がり
一緒に扉の前まで行くと応接室の扉が勝手に開く
どうやら、外に控えていた修道女が開けたらしい
扉の外に出ると1人の修道女が控えていた
おぉ…なんかスミマセン…
「外までお見送りできなくてごめんなさい」
申し訳なさそうに眉を下げるエリティナ様のそのお姿
立場ある方なのに何処までも人間ができたお人だ
私も見習わなければ!!
「とんでもない!!
では、こちらで失礼致します」
そう言って頭を下げると
笑顔で手を振ってくださるエリティナ様
すかさず、外までご案内しますと言って
修道女が扇動してくれた
急いで帰らないとゴコクさん怒ってるだろうな…
出てくる前もなんか不機嫌だったし…
でも、エリティナ様とのおしゃべりも楽しかったなー
エシュテル様を説得してまた来よっと
青葉の遠ざかる背中を穴が開くほど見つめる聖女
その肩が突然震え出す
「んふっ…んふふふっ
何あの子…青葉ちゃん…
ちょぉぉぉぉぉぉー可愛んだけどぉぉぉぉ
今までこんな好みど真ん中の子いた?
何?異世界の女の子ってあんな可愛いの???
んふ…んへへへっ…」
涎が出そうになる口元を
ここは廊下だったと思い出し慌てで手で抑える
が、思い出すのは自分を憧れの存在かの様に見つめる
あの純粋な瞳、あんな可愛らしい目で見つめられたら…
思い浮かべるだけで涎がっ
「あらぁー、祈りの間に顔を出さないなんて
私の聖女なのに怠慢よーって…エリティナ顔っ!顔がヤバい事になってるわよ!!
聖女顔じゃなくて変質者になってるわよ!
この教会に貴方好みの女の子は居ないはずでしょ
何でその顔になってるのよ!!」
エシュテルがそう言う間も無く
エシュテルの腕を引っ掴み応接室に戻る
「もう!何なの!?」
ムくれる我が女神に
だらしなかった顔を一度正して、恨みがましい視線を送る
「我が女神が何故
青葉さんに私を会わせなかったのか
やっと理解できました
まぁ、何となく理由は察してはいましたが
いざ目の前で見ると…
んふっ…えへへ…めっちゃ好み青葉ちゃん…グフフっ…」
「えっ!?青葉ちゃん来てたの!?ここに!?」
涎を拭いながらエシュテルの言葉に頷くと
「あぁぁぁ…青葉ちゃん…
だから会わせたくなかったのよー
この変質者に…
はっ!!?青葉ちゃんに何もしてないわよね!!!
いくら私の聖女でも許さないわよ!!」
「フフ、心配しなくても
可愛い青葉さんの怯えた顔なんて見たく有りませんから
普段の絵に描いたような聖女を演じたに決まってるじゃ無いですか
でも、あのキラキラした瞳…でへへっ…可愛かったなぁ…
ンフッ…青葉ちゃんの前では忍耐総動員して聖女様するつもりですけど
青葉ちゃんがあんまり可愛い事したら、ちょっと自信ないかも…ンフフフ…です」
そのセリフを聞いて思わず米神を抑えるエシュテル
今だにこの変態娘が私の聖女として選ばれたのか私自身でもわからない
おそらく酒に酔ったノリと勢いで適当に
選んだ気がする…
クッ…神生において正に不覚…
隠しきれないとは思っていたが
やはりこの変態聖女のど真ん中を行ったらしい青葉ちゃん
しかもこの聖女、狙った子に相手がいたくらいでは怯まないのである
まずいぞー!!非常にまずい!!
普段はなかなかこの変態聖女の好みに合致する女の子が居ないので
滅多に降臨しないのだが…来てしまったか…
ごめんね青葉ちゃん…できる限り神として上司として
この変態から青葉ちゃんを守らなければ
タカちゃんの世界の子でもあるんだし
友人の連れて来てくれた子にトラウマを植え付けるわけには行かない
気合を入れて我が聖女を見れば
涎を垂らさん勢いで鼻の下を伸ばしている
美しい顔が全部台無しのデヘデヘしている変質者…
目を背けるなエシュテル!!
この娘はお前の聖女なのよ!
「青葉ちゃぁーん、早く会いに来てくれないかなぁー
私から行っちゃおうかなぁー、えへへへ…うへへ…」
「無理かもしれない…」
この世界の創造主エシュテル神は力なくソファーに倒れ込んだのだった。




