奇跡のゼロ
三話連続投稿の三つ目。
聖櫃歴四〇二年冬:アランとブキミが出会う。
聖櫃歴四〇三年春:ブキミが苗木学級に入学する。
聖櫃歴四〇四年春:ハヌケたちが魔法使いになる。
聖櫃歴四一〇年春:ハヌケたちが影武者に任じられる。
聖櫃歴四一一年春:サウザンディア王国が厄年に入る。
聖櫃歴四一一年春:災害の眷属『キューブ』が出現。
◇◇◇◇
聖櫃歴四〇三年、晩冬。
春の新年を迎える直前、冬晴れの良き日に、アランは荷台付きの馬車で街道を進んでいた。
馭者の席に座るアランは、剣術師範に与えられた義足をはめている。流石にまだ痛むが、動けないことはない。ただ、左足を失った今、以前のような超高速はもはや望めないだろう。二歩目の瞬間に、義足が加速に耐えられない。
魔法を失ったことは、アランにとっても痛手である。
だが、それ以上に今は——
「金具の部分が、ドチャクソに冷てぇ……」
アランは義足の作りに文句をこぼした。
傷口との接触部分に、金属の部品が使われているせいか、冬の冷気がジクジクと痛む。この件に関しては、剣術師範の嫌がらせじゃないかと思っていた。
アランは古傷と呼ぶには新しい痛みにイライラしながら、荷台に声を掛けた。
「おい坊主、そこのブドウ酒を取ってくれ」
そう言うと、荷台で眠り込んでいた少年が「んっ?」と寝ぼけ眼を擦った。
少年は11歳くらいの男の子だった。丁寧に切りそろえられた髪は年寄りのように白く、双眸は色素を抜いたような灰色をしていた。
少年は荷台にごちゃごちゃ置かれた樽や瓶を見まわし、首を傾げる。
「……どれのこと?」
「隅の木箱に入ってる。前にも教えたろ」
「そうだっけ?」
物覚えの悪い少年は、そう返しながらゴソゴソと木箱を漁り、目当ての酒瓶を掴んだ。
揺れる荷台を這うようにヨチヨチ進み、敷居を跨いで御者席に座り込む。「はい」と酒瓶をアランに差し出した。
「すまん。助かる」
アランは酒瓶のワインをぐいっと煽る。
アルコールの力で足の痛みを忘れるためだ。アランの隣に座った少年は、街道沿いに続く雪を被ったブドウ畑をぼんやり眺めていた。少年はブドウ畑を指差して、アランに尋ねる。
「あれは何?」
「ワットソンのブドウ畑だ。お前さん、こういうのも覚えてないのか?」
「全然覚えてない」
少年はそう答えて、初めて見るブドウ畑を面白がっていた。
アランはその無垢な様子の少年を見る。
アラン自らが『奇跡のゼロ』と名付けた少年。
記憶も才能も、
すべてを失くしたゼロ。
けれど、その姿はアランには救いに見えた。ただ、生きていてくれるだけでいいのだ。魔法のような強さも、重すぎる過去も必要ない。生きている。生き残ってくれている。
それだけで奇跡。
「お前はきっと、幸せになれるさ」
アランが独り言のように呟くと、最後の王子様は不思議そうに首を傾げた。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。
ブキミ=オーガスタス・ベル・ナンバーを主人公とする『最後の王子と九人の影武者たち』はこれにて完結です。
元々は苗木学級編以降の『影武者たちと災害との戦い』をメインに書くつもりだったのですが、構成を考えている時点で、ブキミの物語として走り切ることを決めました。そのつもりで、第一話から投稿しています。
新しい『王子たちの物語』を書く機会があれば、ブキミからバトンを託された第五班の面々や、他の影武者たちの『剣を取る理由』を書きたいです。
最後に重ねて、感想やいいね、レビューやブックマーク、ありがとうございました。
感想にお返事書けていませんが、楽しんでくださっている様子が伝わって嬉しかったです。読んでくれている方がいると思うと、書く励みになりました。




