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最終試験⑦

感想やいいね、ありがとうございます。

いつも励みにしています。

 夜の一番深いころ。

 行きにかかった時間の半分ほどで、オーガスタスは苗木学級の正門に辿り着いた。到着時、オーガスタスは全身に疲労を抱えていた。揺れる馬上で手綱を握り、騎乗の姿勢を維持し続ければ、想像以上に体力を消耗する。手足が重く、棒のように頼りない。


「はぁ、はぁ……ぐっ」


 オーガスタスは息を切らしながら門を押し開き、中庭を抜けて学び舎の中に入る。

 校舎の中は静まり返っていた。

 深夜なのだから当然かもしれないが、嫌な予感がする。

 オーガスタスは、真っ直ぐに第五班の部屋に向かった。部屋に入ってすぐ、無人であることはわかった。人の気配がないのだ。ベッドにハヌケたちの姿はなく、オーガスタスは残りの班の部屋も回ったが、すべての部屋が無人だった。

 オーガスタスは食堂に向かい、書庫に向かい、教室に向かい、校内を隈なく回った。それでわかった。

 今、学び舎の中にいるのは自分1人だけだ。


(最終試験は、学び舎の外か。移動の痕跡を追おうにも、雪のせいで足跡は消えている。あとは……)


 オーガスタスは学び舎から出て、森に向かった。

 目指すのは、剣術師範から薬をもらった森の小屋だ。小屋まで続く道は、雪のせいで以前にも増して判別しにくい状態だったが、オーガスタスは師範と歩いたときの歩数まで完璧に記憶していた。迷わずに小屋の前に着く。小屋の窓からは、微かに暖炉の明かりが漏れていた。

 オーガスタスは小屋のドアを開く。

 冷気と雪が室内に流れ込み、暖炉前の椅子に座っていた剣術師範が振り返った。そこでオーガスタスは、初めて剣術師範の素顔を見た。


 思いの外、優しげな面立ちをしていた。


 けれど、眉間に刻まれた深い皺に、彼の苦悩に満ちた人生が現れている。生きることの絶望を知る、くたびれた老人の顔だ。


「オーガスタス……」


 剣術師範はそう呟き、瞬きを忘れてオーガスタスを見つめる。

 オーガスタスは単刀直入に尋ねた。


「最終試験の場所を教えてください」

「知ってどうする?」

「止めます」


 オーガスタスがそう答えると、剣術師範の目の動きが動揺を示した。剣術師範はすぐ近くにあった足の低い丸テーブルから、いつもの仮面を手に取る。


「今さら止められるものではないぞ」

「それは自分で確かめます」

「最終試験の内容も知らずにか?」

「止めるべき内容だとは理解しています。誰かの死が前提なんて間違ってる」

「私にはもう、それが間違っているかどうかもわからんが……」


 剣術師範はそう言って、手の中の仮面を見下ろした。

 剣術師範は疲れ切った様子で続ける。


「魔法の力で、私は何百年という時を生きた。その中で何代もの役者の誕生を見届けた。今さらそれらが間違っていたなどと、どうして言える?」

「いいえ、貴方はわかっているはずだ」


 オーガスタスは暖炉と剣術師範の間に立つ。

 剣術師範は、生きることに倦んだ目を持ち上げてオーガスタスを見上げた。

 暖炉の逆光が、オーガスタスの表情に影を落とす。オーガスタスは同情と厳しさを両の眼に宿し、剣術師範に語り掛けた。


「自分の間違いに気づいているから、貴方は仮面を被り続けるんだ。罪を背負うのに耐え切れないから、顔を隠し、自分を偽る。仮面は、子供たちに対する貴方の臆病さだ」

「そんな臆病者が、今さら生き方を変えると思うか?」


 剣術師範が、現実の過酷さに打ちのめされた老人の目で応じる。その頑なさに、オーガスタスは覚えがあった。ドモルガンにいたころの自分は、きっと似たような目をしていたはずだ。

 オーガスタスは、昔ハヌケが自分にそうしてくれたように、歯を見せて笑った。


「1人で変わる必要はないんだと、僕はここで学びました。貴方はただ教えてくれさえすればいい。最終試験の場所とその内容を」

「お前が変えようというのかね? 老いさらばえた臆病者の生き方を。この国が四百年続けてきた非道な現実を」

「そのためにも、友達のところに行かせてください」


 オーガスタスはそう言って、剣術師範の手から仮面をゆっくり取り上げた。剣術師範は抵抗しなかった。

 彼は、暖炉の前に立つオーガスタスをしばらく見つめていた。


「本当に、よく似ている……」


 不意に、剣術師範がそう呟いた。

 意図の不明な言葉に、オーガスタスは首を傾げる。

 剣術師範は「アイザック様に、お前は不思議なほどよく似ている」と重ねる。

 オーガスタスは問い返した。


「アイザック様……アイザック・ベル・ナンバー?」

「直にお会いしたことがあるのだ。私は彼の甥に当たる。名は、ジェゼフ・ベル・ナンバー。現在の最終試験『接ぎ儀』を最初に経験した、不死の魔法使いだ」


 剣術師範は、頑なに名乗らなかった名前を告げ、

 その口元に微笑を浮かべて続ける。


「最終試験の場所と『箱』への干渉方法を教える」


   ◇◇◇◇


(見つけた……)


 オーガスタスは森の中を走り抜け、ホーキング山脈の谷間にできた洞窟を見つけた。剣術師範に教えられた通りなら、その洞窟の奥に教会があるはずだ。

 最終試験は、その教会で執り行われている。


 魔法使いを生み出すための秘術だ。


 ホーキング山脈の洞窟に作られた教会には、とある『箱』が秘蔵されている。

 その箱は、ナンバー王が作り、大災害の主を封じた『箱』の原型だ。ナンバー王は、魔女モルガンに箱の作り方を教わった。作り方を教えられるのだから、魔女は『ナンバー王の箱』の前にも、箱を作ったことがあったのだ。


 ナンバー王の箱と区別して呼ぶなら、教会にあるのは『魔女の箱』だ。


 魔女の箱には、魔法が掛けてあった。

 剣術師範はその箱の魔法をこう説明した。


『我々と箱の関係を端的に表現するならば、椀と大釜だ』


『我々という椀は、元々ほんの少しの魔法の才を持って生まれる』


『しかし、どれだけ鍛えようと、通常の方法でその才能を開花させることはできない。魔法の発現に必要な閾値に比べて、我々という椀に注がれた才能はあまりに微々たるものだ』


『箱は、子供の才能を取り出し、溶かし出すための大釜だ。大勢から集めた才能という名のスープを、少数の椀に注ぎ直す。箱に選ばれた少数の椀が、魔法使いとして生まれ直す』


『選ばれなかった、才能を抜かれた子供は、そのまま死に至る』


『私の知る干渉方法は一つ。魔女の箱に触れて、自ら箱の中に飛び込むことだ』


 オーガスタスは剣術師範に借りた松明の火を掲げ、洞窟に入る。

 入口付近は岩肌がゴツゴツしていたが、奥に進むほどに大地は平らに均されて、次第に硬質で白茶けた石畳に変わっていった。

 オーガスタスは短剣を腰に佩き、暗い洞窟を進む。短剣も剣術師範に託されたものだ。この先に待つであろう魔法使いが、オーガスタスの頼みを聞いてくれるとは限らないからだ。


 短剣はその時に抗うための術だった。


 オーガスタスを負かしたことがある、世界で唯一の男に抗うための。


 オーガスタスが石畳を進んでいると、左右に神殿のような柱が並び出す。柱は落ち着きのある白色で、柱が並ぶ先には教会の内装そっくりの空間があった。神父が説教を行う講壇と、左右に分かれた八列の聴講席がある。聴講席に苗木学級の子供たちが座っていた。みんな一様に目を閉じ、眠っているかのようだ。

 オーガスタスは柱の陰に松明を置く。

 松明の火がなくとも、その空間は十分に明るかった。壇上で青白く輝く、子供の頭ほどの大きさの六面体のせいだ。おそらくあれが『魔女の箱』だ。子供たちの才能を抜き出し、煮立てる魔女の大釜だ。


「お前さんは、辞退したと聞いていたんだが……」


 最前列の聴講席に座っている赤毛の男が、背中を向けたまま言った。

 オーガスタスは最後列の聴講席付近、狭間の通路に立つ。


「何をしに来た? オーガスタス」


 アランが背中越しに問いかける。

 オーガスタスは自然と『あの夏の日』の匂いを思い出した。埃っぽい寝室の匂いが、鼻先を掠めたような気がする。それはつまり死の気配だ。

 アランを前にすると、死はいつも身近にあった。


「試験を止めるために」


 オーガスタスはそう答えた。

 アランがゆっくり聴講席から立ち上がる。コツ、コツと石畳を鳴らしながら、アランは聴講席の間の通路に立ち塞がる。


「アラン、そこを退いてくれ」


 オーガスタスは最後列に立ったまま、最前列の通路を塞ぐアランに言った。

 アランは無精ひげの生えた顎に触り、「ジョゼフを説得したのか……」と独り言を零す。

 オーガスタスは重ねてアランに頼む。


「そこを通してくれ。僕は友達に用がある」

「あの爺さんも遂に耄碌(もうろく)したか。魔法を手放して、厄年をどう乗り越える」


 アランはそう零しながら、頭をボリボリ掻く。乱雑に結われた髪が揺れる。アランはその場から動かない。動くつもりがない。


「——なら次からは3回言え」


 オーガスタスはふとそう零した。

 アランの目がピクリと反応する。オーガスタスは過去の自分とアランのやり取りを思い出し、懐かしさに微笑んだ。


「アランにそう教わったんだ。3回言えって。これでも、アンタに教えてもらったこと、今でも全部大事にしてるんだよ? おかげで友達もできたし、感謝してる」


 アランの目に動揺が走る。

 アランはじっとこちらを見つめ返し、拳を握り締める。


「オーガスタス……お前さんを、箱に入れるわけにはいかない。お前さんを失う可能性は……万に一つも許可できない。お前さんだけは、失うわけにはいかない」


「アラン、次で3回目だ」


 オーガスタスは腰の剣に手を掛る。

 アランは一瞬、泣き出しそうなくらい悲痛な表情を浮かべた後で、意を決した様子で双眸を鋭く光らせた。

 オーガスタスは同じくらい悲痛な思いを胸に抱えた後、それでも同じくらい鋭い眼光をアランに返す。


「そこを退け、アラン」


「退かしてみろよ、オーガスタス」


 それがアランとオーガスタス、師弟2人の戦いの合図だった。

オーガスタス:本作の主人公。友達想いの少年。

ジェゼフ:初代ナンバー王の甥。不死の魔法使い。

アラン:先代の最終試験合格者。迅雷の魔法使い。

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