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六面体祭⑧

【冬組のみんな】

テンサイ:第一班。ちょっと病弱。

オナラ:第二班。世話焼きなのは妹がいたから。

ガカ:第三班。ギロメをおちょくるのが趣味。

ナル:第四班。戦い方は意外に泥臭い。

ブキミ:第五班。冬組の四人も割と好き。

※第六班に冬組は不在。

 風車小屋に集まっていた人攫いの一団は、殴り飛ばしたり、絞め落としたり、荒っぽい方法で眠ってもらった。

 殺さないように加減をするのが難しく、おかげで何発か、手痛い反撃をもらってしまったけれど、そんな人攫いの一団も、今は全員仲良く1階の床に転がっている。足枷や荒縄が物置に余っていたから、とりあえず拘束まで済ませておいた。あとはこの街の警吏が、上手く処理してくれるだろう。


「あ、あの、重く、ないですか?」


 足を痛めたお姫様を負ぶってあげると、彼女は恥ずかしそうに尋ねた。大して重くはなかったし、ドレスを着込んでいることを考えたら、もっと食事を取るべきだ。

 ブキミがそう答えると、お姫様は「そ、それなら、よかったです」と答えた。


 何だか、お姫様の顔が赤い。

 泣いたばかりだから、無理もないか。


 ブキミは「よいしょ」と背負っている位置を整える。彼女のドレスは滑らかな手触りで、サラサラしていた。そのせいか、ちょっと滑りやすいのだ。うっかり落とさないように、背負い直す。手の平で太ももの辺りをしっかり支えた。お姫様は左右に目を泳がせている。


「しっかり掴まって」

「はっ、はい。あ、お願いします」


 お姫様は遠慮がちに、ブキミの制服を摘まんだ。ブキミはお姫様を背負ったまま、3階から1階に下りる。1階に着いたとき、床に転がる男たちと散らかり切った乱闘の跡を見て、お姫様は目を白黒させた。


「これは、貴方がやられたんですか? ひとりで?」

「案外、骨のない人たちだった」


 そう答えながら、ブキミは風車小屋を出る。そのまま学院に向かって歩き出す。

 太陽はすでに傾き始めていて、剣劇の時間が迫っていた。けれど、走って揺れると、お姫様の痛めている足に響くようだ。ブキミは背中のお姫様を気遣い、なるべく揺れないように歩いていく。裏道を抜け、用水路に差し掛かった辺りで、お姫様が「あの」と切り出した。


「お尋ねしても、いいですか?」

「ご自由にどうぞ」

「どうして助けてくれたんですか? 見ず知らずの相手を。危険も(かえり)みずに」


 お姫様はそう尋ねる。ひょっとすると、金品や恩賞目当てだと思われたのかもしれない。

 ブキミは足を緩めず、用水路の流れに逆らい、サブサブと水流を掻き分けて進んでいく。膝下まで水に浸かりながら、ブキミは淡々と答えた。


「僕の友達の話なんだけど」

「えっ? あの」


「その友達、ビックリするくらいお人好しなんだ。いつもは弱虫だし、要領悪いし、鈍くさいんだけど、他人のために、必死で動ける子で。その子が、何でだか、僕のことを『一番カッコいい友達』って呼ぶんだ。だから、かな」


「だから?」


「あの友達が『カッコいい』って呼ぶ『僕』は、目の前で困っている人をきっと助ける」

「それが、私を助けてくれた理由?」

「……変かな?」

「ううん。大事なお友達、なんですね」

「僕を変えてくれた、恩人だ」


 ブキミはそう答えて、ベールの下で微笑んだ。その笑みは、不思議と彼の友人が浮かべた笑みによく似ていた。その笑い方はまるで、一番の友人を自慢するように。誇らしいものについて語る時のように。そして、ブキミはこう続ける。


「扉を閉ざしていた僕に、手を差し伸べてくれた。世界の全部を憎んでいた僕に、優しさと生きる意味をくれた。迷ってばかりの僕の背中を押して、いつだって道を示してくれた。大事な友達なんだ」


 ナユタには、ブキミの表情は見えなかった。

 それでも、彼が友達を大事にしていることは痛いほど伝わった。彼と友達の繋がりが持つ温かさに、ナユタは足の痛みも忘れて微笑んだ。


「貴方が言うんだから、きっとすごい子なんだね」

「うん。すごいヤツなんだ、ハヌケは」


 ブキミは誇らしげに頷き、足を取ろうとする水流を掻き分け、一心に歩き続ける。

 向かう先は決まっている。今ごろ3人は、剣劇の準備を終えて、自分が戻って来るのを待っているはずだ。ブキミは足を緩めずに歩いた。彼を待つ親友たちのもとを目指して。


   ◇◇◇◇


 アランは舞台袖に立ち、暗幕の陰から大広間の様子を覗いた。

 すでに舞台の用意は整い、桟敷席にも大広間にも人が集まっている。食事を片手に談笑しているように見えるが、あれは形を変えた戦いだ。貼り付けられた笑顔の裏で、お貴族様たちは今日も、権力の綱引きに興じている。


(飽きもせず、よくやるよ。災害が目覚めたら、糞の役にも立たない力だろうに……)


 アランはそう冷めた目で観察しつつ、視線を舞台袖の内側に戻した。

 暗幕の内側には、出番を待つ子供たちが23人。王子役の子供はマントを羽織り、赤毛を結い上げて思い思いの『王子』の姿になっている。残りの子供たちは、恐ろしい災害の眷属を演じるために、牛骨など動物を模した兜を被って髪を隠し、顔に模様を描いている。

 それぞれの子供の手には、刃を潰した剣が握られていた。『刃を潰した』とはいえ、苗木学級で剣術師範の手解きを受けた人間が振るうのだ。当たれば、肉は裂けて骨が砕ける。


「さて、苗木たちよ。諸君の努力を披露する時間だ。平和ボケしたお貴族様たちに、本物の戦いってヤツを見せつけてやれ」


 アランは鼓舞するように言った。

 すると、最初に舞台に立つ第三班の、王子役のガカが「はい」と固い声で返事をする。冬組のテンサイ、オナラ、ナルが、緊張ぎみのガカの背中を叩いた。


「らしくないんじゃな~い?」

「俺の肝の太さ、少し分けてやろうか?」

「安心したまえ。キミが失敗したって、ボクが華麗に挽回するさ!」


 ガカは「うるさいんだよ、オマエらは」と強がりながら、それでいて緊張は解れたようだ。ガカは冬組のいつもの面子に頷き返し、その後で第五班の3人に向かって言った。


「まっ、こっちは任せておきな。オタクらの王子様が帰って来るまでは、せいぜい場繋ぎくらいはやっておくからさ」


 ハヌケとタレマユは、ガカ流のエールに親指を立てて返し、ギロメは「けっ、早くいけ」と憎まれ口を叩いた。ギロメの不満そうな顔を見て、ガカは満足そうだ。


 ガガと第三班の子供たちが、暗幕の下りた舞台の上に向かう。


 暗い舞台の上で、4人の子供たちが、それぞれの開始位置に立った。合わせて、剣術師範も舞台袖に立つ。剣劇師範の役割は、それぞれの班の演目に合わせた『王子たちの物語』の一説を読み上げる『語り手』だ。

 剣術師範の語りに合わせて、子供たちはそれぞれの物語を演じるのだ。


「さぁ、舞台の幕を上げるぞ」


 アランが学院の生徒に手を上げて合図する。学院の生徒たちが暗幕の紐を引き、舞台の幕が上がる。大広間の視線が舞台上の子供たちに向けられる。


 視線に宿っているのは、好奇心と侮り。


『子供のお遊戯会』


 言葉に出さずとも、そう思っていることは読み取れるものだ。舞台を向く人々の態度も、大広間を覆う空気も、祭りの空気のまま弛緩している。舞台の上に並んだ子供たちに、真剣に注目している人間など皆無。物珍しい出し物。その程度の視線だ。


「その災害は、国穿(くにうが)ちの大槌(おおつち)。大地揺るがす、大災害の眷属なり」


 語り手の剣術師範が、晩餐会のざわめきの中でもよく通る、バリトンボイスで滔々と読み上げる。観客の声が、一段静かになった。

 厳かな立ち姿の剣術師範に、自然と視線が集まる。


 ガカと第三班の子供たちが剣を振る。

 観客の視線は、たちまち彼らの一挙手一投足に釘付けになった。


 その場に居合わせた誰も、舞台から目が離せなかった。それは、ガカたちの殺陣が、生き物の生存本能を刺激する『本物の戦い』だったからだ。目の前に突き付けられた剣から、視線を外せないのと同じだ。命の脅威を感じるほどの『本物の戦い』を前にして、余所見をできる生き物はいない。そんなものがいたとしたら、生き物として落第だ。

 

 会場の空気が一変した。


 舞台上でガカたちが剣を振るい、払い、王子たちの戦いを演じる。


 先ほどまでの弛緩した空気は消し飛び、肌のひりつくような緊張が会場を飲み込んだ。そして、目を釘付けにされていたのは、観客だけではなかった。


(おいおい、どうなってんだ……)


 アランは、舞台上で繰り広げられるまさしく死闘を見て、驚愕していた。

 明らかに、()()()()()()()()

 半年やそこら鍛えただけの子供が、この実力に到達するのは、どう考えても異常だ。確かに剣術師範の指導は世界最高峰だが、それにしても限度がある。自分が苗木だった時と比べても違い過ぎるのだ。


(考えられるとすれば、アイツのせいか……)


 アランは自然と、この場に居ないたった一人の苗木のことを考えていた。優秀な一人によって、全体のレベルが引き上げられるというのは、ままあることだ。いや、だが。それだけで説明のつくものか。これはそういう次元の話か?


「オーガスタス……」


 舞台上の子供たちを見ながら、アランは思わず、あの冬の日を思い出していた。思い出さざるを得なかった。あの日に向けられた本物の殺気を。必殺の一撃を受け、立ち上がったその不可解さを。そして、孤児院の神父に教えられた本当の名を。

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