六面体祭⑤
ブキミ:色気より食い気。
ハヌケ:ノーコメント。
ギロメ:ラブレス先生が割とタイプ。
タレマユ:初恋は物語のヒロイン。
お祭りで賑わう館内の音を聞きながら、ブキミたちは控室で自分たちの出番を待った。お昼を回り、班のみんなで柔軟を行って剣劇の本番に備えていると、コンコンと控室のドアをノックされた。
ブキミたちは顔を見合わせる。アランや剣術師範なら、ノックしたら、返事を待たずに入って来るはずだ。つまり、学院の人間か、何かの間違いか、どちらかの可能性が高い。視線でそこまでの確認を終えると、ブキミたちは同時に顔を隠すベールを被った。
タレマユが班を代表してドアを開く。
「はい、何か御用でしょうか?」
ドアの外に立っていたのは、仕立ての良い燕尾服を着た、線の細い男性だ。剣術師範とアランの間くらいの年齢で、白髪交じりの髪は丁寧に撫で付けられている。口髭もよく整えられているし、気を抜けば無精ひげを生やすアランと比べて随分立派な紳士だ。ただ、慌てて走り回ったのか、額に汗が浮き、息が切れているようだった。
「突然、その、申し訳ございません。これくらいの少女を見かけませんでしたか?」
男性は紳士的な態度を保ちつつ、自分の胸の辺りに手を当てた。人探しの最中のようだが、何分情報が少ない。その条件だと、かなりの範囲の女性が含まれてしまう。息を切らしているところを見るに、あちこち探し回っても見つからず、手当たり次第に部屋を訪ねているのだろう。
「ご親族とはぐれられたのですか? もう少し、特徴をお聞かせ願えますか?」
タレマユがそう言うと、白髪交じりの紳士は少し躊躇った後で『背に腹は代えられない』といった表情で答えた。
「白色の長い髪をした、白と水色のドレスを着た少女です」
「それってもしかして……」
タレマユがブキミの方を見る。ブキミは頷き返した。
紳士が挙げた特徴は、ブキミが見かけたラングレーの白雪姫と同じだった。少女で白髪は珍しいし、ドレスの色も同じとなると、人違いの可能性は低い。同時に、紳士が言い渋った理由もわかった。一国のお姫様が行方不明とは、軽々に口外できないだろうから。
ブキミとタレマユのやり取りを見て、紳士は目の色を変えた。
「何かご存じなのですかっ!?」
「部屋の窓から見かけました。お昼前に、庭園を歩いているところを」
「ありがとうございます!」
紳士は大急ぎで回れ右する。ブキミは「待ってください」と彼を引き留めた。自分でも理由は不鮮明だが、悪い予感がしていた。ただの迷子でない、もっと厄介な事件の気配。自分の直感はだいたい当たる
ブキミは椅子から立ち上がり、紳士に近づく。
「見た場所まで案内します。庭園は入り組んでいますから」
「それは助かりますが……そちらのご都合は、良いのですか?」
ブキミは、第五班の面々を振り返る。タレマユ、ギロメ、ハヌケの表情は、ベールを被っているから読み取れない。嫌な顔をしてなければいいなと思いつつ、ブキミは言った。
「何もなければすぐに戻る。1時間しても戻らなければ、アランに伝えて」
「大丈夫」「了解」「気を付けて」
表情は読めないけれど、3人は間を置くことなく答えてくれた。
「行きましょう。急いだほうがいい」
ブキミは紳士を促し、早足で廊下を進む。紳士は、突然仕切り出した子供に戸惑いの表情を浮かべながら、こちらの確信を持った言葉に押されてか「は、はい」と付いて来た。階段を駆け下り、入り組んだ生垣の迷路を迷わず突き進む。
ブキミの後ろを歩く紳士が、困惑した顔で言った。
「あの、ま、迷わないのですか?」
「道を覚えているので」
「こちらの学院の方、なのですか?」
「いいえ。ですが、上から一度見ましたから。ここです」
ブキミと紳士は、少女を見かけた位置までやって来た。紳士は「では、ここからお嬢様はどこかに向かわれたと……」と爪先立ちして周囲を見渡す。逆にブキミは四つん這いになり、生垣に残された痕跡に気づいた。
「生垣の枝が折れている」
「は、はぁ」
紳士はまだ理解が追いついていない様子だ。ブキミは四つん這いの姿勢でさらなる手掛かりを探しながら、状況の深刻さを伝えようと努める。
「折れた枝の口を見る限り、ごく最近に折られたことがわかります。折られているのは、生垣の低い位置で、強引に潜り抜けでもしなければ、こうはならないかと。ちなみに、お嬢様は生垣を潜って抜けるくらい、お転婆ですか?」
「まっ、まさか! 普段はおとなしい方で、身体を動かすよりも、書物を読まれる方を好まれるくらいです。ましてや、生垣を潜り抜けるなんて。そんなはしたないことは……」
「そうでしょうとも」
ブキミは答えながら、タイルに薄っすらと残る足跡を見つけた。大人の足跡だ。足跡の主は水路でも経由して来たのだろうか。ただ、秋晴れの今、どれだけこの足跡が残っているかは時間の問題だ。乾いてしまえば、手掛かりを失いかねない。
「あ、あの……先ほどから何を」
「お嬢さんは何者かに連れ去られた可能性が高いです」
「えっ、どうして、そんな!」
ブキミは一度立ち上がり、慌てた様子の紳士を見る。
「足跡が残っている内に、自分が可能な限り追跡します。貴方、お名前は?」
「わ、私は、ゲンゴウ・ブランソンと申します」
「ブランソンさんは、学院の責任者に話を通してください。正式に警吏に動いてもらう必要があります。それから、王室付歌劇団のアラン・チューリングに伝えてください。『ブキミが人攫いを追跡中』だと」
ブキミはそう言うと、ブランソンの反応を待たずに足跡を追って生垣を潜った。
◇◇◇◇
「第五班の王子役は現在、理由があって学院の敷地外に出ている。剣劇の時間に間に合うかどうかは不明だ」
アランはそう言って、舞台裏に揃った生徒たちを見る。剣劇用の衣装に身を包んだ、王子役と災害役の生徒たちの間には、一部を除いて動揺が走っている。それもそうだ。舞台の時間も迫っている中、よりによって王子役を担う一人が、行方知れずになっているのだから。
アランは子供たちの反応を観察しながら、言葉を続ける。
「剣劇は予定通りに進める。どんな状況でも、遅延は認めない。幸い、第五班の出番は最後も最後だ。それまでに間に合えば、よし。もしも間に合わないようなら、その時は、舞台を学院の生徒たちに明け渡すしかない」
アランも、ブキミと学院の生徒たちが交わした条件については承知していた。条件の内容を咎めるつもりもない。むしろ、不要な争いを避けたことを評価もしていた。しかし、今回の独断行動については、評価をつけかねていた。
(坊主のことだ。何かしら、考えはあるんだろうが……)
そう思いつつ、アランは「最悪の事態も想定しつつ、各自準備を怠るなよ」と改めて指示を出す。子供たちは「はい」と返事をして、班ごとに最後の打ち合わせに入った。
(さて、問題の第五班は……)
アランは、生徒たちの間をすり抜けて、渦中の第五班に近づく。王子役を欠いた3人は、今ごろ気を揉んでいるはずで、そのフォローが必要だと考えていたからだ。
アランは第五班の3人の前に立ち、ハヌケと呼ばれている少年の肩をポンと叩いた。
「お前さんたち、不安かもしれないが、今できる準備を——」
「不安じゃないですよ」
ハヌケがそう即答した。アランはおやっと目を丸くして、ハヌケの顔を見る。嘘を言っている顔ではなかった。虚勢を張っている様子とも違う。見れば、他の2人も驚くほど平然とした様子で、淡々と準備を進めている。ブキミが間に合うと、確信しているかのように。
「アイツのやることにイチイチ驚いたり、不安がってたら、学園でやってけないですよ」
ギロメと呼ばれる少年が、仕方がない友人について語るように言った。
「彼と約束しましたから。『本物以上に本物な王子役を見せてくれる』って」
タレマユと呼ばれる少年が、約束を固く信じる表情で続く。
「お前さんたち……」
彼らの泰然とした態度に、アランは逆に驚かされていた。
「大丈夫です」
ハヌケが誰よりも落ち着いた、確信に満ちた声で言う。その声には一切の曇りがなく、周囲で聞いていた人間すらも落ち着かせるような、柔らかさと力強さがあった。
「ブキミなら、大丈夫です」
ハヌケは、アランに笑いかけた。
一番の友人を自慢するように。誇らしいものについて語る時のように。




