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王子たちの物語・上②

ブキミ:王子役には特に思い入れはない。

ハヌケ:ブキミの髪型を考えるのが楽しい。

ギロメ:剣劇で王子役がいいなと思ってる。

タレマユ:剣劇で王子役がやりたいらしい。

 フタゴから六面体祭の話を聞いた翌日。

 苗木学級はすでに剣劇の話題で持ち切りだった。


 どの班の子たちも、食事や授業の隙間を使い、情報収集に精を出している。特にみんなが気にしていたのは、『どの班が何の演目を選ぶのか』だった。ハヌケから聞いた話では、「いくつか人気な話があるから、みんな被りを気にしているんだよ」とのことだ。

 ブキミは「へぇー」と答えつつ、自分とは無関係な話だと聞き流していた。けれど、ブキミのその認識は大間違いだった。というのも、学内を歩いていたら、他の班からやたらと質問攻めを受けるはめになったのだ。


「六面体祭の劇、ブキミの班は何やるの?」

「ねぇねぇ、ブキミはどの話が好き?」

「あっ! ねぇ、ブキミ!」

「やいやい! ブキミ!」

「おーい、ブキミ君!」


 と、そこら中で聞かれるので、ブキミは居心地が悪かった。

 聞かれても「さあ?」としか答えられないからだ。隠すつもりはないのだが、そもそも王子の物語に詳しくない。好きな話も嫌いな話もないのだ。


「何で僕に聞くんだ……」


 剣術訓練のために校庭に向かう途中、ブキミはハヌケにそうこぼした。質問攻勢に嫌気が差していたからだ。

 その日もよく晴れていて、校庭の芝から夏らしい緑の匂いがしている。ハヌケはこちらの背後に回って、髪の編み上げを直しているところだった。

 剣術の授業で動き回っても、髪が乱れないようにするためだ。ブキミは適当でも構わないのだが、ハヌケは『身だしなみはちゃんとしないとダメだよ!』と強弁するので従っている。

 そのハヌケは訓練用の棒切れを脇に挟み、こちらの髪を整えながら言った。


「ええー、でもそれは聞くんじゃない?」

「僕よりハヌケやタレマユの方が詳しいのに……」

「ホントにわかんない?」


 ブキミはハヌケを見る。いや、全然わからない。

 ハヌケはこちらの表情を見て、困り顔で笑った。


「うっかり演目が被って、見比べられるのが嫌なんだよ。だってほら。どの話を選んでも、剣を使う演技なら、ブキミが一番カッコいいに決まってるもん」

「何それ?」

「よし、いい感じにできた!」


 ハヌケは満足げに手を叩く。

 髪のお色直しが、納得いく出来になったようだ。

 ブキミも編まれた箇所を触って確認する。ハヌケの手先の器用さはピカイチで、凝った編み上げなのに緩みにくくて動きやすい。窮屈な感じもない。何よりカッコいい。ギロメにたまに羨ましがられたりもする。


「ほら、ブキミ。今日もカッコいいとこ見せちゃってよ」


 ハヌケはそう言って、送り出すようにこちらの背中を押す。

 ブキミは返事に困って眉を寄せながら、師範を待つ生徒たちの列に並んだ。


   ◇◇◇◇


 師範の剣術訓練は、素振りからそれぞれ次のステップに移っていた。


「前回までと同じだ」


 校庭にやって来た師範は、夏でも長いローブをまとい、涼しげな顔で仮面をつけていた。思考の冷徹さが、太陽の暑さすら相殺するのだと主張するかのようなヘンテコな顔で、師範はいつも通り淡々と指示を出す。


「春組、夏組、秋組、冬組に分かれて始めろ」


 師範の指示に従い、班に関係なく子供たちが四つの組みに分かれる。

 習熟度に合わせて、訓練内容を分けているのだ。

 春組が初級の素振りで、夏組がそこから一歩進んだ2人一組の型稽古、秋組では剣術に加えて体術と柔術を学び、そして冬組では実戦形式の一本勝負が行われていた。ブキミは第五班で唯一の冬組だ。タレマユとギロメは夏組、ハヌケはまだ春組だった。

 冬組の練習場所に割り当てられている校庭の中央に向かうと、ブキミ以外の4人の生徒がすでに待っていた。


「今日はどう組む? ブキミは俺とやるか?」


 4人の内の1人が、こちらに声をかけてきた。第三班のオナラだ。他の子より二回りほど体格がよく、気さくで兄貴肌な男の子だった。名前の由来は、入学初日に盛大に放屁したことらしい。


「おやおや。待ってくれ給えよ、オナラ。安息日前の順番なら、次に彼と組むのはボクだったはずだ。今日こそボクが、彼に土を付けて差し上げようじゃないか!」


 芝居がかった口調で割り込んだのは、第四班のナルだ。鏡の前に立つのが大好きで、よく1人でうっとりしているから、この名前になったらしい。手足がすらっと長く、身体が柔軟で何でもそつなく熟せる子だった。


「ナルには無理でしょ。まだテンサイにだって勝ててないんだから」

「ガカ、それは昨日までの話さ。五十歩百歩、今日のボクがいつだって一番だからね!」

「それを言うなら『日進月歩』でしょ、バカなの?」


 ナルに辛辣な言葉を吐いたのが、第二班のガカだった。絵を描くのが好きで、皮肉屋な男の子だった。ブキミが知る限り、ギロメとはあまり仲が良くない。


「ナルとブキミ、オナラとガカ、先に終わった方がボクと、まあ~、今日はこんな感じでい~んじゃない? ブキミはどお?」


 緩さのある口調でまとめたのが、第一班のテンサイだった。いつも飄々としているが、その実力は名前が示すとおりだった。洞察力、運動神経、学習能力、どれを取っても冬組の他の3人より優れている。


「いいよ。別に誰とだって」


 ブキミは遠くの入道雲を見上げながら答えた。

 すると、ガカが「その言い草、誰が相手でも同じだって言ってる?」と詰め寄ってくる。問われたから仕方なく、ブキミは今日の天気でも告げるように「誰がっていうか——」と答える。自分にとってあまりに明瞭な事実を。


「4人一緒でも同じだよ」


 その一言で、冬組の残りの4人はにわかに殺気立つ。

 気に障る言い方になっただろうか。ハヌケに言われて、最近は気を付けているのだが、まだたまに言い方を間違える。

 けれど、ブキミは『まぁ、いっか』と割り切った。第五班の子たちは別として、他の班の子にどう思われてもあまり気にならない。


「じゃあ~、そうしよっか」


 そう言って、テンサイが手を叩いた。

 パチンと音が鳴った次の瞬間、目配せを済ませたオナラ、ナル、ガカの3人が、まったく同時に三方向から踏み込む。


 ブキミはまだ入道雲を仰いでいた。


 冬組の実戦形式では、相手を地面に投げ飛ばすか、棒切れで一太刀浴びせた方の勝ちだ。

 どうやら本気で4人一緒に来たらしい。

 テンサイの合図に合わせて、オナラ、ナル、ガガの3人が棒切れを打ち込む。踏み込み、振り抜く速度、タイミング、どれも悪くない。ただ、躱せないほどじゃない。


 ブキミは散歩みたいに気軽な歩き方で、3人の包囲網をすり抜ける。


 同時に、ナルの首筋を撫でるように棒切れを走らせた。真剣であったなら間違いなく致命傷だ。驚いたナルは、鳥肌を立てている。


「——1つ目」


 ブキミは呟いた。

 冬組の4人は何だかビックリしている。目の前で見ていたはずなのに、こちらがどうやったのか説明できないのだろう。それくらい、彼らと自分の間には技量の開きがある。いや、技量というか、もっと曖昧で説明し難いものだ。

 

 たぶんそれが『黒い箱』の感覚だ。


 けれど、力量の差で思考を止めるほど他の4人も弱くなかった。

 テンサイはすでに次の手を打っている。

 倒れたナルの棒切れを拾い、こちらの死角からそれを投げつけてきた。

 ブキミは、その死角からの攻撃を棒切れで弾く。だが、テンサイはそれも読んでいた。不意打ちで片付くなら、今までの苦労はないとわかっているのだ。


「でも振り抜いた直後なら、一手遅れる——」


 ブキミが死角からの攻撃を弾く瞬間、合図を受けたガカが打ち込んでいた。攻撃にはタメが要る。剣を振り抜くには、その直前に振り被る必要がある。当然の理だ。こちらが振り抜いた直後なら、当然ガカより一手遅れる——そういう組み立ての作戦。


「……の、はずだったんだけどね~」


 テンサイがそう苦笑いしている。こちらが身体の捻りでガカの一太刀を躱し、躱すのと同時にガカの心臓を一突きにしたからだ。回避と攻撃を一つの動きで行えば、一手差程度は詰められる。そこまで難しいことじゃない。

 心臓を突かれたガカは「うっ」と息を詰まらせていた。


「——2つ目」


 ブキミは続けて数える。こうやって声を出すのは、自分の状態を知るためだ。呼吸は、まだ全然乱れていない。汗もかいてない。ハヌケが結ってくれた髪は、解れ一つない。


 この調子なら日没まで続けても大丈夫だ。


 残されたのは、テンサイとオナラ。2人は考えている。包囲もダメ、死角もダメ、一手の差も詰められる。この状況で彼らは何を仕掛けてくるだろうか。


「それならッ!」


 オナラが身を低く落とし、こちらに突っ込んできた。捨て身覚悟の突進か。やられながらでも倒して押さえ込んでしまえば、残ったテンサイが一本取ってくれると、そう信じての動きだった。

 オナラの意図を察して、テンサイも走り出している。


「へぇ……」


 ブキミは薄っすらと微笑んだ。数を活かす判断は、面白いと思う。けれどそのやり方、実戦でもやれるんだろうか。要するに、本当に、仲間のために死ぬ覚悟はあるのか。それを試してみようか。

 ブキミは大上段に棒切れを構える。


「————っ!」


 その瞬間、オナラの足がわずかに鈍った。

 彼も察したようだ。『本気で打ち込む』という、こちらの意図を。それでも突進をやめなかった彼の豪胆さは、確かに本物だった。でも、一瞬の怯えでこちらは十分だ。


「——3つ目」


 ブキミは上段の構えを解き、勢いの落ちたオナラをひょいと投げ飛ばした。肘、肩、手首の関節を支点に使った柔術だ。オナラは背中から地面に落とされて「ぐむっ」と悶絶する。ついでに、投げ飛ばしたオナラの身体がいい盾になった。テンサイは進路上に転がってきたオナラのせいで打ち込むことができない。

 ブキミはたたらを踏んでいるテンサイを見た。テンサイは呆れて笑っていた。


「ははっ、いくら何でも強過ぎるね~」

「テンサイ、まだやる?」

「はぁ~……やるよ」


 テンサイは溜息を吐きつつ、けれど諦めたわけでもないみたいだ。

 最後まで全力を尽くすつもりらしい。

 テンサイは棒切れを両手に持つ。訓練では習っていない構えだ。おそらく苗木学級に来る前から、テンサイが習得していた技術。二本目の棒切れは脱落したオナラのものだ。

 初めて見る構えだけれど、意図はわかる。

 棒切れの一方を守りに使い、もう一方で攻めに転じるつもりのようだ。武器を両手に持つという攻撃的な見た目に反して、実際は『守り』を重視している。


「その強さの正体、暴いてやるッ……」


 テンサイはそう呟き、瞬き一つせず踏み込んだ。

 実際、テンサイは天才と呼ばれるに足る少年だと思う。剣技の冴えも、状況を分析して次々に対策を講じる機転も、踏み込みの鋭さも、苗木学級にいるどの子供より優れている。


 それでも、こちらの一振りの方が先に当たる。


「——4つ目」


 相手が動き出すより速く、テンサイの喉元に棒切れを突き付けた。

 結局のところこれでいい。

 間合いに入った相手に、先に剣を当てる。

 ()()()()を守れたら、負けはない。

 テンサイは「ははっ」と苦笑いしながら、両手を上げている。


 こんな感じで、組み打ちを初めて以来、ブキミは一度も負けた試しがなかった。


 周囲で戦いを見守っていたらしい他の班の子供たちが、パチパチと手を叩き始める。その輪の中で、ハヌケがひときわ大きく手を叩いている。ブキミが解れのない編み上げをちょんちょんと触ると、ハヌケは照れながら微笑み返した。


 しばらく見守っていた師範が「手を止めるな」と言うと、みんなは慌てて稽古に戻った。

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