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34:カーシャ

「え――?」


 なんか、世界がゆっくりだ。

 ぱくっと裂けた先生の喉から血が噴き出して、その身体がゆっくりと後ろに倒れていく。


「え――?」


 なに?

 なにこれ、え?


 僕だけではない、みんなぼけっとしている。口をあんぐりしてかたまっている。


 返り血を浴びたカーシャさんがニコニコしている。手にしたナイフが血に濡れてギラッと光っている。


 ――と、


 その笑顔がひしゃげ、首ごとのけぞって身体ごと後ろに吹っ飛ぶ。


「――サクラっ!」


 サクラだ。サクラの後ろ脚がカーシャさんの頬を蹴り抜いたのだ。


「――せっ、先生っ!!」


 呪縛が解けた。急に脳みそが現実に追いついて、全身の血が凍りついた。


 ごぽっごぽっと血がどんどん湧き出している。押さえても押さえても、血が止まらない。


「サクラっ、サクラっ!」


 カーシャを警戒して飛びかかる姿勢をしていたサクラが、すぐにこちらへ来てくれる。


「先生を! 助けて! サクラっ!」


 あふれる血ごと先生の喉を【ペロペロ】する。傷口が塞がったのか出血が収まっていく。


「先生……先生っ!」


 ――が、先生の目は虚ろなまま、どこも見ていない。


「ジン! ジン! 死ヌナ、クェエー!」


 泣き叫ぶリッキーの声も届かない。心臓の鼓動が弱い、血を失いすぎたのだ。


「早く村に! 輸血をっ!」

「カーシャっ! お前、なにを――」

「……ふふっ……すっごい、このあたしが反応するのがやっとって……これがネコの力か……」


 ボガードさんや冒険者たちが身構えるなか、カーシャさんがゆっくり起き上がる。


「……でも、ようやく手に入った……」


 その手には、紐を切り離された鍵がある。あの一瞬ですり盗ったのか。


「お前なにを……どういうつもりだ、カーシャっ!」


 カルアパパが叫ぶ。


「……旦那様、申し訳ございません」


 カーシャは肉球の痣のついた頬を、自分の手で鷲掴みにする。


「あなたにお仕えしていたカーシャは、最初からこういう娘なのです」


 そして、皮膚ごと剥ぎとるようにぐいっと引っ張った瞬間――


「……貴様、マ族か……!」


 その肌の色は紫色に、その瞳の色は金色に変わっていた。

 

 

「……嘘でしょ……」


 そう呟いたのはカルアだった。


「カーシャが……マ族……?」

「ずっと我々を……欺いていたのか、カーシャ!」


 庇うように制止するボガードの横から、カルアの父が身を乗り出すようにして叫ぶ。


「いやいや、カーシャって本名だし。別にヒュムって名乗った憶えもないし、ちょっとすっぴんが別人っぽいかも? ってだけじゃん。女の子あるあるだからそんな怒んないでよ」

「卑しきマ族め……なにが目的だ!?」

「えー、領主様がそういう人種差別発言するんだー。ひどいわー炎上確定だわー」


 しくしくと泣き真似をするカーシャ。


「今までよくしてもらった恩返しに、一つだけ教えてあげるね……もう終わりだよ、ヤーディア領は」

「なんだと……」


 カーシャの足元にぶわりと影が広がったかと思うと、


 とぷんっ、とその中に潜ってしまう。【潜影】とかいう影魔法だ。


「待てっ!」


 思わず叫んだものの、影は地面に溶けるように消えていく。彼女が立っていた場所には髪の毛一本残っていない。


「………………」


 みんな呆然としている。僕も含めて、カルアもパパも、ミゲールもボガードも。


 あっという間すぎて、まるで悪夢みたいな数十秒だった。


(マ族が、ヒュムに化けて伯爵家に潜伏していた?)

(そいつが〝ウィドの鍵〟を奪っていった?)


 今回の茶番を仕組んだのは彼女だという。

 ならば、本当の目的は、鍵を奪うことだった?


「……やれやれ。あの女、私のナイフを一本持っていきやがりましたよ」


 沈黙を破ったのはヴォカだ。よろよろと立ち上がり、パンパンと埃を払う。


「マ族にくれてやるにはもったいない業物なんでね、追わせていただきますよ。というわけで、失礼」


 さっきまでグロッキーしていたとは思えない駆け足でヴォカは霧の奥へ消えていく。


「旦那様、俺らも追いかけます!」

「なにがなんだかわからねえが、やつらマ族は残虐な侵略者だ!」

「大先輩のジンさんをやられたんだ! このまま放っちゃおけねえ!」


 気を吐くボガードや冒険者たちを、カルアパパがやんわり制する。


「待て。カー……あの女の目的がわからん。それにやつの仲間が潜んでいるやもしれん」

「ですが、このまま逃がすわけには――……」


 僕は先生の身体を起こし、カルアの手を借りてミゲールの背中に乗せる。


「カルア、ミゲール、先生を頼む。みんなと先にオネの村に戻って」

「……ポンは?」

「僕は……サクラと一緒に、あいつをさがす」

「君も一緒に戻るべきだ」とカルアパパ。「いくら君たちでも危険だ、相手はマ族だぞ」

「秘宝盗られたのはこっちの村の問題なので、こっちでなんとかします」

「だが……」

『サクラ』

『ンニャ?』


 サクラがひょいっと僕の肩に乗り、じっと睨みつける。カルアパパたちは気圧されて後ずさる。


「だいじょぶです。マ族なら二年前もやっつけたんで」

「……〝凶獣〟を退けた君たちに心配は無用か。わかった、君のお師匠は我々に任せてくれ」


(ああ、やだな)


 猫の威を借る飼い主か。最低だ。


「……ポン」


 振り返ると同時に、ぎゅっと抱きしめられた。カルアに。


「……あの、カルアさん?」

「あんたらしくないけど……無茶しちゃダメよ、あんた弱いんだから」

「あ、あ、うん。わかったから」


 離して。パパがすごい顔してる。

 カルアたちが去っていき、あたりは耳が痛いほどに静かになる。


『ポン、怒ってる?』

『え? まあ、そうだね』


 だいぶカルアに毒気を抜かれたが、カーシャへの怒りと憎しみが消えたわけではない。


『サクラ、ごめん』

『ニャ?』

『自分一人じゃ戦えないくせに、勝手にマ族追うとか決めちゃって。でも、あいつをこのまま放っておけない……サクラ、力を貸してくれる?』

「ニャー」


 返事とともに、サクラは僕のこめかみに頭をこすりつけた。


『……ありがとう、サクラ』

『帰ったらおやつ』

『御意』

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― 新着の感想 ―
[一言] 用意周到に入り込んでいたか。取り敢えず先生助かってくれ! そしてウィドの鍵、罪。一体全体なんじゃらほい。
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