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23:子供

「では、お先に失礼いたします。ポンくん、さようなら」


 僕と先生にお行儀よく頭を下げて、そそくさと帰っていくカルア。ミゲールものそのそとそのあとを追う。


「最近は一人でさっさと帰ってしまうな、カルア」

「ですね」

「あのスライム狩りの日以降、かな?」

「ですね」


 あれから一カ月余りがすぎた。カルアは二人きりのときでもお嬢様の仮面を外さなくなり、放課後修行のあともそそくさと一人で帰るようになった。雑談の類は一つもしていない。


「おほん、若人の痴話喧嘩に口を挟む趣味はないんだが」

「痴話喧嘩じゃないです」

「兄妹弟子のギクシャクした雰囲気も見ていて面白……まあ大人としては口出しも野暮と温かく見守ってきたわけだが」

「楽しんでんじゃねえか」

「このままでは埒が明かん、修行中の微妙な空気もいい加減お腹いっぱいになってきた。というわけでポンよ、我が愛しき赤毛の弟子よ。妹弟子のため、この才色兼備の師匠に打ち明けるべきことがあるのではないか?」

「うーんと……」


 説明が難しい。この際洗いざらいぶちまけてやってもいいかもしれないけど、そうすると彼女が猫をかぶっていることまでバラすことになる。それはさすがにアンフェアな気がする。


 僕がごにょごにょと言葉を濁していると、


「では、お前に代わって私が言おう。どうやらカルア嬢には、お前にしか見せない本当の顔があったようだな」


 先生は得意げににたりと笑う。さすがというかやはりというか、この人にはお見通しだったようだ。


 しかたなく、あの日の僕とカルアのやりとりについてかいつまんで話すことにする。最後まで聞き終えると、先生はうんうんと満足げにうなずく。


「いかにもお前ららしい、青くさい諍いじゃないか。ぜひともその場で聞いていたかった」

「酒のツマミじゃないんすけど。ていうか、このせk――この国の隷魔使いって、みんなああいう感じなんですか?」

「ポンよ、お前にとって隷魔とは?」

「家族です」

「即答か、愚問だったな。隷魔使いにとって、隷魔とは己の分身や家族も同然……確かにそれが一般的な常識ではある」


 人と魔物が出会い、絆を育む。いつしか互いのマナが共鳴し、言語を超えた意思疎通が可能となり、初めて両者は契約が結ばれたことを知る――というのが一般的なプロセスらしい。僕とサクラのケースは例外中の例外だ。


「契約は、偽りの絆では成し得ん。必然的に両者の信頼と親愛は本物ということになる」

「ですよね」

「だが……人心とは移ろうもの。それも事実だろう?」

「え?」


 先生の指先がリッキーの頭を撫でる。気持ちよさそうに目を細めるリッキー。


「長年連れ添った夫婦のように、愛獣への想いが薄れることは珍しくない。富と名声を求める者であればより強い力への羨望を抱き、あるいは己の不甲斐なさを棚に上げて相棒に八つ当たりしたり……そういった例を幾度となく見てきたよ」

「それって……隷魔のことを自分の所有物とか出世の道具とかみたいな物差しでしか見れなくなってるから、ってことですよね」

「まあ、そうだな」


 そういうやつは元の世界にもいた。ペットを承認欲求を満たすための見世物や金儲けの道具としか思っていないやつ。僕の最も嫌いな人種の一つだ。


「お前から見れば唾棄すべきかもしれんが、冒険者の界隈ではままあることなのさ。絆が失われれば、隷魔との契約は断ち切られることになる。そんな輩が再び別の魔物と絆を紡げると思うか? 無理だな、そういうやつはもはや、魔物を対等の相棒とは見られない」

「隷魔との契約って、切れるものなんですね……」


 考えてもみなかった。


「ああ。互いの心が離れたときに、互いを結びつけるものはなくなり、心の声は二度と聞こえなくなる。ひどい虐待の末に絆を失い、その牙にかかって命を落としたやつもいたよ」


 ぞっとする話だ。思わず隣で眠るサクラのぬくもりに触れずにはいられなくなる。


「まあ、お前には縁のない話さ。お前とサクラがそんな風になるのは想像できん」

「当然です」


 無理に起こされて不機嫌なサクラにがしがし噛まれているけど、これも愛情表現。痛い痛い。


「……カルアとミゲールも、そうなりますか?」


 先生はくるりと振り返り、


「ん? なるわけないだろう」

「え?」


 さも当然のように言われて、思わず拍子抜けする。


「でも、カルアはミゲールを役立たずって……」

「まあ、確かにあの二人の魔法は相性が悪いからな。カルアはリッキーと同じくオーソドックスな風魔法【風泳】を得意としている。かたやミゲールの土魔法は【石錐】、【風泳】とは組み合わせづらい技だ。こればかりは運命の悪戯と言うほかないが……いや、そんなことは関係ないか」


 首をかしげる僕に、先生はニヒルに笑う。


「お前とは別の意味で、あるいは別の形で……カルアはカルアなりに、ミゲールを大切に思っているよ」

「うっそだー。大事にしてるなら、サクラとミゲール交換しようぜとか、口が裂けても言わないですよ」

「それは……お前はサクラでもミゲールでも、隷魔を大切にするやつだとわかっているからだと思うがね」


 だったら自分が大事にしてやれよ、と思うのは間違っているだろうか。


「あの娘もまだ子供なのさ。跳ね返りはともかく、蝶よ花よと大切に育てられた箱入り娘だ。お前が大人びすぎているせいでちょっと感覚が狂うが、あれが普通の十二歳というものさ」


 そう言われると返答に困る。先生はくすっと笑う。


「まあ、あとでもう一度じっくり話し合ってみてくれ。これはお前らの師匠としての頼みだ。あの娘を変えられるのは、お前とサクラだと思うから」

 

 

    ***

 

 

 そんな機会もないまま、さらに一週間後。


 本日休校ということで、サクラを連れてぶらぶらとお散歩。昼下がりのお日様はぽかぽか気持ちいいものの、冬が近づいているせいか風は日に日に冷たくなっている。


「ポンくん、ポンくん」

「あ、こんにちは、カーシャさん」


 僕らのほうに駆けてくるのは、カルアの世話係のカーシャさんだ。亜麻色の髪とエプロンがよく似合う、親しみやすい人柄で村人にも評判のお姉さんだ。


「こんにちは、今日もサクラちゃん可愛いわね」

「だって」


 ぷいっと顔をそむけるサクラ。なぜだかこの人には塩対応なのだ。


「で、カルアお嬢様見かけなかった?」

「カルア、さん? 見てないですけど……って、ミゲール?」


 いつの間にかカーシャさんの後ろにミゲールもいる。


「いえね……うちのボガードと一緒に薬草積みに出かけて、お昼ごはんには帰ってくるって言ってたんだけど……」


 なるほど、お昼どきには少々すぎている。


「あ、じゃあ……見かけたら帰るように言っておきます」

「ありがとう……じゃあね」


 カーシャさんは小走りで去っていき、ミゲールもとぼとぼとそのあとについていく。


(珍しいな……)


 カルアとミゲールが一緒にいないというのは、少なくともこの一カ月半くらいで初めて見たかもしれない。


(……だいぶこじれてんのかな、やっぱ)


『そういやサクラ、あのお姉さん嫌いなの?』

『あいつ、イヤなにおいする』

『あー、もしかしてあれか?』


 カーシャさんは野菜のピクルスをつくるのが趣味だそうで、うちも一度モモウリのピクルスをお裾分けしてもらったことがある。ハムと一緒に挟んで食べたら結構うまかったけど、サクラ的にはにおいが気に入らなかったようでその晩はモフモフさせてくれなかった。


「まあ、猫に漬け物はNGだよなあ……ん?」


 なんか騒がしいな、と向こうのほうに目をやると、


「――――!」

「――――!」


 大人たちが怖い顔をしてバタバタと右往左往している。


(またなんか、厄介な魔物でも出たのかな)


 だとしたらこちらにお鉢が回ってくるかもしれない。サンさんに捕まる前に家に帰ったほうがいいかもしれない。カルアも少々心配ではあるものの、ボガードさんが一緒なら大丈夫だろうし。


 くるっと踵を返して帰路につこうとしたところで、大人たちが先生の家に入っていくところを見かける。


 好奇心のほうが勝った結果、こっそり覗いてみることにする。


「――――」

「――――」


 玄関のところで先生が応対している。なにやら少し慌てた様子だ。


「――では、カルアは」


 かろうじて聞こえた。


「――攫われた、ということか?」

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