第5章 「果たされた約束」
焼香へ訪れた私達へ、友呂岐家の人々は温かい歓迎の意を示してくれた。
他の遺族と同様か、或いはそれ以上に。
「来たよ、誉理ちゃん。約束通りにね…」
仏壇に向き合った園里香少尉の口調も、柔らかく砕けた物になっている。
指先で抹香を摘まむ手つきにしても、震えは一切見られない。
友呂岐家の温かい出迎えに、リラックスする事が出来たのか。
或いは、友呂岐誉理の生前の面影を追っているのか。
恐らくは、その両方なのだろう。
先に焼香を終えて座布団にかける私は、香炉にパラパラと抹香を落とす部下の仕草を眺めながら、そんな思考を巡らせていた。
こうして滞りなく焼香を終えた園里香少尉は、先の紙袋を友呂岐家の人々に差し出したのだ。
「どうぞ御家族の皆さんで召し上がって下さい。四方黒庵の和菓子です。誉理ちゃんからの御手紙で御存知かも知れませんが…」
「ええ、存じておりますよ!家の誉理や貴女とも懇意だったという、四方黒美衣子さんの御実家とか。きっと娘も喜びますよ!」
あの和菓子は恐らく、この仏壇にしばらく供えられるのだろう。
日本酒の肴として4人で食べた壮行会の夜が、今でもありありと思い出せる。
そのうち1人は、珪素生命体との戦闘で壮絶な戦死を遂げ、肉体はモスクワの土と化し、魂は堺県防人神社に英霊として祀られている。
もう1人は軍服を和服に改め、今では和菓子の看板娘だ。
あの気の置けない壮行会に参加した4人の中で、今も生きて軍務に就いているのは、私と園里香少尉の2人だけになってしまった。
祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり
夏草や 兵どもが 夢の跡
学生時代に学んだ「平家物語」と芭蕉の句が、これ程までに身に染みて感じられるとは思ってもみなかったよ。
遺族への挨拶も故人への焼香も終え、私と園里香少尉は駐屯地への帰路に着こうとしていた。
軍公用車とはいえ長時間の路上駐車は控えるべきだし、駐屯地の執務室には事務仕事が待っている。
何より、司令官が長々と駐屯地を離れて副官に任せっきりにするのも、誉められた真似ではない。
後ろ髪は引かれるが、致し方なかった。
「お待ち下さい!天王寺ルナ大佐、園里香少尉!」
公用車へ向かいつつあった私達を呼び止めたのは、友呂岐の父親である銭湯の大将だった。
「はい…いかがなさいましたか?」
「これをお持ち下さい。娘の遺言で御座います。」
差し出された品は、ガラス瓶に入ったコーヒー牛乳だった。
どうやら、番台脇の冷蔵庫に収められていた売り物らしい。
御丁寧に、運転席にかけた少女士官の分も用意されている。
「戦友が訪ねて来たらコーヒー牛乳を奢るように。娘の最後の手紙に、そう記されていたのです。」
「はっ!?」
園里香少尉のつぶらな青い瞳が、グッと大きく見開かれる。
「心当たりが御有りなのですね、園里香少尉?」
「誉理ちゃん、私達に約束してくれたんです。銭湯へ来てくれたら、自分の奢りでコーヒー牛乳を御馳走してくれるって…」
運転席の少女士官に応じる園里香少尉の声は、僅かに震えていた。




