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第2章 「鞄持ちの部下は、妹同然の少女士官」

 御報告と御焼香とを終えた私は、深々と頭を下げる御遺族達に見送られ、待たせていた公用車に乗り込んだ。

 こうして辞去する時というのも、胸が痛くなる瞬間だ。

-もう少し長く、あの部下の仏壇に手を合わせてあげたかった…

 そんな思いが、どうしても去来してしまう。 

 だが、この後も弔問の予定は入っているし、司令官としてのデスクワークもこなす必要がある。

 信頼のおける優秀な副官に留守は預けているにしても、あんまり長々と任せっきりにしている訳にもいかないだろう。

「車を出してくれ。今日の所は、次が最後の一件だ。」

 後ろ髪引かれる思いを抑えようとしながら、私は運転席に呼びかける。

 その声が余りにも事務的で不愛想なのに、自分でも驚いてしまう程だ。

「はっ!承知しました、天王寺ルナ大佐。」

 しかしハンドルを握る少女士官の返答は、いつもと同様に快活だった。

 黒いセダンの力強いエンジン音と相まって、まるで私を励ましてくれているように感じられたよ。


 バックミラーに御遺族達の姿が映らなくなった辺りで、私は公用車の後部座席にゆっくりと背中を預けた。

「貴官には常々苦労をかけるな、園里香(そのりか)少尉。」

 ヘッドレストにかけられた白い清潔なカバーの感触を後頭部で感じながら、私は鞄持ちの役も兼ねて同行させた少女士官に呼び掛ける。

 生真面目で戦友想いなこの少女は、珪素獣の跳梁跋扈するユーラシア大陸の戦場でも私に尽くしてくれた忠勇の部下だ。

 だが、私にとっての園里香少尉は、単なる「部下」と呼ぶには親し過ぎた。

 歳の近い姪っ子か、少し歳の離れた妹。

 そう言った方が、しっくり来る存在だった。

「戦没者遺族への挨拶回り…辛くはないか?」

「御気遣い頂き恐悦至極であります、天王寺ルナ大佐!」

 打てば響くように、助手席側の後部座席から快活な声が返ってくる。

「しかしながら、自分はあくまで人類解放戦線の一員として、そして何より帝国軍人として命令を遂行する所存であります!」

 彼女もまた、多くの部下や戦友を失っているはずなのに…

 その気丈さには、本当に頭が下がる思いだ。


「御遺族の方々も天晴れであります。恨み言はおろか涙1つ見せず、大佐の御話に素直に耳を傾けられるとは、さすがは帝国軍人の厳父と慈母、そして兄弟姉妹であります。」

 弔問周りに同席した園里香少尉の感想は、ある意味では正しかった。

 御遺族達の毅然とした姿勢は、確かに素晴らしい。

 しかし私には、園里香少尉に尋ねておかなければならない事があった。

「帝国軍人の肉親としてなら、確かにその通りだな。ところで聞くが、園里香少尉。私達は産まれた時から軍人だったのかな?」

「えっ?」

 予期せぬ質問に、少尉階級の少女が戸惑った声を上げている。

 こうも唐突な問い掛けでは、そのような反応も仕方の無い物だ。

「私や貴官は、今でこそ人類解放戦線の要を担う帝国軍人として生きている。しかし其れ以前に、人として生まれた事を決して忘れてはならない。親御さんとて、口では帝国軍人の娘を誇っていても、内心では娘を亡くした悲しみを堪えていらっしゃるのだよ。」

「仰る通りであります、天王寺ルナ大佐。自分が無事に内地へ復員した時、実家の父母が涙を流しながら喜んでおりました。今回挨拶周りをさせて頂いた遺族の方々も、『帰って来たのが自分達の娘であってくれたら…』と思っていらっしゃるでしょうね。」

 二十歳前にしては少し幼い美貌に、微かではあるが影が下りている。

 相手の言葉を額面通りに捉えるのではなく、その裏に隠された真意を読み取れる賢さが確認出来て、上官の私としても一安心だ。


 それにしても、今の車内の重苦しい雰囲気は、私としても好ましい物ではない。

「ところで…その荷物は何かな、園里香少尉?随分と、後生大事に抱えているようだけど。」

 何とか話題を切り替える術は無いかと見回して目についたのが、膝の上に抱えた紙袋であった。

「手土産の和菓子であります、天王寺ルナ大佐!」

 些か強引な話題転換は、園里香少尉としても望む所だったらしい。

 返事の声は、先程よりトーンが露骨に高くなっていた。

「屋号を御覧下さい、天王寺ルナ大佐。四方黒庵で御座います。」

「ああ…四方黒(よもぐろ)の御実家か。」

 初々しい少尉が頬を緩ませるのも、無理もない。

 実家が和菓子屋を営んでいる元少女士官は、園里香少尉にとっては士官学校からの親友だからだ。


 私にとっても四方黒美衣子(よもぐろみいこ)少尉は、顔馴染みの愛すべき部下だった。

 軍務に忙殺され、除隊後の彼女と旧交を暖める事は未だに出来ていなかったが。

「そうか、園里香少尉…先日の休暇で貴官が買い求めたのは、これだったのか。四方黒は、元気そうだったかね?」

「勿論であります、天王寺ルナ大佐。店員さんの制服である、藤色の着物が板について…今ではすっかり、和菓子屋の看板娘でありますよ。」

 戦争を生き延びて親許へ帰還し、家業を継いで市井で穏やかに過ごす。

 四方黒美衣子が今いる環境は、間違い無く幸福だ。

 心を通わせた部下が去ってしまったのは残念だが、かつての上官としては、彼女の今後の幸福を応援してあげたい所だ。

「今日の挨拶周り…誘ってはみたのですが、ヤンワリ断られてしまいました。未だ気持ちの整理がついていないようであります。」

「貴官と四方黒、それに友呂岐は、特に仲睦まじかったからな…」

 件の三人は何をするにも一緒で、その騒々しいまでの賑やかさと元気に、私も少なからず活力を分けて貰っていた。

「今でもありありと思い出せますよ、天王寺ルナ大佐。三人麻雀で夜を明かしたり、休暇の日には一緒に映画を見に行ったり…二人と一緒だった時の兵舎生活は、それは楽しい日々でありました…」

 園里香少尉が饒舌になるのも、無理もない。

 これから公用車が向かう先は、戦死した友呂岐誉理(ともろぎえり)の実家だからだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 切なくなってしまいます(´;ω;`) だけど、ここまで特命遊撃士シリーズを読んだ以上は見届けなければ。
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