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第八十五話 再結成

――大地が悲鳴を上げた。


門から吐き出された巨躯が岩を投げるたび、地面が波のようにうねり、衝撃が肺の奥まで突き抜ける。

爆音、怒号、悲鳴、蹄――あらゆる音がぶつかり合い、空気そのものが震えていた。

焦げた鉄と血の匂いが土煙に混じり、視界までも赤黒く染まっていく。


そのうちの一体――巨人ギガンテスが、地鳴りを撒き散らしながら突進した。


私たちはエリアスの背を追い、丘の上の本陣へと走る。


(姉さん……どうか無事で!)


――そのとき、右の方で地鳴りが一段と強くなった。


さっきの一体が、土煙を上げて退却する第二師団へと迫っている。

その前で、わずか十数人の重騎士たちが円盾リンクを組んでいた。

背後には、大弩バリスタを積んだ馬車が数台――。


巨人の影の下では、その陣があまりにも小さく、儚く見えた。


(なにやってんの……逃げて!)


翻る第二師団の旗の下、円陣の中央で陽光を反射する一条の輝き。

銀の鎧をまとい、剣を掲げる――あれは、エルステッド卿!


「我らが食い止める! 王国軍の意地を見せよ!」


その声が――地鳴りを貫いた。


重騎士たちは盾と盾を押し合わせ、

陣の中央で、マントをはためかせたエルステッド卿が剣を巨人へと向ける。


「――てぇ!!」


轟音。

白い軌跡を描き、巨矢が五本、胸板に突き刺さる――が、それでも巨体は止まらない。

矢を引き抜き、咆哮とともに踏み出す。


大地がひしゃげ、空気が裂け、陣の足元で土が波打った。


(このままじゃ、エルステッド卿たちが――!)


「――みんなっ!!」


(姉さんがいなくたって――!)


返事はなくてもわかる。


(私たちは、やれる!)


私はバルドの背に揺られながら白杖を高く掲げ、魔力を込めた。


『俊足』×5――!


足元で光が弾け、風が背中を押す。

私たちは一斉に地を蹴り、風を裂くように前線へと飛び込んだ。


***


「――撃てぇ!!」


再び斉射。しかし、巨人の歩みは止まらない。

矢が刺さったまま土煙を上げ、もう円陣の目前に迫っていた。


天を覆う影。

円陣がぎゅっと引き締まり、重騎士たちが歯を食いしばる音が聞こえた。

間に合った!


『防御上昇』×5――!


私は即座にバルドの支援を切り替えた。

彼は私を担いだまま前に出ると、巨拳を真正面から受け止める。


ドガァァァァ――ッ!!


大地が波打ち、空気が爆ぜた。

バルドの丸太のような腕がびりびり震え、筋肉と血管が盛り上がる。

ぷちぷちと筋肉が裂けるような音――それでも、彼は踏みとどまった。

私は衝撃に耐え、必死に彼の肩にしがみつく――。


――止まった。バルドが押し返している!


目を上げると、エルステッド卿と一瞬、目が合う。


(そう、今こそ私が支援でみんなを助けるとき!)


彼は頷くと、円陣を飛び出した。

私も地に飛び降り、白杖を握り直す。


「エリアス! フィーネ! エルステッド卿!」


『攻撃上昇』×5――三人に付与!


「足を狙え!」


エリアスの短い号令。

聖剣が稲妻のように閃き、巨人の大木のような脚を深く抉る。

碧いマントが翻り、赤黒い血飛沫が陽光をはじいて熱風とともに舞い散る。


続いてエルステッド卿の一撃。反対の脚を叩き斬る。

どちらもまだ浅い。

けれど、巨人は怒号を上げ、一歩後ろへ下がった。


私は息を整え、次の支援を描く。


バルドには『疲労軽減』――

エリアスとエルステッド卿には『速度上昇』――

フィーネには『命中率上昇』。


それぞれ一つずつ入れ替え――。


四人の足元の魔法陣に、新たに三つの色が咲く。


再び地鳴りと共に踏み込んだ巨人が腕をこん棒のように振り回し、

エリアスとエルステッド卿を横殴りに狙った――。


まずい、こんなの喰らったら……。

背筋が冷たくなり、胃がきゅっと縮んだ。


その刹那、フィーネの三本の矢が閃光のように飛んだ。

全て顔面に命中し、巨体がのけぞり、一拍遅れて咆哮した。

その隙を逃さず、バルドが盾を構えて踏み込む。


大盾を斜めにして拳を受け流す。

軋みを上げながら、盾は耐え切り、巨人の体勢が崩れる。


(……行ける!)


「もう一度、足!」


私が叫ぶと、エリアスとエルステッド卿が同時に踏み込み、

私は『攻撃上昇』の詠唱を重ね、支援を入れ替えた。


光が足元で咲き、連携がひとつに噛み合った。


巨人の膝が沈み、巨体がつんのめるように前から倒れる。

大地を叩く音が戦場を貫き、衝撃が足元を抜けた。


(よし! 止めた――!)


けれど、もうもうとした土煙の中、意識が一瞬だけ遠のきかける。

まずい、立て続けに魔法を使い過ぎたかも……。


次の瞬間、振り上げた聖剣の輝きが見えた。

エリアスが叫ぶ。


「――撤退!」


(そうだ、走らないと――)


ふらふらしながらも、息を整えて駆け出そうとした、その瞬間――

ふいに、体がふわりと浮いた。


世界の音が――すっと遠のいた。


(ま、また!? わたし、子どもじゃないんだからね!)


でも――彼の硬い肩の感触、胸を打つ鼓動、そして揺れと同期した息。

それが証だった。――わたしたちは、確かに生きてる。


(でも……いつも、ありがと)


***


エルステッド卿たち第二師団と別れた後――

揺れるバルドの肩の上。


土煙の中で翻る王家の旗と白い天幕が見えた。


……よかった、きっと大丈夫。


支援を解除――途端に指先がじんと痺れ、身体が軽くなる。


「バルド、ありがと!」


彼はそっと手を添えてくれた。

私は飛び降りると、そのまま泥を蹴り、転がるように走った。

混乱の渦をかいくぐり、天幕へと駆け込む。


「セレナ!?」


「姉さん!」


驚いた顔の姉が、両腕を広げて迎えた。

私はその胸に飛び込み、息を詰める。


――あたたかい。

姉さんだ……本当に、生きてる。


けれど、その安堵はほんの一瞬だった。


「エリアス! バルド!? なぜお前たちがここにいる!

 守れ、守るのだ――! 全員で、私を!」


ヒステリックな怒声が響いた。


振り向くと、シャルルが卓上の地図を前にまくし立てていた。

蒼白な顔と震える手。

地図の上では白い駒が無惨に転がり、隅には誰のものとも知れぬ血が一筋、乾いていた。


「……お、お前たちの立案したあの攻略作戦は……完璧ではなかったのか!?」


裏返る叫び――。

その瞬間、机の脚が軋んだ。――まるで、彼の心が軋む音のように。


「戦に“完璧”などというものはございません、殿下。

 だからこそ、軍を率いる者が必要なのです」


マントに泥を跳ねたままのロベール卿が、低く応じた。

その声は刃よりも冷たい。


「ご決断を」


「な、何を――」


その声は、震える指先のように頼りなかった。


「ご決断を、殿下」


「……た、退却だ!!

 全軍――退けぇ!!」


風が天幕を押し上げ、灰のような光が差し込む。

幕がばさりと鳴った。


「――ご覧なさい、殿下……」


幕を押し上げる風。

その隙間から、私たちは“それ”を見た。


地平が――揺れていた。

轟音と砂塵の向こう、漆黒の巨影が二つ。

それは“走る”というより――山そのものが動いていた。


地鳴り。

一歩踏み出すごとに大地が呻き、杭に繋がれた馬車が跳ね上がる。

机上の駒が飛び、空気が震え、遅れて風がやってきた。


「……な、なんだ、あれは……! あんなものが……!」


後ずさるシャルルの声が裏返る。

ロベール卿は目を細め、静かに言い放った。


「――退却は、間に合いませぬ。

 殿下……お覚悟を」


(逃げられない――)


喉がひとりでに鳴った。

足元の石が震え、立っていられない。


(そうだ――やるしかない。

 さっきだって、一体は倒せた)


もう、誰もシャルルなど見ていなかった。

そのとき、戦場の空気が変わった。

目を向けた先にいたのは――勇者、エリアス。


その瞬間、エリアスと私の視線がぶつかった。


「……やれるか?」


短い問い。

息が止まった。


「――任せて!」


エリアスが頷いた。


「バルドは重騎士と連携して攻撃をいなして体勢を崩せ。正面から受けるな。

 フィーネは他の弓兵と牽制。ただし、痛いところにお見舞いしてやれ。

 その隙に、僕が騎士たちと足から崩す。

 アリシアは結界で守れ。セレナは――適切な支援を」


エリアスの指示はいつだって短く、そして的確だった。

相変わらず、私への指示は適当だけど――

でも、懐かしいくらいいつも通り。


思わず視界に涙が滲んだ。


――勇者パーティ、再結成だ。


エリアスが天幕の入り口へと動き、バルドとフィーネ、ロベールと騎士たちが続く。


総司令官のはずのシャルルは――

ただ目を見開き、口をぱくぱくしたまま立ち尽くしていた。


姉の瞳が、まっすぐに私を見た。

その瞳に、もう迷いはなかった。


「やるわよ、セレナ」


「……うん、やろう!」


ひどく疲れているけれど、まだやれる。

私は白杖を掲げる。

光の粒が手のひらから溢れた。


『魔力上昇』×5――!


姉の足元に白い稲光が走り、五重の魔法陣が現れる。

詠唱が進むにつれ、姉の身体が淡く光り出した。


「――聖なる結界よ、広域展開――!」


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