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第八十話 戦場の森

霧が――裂けた。


音もなく、白い帳を切り裂いて突き進む黒い影。

風が生まれ、木々がざわめく。


次の瞬間、怒涛の蹄の轟きが森を震わせた。


「……備えろッ!」


聖剣を構えたエリアスが短く叫ぶ。


「はいっ!」


私は白杖を掲げ、詠唱を走らせた。

――いつも通り、五重詠唱を五人分。正気の沙汰じゃない。


胸が焼けるように熱く、鼓動が耳の奥を叩き続ける。


勇者――『防御上昇』『攻撃上昇』『回避率上昇』『速度上昇』×2。

騎士――『回避率上昇』『防御上昇』×4。

聖女――『魔力消費低減』『速度上昇』『魔力上昇』×3。

弓使い――『攻撃上昇』『速度上昇』『俊足』『命中率上昇』×2。

そして私――『魔力消費低減』『魔力上昇』『速度上昇』『俊足』×2。


足元に光陣が次々と咲き、淡い光がそれぞれの身体に根を張る。

血流と魔力の脈が、同じ拍で打ち始めた。


指先が震え、体温が抜けていく。

それでも歯を食いしばって維持する。


脳裏に浮かぶのは――ただひとつ。


崩さない。誰も、倒させない。


――これが、幾多の戦いを越えて編み上げた私の“最強陣”。

戦況に応じて支援を差し替え、瞬時に最適化できる“動く魔法陣”。


「姉さん!」


姉が聖杖を正面に構え、祈りの声を上げる。


「――聖なる盾よ!」


光の花弁が舞い、正面に幾重もの光盾が浮かび上がった。

鏡のように輝くそれらが仲間の姿を映し、霧の中で幻想的な光を放つ。


「バルド!」


「むうん……!」


私の声に応じ、バルドが前へ。

大盾を地面に突き刺すように構え、両脚で大地を踏みしめた。

鎧が軋み、地面がわずかに沈む。


「フィーネさん!」


「大丈夫。準備はできてる」


樹上のフィーネが矢を口に咥え、弓を引き絞る。

霧の中、緑の彗星のような光が弓先に宿る。


――そして、霧の奥から黒き奔流が現れた。


それは紡錘陣形を組んだ騎兵隊。

馬が地を蹴るたび、泥が跳ね、紫の息が尾を引く。

騎乗するのは漆黒の鎧の騎士たち。


槍先の丸い影――思わず、一瞬目を逸らす。

味方の軍勢を裂いて現れた彼らの穂先には、なお誰かの兜が突き刺さったままだった。


黒い馬――ナイトメア。

牙を剥き、吐き出す息は地を焦がす。

その外周を、三つ首の獣――ヘルハウンドが取り囲み、炎を撒き散らしながら咆哮した。


(想像よりも、ずっと怖い……でも、私が支えるんだ!)


震える指先で白杖を握り締める。


熱風が頬を刺す。霧が吹き飛び、森の緑が悲鳴を上げる。

焦げた匂いが肺を焼き、喉が痛む。けれど――目は逸らさない。


その中央。

ひときわ巨大なナイトメア。

鱗のように鈍く光る黒甲冑の男が、その背にいた。

長い耳、切れ長の瞳、闇に溶けるような肌。


――あれは……。


エリアスが叫ぶ。


「……ダークエルフ!」


バルドが盾の裏で吐き捨てた。


「魔に魂を売った一族……!」


木々の上から、フィーネの絞り出すような声が落ちる。


「――ガルヴァン! やはり貴様か!」


(やっぱり……フィーネさんの知ってる人なんだ……!)


次の瞬間――黒い奔流が吠えた。


「来るぞ――ッ!!」


エリアスが高く剣を掲げた瞬間――。


轟音――世界の音が一瞬だけ途切れ、耳の奥で白い火花が散った。


姉の『聖なる盾』に、黒い奔流が衝突した。

大地が爆ぜ、衝撃波が木々を吹き飛ばす。

最前列の槍が光盾を叩き、突き立ったナイトメアは弾かれて地に叩きつけられる。


一枚は割れても、二重の障壁を突破できた者はいない。

だが――中央の偉丈夫、黒騎士ガルヴァンの槍は違った。


パリン――!


聖なる盾を、一撃で二枚まとめて貫いた。

破片が光の粒となって舞い、火花と閃光が交じり合い、空気が焦げる。


「バルドッ!!」


姉の叫び。


「――止める!」


バルドは唸りを上げ、両腕の筋肉が血管も露わに盛り上がる。

ガルヴァンの槍が大盾を貫かんと突き立ち、鎧が軋み、地が裂けた。


それでも――彼は退かない。


私は息を呑んだ。

身体の奥が熱くて、でも震えて、足先の感覚が遠のく。

支援を止めたら、すぐに崩れる――そんな確信があった。


「……まだ、いける……!」


私は姉の光盾に反射する閃光を目で追いながら、

ケルベロスの熱風を片手で払い、次の詠唱を紡ぐ。


『回避率上昇』――解除。

『防御上昇』――上乗せ。


(いまは“耐える”が正解!)


「――押し返すッ!!」


バルドが地を蹴った。

雷鳴のような音が鳴り響き、衝撃波が黒騎兵を、ケルベロスを弾き飛ばす。


(よし、抑えた!)


「エリアス! 今だ――!!」


私は叫んだ。


「任せろ!」


聖剣が光の尾を引いて閃く。


エリアスが盾の隙間から飛び出し、

光壁と大盾が押し止めた敵陣へ――雷光のように駆けた。


だがその前方を、炎の奔流が塞いだ。

三つの首を持つヘルハウンドが吠え、口々から灼熱の炎を吐き出す。


「フィーネ!」


「任せて!」


樹上でフィーネが矢を放つ。

その瞬間――空気が止まった。


静寂の中、同時に三筋の光跡が走る。

放たれた三本の矢が、それぞれ異なる角度から、

ケルベロスの三つ首を正確に射抜いた。


(すごい……! 三発同時――完璧!)


「グルァァァァァァァ――ッ!!」


咆哮。

巨体が崩れ、炎が霧散した。

フィーネの銀葉の髪が、風に舞う。


「殿下!」

「エリアスっ!」

「勇者殿!」

「お願い!」


四人の声が重なる。


黒い騎兵が一斉に翻る。


エリアスは空中で回転しながら聖剣を一閃。

二つの黒影が崩れ落ちる。


そのまま――中央の黒騎士へと飛び込んだ。


黒騎士の巨影が槍を構える。

巨大なナイトメアが青紫の煙を吐き、視界が一面、紫に染まる。


黒騎士――魔将ガルヴァン。


槍を構え、馬上で身体を傾けた。そして一言、低い声。


「――甘い」


刺突の姿勢。

その刃の先――エリアスの胸を狙っている。


「エリアスッ!!」


思わず叫ぶ私。

一瞬の判断――『速度上昇』か、『防御上昇』か!


決めた!


『回避率上昇』――解除!

『速度上昇』――追加!


喉の奥が焼け、心臓が跳ね、声が掠れる。


眩い閃光。

聖盾が再び展開され、

エリアスの聖剣とガルヴァンの槍が――ぶつかった。


金属が悲鳴を上げ、衝撃波が空気を裂く。

霧が吹き飛び、視界が白に塗り潰される。


「ほう、交わしたか」


黒騎士の声。


――止めた!


喉が焼ける。

けれど、胸を撫でおろす暇などない。


白杖を握る手に力を込め、

足元の魔法陣が再び輝きを取り戻す。


一度引いた黒騎兵たちが、光盾の列の穴めがけて突撃してくる。


「ヤバい! 姉さん!」


『魔力上昇』――ひとつ解除!

『速度上昇』――追加!


「任せて!」


姉が祈るように両手を組む。


「――聖なる盾よ、もう一度!!」


衝撃――。


黒騎兵たちが光の障壁に激突し、

何名かが落馬し、何頭かのナイトメアは首が変な方向に曲がって動かなくなる。


ヘルハウンドたちが三つの首をもたげ、炎をバルドの大盾に吹きかける。


『防御上昇』×2――解除!

『炎耐性上昇』×2――追加!


バルドの髪がちりちりと鳴り、大盾が赤熱し、手元から煙が上がる。


まずい、もう一つ『炎耐性上昇』に入れ替えないと――!


次の瞬間、三本の矢がヘルハウンドの頭に突き立ち、悲鳴を上げて崩れ落ちた。


(フィーネさん、ありがとう!)


「バルド!?」


「問題無い」


耳鳴りの中、私はただ走り回り、必死に支援を続けた。

息が荒く、膝が震え、汗がこめかみを伝う。


まだ、敵は残っている。


後方から怒号と剣戟の音。

私たちの陣をすり抜けた敵と、ロベールの精兵が戦っている。


(ここで止めなきゃ――終わる!)


魔力が尽きかけても、足ががくがくと震えても――

仲間の背を押すために、光を奔らせる。


「いっけえええええええええ!!!」


霧の中、エリアスの足元に魔法陣が再び輝いた。


「――来い」


ガルヴァンの低い声。


エリアスの聖剣が弾けるように閃き――

再びガルヴァンの槍と激突する。


閃光。

衝撃。


静寂――。

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