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第四十五話 夜明け

(……よかった……!)


全身の力が一気に抜け、私はその場に崩れ落ちそうになる。

だが――その安堵は、長くは続かなかった。


廊下の奥から、重い足音と金属の打ち鳴る音が近づいてくる。

甲冑の軋む音が、まるで次なる戦いの幕開けを告げるかのように響いた。


瞬間、私たちの全身に緊張が走る。

エリアスは膝をついたまま、そっと剣の柄に手をかける。

バルドは盾を脇に構え直し、フィーネは音もなく矢筒に指を伸ばし、矢羽をつまんだ。

姉も私も、腰の杖へと手を添える。


油断は――できない。


廊下の向こうから、何かが迫ってくる。

私たちはそのまま息を殺して――待つ。


刹那、扉が勢いよく開かれた。


「全員、そこを動くな――!」


ロベール率いる第一師団の騎士たちがなだれ込んできた。

鎧に反射するランプの光が広間を照らし出し、重苦しい空気を一瞬で引き締める。

戦いの余韻が、鎧の光とともに現実へと一気に引き戻され、私は杖に添えていた手をはなす。


騎士たちは広間を一望し、誰もが言葉を失った。

床には人狼の死体が山をなし、床石は砕け、壁には矢と石片が突き刺さり、

タペストリーには大穴が空き、その下には――灰の山。


ロベールはリナとエリアスを見やり、彼女の首元に残る二筋の赤い痕に目を留め、重く眉をひそめた。


「……なるほど。“人さらい”の噂を耳にして急行したが……」


低く沈んだ声に、エリアスが顔を上げ、すぐさま首を振る。


「ロベール卿。どうやら“人さらい”は別のようだ。ただ、この街は――」


言葉が途切れる。

ロベールはしばし黙したまま、灰と血の入り混じる広間をゆっくりと見渡した。

やがて小さく息を吐き、低く響く声で言った。


「……うむ。諸君、ご苦労だった……後の処理は任せてくれ」


その声音には、事態の重さを受け止めた討伐軍司令官としての厳しさと、戦士たちへのねぎらいが同居していた。

騎士たちも警戒を解かぬまま、周囲に目を走らせ、一体ずつ人狼の死骸を確認していく。


ふと、気配を感じて目を落とす。

エリアスに抱かれたリナの睫毛がふるりと震え、その瞼がゆっくりと上がった。


「わ……わたし……生きてる?」


震える声で、リナは自分の胸に手を当てた。

自らの鼓動がそこにあることを、確かめるように。

その瞬間、彼女の瞳が揺れ、ぽろりと涙が零れ落ちた。


一斉に皆の視線が二人に集まる。


「リナさん……」


エリアスが微笑みかけ、やさしい眼差しで彼女を包み込んだ。

ふっと胸が熱くなる。


けれど、次の瞬間――


がばっ。


茶色の髪と金の髪が重なった。


「ありがとう……助けてくれて……好き!」


私は思わず、目を瞬いた。


「す、好き……!?」


リナがエリアスの首に手を回し、頬を寄せ――ぎゅうっと抱き着いていたのだ。


抱きしめられたまま目を見開いて固まるエリアス。

なぜか彼は恐る恐る振り返り――姉を見上げた。


姉は肘で腕を組み、ぷいっとそっぽを向く。


(ね、姉さん!?)


バルドは上を向いて頬をぽりぽりとかく。


その瞬間、張り詰めていた空気がふっと緩んだ。

周囲の騎士たちも「さすがは殿下!」「これは参った」と拍手をし、大笑いが起こる。

ロベール卿もいつもの厳しい顔をわずかに緩め、口元に微笑みを浮かべた。


そのとき――割れた窓の向こう。

黒く凍りついていた夜空の端から、淡い光が零れ落ちる。


柔らかな一筋の光が差し込み、広間に淡い金色の筋が走る。


一羽の鳥が夜明けを告げるようにさえずり、冷たい空気に、ほんのりとした温もりが混じり始める。

その光がやがて広間を満たし――砕けた床石も、血の跡も、灰の山も包み込んだ。


まるで、この世界がもう一度“生きる”ことを選んだかのように。


「――夜明け……」


私は思わず呟いた。


差し込んだ光が、少女と勇者をあたたかく照らす。

この街に、太陽が戻った瞬間だった――。


けれど、ふと横に視線を向けると――

フィーネが弓を握ったまま、バルガスが座していた玉座の方を、じっと睨みつけている。


昼間、彼女がぽつりと呟いた言葉が、耳の奥で鮮やかに蘇る。


――「魔族を信用してはいけない」。


朝日が差し込むほどに、広間の空気はあたたかく満ちていく。

けれど――私の胸の奥だけは、まだ凍てついていた。


この街は、あたたかく、幸せに満ち、人間と魔族が共に生きる“理想郷”のように見えた。

けれど――その裏に潜んでいたのは、想像していた以上に残酷な真実だった。


私は、この“調査任務”で初めて知ることになった。

私たちが戦っている魔族とは何なのかを。

そして――彼らとは、決して相容れぬということを。


世界を――やつらから取り戻さなくちゃいけない。

私たち、みんなの力を合わせて。


誰にも認められなくても、“聖女の妹”でも、おまけでもいい。

お荷物だって言われても構わない。


それでも、私はみんなについて行く。

そして、私の唯一の取り柄――支援で支える。それが、私の役割だから。


光と影が交錯する場所で、私は一人、強く、心に誓った――。


こうして、夜は明けた。

けれど、魔族の本性――私がそれを心の底から思い知るのは、もう少し先のことになる。


――ふと気づけば、助けを求めるように彷徨っていたエリアスの目が、私で止まった。


悪いけど、それに効く支援魔法は無いから――

勇者でしょ? 責任取りなさいよね。


私は苦笑しながら、そっぽを向いたままの姉へと駆け寄った。


評価やブクマをしてくださった皆様、本当にありがとうございます。

一つ一つがとても励みになっています。

これからも最後まで楽しんでいただけるよう頑張りますので、引き続きお付き合いいただけたら嬉しいです!

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