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第四十話 白銀の閃光

夜、宿屋《風見亭》。


二階の食堂には、他の宿泊客がまばらに残るだけだった。

ランプの灯りと暖炉の火が柔らかく空間を照らし、静まり返った夜の空気の中、薪の爆ぜる音だけが心地よく響いている。


私たちは夕方まで、冒険者ギルドや商会、市場を回って聞き込みを続けていた。

だが――この街に異常な点は見当たらない。

どこへ行っても魔族の領主・バルガスの評判は高く、人々はその施政に満足している様子がはっきりとうかがえた。


唯一、人さらいの噂だけはリナの話と一致していたが、ギルドでも詳細は掴めていないようで、わかったのは「近く調査を開始する予定」という情報だけだった。


そんな中で立ち寄ったギルドでは――。


扉口を開けた瞬間、ざわめきがふっと引いた。

見慣れないパーティの登場に、冒険者たちの視線が一斉に集まる。

木のテーブルに肘をついていた男が手を止め、壁際の弓使いがちらりとこちらを見た。

奥でサイコロを振っていた一団も、目を丸くして手を止める。


一歩前へ進み出たエリアスは、ばさりとマントを翻し、胸に手を当てて一礼した。

背後のランプの灯が彼の金髪を照らし、なぜか後光が差したように見える。


「やあ、皆さん。僕たちは――」


ギルド内が、しん……と静まり返った。


(ちょ、ちょっと待って!? その入り、まんま王子の演説モード!!)


場の空気が、一瞬で“舞踏会の大広間”になったみたいだった。

斧を担いだ大男が口をぽかんと開け、受付嬢はペンを握ったままフリーズする。

「……乾杯?」と小声で呟いた酔っ払いまでいた。


おそらく、「《白銀の閃光》――以後お見知りおきを」とでも言おうとしたのだろう。

その瞬間、姉がすっと前に出て、エリアスの前に立ち、にこりと微笑んだ。

エリアスは「えっ?」という顔をして言葉を飲み込む。


「――ソルダール地方から来たパーティですの。よろしくお願いしますわ」


その一言で、場の緊張がすっと解けた。

ざわっ、とどよめきが起こり、誰かが「……姫さんかよ」「いや、見ろ、あの盾……」と小声で囁く。


(……さすが、姉さん。“聖女の笑顔”で場をまとめた……!)


ふぅ、と胸をなでおろす。


ちなみに、ふわふわの髪が可愛らしい受付嬢は、思わぬAランクパーティの来訪に驚きつつも、エリアスとの会話中は終始そわそわしながら頬を染め――

「あの、ご滞在予定は……?」と聞くのも忘れなかった。

きっと彼女は、荒っぽい冒険者たちの中でも人気があるに違いない……と、私はなんとなく思う。


バルドの巨大な盾には、畏怖の視線が集まり、

姉はといえば、男性冒険者たちの崇敬と羨望の眼差しを受けていたのは言うまでもない。

フィーネは珍しいエルフの冒険者ということで注目を浴び、堂々としながらも、どこか落ち着かない様子で耳をぴくぴくと動かしていた。


私はというと――Aランクパーティの一員にしては幼い顔立ちだからか、ちらほらと興味の眼差しを向けられて、つい縮こまってしまっていた。


帰り際、応対してくれた受付嬢がぼーっと見送る中、奥から顔を出した受付嬢たちが、彼女を肘でつつき合っているのが視界の端に映る。


私は小さく息を吐いた。


……やっぱり、このパーティはすごい。

“勇者パーティ”です、なんて言わなくても、どこへ行っても注目を集める。


場違いだと感じる気持ちも、たしかにある。

けれど――今は、それ以上に、この輪の中にいられることが、ほんの少し誇らしかった。


「セレナ、早く!」


振り向いた姉が、私に手を差し伸べる。

勇者も、盾も、弓使いも――皆が立ち止まり、私を待っていた。


胸の奥が、かすかに高鳴る。

その鼓動に背中を押されるように、私は仲間たちのもとへ駆け寄った。


――ギルドを出たあと、私たちは近くのカフェに立ち寄った。

姉はカップをそっと置き、やさしい声でエリアスを諭す。


「――そういうものなのか?」


エリアスは目を見開き、感心したように頷いた。

やっぱりこの人、勇者である前に“王子”だ……。



……そのときだった。

静けさを破るように、階下から誰かの駆け上がってくる足音が響いた。


「お客様! お客様! 大変です……!」


勢いよくドアが開き、宿の主人が息を切らせて立っていた。

顔には驚きと興奮が入り混じっている。


「領主様のお屋敷から――迎えの使いが!」


主人の後ろには、黒い外套を纏った男が一人。

夜の影を切り取ったような立ち姿で一礼し、低くよく通る声を放つ。


「Aランク冒険者《白銀の閃光》の皆様。

 我が主、領主バルガス様が――ぜひ一度、お目にかかりたいと。

 ご足労いただけますでしょうか」


その言葉に、食堂にいた客たちが一斉にざわめいた。

そのざわめきには、驚きと……ほんの少しの畏れが混じっている。


「バルガス様が……!?」

「Aランクの冒険者だって……!」

「それでも、あの方が直々に招くなんて……!」


厨房の奥から、見覚えのあるエプロン姿がぱたぱたと駆けてきた。

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