表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/100

第三十四話 光の輪へ

赤い絨毯を踏みしめながら歩を進める。

そのとき、私は昨日のことを思い出していた――



昼休みのアカデミーは朝から上へ下への大騒ぎだった。

魔王討伐軍を起こすとの王命が発布されたからだ。


ジュリアンは嬉しさを隠しもせず、珍しく自分から話しかけてきた。


「なあ、妹御よ! きっとアリシアさんと勇者が共に戦うってことだよな? すごいな、な? な?」


相変わらず”妹御”。私にはセレナって立派な名前があるのに。

それでも、なぜかジュリアンだけは”聖女の妹”とは呼ばないのが救いだった。


私は机に突っ伏したまま顔をジュリアンの反対側、窓側に向ける。

姉は王宮に呼ばれていて、そこにいつもの姿勢の良い姿はなかった。


「そうだねー。すごいねー」


この日は、“きっと姉と離れ離れになってしまう”という思いで、頭がいっぱいだった。

ジュリアンの話など、正直どうでも良かったのだ。


「おい! もっと喜べよ! これがどれだけ凄いことかわかるか? あの勇者エリアス様と――」


ジュリアンは止まらない。貴重な昼休みが見事に溶けた。



そして、夜。

アカデミー寄宿舎の一室。

ランプの灯が壁にゆらめきを描く。


私は姉と向かい合って座っていた。


「え!? わたしも!?」


私は驚きのあまり、椅子から転げ落ちかけた。


「ええ、勇者パーティにあなたも」


「姉さんが?」


姉は静かに首を横に振る。


「違うの。わたしもエリアスにお願いするつもりだったけど、その前に決まっていたの。

 ロベール卿が口添えしてくださったそうよ」


ロベール卿が……。胸の奥がふっとあたたかくなった。

けれど、最近姉はエリアスにもバルドにも“様”をつけない――胸に、きゅっと小さな痛みが走った。


でも、それよりも――。


「セレナ、やっぱり緊張してる?」


「……うん。少し……怖いの」


零れた本音に、姉は驚きもせず、いつもの微笑みで私の手を包む。


「大丈夫。わたしたち、一緒でしょ」


そのいつも言ってくれる一言に、胸の冷えがほんの少しだけ溶けた。

それでも不安が消えたわけじゃない。


(……勇者パーティ。姉に、エリアス様、バルドさん、フィーネさん……“英雄”ばかりだ。

 ほんとうに私なんかに務まるの……?)


ロベール卿、公爵様、司祭様。

みんな、「姉の支えになりなさい」と言ってくれたけれど。


あの王都が燃えていた恐ろしい光景が離れない。

空を覆う竜の群れ。大地を踏み砕く鬼将の巨躯。

そして、足元に転がった誰かの足――。

一歩誤れば、誰も助からなかった戦場。


私はただ走り回り、支援の小さな魔法陣を咲かせていただけ――。


(それに……姉さんが、あんな恐ろしい場所にまた立つなんて)


胸の奥がぎゅっと痛む。

姉を失うかもしれない。私が死ぬかもしれない。

想像だけで喉がひゅっと鳴った。


「……でもね」


姉はそっと、私の手を握る力を強める。


「セレナがいてくれるから、わたしは戦えるの。

 セレナは、わたしが一緒でも――ダメ……かな?」


はっとして姉を見る。

その瞳には、いつもと変わらないまっすぐな光。


「セレナ、覚えてる?

 もし冒険者を続けたら――白魔導士の五年生存率は二分の一。

 今回は、エリアスもバルドもいる。フィーネさんだって。それにこの”聖女”のわたしも。

 ――生存率、もっと高いかも。ね?」


姉は片目を瞑ってみせる。


「ね、姉さん……」


姉の奇想天外な理論に、私は目を白黒させた。


姉は微笑み、そんな私をぎゅっと抱きしめた。

あたたかい。胸の奥まで沁み込んでいく温度。


「だからね、わたしたちが一緒なら、どこでも同じってこと」


「……うん」


怖くても、この腕の中なら前を向ける。

この温もりを失わないためにも――私は、どこまでも姉の背を追いかけよう。

姉と一緒にいられることが、何よりの救いなのだから。



記憶が沈み、再び玉座の間の現実へと戻った。


踏みしめる足が震える。けれど、止まらない。止めない。

私は深く息を吸い、絨毯を一歩一歩踏みしめて玉座の前へ進んだ。


……知っている。みんなが求めているのは姉だ。

私の支援や治癒の小さな光は、戦場では光に紛れてしまう。


けれど――“ほんのちょっと”でみんなを支えることが私の役割。


そんな私だけど、いや、だからこそ――

あの四人の“光の輪”の中へ、勇気を振り絞って一歩を踏み出す。


勇者と聖女、鉄壁の盾、弓の名手。

そして――その隣に並び、膝をつき、前を向く。


気付けば、ざわめきは消え、広間は静寂で満たされていた。


玉座の前には、五人の影が横一列に並ぶ。

勇者エリアスの白銀、姉の銀光、バルドの黒鉄、フィーネの翠葉、そして私の白。

朝の光が高窓から差し込み、それぞれの影を長く伸ばしながら、玉座の階段へと集めていく。

五つの光と影が、ひとつの“運命”を描くように。


(……おまけでもお荷物でもいい。姉さんと一緒なら!)


胸の奥で、小さな灯がそっとともった。



――輝いていた三人の軌跡を、ただ追いかけるだけだったあの頃。

「聖女の妹」だった私は、やがて旅の果てに本当の自分を見つけるだろう。

それまでの、短くも遠い旅路――その一歩を、いま踏み出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ