表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/100

第十五話 王都の休日・前編

ある休日のこと。


その日は、朝から胸がそわそわして、落ち着かなかった。

だって――姉と二人きりで、街へお出かけなのだから。

そう、アカデミーの生徒だって、冒険者だって。たまには休息が必要なのだ。


「セレナ、準備はできた?」


クローゼットの扉を開けて顔をのぞかせた姉は、いつものアカデミーの制服ではなく、淡いラベンダー色のワンピース姿。

窓から差し込む光を受けて裾がふわりと揺れ、まるで一輪の花みたいに可憐だった。


「……きれい」


思わずつぶやいてしまった。――そうじゃなくて!


「うん! もうばっちり!」


私は元気よく答えて、姉の手をぎゅっと握った。

今日の私は、姉と一緒に選んだブラウスにスカート。

普段の地味な私服より少し背伸びした装いで、なんだか自分まで特別になれた気がする。


寄宿舎を出ると、春の陽射しが石畳をきらきら照らしていた。

花売りの少女が声を張り上げ、露店からは焼きたてのパンや蜜菓子の香ばしい匂いが漂ってくる。

人々のざわめきや馬車の車輪の音さえ、今日は不思議と音楽みたいに聞こえた。


通りに出た瞬間、視線がふっとこちらへ集まるのが分かった。


「綺麗な方」

「どこのご令嬢かしら」


小さな囁きが背後で弾ける。


花売りの少女は慌てて花束を整え――


「おまけです」


と白い小花を一本差し出した。


姉は微笑んで「可愛いお花ね」と言うと、銅貨を二枚そっと手に載せた。


「二つくださいな。わたしと妹に一輪ずつ」


少女が目を丸くして慌てると、姉は柔らかく続ける。


「だめよ、ちゃんとお代はもらわなくちゃ」


差し出された二輪の白い花を受け取り、姉は一つを自分の耳の上に、もう一つを私の髪にすっと差してくれた。


「よく似合うわ、セレナ」


頬が熱くなる。姉とおそろい――それだけで胸の奥まで温かく満ちていく。

街角の人々の視線も、ますます姉に集まっていく。


パン屋の店主はカウンター越しに背筋を伸ばし、帽子を取って会釈する。

みんなの目が、まず姉へ吸い寄せられて、それから私にふわりと流れてくる――そんな感覚。


「ねえ、姉さん。今日は何から見る?」


「そうね……まずは洋服屋さんに寄ってみましょうか」


「やった!」


胸が弾む。


石畳を並んで歩きながら、姉が私に微笑みかけるたび、世界がいっそう鮮やかになる気がした。

銀の風見鶏が屋根の上で回り、鳩の群れが空をかすめていく。

通りに並ぶガラス窓には色とりどりのドレスや帽子が映り込み、まるで夢の舞台の幕が開いたようだ。


通りの角を曲がると、制服姿の下級騎士が二人、さっと道を空けてくれた。


「失礼いたします」


ぎこちなく胸に拳を当てる仕草――おそらく“どこかの良家の令嬢”に見えたのだろう。


子どもが一人、姉のワンピースの裾を見上げて――


「おひめさま?」


と首をかしげ、母親が慌てて頭を下げる。

姉はにこりと微笑んで、その子の頭をそっと撫でた。

光が髪に落ちて、糸みたいに細く揺れる。


街はすっかり、姉のための舞台のよう。

手を繋いで歩くだけで、誇らしくて、嬉しくて、胸がいっぱいになる。


そう、今だけは。“聖女”と“聖女の妹”ではなくて、姉と妹として、一緒に歩くんだ。


***


王都の大通りに面した洋服店は、色とりどりの布地と甘い香水の香りに満ちていた。

扉を押し開けた途端、店員の女性がぱっと目を輝かせる。


「まあ! なんてお綺麗なお嬢様でしょう!

 ぜひこちらのお洋服をお試しください!」


有無を言わせぬ勢いで、姉の腕に次々とドレスやワンピースが重ねられ、押し込まれるように試着室へ。

次に私に目を移すと――


「お嬢さんはいかがなさいますか?」


「えっと――私は、見てます」


店員の女性はにっこり微笑むと、試着室へ向き直り、胸の前で小さく手を組んだ。


ラベンダー色のワンピースから、今度は深紅のドレスへ。

次は清楚な白のワンピース、きらめく青のマントつきチュニック……。


カーテンがしゃり、と開くたび、姉が一歩踏み出す。

そのたび店員の女性はため息をつき、「お似合いですわ」と褒めちぎる。

店内の空気もふっと華やぎ、小さなどよめきが波のように広がった。


「きれい……」

「どこのご令嬢かしら……」


居合わせた客は思わず声を漏らし、店員たちも感嘆の拍手を送る。


(やっぱり……姉さんって、どんな服でも似合っちゃうんだな)


私は試着室の前の椅子に腰かけ、頬杖をついてその光景を見守った。

少し照れたように、でも楽しげに笑う姉――見ているだけで胸が弾む。


「セレナも、どう? 一着くらい試してみない?」


カーテンの隙間から、姉がそっと顔をのぞかせる。

そのやわらかな仕草に、私は思わず笑って首を横に振った。


「いいよ、今日は姉さんの日だから」


「……もう、本当にセレナは」


姉は小さくため息をつく。

けれど、その唇はどこか嬉しそうにゆるんでいて、また次の服へと手を伸ばした。


「これもきっとお似合いです!」と店員が興奮気味に差し出すたび、私は「うん、うん」とうなずく。

やっぱり姉にはこういう場所が似合う。


そのとき、同時に思ってしまった。


もし姉が剛盾ごうじゅんバルド様に嫁入りすることになったら?

危険を冒して魔物と戦ったり、汗だくになって薬草を集めたりする必要なんかなくて――

姉は毎日こんなふうに楽しく過ごせるのかも。


でも、私は頭を振って、その考えを消す。


(ううん。冒険者は、私たちが一緒にいるために選んだ道。

 だからこそ、姉さんと過ごすこういう時間を大切にしよう)


うららかな日差しの中、少し照れながら微笑む姉を見つめ――

私は心の底から、このひとときが愛おしいと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ