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第十二話 規格外

アカデミー入学初日。

午前の最初の授業は、全員が必ず受ける魔力適性検査だった。


アカデミーに入学した生徒は、まず適性検査を受ける。

これは年に一度ではなく、毎月行われる。


校庭に集まっているのは緊張した様子の今月の新入生と、その様子を見に来た生徒たちやクラスメイト。それに教師たちだった。


石造りの台座に、淡い光を帯びた測定石。

新入生は一人ずつここに手をかざす。


「では、アリシア・ルクレール」


呼ばれた姉が静かに歩み出た。


姉は目を閉じると、まるで湯加減でも確かめるみたいに、ごく自然に手をかざした。


次の瞬間――。


――ドンッ!


白金の光が爆ぜ、視界が一瞬で真っ白になった。

肌を焼くほどの光を浴び、地面が低く唸る。

思わず目を細めても、光は瞼を貫いてくる。


(なに……これ……?)


息が詰まる。喉がひりつくほど乾いているのに、声が出ない。

周囲のざわめきが遅れて耳に押し寄せ、私の鼓動だけが大きく響いた。


「……太陽よりも……」

「こんなの……見たことない!」


みんなの声が遠く、別の世界の音みたいに聞こえた。

ただ一人、光の中心に立つ姉だけが――

きょとんと首をかしげ、私を探すように笑った。


(……どうして。あんな顔で……?)


胸の奥で何かがぎゅっと縮む。

誇らしいはずなのに、どうしようもなく苦しい。


「っ……振り切った!? 歴代最高値――!」


試験官の絶叫に、さらにざわめきが広がる。


「誰だ!?」

「あの子、光属性だぞ」

「しかも、これは聖女級じゃないか……!」


その場にいた教師の一人が蒼白な顔になり、足早に校庭を駆け出した。


「学長に知らせなければ!」


声が校舎の方へ遠ざかっていく。


(やっぱり、姉さんはすごいんだ……)


瞬く間に、注目の的となる姉。

ふと隣を見ると、金茶の髪を風にそよがせたジュリアンが――

わずかに目を細め、唇の端を上げたのが視界に映った。


(……何かを決意した顔?)


そして――。


「次、セレナ・ルクレール」


呼ばれた途端、周囲の視線が一斉に私に突き刺さる。


「さっきの子の妹?」

「姉があれなら、妹もきっと……!」


期待と好奇のざわめきが一気に高まった。


(……無理だよ。たぶん、みんなをがっかりさせる……)


ごくりと唾を飲んだ私の肩に、姉がそっと手を置き、耳元で囁く。


「大丈夫よ。あなたなら」


胸の奥がきゅっとなり、私はようやく前へ進んだ。


校庭の空気がしんと静まり、周囲の視線が肌に感じるほど私の背中に集まっているのを感じる。


私はそっと石に手をかざし、魔力を流す。

孤児院で手に灯りをともしていた要領で。


その瞬間――石が強く脈動し、強烈な白金の光が弾けた。


思わず目を瞑る。

瞼を通して感じる光は、姉の時よりもなお鮮烈な白。


「……え……?」


心臓が跳ねた。

だが、その刹那、周囲のざわめきが耳に刺さる。


「これは……?」

「さっきよりも……!?」


胸が凍りつく。そんなはずはない。

すぐに冷たい疑念が高まった鼓動を抑え込んだ。


次の瞬間、光は急速にしぼみ、淡い光へと収束していく。

やがて静かに収まり、台座は何事もなかったかのように沈黙する。


「ふむ……記録は……標準値、か」


試験官の声が淡々と響く。


「さっきのは何?」

「うん。まあ、お姉さんほどじゃないね」

「でも白魔導士ならありがたい!」


そんな声が聞こえてくる。

振り向くと、そこにはいつものように微笑む姉がいた。


「セレナはまだ小さいんだから。伸び代がたっぷりよ」


やっぱり、姉さんはどこまでも優しい。

でも、ちょっぴり胸が痛かった。


(……姉さんは、本当に特別なんだ。

 けれど、わたしも姉さんみたいに――いつか)


***


午後。


私たちは白魔導士としての技能適性検査に臨んでいた。

受験者は二人だけ。白魔導士はそれほど貴重なのだ。


まずは防御魔法。


訓練場の一角で、見物する生徒や教師たち。


「始め!」


教師の掛け声とともに、姉は貸し出された白木の杖を片手に、十字にした両手を掲げた。


『――聖なる結界よ!』


姉がそっと呟くと、姉の前に透き通るような光の壁がふわりと展開された。

ただの光じゃない。その静謐で澄んだ水面のような輝きに誰もが息を呑んだ。


さざなみのような囁き。


「きれい――」


私も思わず言葉を零した。


――光の壁に向けて模擬の炎球が次々と放たれる。


次の瞬間――


放たれた炎球は光の壁に弾き返されることなく、小さな光を放つと――消えた。

すうっと吸い込まれるように。音もなく、ただ波紋だけがその表面に広がった。

まるで炎という存在そのものが、この世界から否定されたかのように。


「……え?」

「消えた……?」


一瞬の沈黙。

そして――ざわめきが爆ぜた。


「なんだあの結界は……!」

「炎が浄化された!?」

「これは、防御結界じゃない……浄化結界!?」

「いや、あれは……」


教師たちも色めき立ち、神官らしき教師の一人は蒼白になって慌てて手元の羊皮紙に走り書きを始めた。


「これは……もしかして――」


言葉を飲み込みながら、彼は震える手でさらにメモを取っていく。


訓練場全体がざわつき、視線が一斉に姉へと注がれる。

散った光は花びらのように舞い、姉はただ微笑んだまま静かに立っていた。


(……やっぱり、姉さんはすごい……)


誇らしい気持ちで胸がいっぱいになる。


やがて、見守る生徒たちから拍手喝采が起こった。


「まだろくに訓練も積んでないのに……」

「いや、本当に聖女かもしれない」



一方の私は――防御魔法は展開できなかった。

適性なしと判断され、支援魔法の検査に回される。


それでも、周囲の期待の視線をひしひしと感じながら、前に立った。


白いローブの裾を揺らして、先ほどの神官らしき教師が他の教師に軽く会釈し、一歩前に出る。


痩せた頬と落ち着いた灰色の瞳。胸元には小さな聖印が下がり、

教会から派遣されてきた神官らしいとすぐに分かる。


(さっき姉の奇跡を記録していた人が、私を試す……?)


胸がざわつき、手のひらに汗がにじむ。


「よし、やってみなさい」


低く穏やかだけど、少し緊張を含んだ声にうながされる。

私は、白木の杖を前に掲げ、ついさっき教えられたばかりの詠唱を小さな声で紡ぐ。


――すると、教師の足元に淡く小さな光の魔法陣が浮かび上がった。


(やった……できた!)


胸が高鳴り、思わず笑みがこぼれる。


『疲労回復』――疲労を少し和らげる支援魔法。

地味だけれど、確かに役に立つはずだ。


足元の光を見つめながら、教師は何かを確かめるように小さくうなずいた。


「……うん、確かに効果はあるな。少し楽になったよ。ありがとう」


そう言いながらも、一瞬だけ眉を寄せて驚いたように私を見た。

気のせいかもしれない。

すぐに瞳に柔らかな光を宿し、さっきまでの穏やかな笑みに戻ったから。


(……期待外れって思われたのかな? それとも……?)


私の表情を気遣うように、教師は続けた。


「初めては発動できない子も多いんだ。

 魔法を形にできたんだよ、誇っていい。

 これからしっかり練習していこう」


優しい言葉だったけれど、私は小さく息を吐き、肩を落とした。


……それでも姉は言ってくれた。


「セレナ、すごいじゃない! 初めて習った魔法を、一回で発動できるなんて!」


わかってる。

きっと素晴らしいことなんだろうけど……やっぱり、胸が少しだけ痛かった。


***


夕食を取った後、寄宿舎の部屋で姉は私を励ましてくれた。


今日の夕食では食欲がわかなかった。

折角の美味しい食事なのに、言葉少なにスープとパンを少しだけ。

姉は何も言わなかったけれど――きっと気づいていたはずだ。


「セレナは支援の才があるわ。

 派手じゃなくても、みんなを支える大切な力になる」


その声は真剣で、疑いようもなかった。

だからこそ、胸の奥がちくりと痛む。


(……どうしてそんなに迷いなく言えるの。

 どうして、私にはそんな強さがないんだろう)


「ありがとう、姉さん」


やっと口に出せたのは感謝の言葉。


けれど、姉さんを誇らしいと思うと同時に、ほんの少しだけ心に差す影。

その感情の名は――『嫉妬』。


そのとき、夜風がカーテンを揺らし、月の光を透かして影を作る。

まるで、二人の間に見えない境界線を描くように。


こんなに自分を想ってくれる姉にそれを抱いてしまったことが嫌だった。


そんな自分は嫌いだ――。


『お姉さんはお姉さん。あなたはあなた』


でも――いつか聞いたマルグリット司祭の声が、耳の奥で静かに響き――

私は、その芽生えかけた感情を全力で否定した。


(……違う! だめだだめだ! 私、頑張って、”私”としていつか姉さんの隣に立つから!)


姉は私の髪をそっと撫でながら、何も言わず微笑んでいる。

あたたかい――大好き。


けれど、その温もりが、かえって胸を締めつける。


(だから……私を置いて行かないでね……)


私は胸に小さな決意を灯しながらも、同時にそれがどれほど遠い道かを思い知らされていた。


こうして――私たち姉妹のアカデミーでの日々が始まったのだった。

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