レベッカの1日
番外編です。物語のその後のお話。レベッカのとある1日。
少しですが夜の描写があります。苦手な方はご注意ください。
メイドであるレベッカの朝は早い。
朝、太陽が昇るのとほとんど同じくらいの時間に目を覚ます。
「……んー」
ベッドの中で唸りながら身体を起こそうとするが。
「……」
一緒に寝ているウェンディに抱き締められている状態なので、なかなか難しい。ウェンディを起こさないようにしながらできるだけ静かに腕の中から出て、ベッドから降りる。
まずは自分の身体を清め、ワンピースとエプロンを身に付ける。
髪を適当に整えたら、すぐに朝食だ。レベッカにも使いやすく構造されているキッチンにて、食事を準備する。ちなみに、ウェンディは基本的に昼近くまで寝ているため、朝食は一人分だけだ。食べるのは自分なので簡単な物しか作らない。
今日のメニューは燻製肉の入った野菜スープ、パン、チーズ、熱いお茶。
テーブルに皿を並べ、黙々とそれを食べる。食べながらも頭の中で今日のスケジュールを組み立てるのが日課である。
食事を終えると、使用した食器を手早く洗い、簡単にキッチンの掃除を行う。
キッチンの掃除を終える頃、玄関のベルが来客を告げる。
「はーい」
パタパタと玄関に駆け寄る。念のため、扉に付けられた小さな窓から外を確認する。誰が来たのかを確認してから扉を開いた。
「おはよう!レベッカちゃん」
扉の向こうに立っていたのは、エプロン姿の大柄な中年女性だった。ニカッと笑い、家に足を踏み入れる。
「おはようございます、ドロシーさん」
このドロシーという大柄な女性は、この島の住人であり、通いの使用人だ。島に移住したばかりの頃、流石にレベッカだけで全ての家事を行うのは困難であると判断したウェンディが雇ってくれた。
「これ、頼まれていた物、買ってきたよ」
「いつもありがとうございます!」
ドロシーから荷物を受け取ったレベッカは頭を下げた。
ドロシーは、この屋敷から少し離れた場所に、夫と共に住んでいる。毎日午前中だけ来てくれて、レベッカと一緒に掃除や洗濯、料理、時には買い物までしてくれる頼もしい人だ。
「今日はどこから掃除する?」
「ええと、まずは洗濯をお願いします」
ドロシーと共に言葉を交わしながら洗濯、そして掃除を行う。コードウェル家ほどではないが、仕事はかなり多い。特にウェンディの書庫は本がかなり多く、埃が貯まりやすいので毎日の掃除と手入れは欠かせない。
「最近少しずつ暑くなってきたけどお嬢様もレベッカちゃんも大丈夫かい?」
「今のところは……たまに冷たいものが食べたくなることはありますね」
「それじゃあ、今日はアイスクリームを作ろうか」
「えっ、アイスクリーム!?」
目を輝かせたレベッカにドロシーは快活に笑いながら頷く。
家事全般をこなすドロシーだが、お菓子作りの腕が特に素晴らしい。コードウェル家にて、レベッカは料理を習っていたが、流石にお菓子はほとんど作ったことがないので、ありがたいことだった。レベッカもウェンディも甘いものは大好きだ。
掃除を終わらせた後に、キッチンで昼食の仕込みをする。その後は、先ほど言った通り、ドロシーがアイスクリームを作ってくれた。レベッカは横からメモを取りつつその姿を見守った。
「昼食のデザートに出せますか?」
「十分冷やしてからがいいから、午後のお茶の時間か夕食のデザートがいいだろうね」
2人で会話を交わしながら作業をしていたその時、
「……おはよ」
ようやく覚醒したウェンディがキッチンに入ってきた。
「おはようございます、ウェンディ様」
大きな声で挨拶をしたレベッカは、ウェンディの姿を見て苦笑する。流石に着替えてはいたが、ウェンディの目は明らかにまだ眠そうだった。短い髪も若干乱れている。ウェンディはいつも夜遅くまで仕事をしているので、起きてくるのは大抵お昼だ。
「おはよう!お嬢様」
明るく挨拶をするドロシーに対して、ウェンディは軽く頷く。すぐにレベッカの手を握った。
「……ベッカ」
ウェンディはほとんど何も言わないが、レベッカはすぐに察して軽く頷く。チラリと隣に視線を向けると、ドロシーは苦笑しながら頷いた。
ウェンディに引っ張られ、居間に向かう。ウェンディは設置された大きなソファにちょこんと座り、レベッカはその後ろに回った。そのまま櫛を持ち出し、ウェンディの髪を整える。
これが毎日の習慣だ。
櫛で髪をとかすと、ウェンディが無言で、だが嬉しそうに瞳を閉じる。その様子を見てレベッカも無意識に笑みがこぼれた。
2人がそうしている間に、ドロシーが昼食の準備を始めてくれた。
「相変わらず仲がいいねぇ」
そう言いながら、テキパキと完成された料理をテーブルに置いた。
レベッカもウェンディも、自分達の関係や過去についてドロシーに話したことはない。ドロシーからレベッカとウェンディの関係について何も尋ねてこないし、変な目で見てくることはない。多分、勘づいてはいるだろうが、決して口を出すことはなく、見守ってくれている。彼女のそういう所を、ウェンディは内心とても気に入っているらしい。
ウェンディの身を整えた後は、昼食だ。ミルバーサ島で取れる野菜や魚をふんだんに使った料理が多い。
昼食メニューは、サラダ、パン、魚のムニエル、それからデザートにドロシー特製の果物が入ったゼリーだった。
レベッカもウェンディと共に食卓について昼飯を味わう。
「このゼリー、とても美味しいです!」
レベッカがデザートを絶賛すると、ドロシーは満足そうに笑った。
「たくさん食べな。おかわりもあるよ」
ちなみにウェンディは無言だったが、食事は残さず綺麗に食べていた。
食事の皿を下げる頃、来客を知らせるベルが鳴った。
「こんにちは~」
緩い笑顔でやって来たのは、麦わら帽子をかぶった細身の男性だった。
ドロシーの夫、テディだ。
「なんだい、あんた!突然ここに押しかけてくるなんて失礼じゃないか!」
ドロシーが少し怒ったように言う。テディは肩をすくめた。
「君を迎えに来たんだ。あと、これを渡そうと思って。お嬢様への手紙だよ」
テディはそう言って手紙の束をレベッカに差し出してきた。レベッカは苦笑しながらそれを受け取る。テディはミルバーサ島唯一の郵便局員なのだ。ちなみにあまり仕事はないらしいので、自宅で農業もしている。
「これ、うちで採れた野菜だよ~。もしよければ食べてね」
そう言って新鮮な野菜をたくさんくれた。
「わあ、ありがとうございます!」
レベッカは礼を言いながら、それを受けとる。ウェンディは無言だったが、軽く頭を下げた。
「それじゃあ、そろそろ私らは戻るよ!明日もよろしく!」
「何か困ったことがあったらいつでも呼んでね~」
仕事が終わったドロシーはテディと共に手を振りながら自宅へと戻っていった。
食事の後は、ウェンディのためにお茶を入れる。レベッカはお茶を飲まずにそのまま使用した食器の後片付けを行った。
ウェンディはお茶を口にしながら、レベッカが家事をする姿をぼんやりと眺めていた。
「ウェンディ様、お疲れですか?」
レベッカが皿を棚に仕舞いながら声をかけると、ウェンディは首をかしげた。
「うーん……、ちょっとだけ疲れてるかも……」
よく見るとウェンディの目の下にはクマがあり、少し顔色も悪い。
「今日はお仕事をお休みされては……」
心配になったレベッカがそう言うと、ウェンディはキッパリと首を横に振った。
「休まない。もう少しで完成だから。締め切りも近いし」
そう断言されたらレベッカはそれ以上何も言えない。
ただ、無言でウェンディに近寄ると、優しく頭を撫でた。ウェンディが口元を緩め、目を閉じる。
「んふ、んふ」
小さく笑うその姿を見つめながら、レベッカは言葉をかけた。
「あまり無理はしないでください」
「うん。分かってる」
「あとでお茶とお菓子をご用意します。部屋に持っていくので休憩をとってくださいね」
その言葉に、ウェンディが上目遣いをして甘えるような声を出した。
「お茶じゃなくて、ミルクがいいなぁ」
レベッカは笑いながら頷いた。
「蜂蜜は?」
「もちろん入れて!」
「承知しました」
レベッカの返事に、ウェンディは嬉しそうに微笑む。そのまま立ち上がると、レベッカの額に軽くキスをしてから書斎へと向かった。
レベッカはそれを見届けた後、テーブルの前に座る。そして先ほどテディから受け取った手紙の整理を始めた。
「これは出版社から……これは、クリストファー様から……」
手紙の宛先はほとんどウェンディである。一番多いのは出版社からだ。編集者からの手紙もあるが、レナトア・セル・ウォードへのファンレターがとにかく多い。出版社へと届けられたファンレターはそのままウェンディに届けられる。時にはプレゼントが贈られてくることもあった。
ちなみにレベッカにも、時々キャリーやジャンヌなどかつての使用人やメイド仲間から手紙が送られてくることがある。どうやら今日はないようだ。
送られてきた手紙を整理したら、そのままテーブルの上の小さな籠に入れる。こうしておくとウェンディはきちんと目を通してくれる。意外なことにファンからの手紙もしっかりと読んでいるらしい。返事を書くことはないが。
手紙の整理が終わったら次は庭仕事だ。動きやすい服に着替え更に帽子を被ってから庭に出る。草むしりや花の世話、簡単に庭の手入れを行う。暑い季節であり、更に広い庭なので、全てをこなすのは難しい。いつかは家庭菜園をやってみたいと思ってはいるが、野菜なら頻繁にテディがくれるので、それで間に合っている。それに、レベッカの身体はまだ小さいので、今のように簡単な手入れをするのが精一杯だ。
近いうちに、ドロシーと一緒に庭を本格的に整備をしようと決心しながら、花の水やりを終えた。
家に入って服を着替えてから、手を洗う。ついでに水回りの掃除を行う。
午後はこのようにほとんどの時間を家事に費やすが、ウェンディの仕事がない日は、一緒に読書をするなどして静かに過ごすこともある。
滅多にないが、時々は2人で外に出て、散歩をしたり、買い物をする。買い物とは言っても、この島にはあまり店はない。数少ない商店で、ウェンディが使う文房具や小物などを、必要な分購入するだけだ。
日常生活に必要なものは頼めばドロシーが買ってきてくれるし、時にはクリストファーが気を使っていろんなものを贈ってくれる。
レベッカは自分のための買い物はほとんどしない。ウェンディからは十分な給金をもらっているし、コードウェル家で働いていた時代の貯金もかなりある。レベッカが何かを欲しいと訴えればウェンディはすぐさま手配してくれるだろう。実際、欲しいものがないかと何度かウェンディに尋ねられたが、その度に首を横に振って断っている。
レベッカ自身が、欲しいと思う物はほとんどない。日々の暮らしの中で、必要なものはウェンディがいつの間にか揃えてくれる。
レベッカにとって一番の望みはウェンディが笑顔であることだ。今のまま、穏やかな生活が続けば十分である。
時計を見ると、そろそろお茶の時間だ。ウェンディはいつもこの時間帯にお茶、もしくはミルクと、小さなお菓子を食べる。先程のリクエスト通りにミルクを温めて、蜂蜜を入れる。少し考えてから、小さなビスケットを数個添えた。
アイスクリームは夕食のデザートにしよう、と考えつつミルクとビスケットをトレイに乗せてから、ウェンディの部屋へと向かう。
部屋をノックすると返事はなかった。だが、いつものことなので、レベッカはなるべく音をたてないように部屋に入る。
部屋に入った瞬間、金属音が聞こえた。ウェンディが机の前でひたすらタイプライターを打っている。レベッカが入ってきたのにも気づいていない。
ウェンディは小説を書き始めると夢中になりすぎて過集中状態となることが多い。このまま放っておけば、眠ることも食べることも忘れてタイプライターを打ち続けるだろう。
レベッカは苦笑すると、そのまま部屋の真ん中にあるテーブルにトレイを置き、優しくウェンディの肩を叩いた。
ウェンディはハッとしたように手を止める。そして、呆けたようにレベッカに視線を向けた。
「……ごめん、ベッカ。気づかなかった」
「お疲れ様です。ミルクをお持ちしましたよ」
ウェンディは目を閉じると、片手で目を抑えるようにして声を漏らした。
「……もうそんな時間?」
「はい。集中してましたねぇ」
ウェンディは頷くと、ゆっくりと立ち上がった。
そのままテーブルの方へ移動するとソファに腰を下ろし、ミルクのカップを手に取る。どこか難しい表情をするウェンディを、レベッカが不思議そうな顔で見つめる。
「ウェンディ様?本当に大丈夫ですか?」
「うん……」
ウェンディはミルクを眺めながら、言葉を続けた。
「ちょっと……難しい話を書いてたから、疲れただけよ」
そして、温かいミルクを口にする。一口飲み込むと、ウェンディの表情は柔らかくなった。
「甘い……美味しい……」
ウェンディは温かいミルクとビスケットを交互にゆっくりと食べる。一方、レベッカはウェンディの部屋を見回していた。
ウェンディはこの書斎で仕事をしている時間が多い。掃除は週に1回~2回ほどだ。ウェンディの仕事が一段落したらこの部屋も空気の入れ換えをして、掃除をしなければならない。
そんなことを考えていると、ミルクを飲み終わったウェンディが手を伸ばしてレベッカの手を掴んだ。
「わっ」
そのまま引き寄せられて、ウェンディの腕の中にすっぽりと収まる。
「んふふ」
「もう、ウェンディ様、びっくりしたじゃないですか!」
そう言うと、ウェンディは笑いながら今度はレベッカの身体をくすぐってきた。
「わっ、あっ、ちょっ、やめ……っ、ひゃあ!」
大声をあげながら、身体をよじるようにしてソファに倒れこむ。ウェンディもまたクスクスと笑いながら、レベッカの顔や首筋にキスを落とした。そのままレベッカの身体に顔を埋める。
「はあ……、癒される……」
そんなウェンディの髪をレベッカは優しく撫でる。ここに移住してから短く切った金髪は、少しずつ伸びてきている。ウェンディはどんな髪型でも美しいがやっぱりもう一度髪を伸ばしてほしいな、などと考えていると、ようやく満足した様子のウェンディが顔を上げた。
「ありがと、少し元気になった」
その笑顔に、レベッカもホッとしながら笑う。
「それは何よりです。どんなお話を書いているんですか?」
そう尋ねると、ウェンディは目をキラキラ輝かせながら答えてくれた。
「今書いている本はねぇ、児童書じゃなくて、ちょっと怖い感じの小説なの。ゾクッとする感じの。ミステリー要素があって、トリックを考えるのすごく大変だったわ。でもね、たくさんの人が楽しめそうな小説!あのね、あのね、あらすじはね──」
本の話になったらウェンディはしばらく止まらない。レベッカはそんなウェンディの楽しそうな姿を、ニコニコと見つめ続けた。
ウェンディとの楽しい時間を過ごした後は、洗濯物を取りこみ、丁寧に畳んでからクローゼットに収納する。服が破れていたりほつれがあった場合は修繕を行う。
その後は備品や貯蔵庫の点検作業だ。不足や紛失していないかしっかりとチェックしなければならない。
そのように仕事に励んでいるとあっという間に夕方になる。少しずつ暗くなっていく様子を見て、次は夕食作りに取りかかる。
テディからもらった野菜に、ドロシーがいい豚肉を購入してきてくれたので、それらを使うことにする。
メニューは白パン、豚肉ときのこのソテー、野菜のマリネ、芋を使ったスープ、それにデザートはドロシーと作ったアイスクリームだ。また、ウェンディはこの島に移住してから酒を嗜むようになったため、希望があればワイン等を追加する。
「ウェンディ様ー!夕食の時間ですよー!」
レベッカはウェンディの部屋に向かって声をかける。小説を書くのに夢中になっている場合、ウェンディは呼びかけに気づかないこともあるので、その時は書斎に迎えに行く。幸い、今日はすぐに部屋から出てきた。テーブルの方へ近づき、椅子に座る。レベッカも向かい合うように腰を下ろした。
「いつもありがと……」
「お酒はどうされますか?」
「今日はいらない……」
明らかに疲れたような顔色だが、表情は少し柔らかい。
「お仕事、終わりそうですか?」
「もう少し、かな……最終確認もあるし。編集にも見てもらわないと…」
「発売されるのが楽しみですねぇ」
会話を交わしながら、夕食を食べる。ドロシーが作ってくれたアイスクリームは絶品だった。
「これ、美味しい……」
ウェンディも顔を輝かせながらアイスクリームを食べていた。
夕食の後はすぐに皿を洗い、キッチンの後片付けをする。一方、ウェンディはすぐにまた書斎へと足を向けた。
「ベッカ、今日は先に寝ててね」
「承知しました……ミルクやお茶はどうされますか?」
ウェンディはいつも夜遅くまで、時には深夜まで仕事をしている。希望すれば、ウェンディのために夜食としてホットミルクやお茶、軽食などを用意するが、
「ううん。今日は大丈夫。集中したいから」
今夜は不要のようだ。
レベッカは食器を片付けながら、言葉を続けた。
「お風呂は入ってくださいね。それと、あまり遅くならないようにしてください」
「はぁい」
ウェンディはヒラヒラと手を振りながら軽く返事をして行ってしまった。
皿を洗ってキッチンの後片付けが終わったら、これで、1日の業務は終了となる。
その後は入浴だ。レベッカの部屋には小さいが自分用の浴室がある。浴槽にお湯を準備して、全身を洗った後、陶器風呂に浸かる。
時折、ウェンディはレベッカと一緒にお風呂に入りたがり、突然浴室に飛び込んでくることもあるが、幸い今日はなかった。
その事にホッとしながら簡単に浴室の掃除まで終えた。髪を乾かしながら、明日のことを考える。
ウェンディの仕事が一段落したので、明日はきっと一緒に過ごせるだろう。何か美味しいお菓子を作ろう。2人で外に出て、散歩をしたり、読書をするのもいいかもしれない。とても楽しみだ。
明日の事を考えつつこっそり胸を踊らせながら、レベッカは髪を整え、歯を磨いてから寝室へと向かった。
寝室は、1つだけだ。真ん中に大きなベッドが設置されてあり、ここでレベッカとウェンディは眠っている。先程言った通り、ウェンディはまだ仕事をしているらしく、寝室にはいなかった。
少し残念に思いつつ、レベッカはベッドに上がる。たまにベッドにて本を読むこともあるが、今日は疲れたので眠ることにした。目を閉じるとすぐに睡魔が忍び寄ってくる。まどろみに包み込まれ、やがて沈むように夢の世界へと入っていった。
しかし、これでレベッカの1日は完全に終わり、というわけではない。
真夜中、物音がして、隣からゴソゴソとする気配がする。顔を優しく撫でられて、レベッカは覚醒した。すぐにウェンディがベッドに入ってきたのだと気づく。
「ウェンディ様……」
小さく名前を呼ぶが、返事は返ってこない。代わりに、唇を塞がれる。それを受け止めながら、レベッカは手を伸ばして優しく髪に触れた。目の前に見える緑の瞳が嬉しそうに輝く。
「……お仕事は?」
短く問いかけると、ウェンディはレベッカの手を握り、頬擦りしながら声を出した。
「終わらせてきたわ……次は、あなたに集中しなくちゃ」
「何ですか、それ」
レベッカがクスクスと笑うと、それを塞ぐように再びウェンディは唇を重ねる。
何度もキスを繰り返し、お互いの名前を呼ぶ。まるで、全身が溶けそうなほどの幸福に満ちた時間が過ぎていった。
やがて、ウェンディは満足したようにレベッカを抱き締め、そのまま眠りに沈みこむ。レベッカもウェンディの体温を感じながら、瞳を閉じると、再びまどろみの中へと落ちていった。
そうして、再び日の出と共に目を覚ます。
隣では、いつものようにウェンディが穏やかな顔で眠っている。そんなウェンディの顔をレベッカは愛おしく思いながら、頬を撫でた。
──自分は、あと何回こんなに幸せな朝を迎えることができるだろう。
ふと、そんなことを考える。
その日はゆっくりと、だが着実に近づいている。あと数年もすれば、自分の身体は限界を迎える。それを考えるだけで、心が凍りつき、悲しみに染まる。
いつか、大切で愛おしいこの人を置いて、去らなければならない。
──だけど、それまでは。
できるだけ、たくさんの幸福の思い出を作ろう、と思った。
愛しいこの人と一緒に。
※裏設定
ドロシー・ブレイク
テディ・ブレイク
ミルバーサ島に住む夫婦。ドロシーは元々ミルバーサ島の出身。王都で生活していたが、一人息子が独立したのをきっかけに、夫と共にミルバーサ島に戻ってきた。テディはのんびりとした天然、ドロシーは明るくて豪快な性格。2人とも、「細かいことは気にしない、笑って過ごせればそれで問題なし!」と考えている似た者夫婦。
後に、ドロシーは息絶えたウェンディを最初に発見することになる。だけどそれは、ずっとずっと未来の話。




