幸せな1日
月日は流れ行き、とうとう魔法学園での試験が終了して、学生達は短期休暇へと入った。
ウェンディが、とうとう屋敷へと帰ってくる。ウェンディが帰ってくる当日、レベッカは朝から落ち着かない様子で仕事をしていた。
「レベッカ、気持ちは分かるけどちょっと落ち着いて」
キャリーに注意されるほど、ソワソワと何度も時計を確認する。
「す、すみません……」
レベッカが慌てて謝ると、キャリーは苦笑した。
「ほら、お嬢様をお出迎えするための準備をしなくちゃ」
「はい!」
キャリーにそう言われ、張り切って手を動かした。ウェンディが帰ってくるということで、レベッカだけではなく屋敷中が明るいような気がした。ウェンディは試験が終わったらすぐに帰ってくるそうなので、到着するのは今日の夕方になるようだ。レベッカはあまりにも楽しみすぎて、その日はずっと仕事に集中できなかった。
やがて、メイド長の声が大きく響いた。
「レベッカ!到着なさったわよ!」
その声にレベッカは瞬時に飛び上がり、すぐにホールへと向かっていった。
ホールへと到着すると、既にメイドや使用人達がズラリと並んでいた。レベッカも慌ててそれに加わる。レベッカが外へ繋がっている扉へと視線を向けると、すぐに扉が開かれた。
「お帰りなさいませ」
その場の使用人達が一斉に頭を下げる。レベッカも頭を下げようとしたが、
「……あぅ」
思わず動きがピタリと止まった。
扉の向こうに、ウェンディが立っていた。
姿はレベッカの記憶にあるそれとほとんど変わっていない。だけど、
――綺麗
思わず頭を下げるのも忘れ、呆けたように見つめた。雪のような肌に浮かぶ薄紅色の頬、金糸のような髪は茜色のリボンで彩られ、細い身体は上品なドレスで包まれている。この世のものとは思えない、まるで女神のような美しさだった。
――綺麗というか、神々しい……
宝石のような緑の瞳が、誰かを探すように周囲を見回す。すぐに、レベッカと目が合った。
「ベッカ!」
ウェンディは素早く駆け寄ると、勢いよくレベッカに抱きついてきた。
「わっ」
後ろに倒れそうになったが、なんとか踏み止まる。
「ベッカ……!やっと帰ってこれたわ!ただいま、ベッカ!!」
「お、おかえり、なさいませ」
レベッカはおずおずとウェンディの背中に手を回す。しばらく抱き合っていたが、やがて満足したのか、ウェンディは身体を離しレベッカの顔を見つめるとニッコリ笑った。
「元気にしてた、ベッカ?」
「は、はい。げ、元気、でした……」
ウェンディとまともに目が合ったレベッカはモジモジとしながら答えた。
――なぜだろう。ウェンディと会えるのがあんなにも待ち遠しかったはずなのに。
顔を見るだけで、むず痒くて顔が熱くなる。なんだか、身体中の血が沸騰しそうな感覚だ。
レベッカは思わず顔を伏せ、ウェンディから顔をそらした。そんなレベッカをウェンディは不思議そうな顔で覗き込むように見てきた。
「ベッカ……?」
その時、ウェンディに声がかけられた。
「お帰り、ウェンディ」
やって来たのはクリストファーだった。瞬時にウェンディの顔が氷のように冷たくなる。その場に立ち上がり、深く頭を下げた。
「ただいま戻りました」
その冷ややかな声に、クリストファーが苦笑する。
「お帰りなさい、みんなで待っていたのよ」
クリストファーの後ろから、リゼッテが微笑みながら姿を現すと、ウェンディの表情は少しではあるが柔らかくなった。
「お義姉様、ただいま戻りました。それと……おめでとうございます」
おめでとう、というのは恐らくリゼッテの妊娠への祝いの言葉だろう。リゼッテは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「それじゃあ、ダイニングへおいで。疲れただろう?食事を準備してもらうから……」
クリストファーの言葉に、ウェンディは頷いたが、すぐにレベッカの手を握った。
「一度、自分の部屋に戻ります。少し休んだら、行きますので……」
クリストファーは特に気にする様子もなく頷いた。
「ああ。それじゃあ、後で」
ウェンディも頷くと、レベッカの手を引きながら私室へと向かっていった。
ウェンディの部屋に入ると、すぐにまたウェンディはレベッカを抱き締めてきた。
「あ、あの、お嬢様……」
「もう少し」
レベッカを抱き締めたまま、ウェンディが小さな声を出す。
「もう少し、このままでいさせて……」
その声に胸が詰まるような感覚がして、レベッカは手を迷うように動かした後、ウェンディの背中をポンポンと優しく叩いた。
ウェンディはクスリと笑い、ようやくレベッカから身体を離した。
「お顔を見せて、ベッカ」
ウェンディは幸せそうに微笑みながら、レベッカの頬を手で挟むようにして見つめる。ウェンディの美しい顔とまともに目が合い、レベッカは硬直した。
「よかった、あなたは変わらないままね……」
「ふ、ふぁい……」
カチカチになりながらレベッカは変な答えを返す。すると、突然ウェンディが顔を近づけてきた。それに反応する前に、ウェンディがレベッカの額に唇を押し当てた。
“ちゅ”っと軽い音がして、レベッカは目を見開く。そして、慌てて飛び上がるようにウェンディから身体を離した。
「な、な、な……っ、お嬢様っ!!」
その姿を見て、ウェンディはクスクスと笑いながら言葉を続けた。
「ベッカ、相変わらず、可愛いわね」
「か、か……か、かわ……っ」
ウェンディの言葉に、レベッカは顔が真っ赤になる。そんなレベッカに構わず、ウェンディはグイッとレベッカに近づいて、その場にしゃがむとレベッカの手を握った。
「ね、ベッカ。明日ね、一緒にお出かけしたいの」
「お、お出かけ……?」
「うん。せっかくのお休みだから、一緒に外出したいなって……ダメ?」
ウェンディがレベッカの手を握り、上目遣いで見てくる。美しい緑の瞳に見つめられ、レベッカはアワアワとした後、弱々しく頷いた。
「承知、しました……」
レベッカの答えに、ウェンディは満足そうな顔をして立ち上がる。
「それじゃあ、明日ね。忘れないでね」
「はい……」
レベッカが頷くと、ウェンディはニッコリ笑った。
「う゛あぁぁぁぁぁぁぁ~」
ウェンディの部屋から戻ったレベッカは、夕食に手もつけず、テーブルに突っ伏して唸る。そんなレベッカをキャリーと、ウェンディと共に学園から戻ってきたジャンヌが不思議そうに見つめていた。
「レベッカ、どうしたの?」
「なんでも、ありません……」
キャリーの問いかけに、レベッカは顔を伏せたまま短く答えた。
ウェンディからキスをされて悶えている、なんてとても言えない。いや、親愛のキスをされることはこれまでにも何度かあった。だけど、自分の恋心を自覚してキスを受けるのは初めてだったのだ。嬉しいような、苦しいような、恥ずかしいような形容しがたい気持ちに支配される。
「うわぁぁぁぁぁ~」
再びレベッカは変な悲鳴をあげ、
「だから、一体なんなのよ!?」
キャリーの不思議そうな声が響いた。
翌日、メイド長に休日をもらい、レベッカは外出の準備をして、私室から出た。
「……よしっ!」
気合いを入れて、ウェンディの部屋へと向かう。
「冷静になれ、落ち着いて対応するんだ……」
ブツブツと自分に言い聞かせるように廊下を歩いていく。やがて、ウェンディの部屋へと到着した。
コンコン、と扉を軽く叩くとすぐにウェンディの声が帰ってきた。
「はい、どうぞ」
一度だけ深呼吸をしてから扉を開いた。
「失礼します」
扉を開くと、ウェンディは既に外出着を身にまとっていた。部屋のテーブルにはなぜか花束が置かれている。その花束を首をかしげながら見つめていると、ウェンディが声をかけてきた。
「準備はできた?」
「はい」
レベッカは慌ててウェンディに視線を移し、頷く。
「それじゃあ、行きましょうか」
ウェンディは地味な色のローブを羽織ると、顔を隠すようにフードを被った。その姿を、レベッカが不思議そうに見つめていると、ウェンディは軽く微笑んだ。
「ちょっと遠出するの……目立たないようにしたくてね」
「どちらに行くんですか?」
レベッカの質問に、ウェンディは苦笑して何も答えなかった。そのままテーブルの上の花束を手に取り、口を開く。
「馬車と護衛が待っているわ。行きましょう、ベッカ」
そうしてレベッカの手を引いて部屋から足を踏み出した。
乗り込んだ馬車にて、レベッカは首をかしげる。ウェンディはどこに行くのか何も話してくれない。一番謎なのは、ウェンディの手に握られている花束だった。この花束は何のために準備したのだろう?
何度か尋ねたが、ウェンディは曖昧に微笑み答えてくれなかった。
やがて、馬車が目的地に到着したらしく、停車した。
「……着いたわね」
ウェンディが呟くようにそう言って立ち上がる。そして、護衛の手を借りて馬車から降りた。
「ここって……」
ウェンディの後に続いて馬車から降りたレベッカは、目の前に広がった景色を見渡した。この景色を、レベッカは以前にも見たことがある。そして、それを認識するのと同時にウェンディがなぜ花束を持ってきたのか理解した。
ここは、ハイディ・アネットとポーレ・アネットが住んでいた村だ。
「あなたはここで待ってて。2人きりで行きたいの」
ウェンディが護衛に命じていた。護衛は迷ったようだが、
「すぐそこだから。何かあったら呼ぶわ」
ウェンディがそう言うと諦めたように頷いた。
「ベッカ、行きましょう」
ウェンディの声にレベッカは小さな声で答えた。
「はい」
ウェンディも小さく頷くと、レベッカの手を取り足を踏み出した。
2人一緒に静かに村を歩いていく。村の人間は、こちらを不思議そうに見てきたが、声はかけられなかった。その事にホッとしながら村を抜ける。奥へと進んでいくと、やがて大きな湖が見えてきた。周囲に人気はなく、湖の水面が銀色に光っている。
「……お嬢様」
「うん」
レベッカが声をかけると、ウェンディは小さく返答して、その場に持ってきた花束を置いた。そのまま膝を着き、祈りを捧げる。
レベッカもウェンディの隣に膝を着くと、同じように手を合わせた。そのまま顔を伏せて、目を閉じると、ハイディとポーレのために祈る。
やがて、ウェンディは目を開くと、ゆっくり合わせていた手を離した。そのままレベッカに声をかける。
「ここまで一緒に来てくれてありがとう、ベッカ」
レベッカはフルフルと首を横に振った。
「いえ……お嬢様、その……ここに来るのは初めて、ですか?」
ウェンディは“呪い”についての詳細は知らない、とレベッカは思っていた。だが、ウェンディの様子から察するにどうやら既に知っているようだ。
ウェンディは静かに顔を伏せ、言葉を返した。
「初めて、じゃないわ。2年くらい前に話してもらったの。それから何度かここに来てる」
そして、顔を上げると、広大な湖を遠くまで見渡し、言葉を重ねた。
「私にはこれくらいしかできないから……でも、いつかあなたとここに来ようと思ってた……」
その瞳は幾つもの感情が混じり合って、揺れている。レベッカはそっとウェンディの手を握った。
「お嬢様……」
ウェンディはレベッカの手を握り返し、大きく息を吐いた。
「……ベッカ。また、一緒にここに来てくれる?」
その言葉に、レベッカは大きく頷いた。
「はい……お嬢様がお望みなら……」
そう言うと、ウェンディはホッとしたようにレベッカと目を合わせると小さく笑った。
それからはすぐに馬車に戻ったが、しばらく2人とも無言だった。
ようやくウェンディの口が開いたのは、馬車が街に入った時だった。
「……ねえ、ちょっと散歩しない?」
その誘いに、レベッカはすぐに、
「はい」
と返事をする。その答えを聞いたウェンディはすぐに馬車を止めた。すぐに馬車から降りると、一緒に降りた護衛に少し離れて歩くよう命じる。そして、ウェンディはレベッカと手を繋ぐと、ゆっくり歩き出した。
歩き始めてすぐにウェンディは小さな声で話しかけてきた。
「あの、……ベッカ」
「はい?」
レベッカがウェンディを見上げると、ウェンディは躊躇ったようにしながら、言葉を続けた。
「あの……ベッカは、私に会いたくなかった?」
「えっ!?」
思わぬ問いかけに、レベッカはギョッとする。ウェンディは珍しくオドオドとした様子で言葉を続けた。
「な、なんだか、私と再会してからのベッカが、様子がおかしいような気がして……私は、あなたに、とても、とっても会いたかったけど、もしかしたらベッカはそうじゃなかったのかなって……」
「そんなことありません!!」
思わず大声で叫ぶと、ウェンディがビクッとしたのが分かった。慌ててレベッカは言葉を重ねた。
「あ、あの……違います。すみません。久しぶりにお嬢様と会えるから、……その、緊張?しちゃったみたいで」
モゴモゴとそう言って、まっすぐにウェンディを見つめた。
「お会いできて、嬉しいです。寂しくてたまりませんでした。ずっとずっと、お嬢様にお会いしたかったです」
キッパリとそう言うと、ウェンディはようやく安心したような顔をした。
「よかった……私もね、すごく寂しかったわ。会いたかった……」
ウェンディと顔を見合わせ、微笑み合う。心に温かいものが込み上げてきて、胸がいっぱいになったような感覚がした。
それからは2人でいろんなことを話しながら街を歩いた。
屋敷での出来事や仕事の事をレベッカは話す。ウェンディはレベッカの話を楽しそうにニコニコと聞いていた。
「あっ」
ふと、レベッカは見覚えのある景色に気づいて声をあげた。
「どうしたの?」
レベッカは少し離れた場所にある公園を指差した。
「あの、ここって、お嬢様と再会した公園ですよね」
レベッカがそう言うと、ウェンディは頷いた。
「ええ、そうね……」
あの日の光景が脳裏に甦る。ぼんやりと公園の方を見つめていると、ウェンディが声をかけてきた。
「行ってみる?」
少し考え、レベッカは首を横に振った。
「いえ……」
ふと、レベッカはウェンディの方へと顔を向けて問いかけた。
「そういえば、お嬢様はよくあの公園に行かれるんですか?」
「ええ。時々、だけどね。あなたとの大切な思い出の場所だから」
「あ、そ、そうですか……」
なんとなく気恥ずかしくなり、レベッカは目を泳がせる。そんなレベッカを見て苦笑したウェンディは、再び公園の方へ視線を向けて口を開いた。
「あなたがいない間、寂しさに耐えきれない時に来てたのよ。あの綺麗なお花の木は、もうないけど……」
「あ……」
そういえば、とレベッカは思い出す。いつかウェンディと共に見たあの美しい花の木は、いつの間に切られたのか、現在は切り株しか残っていなかった。
ウェンディは悲しそうな顔で言葉を続けた。
「あの木ね、いつの頃か花を咲かせなくなったの……多分病気だったんじゃないかしら。公園の管理人が、伐採したみたい」
「そう、ですか……」
あの美しい花をもう見ることができないと思うと、改めて悲しみを感じてレベッカはうつむいた。
そんなレベッカを見て、慌ててウェンディはしゃがみこみ声をあげた。
「ベッカ、あのね、美味しいケーキのお店があるの。一緒に行きましょう。それにね……えっと、本屋に寄って、ベッカの好きな本を買いましょう!」
ウェンディのその声に元気づけられ、少しだけ気分も上昇する。レベッカが小さく頷き微笑むと、ウェンディも安心したように笑い返した。
「それじゃあ、行きましょうか」
「はい」
2人は再び手を繋ぎ、歩き出した。
ウェンディが案内してくれたのは小さなカフェのような店だった。2人で店に入り、小さなケーキを注文する。ウェンディの言った通り、とても美味しいケーキで、一緒に注文したお茶も絶品だった。
中にいた客は少なかったが、ケーキを食べるためにフードを下ろしたウェンディの美しさにほとんどの人間が見とれていた。
「お嬢様、こんなに素敵なお店をよくご存知でしたね」
「ん?まあね。リゼッテお義姉様が教えてくれたの」
「ああ……リゼッテ様が……」
そういえば、現在ウェンディはクリストファーとは仲が悪いが、リゼッテとは良好な関係を築いているらしい。元々おっとりしていて器の大きいリゼッテは、難しい性格のウェンディとも上手くコミュニケーションをとっているようだ。
「……楽しみですね、赤ちゃん」
レベッカが小さく呟くと、ケーキを食べていたウェンディの手がピタリと止まった。そして、一言だけ、
「……そうね」
と言葉を返した。
ケーキ屋から出た後は、2人で本屋へと向かった。レベッカがのんびりと本棚を眺めている間に、ウェンディはグルグルと本屋を歩き回り、あれこれと10冊以上もの本を購入した。
「お嬢様は相変わらず冒険小説がお好きなんですか?」
レベッカが尋ねると、ウェンディは微笑みながら答えた。
「ええ。でも、何でも読むわよ。純文学も、ミステリーでも、ファンタジーでも、恋愛でも。ベッカは何が好き?」
「私も、いろんな本を読みます……あ、一番のお気に入りはこれです」
レベッカは本棚から1冊取り出すと、ウェンディに表紙を向ける。ウェンディは驚いたように目を見開いた。
「『愛は夜空に微笑む』が好きなの?意外ね……」
ウェンディがクリストファーとほぼ同じことを言ったため、レベッカは思わず笑った。
「お嬢様の書庫にあったのをお借りして、読みました。とても素敵な小説だったので……何度も読み返しているんです」
ウェンディは苦笑しながらレベッカの手からその本を取った。
「じゃあ、これも買いましょう。ベッカがいつでも読めるように」
「あ、お嬢様、自分で買いますよ!」
「いいの。私がベッカにプレゼントしたいの」
レベッカは何度も断ったが、結局ウェンディは『愛は夜空に微笑む』を1冊購入した。
「お嬢様。ありがとうございます……」
帰りの馬車の中で、レベッカは何度もお礼を言った。
「なんだか、すみません。私ばかり、お嬢様にいろいろしてもらって……」
そういえば作成したブレスレットを渡さなければ、とレベッカが思ったその時、突然ウェンディが顔を近づけてきた。
「ねえ、じゃあ……」
「はい?」
突然綺麗な顔が近づいてきたため、レベッカが狼狽えていると、ウェンディは耳元で囁くように声を出した。
「ベッカに、私から一つお願いがあるの。聞いてくれる……?」
「は、はい!私ができることなら、何でも!!」
「ベッカにしかできないのよ」
ウェンディの目の奥がキラリと光る。それに気づかず、レベッカは言葉を続けた。
「分かりました!何をすればいいですか?」
「お屋敷に帰ったら話すわ」
ウェンディが嬉しそうな様子でそう言った時、ポタポタと湿ったような音が聞こえた。雨が降ってきたらしい。
「……あら、降ってきたわね」
初めは目に見えぬほどの小さな雨だったが、屋敷に到着する頃にはザアザアと激しい勢いで降り注いできた。
傘は持ってきてなかったため、急いで屋敷へと入るが、少しだけ濡れてしまった。
「まあまあ、お帰りなさいませ」
数人のメイドが駆け寄ってくる。ふわふわのタオルを手渡してくれたため、レベッカとウェンディはそれぞれ身体を拭った。
「このまま着がえるわ。ベッカ、手伝って」
「え?あ、はい」
ウェンディはそのまま私室へと向かう。レベッカはメイド達に軽く頭を下げながら、バタバタと付いていった。
私もお嬢様のお手伝いをした後に着がえないとな、と思いながら、ウェンディの部屋に入る。
ウェンディは私室の扉の鍵をかけると、浴室をチラリと見た。そのまましゃがみこむと、レベッカとまっすぐに目を合わせる。
「ベッカ、何でもするっていったわよね?」
「へ?」
キョトンとするレベッカを見つめながら、ウェンディがニッコリと笑った。
「お、お、お嬢様!お、お、落ち着いてください!!あの、本当に、本当に、む、む、無理です!!!」
「あなたが落ち着きなさいな」
冷静に言葉を返すウェンディに向かって、レベッカは叫んだ。
「無理です!!一緒にお風呂なんて!!!」
そう、ウェンディの“お願い”とは一緒に風呂に入ることだった。
レベッカはブンブンと頭を横に振って強い拒否を示す。ウェンディは拗ねたように声を出した。
「何でもするって言ったわよね?今、お湯も準備してるわ。だから入りましょう?」
「だ、だけど……」
「ベッカ」
「……」
グッと言葉に詰まるレベッカの目の前で、再びウェンディが上目遣いで見つめてくる。
「ベッカ……お願い」
「ううぅ……」
その顔はズルい。
「その顔はズルいぃぃ……」
思わず本音が漏れた。
ウェンディは楽しそうに笑い、立ち上がった。
「それじゃあ、中で待ってるわ。早くしないと風邪ひいちゃうわよ」
「……」
レベッカはもう何も言葉を返せず、浴室へ入っていくウェンディを見送った。
結局のところ、レベッカは押しに弱い。ウェンディの上目遣いでの“お願い”に根負けしたレベッカは、散々迷いながらも浴室の扉を開いた。
「し、失礼します」
「うん」
浴室に足を踏み入れると、既にウェンディは金の猫足が付いた陶器風呂に入っていた。入ってきたレベッカを見て、嬉しそうに微笑む。
入口からはよく見えないが、当然のごとく、ウェンディは裸だった。
ウェンディの肌の白さを見て、一瞬全身が硬直する。しかし、
「ほら、ベッカ、早く」
そう言われて、レベッカは震える手で服を脱いだ。その間もウェンディの強い視線を感じた。
できるだけ身体を隠すように素早く洗う。そして、とうとう、
「ベッカ。こっちにきて」
ウェンディが誘うように笑う。その姿はいつもと違ってどこか妖艶で、色気があった。
「う、うぅぅ……」
まだお湯に浸かってないのにクラクラする。心臓が大きな音をたてているのが自分でもはっきり分かった。ゴクリと息を飲み、レベッカは恐る恐る浴槽へと足を入れた。
「んふ」
ウェンディが幸せそうに笑う。
--うわ、綺麗
ウェンディの身体は女性としては未成熟のはずなのに、白くて眩しくてまるで神様が作った芸術品のようだった。見るだけで、動悸が激しくなるような気がして、レベッカは慌ててウェンディから視線をそらした。できるだけウェンディを見ないようにしながら、お湯の中へと入る。
広めの風呂ではあるが、2人も入れば流石に狭い。お湯に浸かったレベッカがモゾモゾと座ると、ウェンディは身体を動かし、そのまま後ろからレベッカを抱えるように抱き締めてきた。
「ふわっ!?お嬢様っ!?」
「んふ、んふ」
何も身にまとっていない肌が密着する。動揺しているレベッカに構わず、ウェンディはただ笑いながら身体に触れてきた。優しく、いとおしむようにレベッカの全身を撫でてくる。
「あ……あっ……」
自分の口から変な声が漏れて、レベッカは口元を手で覆った。その様子にウェンディはますます楽しそうな顔をした。
「……う」
まるで身体が蜂蜜のようにとろりと流れていくような感覚がする。長い指が、レベッカの腹部を、背中を、大腿を這っていく。
--あ、これまずい。
チャプリとお湯が跳ねる。背中に柔らかいものが当たって、ビクリと肩が震えた。頭の中がフワフワして、思考が乱れていく。
--まずい。なんか、変な気分になる。
どうしようもないほどに恥ずかしいのに、幸福で満たされていて、心地いい。まるで、夢の世界にいるみたいだ。
陶酔感に脳を支配されたレベッカが、思わず唇を噛んだその時だった。突然ウェンディが声を出した。
「今日は、楽しかったね」
「へ……あ、そう、ですね……?」
ウェンディの言葉に答えはしたが、意識は既にひどく弛緩していた。ぼんやりしたままウェンディの方へと視線を向ける。ウェンディの顔もまた紅潮していて、緑色の瞳はキラキラと輝いている。
それを見て、レベッカは知らず知らずのうちに生唾を飲み込んだ。
「ありがとう、ベッカ……私、すごく幸せ……いつまでもこうしていたいわ」
「あ……ありがとう、です……?」
「ね……もう少しだけ」
「へ?」
「もう少しだけ……欲しいわ」
「はい……?」
わけが分からないまま返事をすると、突然ウェンディがレベッカの耳を舐めた。
「わひゃっ」
ぬるっとした感覚に背筋がゾクリとして、我に返ったレベッカはウェンディから離れた。
「な、にをしているんです!?」
そんなレベッカに答えず、ウェンディは楽しそうな声を出した。
「んふ、やっぱりお耳が弱いのね」
「お、お嬢様!!」
思わず立ち上がろうとしたその時、レベッカはバランスを崩して倒れこんだ。そのまま頭からお湯の中へと突っ込む。
「あっ、ベッカ--」
ウェンディが声をあげるのと同時に、ザバン!と飛沫が舞い上がった。
--あれ?あまり痛くない。
気がついたら、目の前に何かがあった。とても白くて温かくて、フワフワの感触。柔らかい2つの膨らみがレベッカの顔を包んでいた。
--え、これって……
その膨らみの正体を脳が認識して、息が止まった。世界が終わったような沈黙がその場を支配する。
レベッカはウェンディの胸に顔を突っ込んでいた。
「……ベッカ」
ウェンディが困ったような声で名前を呼ぶ。それと同時に、
「う、わあああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
レベッカの悲鳴が浴室に響き渡った。
個人的に絶対に書こうと思っていたお風呂回でした。楽しかった…。




