もう一つの恋
医師から処方された薬が効いたのか、翌日にはレベッカの熱は下がった。
「よかった。大丈夫みたいね」
「すみません……ご迷惑をおかけして……」
キャリーが昼休み時間に見舞いに来てくれた。ベッドのそばの椅子に座り、果物の皮を剥きながら、安心したように笑う。
「仕事のことは気にしなくていいって、メイド長も言ってたから。安心して寝てなさい」
「はい……」
キャリーが差し出してきた果物を受け取りながら、レベッカは小さく頷く。そのまま食べようとしたが、途中で手は止まりそのまま下を向いた。
「レベッカ、あまり食欲ない?」
キャリーの問いかけにレベッカは再び頷く。
「……なんか、ちょっと……悩み、というか考えることが多すぎて……混乱してて……」
「悩み?どうかしたの?」
キャリーの問いかけに、レベッカは迷うように瞳を揺らす。その様子を見たキャリーが優しく声をかけてくる。
「話したくない?」
「……」
言えるわけない。
自分の主人に恋をして悩んでいるだなんて。
口を固く閉ざしたレベッカを、キャリーは静かに見つめる。そして、
「もしかして、恋の悩み、とか?」
突然そう言ったため、レベッカはギョッとして目を剥いた。
「な――なな、な……何を言ってるんですか!?なんで、そんな――そんなこと……っ」
動揺が抑えられず、声が上ずる。目を泳がせて落ち着きをなくしたように狼狽えているレベッカを見て、キャリーは首をかしげるように答えた。
「うーん、まあ、ちょっとね……表情がね……」
「へ?表情?」
「うん。なんか、うまく言えないけど……前とは違う気がしたから」
レベッカの身体が硬直する。そんなレベッカに構わず、キャリーは言葉を続けた。
「まあ話したくないなら無理に話す必要はないけど……でも、さ」
そのままキャリーは少し躊躇ったような顔をして、言葉を重ねた。
「私はね……レベッカ。私は、……あなたに幸せになってほしいよ」
キャリーの言葉にレベッカは目を見開いた。キャリーはレベッカの瞳をまっすぐに見つめる。
「よく分からないけど……レベッカが今まですごく苦労したこと、今までたくさん大変な事が起きたって知ってる……。だからこそ……えっとね、私が言うべきことではないと思うし……うまく言えないけど……もう苦しい思いや、つらい思いはしてほしくないよ」
キャリーの言葉に、レベッカは一瞬泣きそうな表情をする。そして、再びうつむき、声を絞り出した。
「……恋って……愛って……難しいですね。自分がどうしたいのか、分からなくて……」
キャリーはその言葉に小さく呟いた。
「そうね。難しいね……。それでも、ね、レベッカ。それでも……自分の心と向き合わなくちゃならないわ……」
レベッカが顔をあげる。キャリーは微笑みながら首をかしげて問いかけた。
「レベッカが決めないとね。レベッカはどうしたい?」
レベッカはその問いかけに答えることができず、キャリーから目をそらす。そして、小さく声を出した。
「……私は、」
その時、コンコンと扉が叩かれる音が響いた。レベッカはビクッとして言葉を止める。それと同時にメイド仲間の声が聞こえた。
「キャリー、そこにいる?リードさんが呼んでるわよ」
その言葉に、キャリーは慌てて返事をした。
「あ、はーい」
そのまま立ち上がり、レベッカの肩を軽く叩く。
「じゃあね、レベッカ」
「はい……」
レベッカが小さく返事をすると、キャリーはニッコリ笑って頷き、部屋から出ていった。
それから2日後、完全に熱も下がり体調も回復したレベッカは、仕事に復帰した。
「ご迷惑をかけて申し訳ありませんでした」
朝一番にメイド長に頭を下げる。メイド長は、すっかり回復した様子のレベッカを見てホッとしたように頷いた。
「それじゃあ、いつも通り掃除をお願いね。その後は洗濯のお手伝いに行ってくれる?」
「承知しました」
「あ、でもくれぐれも無理はしないようにね」
「はい」
軽く頭を下げ、レベッカは小走りで掃除へと向かった。
他のメイドと共に協力しながら、屋敷中の掃除と洗濯を行っていく。思った以上に休んでしまい迷惑をかけたため、頑張らなくてはならない。
その日の最後の仕事は、ウェンディの書庫の整理だった。
「レベッカ、1人で大丈夫?」
メイド仲間の1人がそう聞いてきて、レベッカは頷いた。
「はい。これは、私の仕事ですから」
書庫の管理は、レベッカがウェンディから直接頼まれた仕事だ。こればかりは他の人間に任せたくない。レベッカはメイド達の手伝いを断り、1人で書庫に入っていった。
書庫に入るのも久しぶりだ。日頃からしっかり管理はしているが、風邪のせいで何日も休んでいたので少し埃っぽい匂いがするような気がする。
レベッカは、
「――よしっ」
と気合いを入れると、書庫の掃除と整理を開始した。
1人で仕事をするのは気楽だし、本の整理は楽しい。だが、今日は今一つ集中できない。手を動かしながらもレベッカは物思いに耽った。
頭の中でキャリーの言葉が甦る。
『レベッカは、どうしたい?』
その問いかけに、レベッカは答えることができなかった。今でも、答えは見つからない。
自覚した恋心を受け入れるのに必死すぎて、どうしたらいいのか分からない。体調が回復した今でも、かなり混乱している。
「私は……」
ウェンディの本の背表紙を見つめながら、囁いた。
「私は……どうしたいんだろう……?」
このまま自分の気持ちを隠して、メイドの仕事を続けるべきなのだろうか。
――もしくは、自分の気持ちをウェンディに告げる?
いや、それはできない。レベッカは1人で首を横に振った。そんなこと、できるわけない。自分の気持ちを伝えて、もしもウェンディに軽蔑されたら、きっとレベッカはもう生きていけない。ウェンディに嫌われる、と想像しただけで身体が震え出した。
だけど、この気持ちを抱えたままウェンディのそばにいるのもつらい。
――こんなにも気持ちに折り合いをつけられないのなら、いっそのこと、ウェンディと距離を取った方がいいのかもしれない。いや、だけどそれは……
「……はあ」
考えても考えても、答えは出ない。モヤモヤした気持ちを抱えたままレベッカは仕事を終わらせて、書庫から出た。
書庫の仕事を済ませたレベッカは暗い表情のまま食堂へと向かっていた。もう随分遅い時間だ。レベッカ以外のメイドは、夕食を終えたかもしれない。1人で夕食か、と思いながら廊下を進んでいたその時だった。
廊下の向こうから、この屋敷にいるはずのない顔を見つけて、レベッカは目を見開いた。
「ジャンヌ!?」
そこにいたのは後輩メイドのジャンヌ・バシェットだった。名前を呼ぶと、ジャンヌもレベッカに気づいた様子で、そのまますぐにパタパタと駆け寄ってきて頭を下げた。
「お久しぶりです、レベッカさん」
「ひ、久しぶり……なんでここにいるの?」
ジャンヌはウェンディ専属のメイドとして、学園にいるはずだ。それがなんでここにいるのだろう?
レベッカの当然の問いかけに、ジャンヌは頭を上げて淡々と答えた。
「……お嬢様から、ちょっとした仕事を頼まれまして。それで、屋敷に戻ってきて、仕事をしていたんです」
「へ?仕事?なにそれ?」
「……えっと、いろいろ、です」
ジャンヌはなぜか曖昧な答えを返してくる。その様子にレベッカが首をかしげていると、ジャンヌは誤魔化すように言葉を続けた。
「そ、それよりも、食事は済みましたか?」
「え?ううん。まだだけど……」
「では、夕食を一緒にどうですか?私も今からなんです」
ジャンヌの誘いに、レベッカは大きく頷いた。
「うん。それじゃあ、一緒に食堂に行こう」
「はい」
レベッカはジャンヌと共に使用人用の食堂へと向かった。
レベッカが予想した通り、ほとんどの使用人は食事を終わらせたらしく、食堂に残っていたのは2~3人ほどだった。
ジャンヌと共に食事をテーブルに乗せながら、会話を交わす、
「えーと……ジャンヌ、お仕事は終わったの?」
「はい。明日には学園に戻ろうかと」
「お嬢様は学園でお一人?大丈夫なの?」
「……はい。こちらの仕事を優先するようにと、命じられているので」
なぜかジャンヌはとても言いにくそうな顔をしている。その様子が気になり、レベッカは眉をひそめた。
何か秘密の仕事なのだろうか。
「レベッカさんの方は、お仕事は順調ですか?」
ジャンヌが誤魔化すようにそう尋ねてきた。レベッカはその様子を不思議に思いながらも答えた。
「うん……と言いたいところだけど、実は風邪をひいちゃって、昨日まで休んでたの」
「ええっ、大丈夫ですか?」
「うん。もう熱も下がったし、平気」
レベッカがニッコリ微笑むと、ジャンヌもホッとしたように少しだけ笑い返した。
それから、会話が途切れてしまった。沈黙が流れ、レベッカとジャンヌが夕食を食べる音だけが響く。
レベッカは迷ったように目を泳がせると、思い切ったように口を開いた。
「あの、ね。私、ジャンヌに聞きたいことが、あるんだけど……」
「……?何でしょうか?」
ジャンヌが食事をする手を止めて、不思議そうな顔をする。レベッカは気まずそうにしながらも問いかけた。
「あの、嫌だったら答えなくていいんだけど……ジャンヌは、セイディーが結婚した時、その、つらくなかった?」
レベッカの問いかけに、ジャンヌはギョッとして、
「ゴホッ」
と軽くむせた。
「あ、だ、大丈夫?」
レベッカがオロオロしていると、ジャンヌはすぐに顔を上げて憮然とした表情で口を開いた。
「……なんで私がつらいと思うんです?」
「えっ……だって……」
レベッカは少し口ごもったが、そのまま言葉を続けた。
「ジャンヌ、セイディーが好きだったでしょ?」
レベッカの言葉に、ジャンヌの顔が硬直する。そして、震えながら声を出した。
「なぜ、知ってるんです?」
「えっと……」
レベッカはジャンヌの様子に思わず顔をそらしながら答えた。
「な、なんとなく、そうなのかなって、昔から思ってた……違った?」
レベッカが問いかけると、固まっていたジャンヌは大きく息を吐いた。そして、
「……違いません」
と小さな声で答えた。
「レベッカさんって、時々鋭いですよね……」
「あ、あの、なんかごめん」
「いえ……」
再び2人の間に沈黙が流れる。レベッカがどう声をかけようか迷っていたその時、ジャンヌの方から口を開いた。
「……つらくなかった、と言えば嘘になりますね」
ジャンヌはレベッカと視線を合わせると、ゆっくりと言葉を続けた。
「結婚した時は、本当に悲しくて……もちろん、セイディーの前では笑顔でお祝いをしましたけどね……毎晩、1人になると泣いていました。徐々に、自分で心の整理をしたので、今は大丈夫ですけど……」
「2人は、幼馴染みだったよね?」
「はい」
「このお屋敷で一緒に働いていた時も、すごく仲良しだったもんね」
ジャンヌはレベッカの言葉に大きく頷いた。
「はい……ずっとずっと、あの子と一緒でした……」
藍色の瞳を揺らして、昔に思いを馳せるようにジャンヌは声を出した。そんなジャンヌを見つめながら、レベッカはセイディーのことを思い出していた。
ジャンヌの言う通り、セイディーとジャンヌはいつも一緒だった。元気いっぱいで明るいセイディーと、物静かで真面目なジャンヌ。正反対の2人はいつも本当に仲が良く、友人が少ないレベッカは羨ましく思ったものだ。
ジャンヌは整った容姿でスタイルも抜群のため、昔から使用人の男性達にモテていた。だが、どんなに魅力的な男性がいてもそちらに振り向くことはなく、ずっと一途にセイディーを見つめていた。
「セイディーのこと、いつ好きになったの?もしよければ教えて?」
レベッカが尋ねると、ジャンヌは少し困ったような顔をした。
「……別に、つまらない話ですよ」
「いいよ。仕事は終わったし。ジャンヌの話が聞きたいな。あ、嫌なら無理に話さなくていいけど……」
レベッカの言葉に、ジャンヌは迷ったようだが、そのまま口を開いて話し始めた。
「セイディーと知り合ったのは、単純に家が近かったからです。物心ついた時から、あの子とはよく遊んでいました」
ジャンヌは少し苦笑しながら言葉を続けた。
「私……昔から人付き合いが苦手なんです。でも、セイディーはこんな私に呆れることなくずっと一緒にいてくれました」
「え?苦手なの?」
レベッカは驚いて口を挟んだ。レベッカが知る限り、ジャンヌはどんな相手に対しても真面目に礼儀正しく接しており、気配り上手だ。人間関係に苦労しているようには見えない。
「はい」
ジャンヌは考えるように首をかしげながら言葉を重ねた。
「今は随分改善された、とは思うんですけど……小さい頃の私は、なんと言いますか……堅物で融通が利かなくて……そのくせ生意気で高慢で……とても嫌な子だったと思います」
「そんなことない。ジャンヌは真面目で優しくて、素敵な人だよ」
レベッカがそう言うと、ジャンヌは驚いたような顔をしてから小さくはにかんだ。
「ありがとう、ございます……でも、子どもの頃の私は、本当に性格的に問題のある人間だったんです。私、自慢じゃないんですけど昔から勉強だけはすごくできて……街の学校で、成績はいつも一番でした。だけど……友達は全然できなくて。当然ですよね。勉強ができるからって、高圧的な態度でいつも周りを馬鹿にして、見下していたから……通っていた街の学校でも、同級生から嫌われて常に孤立していました。だけど、唯一、セイディーだけは違いました」
昔を思い出すように、ジャンヌは笑った。
「私が周囲から孤立しても、誰にも相手にされなくても……セイディーだけは、ずっとそばにいてくれました。私を、見放しませんでした。私のせいで、セイディーまで学校で仲間外れにされそうになったことがあるんですけど、その時も絶対に私を突き放したりはしませんでした。『ボクの居場所はジャンヌの隣だから』って言ってくれたんです。『ボクがずっとそばにいる。2人だったら、きっと寂しくないよ』って」
「……セイディーらしい言葉だね」
レベッカがそう呟くと、ジャンヌは大きく頷いた。
「はい。きっと、その時からです。セイディーが私にとっての“特別”になったのは……。セイディーがずっと隣にいてくれたから、私は頑張ろうって思えました。自分を変えようって思いました。セイディーがいなければ……私は最低な人間のままでした。あの子のお陰で、私は道を誤らずに済んだのだと思います」
レベッカはジャンヌをまっすぐに見つめながら問いかけた。
「あの……告白、しようとかは思わなかったの?」
その言葉に、ジャンヌはフッと軽く笑い、大きく深呼吸する。そして、
「はい」
と、はっきりとそう答え、レベッカに向かって微笑んだ。
「私は、セイディーが好きです。誰よりも……この世界で一番、好きです。セイディーも私のことを好きだと言ってくれます……だけど、セイディーの“好き”と私の“好き”は違う……きっとセイディーは優しいから、私が告白しても嫌がったり軽蔑はしないと思います。だけど、それでセイディーを困らせたくなかったんです。それに……それに、セイディーにも、好きな人ができたから」
ほんの少しだが、ジャンヌの瞳が潤んでいるような気がした。
「……一緒に成長して、世界が広がったことで、セイディーの心にも“特別”ができたんです。そして、それは私じゃなかった。セイディーが好きになって、心を通い合わせて、結婚した人……とてもいい人なんです。私も昔から知ってて……寡黙だけど、すごく優しくて、真面目で、何よりもセイディーのことをとても大切に想ってる。セイディーも、その人の事が大好きなんです。だから、私は、あの子の恋を心から応援しました。結婚が決まった時は、笑顔で祝福しました。幸せになれるって、確信していたから……」
ジャンヌは泣くのを必死に堪えるように瞳を揺らして、言葉を続けた。
「セイディーが心から好きな人と幸せになること。それが、私にとっての幸せなんです。それだけで、いいんです」
ジャンヌの瞳はまだ揺れていたが、それでも明確な意思を宿しているような気がした。
「他人から見れば、とても愚かで、意味がないことは分かっています。馬鹿みたいで不毛な想いです。それでも、私は……願ってるんです。ずっと祈ってる。セイディーの、幸せを……」
――ああ、なんて
レベッカは胸に手を当てて強く拳を握った。熱くて、苦しくて、痛い。まるで心の中に火が灯ったみたいで、こちらまで泣きそうになる。
――なんて大きくて深くて、温かい想いなんだろう。
「……そっか。それがジャンヌの恋なんだね」
レベッカが囁くようにそう言うと、ジャンヌは目を見開き、すぐに照れたように頷いた。
「はい」
そんなジャンヌを見つめながら、レベッカは微笑んだ。
「ジャンヌは強いね。尊敬する」
「え?」
キョトンとしたジャンヌに構わず、レベッカは大きく息をついて、再び口を開いた。
「話してくれてありがとう、ジャンヌ」
ジャンヌと会話したことで、自分の中で心の整理が出来たような気がした。まだ明確な答えは出ないけれど、なんとなく、自分がどうしたいのか見出だせるような気がした。
「あ、そういえば、レベッカさん……」
「うん?」
会話を交わしつつ、夕食後のお茶を飲んでいたその時、不意に何かを思い出したようにジャンヌが声を出した。
「あの、もうすぐ学園で試験があるんです。試験の後は、学生は短い休暇を貰えるようなので、お嬢様が帰ってきますよ」
「えっ……本当に?」
「はい。お嬢様もとても楽しみになさってます」
「……そう」
レベッカが大喜びするだろうと思っていたジャンヌは首をかしげる。ジャンヌの予想に反して、レベッカは何か深く考え込むようにうつむく。そして、その後はほとんど話すことなく、食器を片付け、ジャンヌに軽く手を振ると、素早く私室に戻っていった。
ジャンヌと夕食を済ませた後、レベッカはまっすぐに私室に戻った。部屋に入り、すぐに机の引き出しを開ける。
そこには、レベッカが作成中のブレスレットが入っていた。リゼッテに教わった通りに、糸を編み込んだブレスレットだ。ウェンディの瞳と同じ、緑色の糸を使っている。あとは魔力を込めれば完成だ。
そのブレスレットを手に取り、しばらく静かに見つめた。そのままレベッカは、そのブレスレットをそっと優しく抱き締めるように魔力を込める。そして祈るように、小さく囁いた。
「……お嬢様」
◆◆◆
一方魔法学園の図書室にて。
「これは……ひどいな」
ニコラスはウェンディが差し出してきた教科書を見て愕然とした。その教科書は無惨にもズタズタに破かれていた。どうやらナイフか鋏を使用して引き裂いたらしい。
「クラスの机の中に入れておいたら、いつの間にかこうなっていたの」
ウェンディはニコラスの隣に腰を下ろし、肩をすくめた。
「あなたのファンって過激なのね。知らなかったわ」
「……その、なんというか、本当にすまない。でも、ウェンディ、流石に、これは……何とかした方がいいと思う」
ニコラスがオズオズとそう言うと、ウェンディは軽く頷いた。
「ええ。前の手紙の事も含めて、学校側にも報告しようと思ってる。面倒だけど」
それを聞いてニコラスはホッとした。
「よかった……僕の方でも調べてみようか?」
「いい。もうすぐ試験だから、忙しいでしょう?そちらも大変だろうから、大丈夫よ」
ウェンディのその声がどこか弾んでいるような気がして、ニコラスは眉をひそめた。まるで浮かれたように心ここにあらずの状態で、ソワソワしている。
「……ウェンディ、何かいいことでもあった?」
「は?別に何もないわ」
「なんか……その、ウキウキしてない?試験が楽しみなの?」
「あんなのが楽しみなわけないでしょ……ただ、試験が終わったら休暇があるから……」
「え?休暇?何か予定があるの?」
ニコラスの問いかけに、ウェンディはハッと我に返ったように立ち上がった。
「なんでもない。とにかく、コーリン、お互い頑張りましょうね」
そう言って、帰ろうとするウェンディをニコラスは引き留めた。
「あっ、待ってウェンディ。卒業パーティーなんだけど……パートナーとして出席してくれるだろう?」
その言葉に、ウェンディはすぐに答えた。
「ええ。……あまりダンスには期待しないでね」
「分かってる」
ニコラスが微笑むと、ウェンディも軽く頷く。そして今度こそ足を踏み出しその場から去っていった。




