ずっと側にいたい
※視点がコロコロ変わります。
「……あなたが、そんな事を申し込んでくるなんて」
ニコラスからの申し出に、ウェンディは表情を変えずに声を出した。
「意外だわ。本当に」
その緑の瞳は、冷たく光り、ニコラスの真意を推し量るようにまっすぐに見据えている。
その視線の強さに、ニコラスは目をそらしそうになったが、何とか思い止まった。冷静な態度を装いつつ、ウェンディに微笑み返す。
--ウェンディ・ティア・コードウェル伯爵令嬢は、正面から向き合うのが苦痛に感じるほど美しすぎる。
限度を超えた美しさは見る者を萎縮させる力を持つのだ、とニコラスはウェンディに出会って初めて知った。
ニコラスとて容姿はかなり魅力的な方だ。自分の顔が整っている事を、ニコラスは自覚している。ニコラスと目が合うと大抵の女性は気が抜けたようにうっとりとするし、多くの良家から、娘の相手にといくつもの縁談が申し込まれた。全て断ったが。
それに、ニコラスの実姉のエステルだって、この国の三大美女と言われるほどの美しさを誇る美女だ。目鼻立ちがキリッとしていて、上品な美貌を持つ。エステルとニコラスはよく似ている麗しい姉弟だと幼い頃から賞賛されてきた。
だけど、ウェンディの美しさは違う。何が違うのかと聞かれると困るのだが、何というか次元が違う。誰も触れることが許されないような女性だ。人間離れした、隙のない圧倒的な美しさを彼女は持っていた。
「婚約ねぇ……あなたが申し込んでくるなんて思わなかったわ。どこかで頭でも打った?」
ウェンディの言葉はぶっきらぼうで、愛嬌が少しも感じられない。その視線は冷たい光を放っていて、気を抜けば透き通った瞳に刺されるような感覚になる。
相変わらず彼女は眩しいほど綺麗だな、とニコラスは心の中で呟いた。
食堂で過ごしている周りの生徒達が、会話をしているニコラスとウェンディへチラチラ視線を送ってくる。防音魔法をかけていなければ聞き耳をたてていただろう。その場にいる誰もが、2人が何を話しているのか気になっているようだ。
「頭は打っていないよ。ずっと考えていたことなんだ」
ニコラスが言葉を返すと、ウェンディは不機嫌な皺を眉間に作った。不快感を隠さないその様子にニコラスは苦笑する。ウェンディの態度はあからさまに冷ややかで素っ気ないが、ニコラスはウェンディのそんな所が嫌いではない。むしろ気に入っていた。それも彼女の個性なのだから。もう少し雰囲気が柔らかくなればいいのに、とは思うが。
ウェンディはその美しさからこの国の三大美女の1人として知名度が高いが、その人気は驚くほど低い。
姉のエステルは最近婚約したにも関わらず、絶大な人気がある。現在も密かに多くの男性から心を寄せられているらしく、パーティーに参加すると頻繁に声をかけられているようだ。もう1人の三大美女であるフランチェスカ・マシェット男爵令嬢もまた、その無邪気さと愛らしさが社交界でも評判で、様々な人々から慕われているらしい。
だが、ウェンディは違う。ウェンディは3人の中で最も美しいと評判だが、人気は圧倒的に低い。
理由は多くあるが、一番の原因はウェンディのこの性格だろう。いつも冷静で、寡黙で、感情を表に出さない物静かな女性だ。ウェンディと知り合ってから随分経つが、ニコラスは彼女の笑顔を見たことがなかった。
何よりも、ウェンディは人間嫌いで、他人に対してひどく冷たい。かなりの社交嫌いでもあり、パーティーに参加することもほとんどないらしい。近寄りがたく気難しい雰囲気を持つため、学園でもほとんど友人はいないが、本人は全くそれを気にしていない。まさに、孤高の人間だ。
それに、ニコラスはよく知らないが、彼女は幼い頃『呪われた令嬢』と呼ばれ、よく分からない“呪い”に苦しめられていたらしい。その“呪い”はもう存在しないらしいが、噂は根強く残っている。そのため、今でも呪いがあると信じる人々は、ウェンディをあからさまに怖がったり避けたりする。その美しさと冷たい性格から、一部に熱狂的なファンはいるようだが、婚約者はいないらしく、浮いた話も皆無だった。
ニコラスはウェンディの瞳を真っ直ぐに見返し、朗らかに笑いながら言葉を重ねた。
「君と僕ならうまくいくよ、きっと」
ウェンディは少し顔を伏せ、お茶で軽く喉を潤すと、再び口を開いた。
「この学園で一番女性に人気で、モテるあなたならもっと相応しい相手がいると思うわ」
ニコラスが困ったように首をかしげた。
「うーん、国の三大美女……しかも3人の中で最も美しいと言われる君ほどじゃないよ」
その言葉にウェンディは肩をすくめると、冷たい声で言い放った。
「私はあなたやあなたのお姉様と違って、好かれてはいないもの。別に興味もないけど」
「……君は高嶺の花だから。パーティーとかに参加してちょっと微笑むだけで、すぐに大人気になるさ」
「そんなのいらない」
ウェンディは冷たく言葉を返し、すぐに顔を伏せた。カップのお茶に映る自分の顔を見つめながら、ポツリと呟く。
「……他の人は、どうでもいい。私は……好きな人に好かれたいの」
そんなウェンディをニコラスはしばらく無言で見つめた。
やがて、気を取り直したようにウェンディに話しかける。
「それで、どうだろう?婚約をするのは」
ニコラスの言葉に、ウェンディは顔をあげた。ニコラスは少し首をかしげ微笑みながら言葉を続ける。
「既に僕と君が婚約間近ではないか、と噂されているのは知っているだろう?僕の家も、君の家も、反対はしないさ」
「……そうね」
ウェンディが渋々頷く。
ニコラスは笑みを消し、真剣な顔をすると、囁くように言葉を重ねた。
「……僕の事情は知ってるだろう?それに君にとっても悪い話ではないはずだ」
再びお茶を飲もうとしていたウェンディの手がピタリと止まる。
そして、再びニコラスへと視線を向けると、静かにカップを下ろした。
「私は--」
ウェンディがゆっくりと口を開いたその時だった。
ふと、ニコラスは誰かの視線を感じた。そちらに顔を向けると、1人のメイドが何か言いたげな顔をして近くに立っているのに気づいた。手に小さな封筒を持っている。確か彼女はウェンディ専属のメイドだ。どうやら、ウェンディに話しかけたいようだが、防音魔法がかかっているために困っているらしい。
「あれ?どうしたんだろう?」
ニコラスが思わず声を出すと、ウェンディもメイドを見た。メイドが封筒を手に持っているのに気づき、ハッとしたような顔をした後、ニコラスに声をかける。
「コーリン、魔法を解いて」
「え?あ、うん」
ウェンディの様子に困惑しながら防音魔法を解くと、すぐにメイドが頭を下げて口を開いた。
「お話中に申し訳ありません。ですが、お嬢様が手紙が来たら何よりも最優先でと仰っていたので--」
メイドが言い終わらないうちに、ウェンディがメイドの手からひったくるように手紙を取る。そのまま手紙が入っているらしき封筒を強い視線で見つめる。
次の瞬間、信じられないことが起きた。
ウェンディが、笑った。
ニコラスは大きく目を見開く。恐らくは、一番近くにいたニコラスしか気づいていない。一瞬という短い時間だったが、確かに目にした。ウェンディは、まるで固く結ばれた紐がほどけるように、にへら、と口元を緩めた。
ギョッとしたニコラスに構わず、ウェンディはすぐに表情を元の真顔に戻すと、ニコラスに声をかけた。
「私、用事ができたから。もう行くわね。……話はまた今度」
「え……あ、……うん」
ニコラスは呆然としながら頷く。ウェンディはそんなニコラスに構わず、足早に食堂から立ち去った。手紙を届けたウェンディ専属のメイドも一礼すると、どこかに行ってしまった。
残されたニコラスはぼんやりと呟く。
「……ウェンディ、あんな顔をするのか」
そして、軽く首をかしげた。
「……一体誰からの手紙だったんだろう?」
食堂から飛び出したウェンディは廊下を足早に進むと、寮へと向かった。そのまま私室へと入り、すぐに手紙を開封する。
待ち望んでいた手紙には、可愛らしい丸っこい字が綴られていた。
『お嬢様へ
お健やかにお過ごしのこととお喜び申し上げます。手紙をありがとうございました。返事が遅くなって申し訳ありません。先日、お茶会が開かれて、お屋敷では皆さんバタバタしていました。大変でしたが、とても賑やかなお茶会だったようです。私は、先日からキッチンで料理を習い始めました。いつかお嬢様にも食べてもらいたいです--』
私室にて、メイドから来た手紙をウェンディは何度も読み返す。愛おしむように文字をゆっくりとなぞる。
そして、小さな手でこれを書いたであろうメイドの姿を想像して、小さく笑った。
「んふ、んふ」
そのままベッドに転がるように横たわると、手紙を抱き締めるようにしつつ、バタバタと足を動かす。そして、ゆっくりと息を大きく吐き出してから、身体を起こした。休憩時間がそろそろ終わるので、学校に戻らなければならない。
「……夜に返事を書かなくちゃ」
ウェンディは小さく呟いた。頭の中は既に、手紙の返事に何を書くかでいっぱいになっている。
ベッドから立ち上がり、乱れた髪を適当に整える。ふと、レベッカへの手紙とは別に、もう一通手紙を書く必要がある事を思い出して、ウェンディは顔をしかめた。
「む……」
思わず小さく唸る。手紙を書かなければならない相手は、もう何ヵ月もほとんど話していない兄だ。正直書きたくない。だが、自身の今後のために、どうしてもクリストファーへの手紙を書かなければならない。
「はあ……」
大きなため息をつきながら、ウェンディは再び呟いた。
「ベッカに会いたい……」
◆◆◆
久しぶりの休日、レベッカはウェンディの書庫で1人で過ごしていた。
いや、正しくは1人ではない。
「寂しい……ものすごく寂しいんです……」
フツブツと、寂しい寂しいと繰り返すレベッカに、うんざりしたような声が返ってくる。
『あー、分かった。分かったから、何度も繰り返すな』
レベッカが手に持つ小さな鏡に、リースエラゴが映っていた。呆れたような顔でレベッカを見ている。
この不思議な模様が描かれた携帯用の鏡は、リースエラゴが作ったらしい連絡用の魔法鏡だ。これを使えばいつでもリースエラゴと話すことができる。
この鏡を使用してレベッカはリースエラゴを呼び出した。久しぶりに会ったというのに、ウェンディと会えない寂しさからレベッカはリースエラゴを相手に、グズグズと泣き言を漏らす。リースエラゴはうんざりとした表情で頭を抱えた。
『まったく……久しぶりに呼び出されたから何かあったのかと思って慌てたというのに……寂しいなどという理由で呼び出すなんて……』
「だって……だって……お嬢様ともう何週間も手紙でしか話せていなくて……直接話したい……寂しい……」
リースエラゴがものすごく迷惑そうな顔をする。リースエラゴに言っても仕方ないことだと分かってはいるが、止められなかった。泣きそうな顔のまま、レベッカは鏡に向かって声を出した。
「ごめんなさい……だって、こんなに辛いだなんて思わなかったんです……」
『勘弁してくれ……私だって忙しいんだ』
忙しい、という言葉にレベッカは眉をひそめ首をかしげた。
「そういえばリーシー、あなた、今どこにいるんです?」
『私か?今は劇場街にいる。もう少しで舞台が始まるんだ』
リースエラゴは珍しく弾んだような声を出した。
『“エランの剣”を観てからすっかりハマってしまってな……お前と別れてから、劇場がいっぱいある街に来たんだ。今は金が許す限り、この辺に滞在して、毎日いろんな舞台を見ている。“エランの剣”もよかったが、他の舞台もいいぞ!』
「……」
『最近は同じように舞台好きな顔見知りも出来てな……俳優達のファンクラブに入らないかと誘われているんだ。私は俳優にはあまり興味はないが、いろんな演劇に関する最新の情報も入ってくるらしくて、かなり心惹かれていてな……どう思う?』
「……いや、どう思うと聞かれても」
今度はレベッカが呆れたような声を出す。
旅の途中で観た“エランの剣”の舞台にリースエラゴがひどく感銘を受けた事は知っていたが、ここまで夢中になるとは思いもしなかった。
「通いつめるほど好きになったんですね……」
『好きではない!人間達の創作に興味があって、ちょっとハマってるだけだ』
「……」
それを好きと言わずしてなんと言う、とレベッカは言葉を返そうかと思ったが黙りこんだ。
代わりに顔を伏せるようにして再び泣き言を漏らす。
「はあぁぁぁぁぁ……いいなぁ、充実してて……私もお嬢様に会いたい。せめて顔が見たい……」
再び寂しさから暗く沈んでいくレベッカを見たリースエラゴは一瞬口を閉じる。そして、
『そんなに寂しいなら、学校とやらに行けばいいんじゃないか?』
と、提案してきた。
「は?」
レベッカは顔を上げて、口をポカンと開ける。リースエラゴは肩をすくめて言葉を重ねた。
『だから、学校に行けばいい。顔を見れば満足なんだろ?』
「……いや、そんなこと、できるわけ……」
魔法学園までかなり遠いし、レベッカにも仕事があるのだからそんなこと出来るわけない。レベッカは言い返そうとしたが、リースエラゴは飄々とした様子で話を続けた。
『私がいればすぐにでもできるぞ。一瞬で移動して、すぐに戻ればいいだろう?』
「えっ」
レベッカは困惑しながら声を出した。
「だって……あなたの魔力は……」
『話していなかったか?最近、ようやく魔力が回復したんだ。流石に全盛期ほどではないが、今ならちょっとエイってやるだけでこの国を消し飛ばせるくらいの魔力はあるぞ』
「なにそれ怖い……」
レベッカがボソッと呟くと、リースエラゴはおかしそうにクックッと笑った。
『まあ、それは冗談だが……お前を連れて一瞬で移動して、遠くに行くくらいなら簡単だ。どうする?今すぐは無理だが、時間がある時でよければ手を貸すぞ』
「えっと、いや……でも……うーん……」
リースエラゴの突然の誘いに、レベッカは困惑しながらも腕を組んで考え込む。正直とても魅力的な誘いだ。でも、自分には仕事もあるし、ウェンディも学校の勉強があるから忙しいだろう。
だが、遠くからウェンディの顔を少しでも見ることが出来れば……
「うーん……」
レベッカが唸りながら声を出したその時だった。
突然、コンコンと書庫の扉がノックされた。
「はい」
慌てて立ち上がりながら、鏡の中のリースエラゴに小声で言葉をかけた。
「ごめんなさい!誰か来たから……」
『ああ。またな』
リースエラゴは軽く頷くとすぐに姿を消した。
レベッカは急いで書庫の入り口へと駆け寄り、扉を開いた。そこに立っていたのはクリストファーだった。
「やあ、レベッカ」
軽く手を挙げて挨拶をするクリストファーに、レベッカは慌てて頭を下げた。
「クリストファー様、こんにちは」
クリストファーがここを訪ねてくるなんて珍しい。レベッカが不思議に思いながら頭を上げると、クリストファーは穏やかに微笑みながら言葉を続けた。
「ちょっと話があって。入ってもいい?」
「あ……はい」
レベッカが慌てて身体をずらすと、クリストファーはスルリと書庫の中に入ってきた。
扉を閉めながら、レベッカはクリストファーを見つめた。ここに来るなんて本当に珍しい。一体どうしたのだろう?
一方クリストファーはまじまじと書庫全体を見渡しながら、声を出した。
「……レベッカ、1人?」
「は、はい」
「今、誰かと話してなかった?」
ギクリとしながら、レベッカはテーブルに置いた小さな鏡にチラリと視線を向ける。すぐにクリストファーへ顔を向けると、誤魔化すように笑った。
「えーと、独り言です。すみません、うるさくして……」
「……そっか」
クリストファーは納得できないような顔をしたが、それ以上は何も言ってこなかった。それに感謝しながら、レベッカはこっそりと安心するように息を吐く。
そのままクリストファーは書庫のソファに腰を下ろしながら、再びレベッカに問いかけてきた。
「ここは今、君が管理しているのかい?」
その言葉にレベッカは慌てて頷いた。
「は、はい。お嬢様から任されているので……」
「それは大変だろう。本の量も多いし」
「えっと、はい。でも、ここにある本を何でも借りて読んでもいいと言われているので……とても楽しい、です」
レベッカがはにかみながらそう言うと、クリストファーはホッとしたように笑った。そのすぐ後に、少し思い詰めたような顔でレベッカを見つめてくる。
「あの、クリストファー様。どうかしたんですか?」
その視線の意味が分からなくて、レベッカは戸惑いながら首をかしげる。
クリストファーは真剣な顔で口を開いた。
「レベッカ」
「はい?」
「レベッカは、今、幸せかい?」
「へ?」
思いもよらない問いかけに、レベッカは目を丸くした。戸惑っているレベッカに構わず、クリストファーはそのまま言葉を重ねる。
「昔からここで働いているけど……ここではない、外で働きたいとか思ったことはない?あるいは、学校に行きたいと思ったことは?メイド以外で、やりたいことはない?違う生き方をしたいとは思ったことはない?」
「え、ええ……?」
「あと、結婚とかは--」
「けっこん!?」
レベッカは思わず大声を出す。クリストファーはレベッカの声に我に返ったような表情をして、すぐに微笑んだ。
「……ごめん。変な質問をして」
「あ、いえ……」
「でも、ほら、君からそういう話を聞いたことがないから」
「……この身体で流石に結婚は難しいでしょうね」
レベッカが苦笑するとクリストファーは困ったような表情をした。
「それはそうかもしれないけど……好きな人とかはいないの?」
「いません」
レベッカはキッパリとそう言い放ち、クリストファーを見返した。そのまま考えながら言葉を紡ぐ。
「……あの、私……ずっとこのお屋敷にいたい、です……ここで、働きたいと思ってます。だからこそ、時間が経っても、戻ってきたので……えーと、なんというか……」
レベッカはウェンディを想いながら、そっと声を出した。
「……ずっと、ずっと、お嬢様のお側にいたいです。私の、一番は、お嬢様なので」
レベッカのその言葉に、難しい顔をしていたクリストファーは、ゆっくりと表情を緩めた。
「……そっか。ありがとう」
そのままレベッカの頭に手を乗せ、優しく撫でてきた。
「……あの、クリストファー様?どうしたんですか?突然……」
「いや--」
クリストファーは一瞬視線をそらし言い淀んだが、すぐに微笑むと懐から封筒を取り出し、レベッカに差し出した。
「これ、ウェンディからの君への手紙だよ。今日届いたらしい。メイド長から預かったから、渡しに来たんだ」
「え、ありがとうございます!」
レベッカの顔が輝く。嬉しそうに手紙を受け取るレベッカを微笑ましそうに見つめながら、クリストファーは言葉を続けた。
「……実はね、僕もウェンディから手紙をもらったんだ」
「えっ!?」
「久しぶりだよ。妹から直接の手紙をもらうのは……書いてある事は、事務的で、業務連絡というかこれからの要望みたいなことばっかりだったけど」
「本当ですか!?」
「うん」
クリストファーの話に、レベッカは胸が震えるような感覚がした。少しだけ、一歩ずつだがウェンディも前に進もうとしているのかもしれない。
「よかったぁ……」
レベッカがホッとしたように笑うと、クリストファーも小さく頷き再びレベッカの頭を撫でた。




