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書庫にて



レベッカとウェンディはベッドの上で横たわったまま強く抱き締め合っていた。

声を出して泣いたウェンディは少し落ち着いたようだが、まだ微かに震えている。すがり付くようにレベッカの身体を抱き締める。レベッカも小さな腕を回して、ウェンディの身体を優しく撫でた。隙間なくくっついていると、あまりにも近すぎて、心臓の音さえも聞こえてくるような気がした。

その温かさが愛しくて、レベッカが目を閉じた時、ウェンディが突然小さな声を出した。

「……私ね」

「はい?」

レベッカが目を開いてウェンディの顔へ視線を向ける。ウェンディはぼんやりとレベッカを見つめながら言葉を重ねた。

「……私、ベッカがここに帰ってこなかったら、自分であなたを探そうと思っていたわ」

「え?」

「学校を卒業して、たくさんお金を貯めたら……この家を出て、あなたを探しに行こうって計画してたのよ。結局あなたはここに帰ってきたから、その計画は失くなったけどね」

ウェンディの言葉に、レベッカは目を見開いた。

「それは……すごいですね」

その言葉にウェンディは少しだけ笑い、レベッカを見つめながら声を出した。

「……ベッカ、あのね、本当にベッカは何も悪くないんだからね」

ウェンディはゆっくりと身体を起こした。レベッカもモゾモゾしながらゆっくりと起き上がる。ウェンディはレベッカと向き合うようにしながら、手を強く握り、言葉を続けた。

「これは、私と兄の問題だから……だから、ベッカは何も悪くないの。負い目に感じる必要はないからね」

「あの、お嬢様……」

「分かってるの」

レベッカの言葉を遮るようにウェンディはそう言って顔を伏せた。

「……向き合わなきゃいけない、って分かってる。だけど……今はどうしても許せないし……話したくないの」

ウェンディは少しだけ顔をしかめた後、再びレベッカへと顔を向けた。

「……いつか、必ず……きちんと、話すわ。けじめをつけるから……だから、大丈夫。ベッカは何も心配しないで」

「お嬢様……」

ウェンディはゆっくりと包み込むようにレベッカを抱き締めた。

「ベッカ……ごめんね、ありがとう……」

囁くようにそう言ったウェンディに、レベッカは何も答えることができなかった。












翌日、青白い顔で仕事をするレベッカに、キャリーが心配そうに声をかけてきた。

「レベッカ、本当に昨日からどうしたのよ?気分でも悪いの?」

「……いえ、なんでもないです」

レベッカは小さな声で答えて、大きなため息を吐いた。

ウェンディとクリストファーの事に関して、自分に何か出来ないか一晩中考えたが、何も思いつかなかった。自分が原因なのだからなんとかしないと、とは思うがウェンディがレベッカが介入することを拒否している以上なす術がない。何もできない自分が情けなくて、ため息をついた。

レベッカが無力感に打ちのめされていたその時、突然後ろから声をかけられた。

「ベッカ」

「はい?」

ウェンディの声が聞こえて慌てて振り返る。そこにはどこか沈んだ表情のウェンディが立っていた。

「お嬢様、どうされました?」

ウェンディが部屋から出てくるのは珍しい。レベッカが首をかしげていると、ウェンディがそっとレベッカのエプロンに触れた。

「ちょっとお願いがあるの」

「何でしょうか?」

「こっち、来て」

ウェンディがそのままエプロンを引っ張る。レベッカは慌ててジャンヌに声をかけた。

「ちょっと行ってきます」

「はい、ごゆっくり~」

快く頷いてくれたキャリーに感謝しながらレベッカはウェンディに引っ張られていった。







レベッカが連れてこられたのは大きな茶色の扉の前だった。レベッカが入ったことのない部屋だ。

「ここは……?」

ウェンディが返事をする代わりにその扉を開ける。扉の向こう側の光景が視界に入り、レベッカは思わず口を開けた。

「うわぁ……」

その部屋には、いくつもの大きな本棚と、見たことがないくらいたくさんの本が並べられていた。

「入って」

ウェンディにそう言われておずおずと足を踏み入れる。

やや薄暗く、広い部屋だった。紙とインクの匂いに満ちている。部屋中に大きくて高い本棚が立ち並び、隅から隅まで本が収められていた。まるで図書館みたいだ、とレベッカは思った。

「ここは……?」

レベッカが問いかけると、ウェンディは少し笑って口を開いた。

「私の個人的な書庫よ。2年くらい前に作ったの」

「これ、全部お嬢様の本なんですか?」

「ええ」

「すごいですね……」

レベッカはそう呟きながら、部屋を見渡す。本当に部屋中上から下まで本だらけの部屋だった。ウェンディが昔から本好きなのは知っていたが、こんなにもたくさんの本を集めたなんて知らなかった。

「ベッカ」

ウェンディがレベッカを呼んだ。慌ててレベッカがウェンディに視線を向けると、ウェンディは暗い表情をしながらその場にしゃがみこんだ。レベッカと真っ直ぐに視線を合わせる。

「お嬢様……?どうされました?」

レベッカはキョトンとしながらウェンディを見返す。ウェンディは少し唇を噛んでから、ゆっくりと声を出した。

「……あのね、あと3日で、私は……学校の、寮に行かなくてはならないの」

その言葉にレベッカはハッとして目を見開いた。

「……寮に」

ウェンディと過ごす日々が楽しくてすっかり忘れていたが、ウェンディはまだ学生だ。当然、学校生活に戻らなくてはいけない。

ウェンディは小さく頷いてから言葉を重ねた。

「専属の使用人の同行は許されているから、あなたを連れて行くことも考えたんだけど……さすがに今のあなたを連れていくのは……その、いろいろと目立ってしまうし……」

ウェンディが苦虫を噛み潰したような顔をしたため、レベッカは思わず苦笑する。それはそうだ。専属の使用人として幼女の姿をしたレベッカが学校に来たら、周囲は眉をひそめるに違いない。

レベッカは首をかしげて、ウェンディに問いかけた。

「それでは、寮にはお嬢様お一人で……?」

「ううん。以前から、学校の寮にはジャンヌが一緒に行ってくれてたから、卒業までお願いするつもり」

「ああ、そうですか」

真面目で仕事熱心なジャンヌが付いていくのなら安心だ。レベッカがホッとして笑うと、ウェンディは真剣な顔をしながらレベッカの手を握った。

「……もちろん、休暇にはここに帰ってくるけど……私の卒業まで、あと数ヶ月あるの。学校を卒業したら、必ずここに帰ってくるわ。だから、待っててね」

「……はい。お待ちしていますね」

レベッカはそう答えたが、心が沈んでいくのが隠せず、顔を伏せた。気が遠くなるような喪失感でいっぱいになる。再びウェンディと離れなければいけない寂しさで、押し潰されそうだ。

ウェンディも同じくらいつらそうな表情をしていた。ゆっくりと手を伸ばして、レベッカを包み込むように抱き締めてくる。

「ごめんね。1人にさせちゃって……」

「大丈夫ですよ。いろんな方が助けてくれますから。リードさんも、キャリーさんもいますし」

その言葉にウェンディはレベッカから身体を離す。そのまま自分の額をレベッカの額に当てて、瞳を覗き込むようにしながら囁いた。

「……絶対にこの屋敷から出ていかないでね。約束よ?」

「はい。お約束します」

レベッカが大きく頷く。ウェンディはようやく安心したように笑みを見せた。

「あのね、私がいない間、この書庫の管理をお願いしたいの」

突然のウェンディの言葉に、レベッカは驚いて声を出した。

「えっ、ここの、ですか?」

「うん。掃除は他のメイドがすると思うけど……」

ウェンディはゆっくりと立ち上がり、花のように笑った。

「たくさん本があるでしょう?ここはね、私がこの屋敷で一番好きな場所なの」

本を眺めながらそう話し続けるウェンディは、本当に幸せそうな顔をしている。可憐で、優雅で、どこまでも魅力的な笑顔だった。その表情にレベッカが見とれている間にも、ウェンディの言葉は続いた。

「私の大切な場所だから……だから、私がいない間は、ベッカに任せたいの。管理の方法は教えるから……。それに、ベッカも本が好きでしょう?ここにある本は何でも読んでいいわ」

「えっ、よろしいんですか?」

「もちろん」

ウェンディの言葉にレベッカの顔は輝いた。

「承知しました。お嬢様の代わりに、この場所は私がお守りいたします」

「ありがとう。任せるわね」

「はい!」

レベッカが大きな返事をすると、ウェンディはクスクス笑った。

「ベッカが管理してくれたら安心だわ。全部大切な本だから……」

ウェンディがそう言いながらレベッカの手を握る。そのまま、2人で本棚を眺めつつ部屋を歩き回った。

「それにしても本当にたくさんありますね……図書館みたいです。全部読んだんですか?」

「もちろん」

「すごいですね……」

レベッカが再び本棚に視線を戻したその時だった。

「あっ」

知っているタイトルが目に入り、思わず声をあげた。

「どうしたの?」

ウェンディが首をかしげる。レベッカは本棚に近づきながら、ウェンディに声をかけた。

「お嬢様、『エランの剣』が好きなんですか?」

「--えっ」

ウェンディが驚いたようにレベッカを見返してくる。

「これ、今人気のシリーズですよね?」

レベッカの目の前の本棚には、『エランの剣』シリーズが収められていた。

「えーと……まあ……そう、ね」

ウェンディが戸惑った様子でレベッカと本棚を交互に見てくる。レベッカは笑いながら言葉を続けた。

「実はここに帰ってくる前、この『エランの剣』って本の舞台を見たんです。原作を見つけてちょっとびっくりしちゃって……」

「えっ、あ、ああ、そうだったの……」

ウェンディは困ったような顔をして、問いかけてきた。

「……面白かった?」

「はい?」

「その舞台……面白かった?」

その問いかけに、レベッカは大きく頷いた。

「はい!!すごく、すごく、よかったです。登場人物達がみんな個性的で、敵もただ悪いだけじゃなくて、いろんな過去があって、それも悲しくて……終盤の、主人公が泣きながら剣を持って、裏切った友達と戦うシーンは胸が熱くなりました」

「……そう」

ウェンディが短く呟き、本棚にチラリと視線を向ける。そんなウェンディに、レベッカは声をかけた。

「作者の“ウォード”って人、とても人気らしいですね。私も最近『フィンリーの冒険』を読みましたけど、すごく面白かったです。お嬢様もお好きなんですか?」

「……好き、というか……一応、その作者の本なら全部持ってる……」

ウェンディの言葉にレベッカは驚いた。

「えっ、全部あるんですか?すごいですね」

「……ここにあるのは全部そうよ」

ウェンディの言葉に再び本棚を見渡す。

よく見ると、その棚には『エランの剣』や、『フィンリーの冒険』も含めて、“レナトア・セル・ウォード”の作品が約20冊ほどがズラリと並んでいた。

「全部揃えるなんて、お気に入りなんですね」

レベッカが笑いながらそう言うと、ウェンディは曖昧に頷いた。

「何か気になる本があれば持っていっていいわよ。何冊でも」

「よろしいのですか?」

「ええ」

ウェンディの言葉にレベッカは顔を綻ばせる。

その後、書庫から3冊ほど本を借りて、レベッカはウェンディと共に書庫から出た。

大切そうに本を抱えるレベッカを見て、ウェンディが笑った。

「嬉しそうね、ベッカ」

「はい。読むのが楽しみです」

ニコニコと笑うレベッカを見つめながら、ウェンディは少しだけ寂しそうに言葉を続けた。

「……読んだら、感想を聞かせてね。手紙でもいいから。こっちも手紙を書くわね」

手紙、という言葉にレベッカの心は再び孤独感で満たされた。もうすぐ、ウェンディはこの屋敷からいなくなってしまう。手紙でしか話せなくなる、なんて寂しくてたまらない。

腕の中の本を抱き締めるようにしながら、レベッカはチラリとウェンディを見る。しばらく迷ったように目を泳がせ、やがて意を決したように口を開いた。

「あ、あの……!」

「うん?」

突然大きな声を出したレベッカを、ウェンディは不思議そうに見返してきた。

「……ベッカ、どうかした?」

レベッカは一瞬目を逸らす。そして、オズオズと口を開いた。

「あの……お嬢様にお聞きしたいことがあって……」

「なあに?」

ウェンディが不思議そうに首をかしげる。

レベッカは躊躇いながらも、言葉を続けた。

「……あの……ランバート侯爵のご子息って」

レベッカが思い切ってそう切り出すと、ウェンディが驚いた顔をして口を開いた。

「えっ?コーリン?なんでベッカがコーリンを知ってるの?」

ウェンディの言葉に、レベッカは唖然とした。

「コ、コーリン?」

レベッカの様子に、ウェンディは眉をひそめながら言葉を続けた。

「ランバート侯爵のご子息って、ニコラス・ランバートの事でしょ?私はコーリンって呼んでるけど……」

「お、お知り合いなんですか?」

「まあ、知ってるけど……」

ウェンディはなぜか複雑そうな表情で言葉を重ねた。

「学園で同じクラスの生徒で……友人よ」

「ゆ、ゆうじん……」

レベッカは唖然としながら呟く。信じられない。あの人嫌いのウェンディが、友人と認め、愛称で呼んでいるなんて。

やはり特別な関係なのだろうか。

「それで?コーリンが何?というか、なんでベッカがコーリンを知ってるの?」

ウェンディが訝しげにそう尋ねてきて、レベッカは慌てて首を横に振った。

「えっと、あの、ちょっとお嬢様と親しいって聞いて……どんな方なのかなって、思って……」

婚約してるんですか?直接と聞くのは、なぜか怖かった。

レベッカの言葉にウェンディは肩をすくめた。

「……そうね、そこそこ親しい、と思うわ。まあ悪い人間ではないわよ」

ウェンディの素っ気ない言葉に、レベッカは小さな声で、

「そうですか……」

と答える事しかできなかった。







自分の部屋に戻ったレベッカはため息をつきながら、ベッドに飛び込んだ。

結局ウェンディに婚約の件を尋ねることはできなかった。ぼんやりしながら呟く。

「婚約……」

本当に婚約してしまうのだろうか。

いつか、結婚してこの屋敷からいなくなってしまうのだろうか。

「……うぅ」

喜ばしいことのはずだ。祝福しなければならない。ウェンディが幸せになるのだから。



なのに。

なのに、どうして。

どうして、こんなにも苦しいのだろう。



自分の気持ちが分からなくなって、強く首を横に振った。

そうだ、本を読もう。レベッカは書庫から持ってきた本を一冊手に取る。きっと、読書に集中すれば、気が紛れるはずだ。本の表紙に視線を移したレベッカは、ふとあることに思い出し、声をあげた。

「……あ」

そういえばクリストファーの書斎にも“レナトア・セル・ウォード”の作品が並んでいた。何冊も本棚に収められていたから、きっとクリストファーも読んだのだろう。

「クリストファー様もお好きなのかな……」

やっぱり兄妹だな、と思いながらレベッカはベッドの上で、『エランの剣』の1巻を読み始めた。











裏設定

※『エランの剣』

人気作家“レナトア・セル・ウォード”の最大のヒット作。全10巻。

ある日突然家族を魔物に殺された、心優しい少年、エランが主人公。エランは剣を手に取り、家族の仇を討つために旅に出る。多くの出会いや別れを繰り返しながら、戦っていくエランの姿が描かれている冒険小説。

元々は児童書として発売され、子どもを中心に人気だった。後に舞台化された事で大人にも人気を博し、原作は飛ぶように売れて、一時期品薄状態となった。

舞台版『エランの剣』は長期公演が決定。チケットは即完売、入手困難となっている。






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― 新着の感想 ―
年下ヤンデレ百合のお姉さまがちっちゃくなってヤンデレ側になっとるやんけ! これどこに着地するんだ。
[一言] 誰よその男!
[一言] まぁ普通に考えて年齢的にも性別的にも結婚は厳しいわな
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