懺悔
朝、レベッカが仕事に行くための準備をしている時、部屋の扉を誰かがノックした。扉を開けると、そこに立っていたのは、一度も会話をしたことがないメイドだった。一瞬、誰だっけ?と首をかしげたが、すぐに思い出す。彼女は、倉庫へリゼッテを探しに来たメイドだ。
彼女は軽く一礼して自己紹介をしてくれた。どうやら、リゼッテの専属メイドらしい。
「リゼッテ様からの伝言です。例の約束ですが、本日の午後はどうでしょうか、と仰っていますが……」
「ああ……」
例の約束というのは、倉庫でリゼッテから持ちかけてきた件だろう。メイド長とウェンディに話をつければ午後に仕事を抜けるのは多分可能だ。そう思ったレベッカはすぐに言葉を返した。
「大丈夫、だと思います」
「それでは、本日の午後にリゼッテ様のお部屋に案内いたします」
リゼッテの専属メイドは再び軽く頭を下げると、その場から去っていった。
思っていた通り、メイド長からは簡単に許可をもらうことができた。次に、ウェンディの部屋へ向かい、リゼッテにお茶会に呼ばれた事を話す。すると、ウェンディの眉がピクリと動いた。
「……リゼッテお義姉様が?」
「は、はい。あの、午後に仕事を抜けてもよろしいでしょうか?」
レベッカがオスオズとそう言うと、ウェンディは一瞬考えるような顔をしたが、
「……そう。分かったわ。いってらっしゃい」
と言ってくれたため、レベッカはホッとした。
「なんで呼ばれたの?」
続けてウェンディがそう尋ねてきたため、レベッカは首をかしげながら答える。
「え?えっと、お話があるとかで……」
「……そう」
ウェンディは短く呟いた。
「お嬢様はリゼッテ様とよくお話されるんですか?」
レベッカの問いかけに、ウェンディはなぜか複雑そうな顔をして言葉を返してきた。
「……あまり。私、人と話すの苦手だし。この屋敷にいる間はほとんどここから出ないし」
「あ、ああ、そうですよね……」
想像した通りの答えが返ってきて、レベッカは苦笑する。しかし、
「でも……穏やかで優しくて……いい人よ」
ウェンディがそう言ったため、レベッカは目を見開いた。ウェンディが他人の事をそう話すのはかなり珍しい。
「そ、そうですか……」
「ベッカ、1人が心細いなら、私も一緒に行きましょうか?お義姉様に話せば、きっと了承してくれると思うし……」
「えっ!?いや、大丈夫です!!お嬢様のお手を煩わせるわけにはいきませんので」
ウェンディの提案に、レベッカは慌てて首を横に振った。ウェンディは少し残念そうな顔をした。
午後になると、レベッカの元にリゼッテの専属メイドがやって来た。
「リゼッテ様がお部屋で待ってらっしゃいます」
「あ、はい!」
レベッカは慌てて周囲の使用人に仕事を離れる事を伝え、メイドの後に続いてリゼッテの部屋へと向かった。
緊張のあまり固い表情をしたまま、案内された部屋へと足を踏み入れる。部屋の真ん中に設置されたソファで、リゼッテは待っていた。
「レベッカさん、来てくださってありがとうございます」
「お、お待たせして申し訳ありません」
「いいえ。さあ、お掛けください」
そう言われて、リゼッテと向かい合うようにソファへと腰を下ろす。レベッカがソワソワとしている間に、メイドがお茶やお菓子を準備してテーブルに置いた。
「さあ、どうぞ」
「あ、はい……」
「甘いものはお好きですか?」
「はい、ありがとうございます……」
ガチガチになりながら、お茶やケーキを口にする。そんなレベッカをリゼッテはじっと見つめていた。
「あ、あの、リゼッテ様。お話というのは……」
その視線に耐えきれなくて、レベッカから切り出すと、リゼッテは躊躇ったような様子をした後、口を開いた。
「――私、レベッカさんに謝罪をしなくてはならないんです」
「へ?」
レベッカは思わず変な声を出した。きょとんとしながら、リゼッテを見返す。
「謝罪?」
「はい」
リゼッテは強く拳を握り、深々と頭を下げた。
「え?あ、あの……?」
レベッカが動揺しながら声をかけると、リゼッテが絞り出すように声を出す。
「……4年前、レベッカさんが誘拐されたのは……私のせい、なんです」
「はい?」
思わぬ話にレベッカが愕然とすると、リゼッテはポツリポツリと話し始めた。
発端は4年前のウェンディの誕生日パーティーだった。ダンスパーティーが開催される事が決定して、当時はクリストファーの婚約者だったリゼッテはもちろんパーティーに招待されていた。その際、クリストファーの好意でリゼッテの友人も数人招待されたらしい。
「――その友人の中に、リオンフォール家の遠縁にあたる娘がいたんです」
「……あ、ああ」
そこまで話を聞いたレベッカはようやく思い出した。確かに、リオンフォール家の倉庫に監禁された時、ジュリエットがそんなことを口走っていた気がする。
レベッカが過去の事を思い出している間にも、リゼッテの話は続いた。
運が悪いことに、リゼッテの友人はレベッカの顔を知っていた。コードウェル家でメイドとして働く姿を見かけ、パーティー終了後すぐにリオンフォール家に伝えてしまったらしい。それが、全ての切っ掛けとなってしまった。
その後、レベッカはリオンフォールの人間に誘拐され、結果的に行方不明となった。
クリストファーとリゼッテがその経緯を把握したのは、レベッカが消えた後、リオンフォール家の兄と姉の取り調べをしていた時だったそうだ。
「ですから、レベッカさんがひどい目にあったのは……私のせいなんです」
リゼッテは険しい顔をしながらそう言って、再び深く頭を下げた。
「――申し訳ありませんでした」
レベッカは狼狽えながら、口を開いた。
「いや、リゼッテ様はご存知なかったんですから、何も悪くないですよ!というか、元はといえば、私が身元を隠していたのが悪かったので……」
レベッカが慌てふためきながらそう言うが、リゼッテはそのまま動こうとしなかった。
「それでも、私が原因となったのは、紛れもない事実です……」
悲痛な声を出すリゼッテに、レベッカはオロオロしながら言葉を続けた。
「あの、本当に自分を責めないでください。……その、この通り、私は助かりましたし……あ、頭を上げてください!」
リゼッテは悪くない。リゼッテが切っ掛けとなったのは事実だが、何も知らなかったのだし、不運な出来事が重なってしまっただけだ。
レベッカが何度も言葉を繰り返すと、リゼッテはようやく頭を上げた。
「本当に申し訳ありませんでした。心より謝罪いたします」
リゼッテは再び謝罪の言葉を口にしてから膝の上で拳を握り、暗い表情のまま顔を伏せる。その後すぐにレベッカへと視線を戻した。
「――もし何かレベッカさんが困ったことがあったら、すぐに私に言ってください。私に……できることがあれば、なんでも致します」
強く責任を感じているのだろう、とレベッカは思った。ウェンディの言う通り、いい人だ。
レベッカは困惑しながらもコクリと頷いた。
「……ありがとうございます……あの、でも、本当にご自分を責めないでください。運が悪かった、だけです」
レベッカがそう言うと、リゼッテは再びうつむいた。
「うー」
リゼッテとのお茶会が終わった後、仕事に戻ったレベッカは廊下の窓を拭きながら唸る。
「うー……」
「レベッカ、なんでさっきからうーうー言ってるの?」
一緒に掃除をしているキャリーが眉をひそめながら声をかけてきた。
「もしかして、窓の高い所に手が届かないのが悔しいの?そんなの私が代わりに拭くから大丈夫よ」
「違いますよ!いえ、まあ、それもあるんですけど……」
レベッカは唇を尖らせながら窓を拭くための布巾をキャリーに手渡した。
「すみません。高い所はお願いします……」
「了解。そろそろ休憩に入っていらっしゃいな。なんだか、今日は顔色悪いわよ」
「……ありがとうございます」
レベッカはキャリーに頭を下げてから、軽く息を吐いて、トボトボと使用人の休憩室へと向かった。
「……なんだかなぁ」
リゼッテの暗い表情が頭から離れない。胸の中にモヤモヤした物が貯まっていくような感じがする。
「……うー」
レベッカが再び唸りながら、廊下を歩いていたその時だった。
「--すまない、ウェンディ」
クリストファーの声が聞こえた。
レベッカは思わず立ち止まり、声が聞こえた方へと顔を向ける。ウェンディの部屋がある方角だ。
一瞬迷ったが、ゆっくりと音をたてないように足を進めた。ウェンディの部屋がある廊下へと近づくと、物陰からそっと顔を出す。そして目を見開いた。
クリストファーがウェンディの部屋の前に立っていた。
「ウェンディ、出てきてくれ。きちんと話そう」
扉に向かって話しかけている。
だが、扉の向こう側からは何も返事が帰ってこない。
「ウェンディ、君が学校に戻る前に、ちゃんと話そう。謝罪したいんだ」
クリストファーは扉をノックしながら言葉を続けた。
「頼むから出てきてくれ。すまない。本当に反省しているんだ--」
クリストファーが声をかけ続けるが、やはりウェンディは何も反応しなかった。扉の向こう側からは声どころか物音ひとつ聞こえてこない。
どうしてこんなにもウェンディはクリストファーを拒絶しているのだろう。2人に一体何があったのだろうか?
物陰でレベッカは首をかしげた。そのまま、扉を叩くクリストファーの様子を静かに見つめ続ける。
クリストファーはレベッカが見ていることに気づかない様子で再び扉へ向かって声を出した。
「レベッカのこと、本当に申し訳ないと思っている……だから、もう一度話そう」
突然クリストファーの口から自分の名前が出てきて、レベッカはギョッとした。
--私のこと?なんで?
レベッカが呆然としてその場で固まる。
クリストファーは何も反応しないウェンディと話すことを諦めたらしく、肩を落としながら扉から離れていった。
レベッカは一瞬迷うようにウェンディの部屋の扉をチラリと見る。そのまま、できるだけ音をたてないように廊下に出て、クリストファーを追いかけた。
「クリストファー様……」
後ろから囁くように呼びかけると、クリストファーの足がピタリと止まった。そのまま振り返り、驚いたような顔でレベッカに視線を向ける。
「レベッカ……」
「こ、こんにちは。あの……」
レベッカが言葉を続けようとしたその時、クリストファーは気まずそうな顔で口を開いた。
「--もしかして、今の、聞いてた?」
その問いかけにレベッカは困惑しながら頷く。
「はい。……申し訳ありません」
レベッカが頭を下げると、クリストファーは難しい顔をしながらレベッカから目を逸らした。
「あの……私の事って……?」
レベッカが恐る恐る問いかけると、クリストファーは唇を強く噛んだ後、口を開いた。
「--少し話をしようか、レベッカ」
レベッカの目を見つめながら、クリストファーがそう切り出してきた。
「今は仕事、大丈夫かな?僕の書斎に来てくれる?」
「は、はい」
レベッカが頷くと、クリストファーも頷き返してくる。そのまま再び廊下を進み始めた。レベッカも慌ててクリストファーの後に付いていった。そのまま前に訪れたことがあるクリストファーの書斎へと向かう。
クリストファーの書斎に入ると、リードが書類の整理をしていた。書斎に入ってきたレベッカの姿を見て、少し驚いたように眉を動かす。
「リード、しばらく仕事は中止だ。お茶を頼む」
「かしこまりました」
クリストファーに命じられてリードは素早く書斎から出ていった。
「ここに座って」
「あ、はい」
クリストファーにそう言われて、レベッカは慌ててソファに腰を下ろした。向かい合うようにクリストファーもソファに座る。
「--レベッカ、今の仕事は順調?」
「あ、はい。皆さんのお陰で今のところは……」
「何か困ったことがあったらすぐに言ってくれ」
2人が簡単な会話を交わしている間に、リードがお茶を持ってきてくれた。そのまま手早く、丁寧にクリストファーとレベッカの前にお茶をセッティングしていく。そのまま残るのかと思っていたが、リードは頭を下げるとそのまま出ていってしまった。
「……」
「……」
会話が途切れ、深い沈黙が書斎に広がる。レベッカがこの状況に戸惑っていると、ようやくクリストファーが口を開いた。
「--レベッカ」
「は、はい!」
レベッカが大きな声で返事をすると、クリストファーは一瞬言葉に詰まったように強く唇を結ぶ。そして、意を決したように口を開いた。
「……僕は……君に謝らなければ、ならない」
その言葉にレベッカはポカンとして目を瞬かせた。
「はい?」
クリストファーはまっすぐにレベッカを見つめながら言葉を重ねた。
「……戻ってきてから、ずっと、疑問に思っていただろう?……僕と……妹のことを」
その言葉にレベッカは驚きながらもコクリと頷いた。
クリストファーは目を閉じると、頭を抱えるようにしながら声を絞り出す。
「--僕の、せいなんだ。全部、僕が悪い」
その様子に困惑しながらも、レベッカはクリストファーに声をかけた。
「何が、あったのですか?」
「……」
クリストファーが無言で目を閉じる。そのまま再び沈黙が落ちる。
「……クリストファー様?」
レベッカが声をかけると、クリストファーはようやく瞳を開いた。
「本当は、もっと早く話すべきだった……」
そして、ポツリポツリと語り始めた。
「--4年前の事件の後……君が行方不明になって……当然、大規模な捜索を行ったんだ。君が消えた現場を隅々まで探して、君の家族にも事情聴取して……だけど、何も手がかりがなかった。どうしても見つからなくて……」
レベッカは顔を強張らせた。
それは当然だろう。その頃、レベッカはリースエラゴが住む異空間で眠り続けていたのだから。
「それでも君を探し続けた。何人もの人間を雇って、いろんな場所を捜索して……僕は君のことが心配だったし、それに、誰よりもウェンディが君の身を案じていた。だけど……」
クリストファーはそこで言葉を止める。そして拳を握りながら再び口を開いた。
「2年以上探し続けても、何も手がかりがなくて……もう、どうしようもなくて……それで……僕は、とうとう決断した」
クリストファーはレベッカの目を見据えた。
「君の、捜索を……打ち切ることにした」
その言葉に、レベッカは息を呑んだ。
「……ウェンディは、君が消えてからもずっと君を待ち続けていた。必ず帰ってくるはずだと、そう言って。だけど……僕は、そう思えなかった。これだけ探しても何も手がかりがないのだから……君がどこかで死んだか、もしくは自分の意思で姿を消してしまったのだろう、と思って……だから、諦めてしまった」
クリストファーが小さな声で言葉を重ねた。
「--ウェンディは、君のことを、本当にとても心配していて……君が戻ってくるのを信じていた。だから、捜索を打ち切るのは、心苦しかった。だけど、ウェンディは君のことを心配するあまり、どんどん暗くなっていった。ますます引きこもりがちになって、他人を避けて、外に出る事を拒んで……せっかく学校に入学したのに、友人も作らず、いつも暗い顔をしていた。僕はそれが心配だったんだ……」
その言葉にレベッカの胸が痛くなる。思わず顔をしかめるレベッカを見つめながら、クリストファーの話は続いた。
「捜索の打ち切りを決心した頃……1年程前に、ウェンディをあるパーティーに参加させたんだ。ウェンディはそういう場が苦手ってことは知ってたけど、少しでも外に目を向けてほしくて……いろんな人間が集まるパーティーだったら、少しは同年代の子と親しくなれるんじゃないかと思ったんだ。だから、ほとんど強引にパーティーに連れ出した。……結果は大惨敗だったよ。ウェンディはパーティーの場でもほとんど誰とも会話をしなかった。僕が知り合いの貴族を何人か紹介したけど、全然会話が弾まなくてね……」
クリストファーは当時のことを思い出したのか、難しい顔をしたまま額に軽くてを当てた。
「屋敷に戻ってから、ウェンディは僕の部屋に来て、こういう催し物に引っ張りだすのは止めてくれと訴えてきた。だけど、僕はもっと外の世界に視線を向けるべきだと返して……その後は大喧嘩になってしまった。その時、会話の弾みで……君の捜索を打ち切ることを話したんだ。当然、ウェンディは激しく動揺して、取り乱した。信じられないくらいに泣いて、怒って、さんざん罵倒されたよ。
結局、リゼッテにもいろいろ言われて、捜索は続けることになった。小規模な捜索に切り替えたけど……ウェンディはそれでも不満だったらしい。……ウェンディは捜索を打ち切ろうとした僕を憎んで、酷く失望した。それからだよ。ウェンディが僕と言葉を交わさなくなったのは……。それどころか、目を合わすのも嫌がるようになった。僕は、妹にとって……裏切り者なんだ」
クリストファーはレベッカに向かって深く頭を下げた。
「申し訳ない、レベッカ。僕は、諦めてしまった。君を見捨ててしまった。愚かにも捜索の打ち切りを考えてしまった……すまない……本当に、本当に、すまない……」
その姿に驚いたレベッカは慌てて口を開く。
「ク、クリストファー様っ、頭を上げてください!!」
それでもクリストファーは動かなかった。頭を下げたまま、言葉を続ける。
「僕は、君に対して酷いことをした。……本当は、君が帰ってきてからすぐに謝罪するべきだった。だけど、この事を聞いたら、君が責任を感じるのではないかと思って……それで迷ってしまって……」
レベッカはハッと再び息を呑む。
クリストファーの肩は、微かに震えていた。
「いや、違う。違うんだ。本当は……君に責められるのが怖かった。咎められるのが、怖かったんだ……全ては僕の弱さが、原因だ」
「クリストファー様……」
「すまない、レベッカ。本当に、すまない……」
クリストファーはそのまま涙が滲んだ声で謝罪を繰り返す。レベッカはそれを呆然と見つめることしかできなかった。
数分後、ようやく頭を上げたクリストファーの瞳は、涙が浮かんでいた。
「……レベッカ、君も、失望しただろう?軽蔑した?」
その言葉にレベッカは静かに首を横に振った。
「いいえ。クリストファー様は、悪くありません。……そう判断するのは、当然だと思います」
レベッカがオズオズとそう言うと、クリストファーは首を横に振った。
「いいや。僕は、絶対にしてはならないことをしてしまった。許されないことを、したんだ。もう、取り消せない。これは、僕の罪だ」
そう言うとクリストファーはゆっくりとレベッカに近づいてきて、その場に膝を付けた。
「レベッカ、本当に、申し訳なかった」
「……クリストファー様」
「許してくれ、とは言わない。だけど、……懺悔させてくれ。どんな償いでもする。君が望むなら、僕はなんでもする。……誓うよ。今度こそ、二度と君を裏切りはしない……本当に、すまなかった」
「……」
レベッカは静かに顔を伏せた。
クリストファーの部屋から出てすぐにレベッカはウェンディの部屋へと向かった。
「お嬢様、私です」
扉をノックしながら声をかけると、すぐさま声が返ってきた。
「入って」
レベッカが扉を開けて中に入ると、ウェンディはベッドの上で膝を抱えて座り込んでいた。
「お嬢様……」
レベッカが呼びかけながら近づくと、ウェンディは首をかしげた。
「ベッカ、どうしたの?仕事中でしょ?私に会いたくなった?」
「……はい」
レベッカが素直に頷くと、ウェンディは嬉しそうに微笑んだ。
「そばにいってもよろしいですか?」
レベッカが尋ねると、すぐにウェンディは頷く。
「うん」
レベッカがもぞもぞとベッドに乗り上げると、ウェンディは足を崩しながら口を開いた。
「一緒に遊ぶ?それともお菓子を食べましょうか?」
そんなウェンディに、レベッカは少しだけ躊躇いながら声をかけた。
「--クリストファー様と、話しました」
ウェンディの顔が凍りついたように固まる。
一瞬沈黙が落ちたが、すぐにウェンディは声を出した。
「……そう」
「お嬢様」
レベッカはゆっくりと頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。……全部、私の責任です」
「違う!」
ウェンディが鋭い声を出す。レベッカの肩がビクッと震えた。
「違う!全然違う!!」
ウェンディはそのまま叫ぶように言葉を重ねた。
「ベッカは何も悪くない!!悪いのはベッカを誘拐した人達と、お兄様だわ!!」
久しぶりにウェンディから“お兄様”という言葉が飛び出る。レベッカは拳を握りながら、言葉を続けた。
「いいえ。私が、悪いんです。全部、私のせいです」
「だから、違うと言ってるでしょう!!」
「……私は、逃げ続けるべきではありませんでした。きちんと実家の……家族と話し合いをして、決着を付けるべきでした。せめて、きちんと身元を明かして、家族と正式に縁を切っていれば……そうしたら、……こんな結果にはならなかったかもしれません」
逃げるべきではなかった。隠し事をしたまま、ここで働くべきではなかった。自分のせいで、クリストファーもウェンディも、リゼッテも苦悩している。自分が呑気に問題を放置していたせいで、こんな事になってしまったなんて。
今まで見て見ぬふりした結果がこれだ。一気にしっぺ返しを食らったような気がした。
ウェンディは怒ったように声を出す。
「あの人はあなたを見捨てた!!」
「違います、お嬢様……」
「何も違わない……っ!あの人は裏切ったの。他でもない、あなたを!!だって……だって、あなたよ?消えたのは、あなたなのよ、ベッカ!!7年前、ベッカは私の命を救ってくれた!!ベッカがいなければ、私は死んでた……あなたは、私の命の恩人なのに……そんなあなたを、あの人は簡単に見捨てたのよ……っ、あっさり諦めたの!!どうしてあんなに酷いことができるの……本当に、信じられない……っ」
「お嬢様……」
「……私は、許せないっ、絶対に許せないの、ベッカ……」
そのままウェンディはベッドに顔を埋めるように、泣きじゃくり始めた。
「うっ……うあぁぁっ……ぅ、うぅ……」
「お嬢様……」
レベッカはオロオロとしながらウェンディに抱きついた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……お嬢様……」
「うぅ……ぅぅ……っ」
そのままウェンディはずっとレベッカの腕の中で涙を流し続けた。
少し暗い回となりました。
不定期な更新となりますが、今後もよろしくお願いいたします。




