アイリーディアの物語
風の精霊は迷うことなく山中を走り続け、なんと1時間ほどで山を越えることができた。
人の住む村から少し離れた人気のない場所で、精霊の足が止まった。リースエラゴは精霊の背からひらりと地面へ降り、すぐにレベッカも抱き上げて降ろしてくれた。レベッカはボサボサになった髪を整えながら、ホッと息をつく。正直、怖くて怖くてたまらなかった。
風の精霊がキューンと鳴きながら、レベッカに擦り寄る。レベッカは必死に笑顔を作りながら、精霊の頭を撫でた。
「ありがとうございました。お陰で助かりました」
レベッカの言葉に、精霊は目を細める。そして、リースエラゴに顔を向けてグルルと唸るように鳴くと、その場から消え去った。
「……精霊ってすごいですね」
レベッカがポツリと呟くと、リースエラゴは、
「ああ」
と短く答えた。
山を越えた先にあったのは、小さな村だった。ここから先は、すぐ近くのルルネという町まで歩かなければならない。
「ルルネからは馬車が出ているみたいですし、頑張って歩きましょう」
「……ああ」
レベッカが声をかけると、リースエラゴは小さく頷いた。
2人は荷物を手に持ち、ルルネへと向かって足を踏み出した。
レベッカは歩きながら、リースエラゴの顔をチラリと見る。リースエラゴは山で精霊達と出会ってからどこか沈んだ顔をしており、あまり話さなくなってしまった。
レベッカはリースエラゴに向かって声をかけようと口を開いたが、なんと言えばいいのか分からず結局そのまま口を閉じる。
2人は無言で足を進めた。
夕方になる前に目的地である町、ルルネに到着したが、残念ながら乗合馬車は終了していた。そのため、今日はこの町で宿を取ることになった。
幸い、すぐに小さな宿を取ることができて、レベッカとリースエラゴは共に部屋へと入った。
「夕食、どうしますか?」
「……その辺で食べよう」
小さな宿で食堂はなかったため、近くのレストランへ行く。レストランでもリースエラゴは浮かない顔のまま運ばれてきた料理を淡々と口に入れた。
食事を終えて宿に戻ると、リースエラゴはすぐにベッドに飛び込む。そのまま横たわると、
「……疲れた」
ボソッと呟いた。
レベッカは本屋で購入した“フィンリーの冒険”を手に取り、自分もベッドへと上がる。そのまま静かに本を開いて読書を始めた。
“フィンリーの冒険”は、ある日突然図書館に閉じ込められた少女、フィンリーを主人公とした冒険小説だった。個性豊かなキャラクターや、瑞々しく幻想的な文章が印象的で、児童書の割には残酷な展開もある。レベッカはしばらく無言でその本を読み耽った。
中盤まで読み進めた時、突然リースエラゴが声をかけてきた。
「……聞かないのか?」
その言葉にレベッカはチラリとリースエラゴを見る。すぐに視線を本へと戻し、言葉を返した。
「何が?」
「……今日のこと……精霊達のこととか……」
リースエラゴは一瞬躊躇いながらも、言葉を重ねた。
「……アイリーディアって呼ばれたこと、とか……」
レベッカは本から目を離さず、口を開いた。
「聞いてほしいんですか?」
「……」
リースエラゴが黙りこむ。レベッカは小さなため息をつくと、パタンと本を閉じた。そのまま本をその辺に置き、身体全体をリースエラゴに向ける。
「知りたい気持ちはほんの少しはありますよ、もちろん。あなたのことを。だけど、……さっきから、すごく痛そうな顔をしているから……だから、聞きません。話をしてもらうことで、あなたを苦しめたくないし、あなたが傷つくのは、私が嫌です。それに、それに……私には関係ない」
リースエラゴが唇を強く噛む。レベッカはそんな彼女をまっすぐに見つめながら言葉を続けた。
「私にとって、あなたは友人で……ただのリーシーですから。だから、関係ないです。過去のことなんて」
リースエラゴが大きく目を見開く。一瞬だけ泣きそうな顔をして、ベッドの上に座り直した。
そして、ゆっくりと深呼吸をしてから、言葉を紡いだ。
「……ちょっと、聞いてほしい」
「……だから、無理に話さなくても」
「いや、なんというか……話したいんだ。お前に、話したい。嫌な話になるけど」
レベッカはリースエラゴをしばらく無言で見つめる。やがて小さく頷いた。
リースエラゴは少しだけ微笑む。そして、口を開いて語り始めた。
◆◆◆
昔の話だ。
──数千年前の、昔の話。
まだ精霊や魔獣と、人間の距離が近かった頃の話。
ある国があった。山に囲まれた、小さな国だった。平和で穏やかなその国には、2人の王女がいた。
妹の姫は幼い頃から美しい容貌と、優しい心を持つ、上品で優雅な王女だった。
姉の姫は、妹と比べて容姿は劣っており、真面目で大人しい性格の凡庸な王女だった。ただし、魔力だけは妹よりも強かった。
国王夫妻は王女達を愛していたが、特に絶世の美しさを持つ第二王女の方を溺愛していた。また、国民も第二王女の美貌を称賛し、深く愛していた。
2人の王女は、小さい頃から仲が良く、喧嘩をしたことはほとんどなかった。多く人々に見守られながら、王女達は大人になった。
ある時、第一王女の婚約が決まった。婚約相手は、父である国王が決めた青年だった。その青年は、国の中でも高い地位にある貴族の息子であり、剣術に優れた美しい容貌の騎士でもあった。国王が決めたその婚約を、第一王女は迷うことなく受け入れた。
第一王女と騎士の結婚が決まり、多くの人々は心から祝福した。第二王女もまた、無邪気な笑顔で姉に祝福の言葉をかけた。国王によって決められた婚約だったが、第一王女と騎士は互いに少しずつ仲を深め、よき夫婦になるために努力しようと話した。第一王女は自分なりに騎士との関係を大切にしていた。
結婚式の準備が少しずつ進められていた時のこと、その国に災厄が降りかかった。国民達が次々と原因不明の病で倒れたのだ。
第一王女の結婚式どころではなくなった。国王は有能な医者を何人も他国から呼び寄せた。しかし、病の正体を掴める者はいなかった。病に冒された人々はどんどん衰弱していき、そのまま命を落とす者まで現れた。
人々が病で苦しむ中、不穏な噂が囁かれ始めた。
第一王女が、魔術を使い、病を広めているという噂だった。
一体どこから流れ始めた噂なのかは分からない。何の根拠もないその噂は、国民の間に少しずつゆっくりと広がっていった。第一王女は国の人々から冷たい視線を向けられるようになった。第一王女を非難し、糾弾する者まで現れた。
第一王女はもちろん無実を訴えた。しかし、国王夫妻もまた噂や病の広がりに困惑し、やがて疑惑を持ち始めた。そして、国王によって、とうとう第一王女は一時的に城の地下室に幽閉される事が決まった。
第一王女が幽閉されたのは、城の地下にある暗い部屋だった。まるで囚人のように扱われ、第一王女は嘆き悲しんだ。
奇妙なことに、第一王女が幽閉された途端、国民を苦しませる病は治まった。病に冒された人々は少しずつ回復していった。そのため、姉の姫が病を広めた犯人だということが真実として、国中に広まってしまった。
第一王女は地下に幽閉されたまま、己の処遇を待っていた。この先自分はどうなるのか、不安でたまらず、ずっと泣いていた。
そんな彼女の前に、第二王女が現れた。
「お父様はおかしい。あんな噂を真に受けるなんて。お姉様は逃げてください」
第二王女はそう言って、地下の暗い部屋の扉を開けた。
戸惑う第一王女の肩を、第二王女は強く掴み真っ直ぐな瞳で言葉を続けた。
「このままでは、お姉様の身が危険です。私がなんとかお父様を説得します。事態が鎮静化するまで、お姉様はどこか安全なところに隠れていてください」
その説得に、第一王女は躊躇いながらもようやく頷いた。
「東の森で騎士様がお姉様を待っています。どうかご無事で」
第二王女はそう言って大きな荷物を手渡した。第一王女は深く感謝しながら、荷物を受け取り、城から脱出した。必死に走り続け、妹の言った通り東の森へと向かう。
ようやく到着した森の中。そこで第一王女を待っていたのは、信頼する騎士ではなく、城の衛兵達だった。
第一王女は衛兵に捕らえられ、すぐに城へと戻された。
捕らえられた第一王女を見て、国王は怒りに燃えていた。その横にはなぜか腕を包帯で覆われた第二王女が悲しそうな顔で立っていた。
国王は怒り狂いながら言葉を発した。
「大人しく幽閉されていれば命だけは助けてやったのに、寄りにも寄って妹を傷つけて逃げるとは──!」
その言葉に第一王女は愕然とした。
いつの間にか、自分は第二王女を脅し、その腕を切りつけて城から逃げ出した事になっていた。更に、第二王女が持たせてくれた荷物の中からは、なぜか呪術に使う魔法具が発見された。
妹を傷つけた覚えなんてない。これは何かの間違いだ。もう一度調べてくれと何度も訴えたが、誰も聞いてはくれなかった。
愛する両親も、信頼していた使用人も、仲のいい友人も、婚約者だった騎士も、その場の全員が鋭く冷たい目で第一王女を睨んでいた。誰一人として、第一王女の言葉を信じてはくれなかった。
「あんたのせいで家族が死んだ!!」
「悪の王女め!死ね!!」
「殺せ!!あの王女を殺せ!!」
全員に見放された第一王女は、王籍を剥奪された。そして、呪いで国民の命を奪った罪と、第二王女を傷つけた罪で、国王から追放を言い渡された。それもただの追放ではない。国の外、魔獣や魔物がいる深い谷底への追放だ。それはもはや追放ではなく、死を意味していた。
刑執行の準備が整うまで、第一王女は牢屋へと閉じ込められることになった。
牢屋の中で、ひたすら混乱し嘆く第一王女の元へとやって来たのは、愛らしい笑顔を浮かべた第二王女だった。
妹の姿を見て、第一王女は心から安心した。きっと、彼女なら自分を助けてくれる。
けれど──
「よかった。やっと死んでくれるのね、お姉様」
第二王女の口から出たのは信じられない言葉だった。
驚きで目を見開く姉の姿を見て、第二王女は楽しそうに笑った。
「昔から目障りだったわ。鬱陶しくて図々しくて馬鹿なお姉様。美しい私と違って、ちょっと魔力が高い以外はなんにも取り柄のない哀れなお姉様……そんなお姉様があの騎士様と婚約するなんて……私の方が、ずっと前から好きだったのに!」
第二王女の怒りに満ちた視線が向けられる。第一王女は妹に騙されたことをようやく理解した。
「あの恐ろしい病を散りばめたのも私よ。魔術師の1人を誘惑して、呪いをかけさせたの。あとはお姉様の仕業だって噂を流した。でもね、困ったことに、それだけじゃあ、お父様はお姉様を死なせてくれなかった。仕方ないから、わざと地下室からお姉様を逃がして、その後自分で適当に腕を剣で切ったの。可愛い私が襲われたと知って、お父様はとても怒ったわ。それで、ようやくお姉様を谷底に追放することを決断してくれたの。私の腕に傷は残ったけど……本当に、恐ろしいくらいうまくいったわ」
第二王女はクスクスと愛らしく笑った。
「もうお姉様のことなんて、誰も信じていない。あの騎士様も、お姉様じゃなくて私と結婚してくれるって言ってるし」
絶望に突き落とされて呆然とする第一王女の姿を、第二王女は勝ち誇ったように言い放った。
「それじゃあ、さようなら、お姉様」
──こうして、信頼していた全ての人々に裏切られた第一王女は腕を縛られ、魔獣が住む谷底へと突き落とされた。
深い谷底で、“悪の王女”と呼ばれた女は、生きたまま獣達に身体を食われ、そのまま死んだ。
◆◆◆
「……ひどい」
話を全て聞いたレベッカは思わず小さく呟いた。一瞬迷ってから、言葉を重ねる。
「……その第一王女が、あなたですか?」
声が震えるのを止められなかった。リースエラゴは微かに頷き、口を開いた。
「アイリーディア、という名前で呼ばれていた頃の……私の話だ」
「……精霊達が、“竜の姫”って呼んでいたけど、本当にお姫様だったんですね」
リースエラゴはほんの少しだけ苦笑した。
「昔の話だ。本当に、大昔の……。私が死んでから数年後、結局その国は大きな戦争に巻きこまれて、滅びたよ。父も、母も、使用人も、友人も、元婚約者も……そして妹も、全員死んだ。呆気なく、全てが消滅した……。もはや、歴史に国の名前さえ残っていない。本当に小さな国だったからな……」
遠くを見るように語るリースエラゴを見て、レベッカは数日前に衣服店でリースエラゴが“妹”という言葉に大きく動揺していた事を思い出した。
「……あの、その後、あなたは……?」
レベッカの問いかけに、リースエラゴは一瞬だけ顔をしかめ、淡々と言葉を続けた。
「谷底で獣に食われ死んだ私は、山に住む精霊達に救われた。私の事を哀れに思った精霊達が助けてくれたんだ……その精霊達の中に、今日会った花の精霊……ニナもいた。精霊の力で私は助かった…………なんと説明すればいいかな……一度死んだ私の魂を、精霊達が留めてくれたんだ」
「……ん?」
意味が分からず、レベッカは首をかしげる。リースエラゴは困ったような様子で言葉を続けた。
「……私の身体そのものは死んだが、魂の一部をこの世に残すことはできたんだ。お前と同じように、私も魔力だけは強かったから……精霊の力を借りて、自分の魔力も使って、魂をこの世に留めることに成功したんだ。しばらくは魂だけがフラフラとさまよっていたが、気がついたらあの姿に……竜になっていた。人とは異なる時を生きる異形の姿に……。恐らくはあの姿に変化したのは精霊達の力の影響だろう。精霊の力と私の魔力が融合した結果だ。正直、今でも自分の身体の事はよく分からないが……」
その話を全部は理解できなかったが、レベッカは再び問いかけた。
「あなたの名前は……?」
「ああ」
リースエラゴは少し顔を伏せて答えた。
「……新しい名前が欲しかったんだ。アイリーディアは一度死んだ人間だから……私がそう言ったら、その時代の、山の精霊の長が名前をつけてくれた。“リースエラゴ”……古い言葉で、“光”とか“輝く”みたいな意味を持つらしい。私は、結構気に入ってる」
リースエラゴは懐かしむように少しだけ笑った。そして、ゆっくりと息を吐き出すと、パタンとベッドに倒れこんだ。
「……疲れたな。久しぶりに昔の話をした。この話をするのは、セツナに話した時以来だな」
「……」
レベッカはしばらく無言でリースエラゴを見つめた。
リースエラゴが人間を嫌い、信じていないのは、何度も何度も親しい人に裏切られたせいなのだろう。
いや、違う。彼女は恐れているのかもしれない。再び、裏切られることを。
──だから、信じたくないのだ。もう悲しみたくないから。絶望のどん底に落ちたくないから。
黙り込むレベッカに構わず、リースエラゴはチラリと視線を送ってくる。
「つまらない話だっただろう?」
「──どうして」
レベッカはリースエラゴを見つめながら問いかけた。
「どうして、話をしてくれたんですか?」
リースエラゴは考えるように視線をそらし、口を開いた。
「どうしてだろうな。なんとなく、お前に話したくなったんだ。久しぶりにアイリーディアと呼ばれて……いろいろと吐き出したくなったのかもしれない。それに、最近、よく思い出すんだ。妹の……セレスティーナのことを」
どうやら、セレスティーナというのが第二王女の名前らしい。
リースエラゴは顔を隠すように伏せて、言葉を続けた。
「……人間は醜くて、欲深い生き物だ。私は、きっとこの先も、お前とセツナ以外の人間を心から信じることは出来ないだろう。……妹のことも、今も強く憎んで恨んでいるし、忘れられない。思い出すだけで、悲しくてつらくて、心臓が痛くなる。だけど、……時々あの子の夢を見るんだ」
小さな声は、震えていた。
「幼い頃、仲良くしていた時の夢……夢の中で、私はセレスティーナと手を繋いで笑ってる……温かくて、優しい夢……妹のことを心から愛していた時の夢……」
リースエラゴが絞り出すように言葉を続けた。
「……馬鹿みたいだろう?夢の中で、私はアイリーディアに戻るんだ。何も知らなかったあの頃に……本当に、滑稽で、馬鹿馬鹿しい……」
──ああ、これは呪いだ。
リースエラゴの言葉を聞きながらレベッカは思った。
悲しい過去、それは彼女を縛る呪いだ。
ずっと、ずっと、続く。終わらない呪い。
レベッカはリースエラゴが横たわるベッドに上がる。そのままリースエラゴの頭を優しく撫でた。
「……あなたの中で、アイリーディアは生きてるんですね」
「……」
「リースエラゴ」
レベッカが名前を呼ぶと、リースエラゴは顔を上げた。その瞳は微かに潤んでいる。その瞳を見つめながら、レベッカは言葉を重ねた。
「……ごめんなさい。なんと言葉をかけたらいいのか、分からない。でも、これだけは言わせて。私はあなたが大好き。セツナさんも、きっとそう。あなたのことが大好きで、大切なの」
どんなに願っても、どんなに祈っても、過去は二度と戻らない。なかったことには出来ない。
ずっと、ずっと、過去に囚われている。つらい過去が前を阻んでいる。
それでも──
「あなたは、アイリーディアだけど、私にとってはリースエラゴです。私の大切な友達、リーシーです」
それは、揺るぎない事実であり、ずっと変わらない。
過去と向き合うのは、難しい。決着は永遠につけられないかもしれない。
──それでも、リースエラゴに伝えたい。
──何を?そんなの決まっている。
ひとりぼっちになってしまった私にとって、あなたの存在がどれほど支えになってくれたか。
あなたのおかげで私はここにいる。
「リーシー」
──私の、大切な友達。
「どうか覚えててほしい。この先、何があっても、私にとってはあなたは大切な友達なの。私は、あなたの事を心から信頼して、信じてる。忘れないで」
きっと、リースエラゴなら。
どんなに苦しくても、自分の力で立ち上がることができる。
前を向いて、歩ける。
「泣きたい時は泣こう。つらい時はそう言って。そばにいるから。私はセツナさんじゃないけど、セツナさんの代わりに、あなたに寄り添うくらいはできる、と思う……」
こんな時に、うまく言葉をかけられない自分が腹立たしくて堪らない。レベッカは自分に対してもどかしさを感じて唇を強く噛みながら、リースエラゴの頭を優しく撫で続けた。リースエラゴは無言でそれを受け入れ、再び顔を伏せる。そのまま静かに瞳を閉じて、口を開いた。
「……私は」
リースエラゴが囁くように声を出す。
「うん?」
レベッカが短く答えると、顔を伏せたままリースエラゴは言葉を重ねた。
「……とっくの昔に捨ててしまったが……私は、アイリーディアという名前が嫌いじゃなかった。……とても大切な名前だった」
「……うん」
「でも、私は、リースエラゴだ」
「うん」
「今も、この先も、ずっと、リースエラゴだ」
「うん」
リースエラゴが顔を上げる。そのままレベッカの顔を見て、呟いた。
「──強くなりたいな。過去と向き合って、乗り越えられるくらい、もっと強くなりたい」
「あなたは強いですよ。あなたが思っているよりも、ずーっと」
レベッカは後ろからリースエラゴを強く抱き締めた。そのままポンポンと背中を叩くと、リースエラゴは少しだけ身体を硬直させて、再び口を開いた。
「話を聞いてくれてありがとう、レベッカ」
「うん」
レベッカが頷くと、リースエラゴは少しだけ笑った。




