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月夜の下で


翌朝、レベッカとリースエラゴは2人揃ってファリーシュカへと向かう船に乗り込んだ。

「おおぅ……これが船か……」

リースエラゴが少し戸惑ったように声を出す。

「リーシー、船は初めてですか?」

「ああ。お前は?」

「私は前に一度乗ったことありますよ」

会話を交わしながら、辺りを見渡す。朝早いというのに船の上は多くの人でにぎわっていた。

「到着するまでどのくらいかかりますかね?」

「結構長いぞ。数時間はかかるみたいだ」

「そんなに……」

レベッカは顔をしかめた。反対にリースエラゴは晴れやかな顔で海の方へと視線を向ける。

「まあ、のんびりと船旅を楽しむとしよう」

リースエラゴがそう言った時、船は動き出した。

ゆるゆると景色が流れていく。

「おお、凄いな、本当に動いたぞ」

「そりゃ船ですから……」

リースエラゴが感動したようにそう言って、レベッカは苦笑した。

出航してしばらくは甲板に立ち、海を眺めていたが、やがてそれに飽きたレベッカはリースエラゴに声をかけた。

「リーシー、私、ちょっと船の中を見てきます」

「ああ。1人で大丈夫か?迷子になるなよ」

「大丈夫ですよ。子どもじゃないんですから、迷子になんかなりません」

「お前は子どもだろうが」

「ちがーう!!」

レベッカは噛みつくようにそう言って、プイッと顔を背けるとその場から足を踏み出した。






「大きいなぁ……」

船内を歩き回りながらレベッカは呟く。以前にミルバーサ島に行く時に乗った船よりも大きく、そして人も多い。客が利用しているらしい船室やラウンジ、そして倉庫など、船内にはたくさんの部屋があった。

しばらく船内を探検して、疲れてしまったレベッカは客用のラウンジへと向かい、設置されたソファに腰を下ろした。ぼんやりと窓から空を眺める。

「……あとどのくらいかなぁ」

小さく呟いた時、隣のソファに座っている高齢の男性から声をかけられた。

「お嬢さん」

「はい?」

レベッカがそちらへ顔を向けると、男性は心配そうな表情で尋ねてきた。

「もしや迷子かな?」

レベッカは慌てて首を横に振る。

「い、いいえ!姉が外にいます!私は、船の中を見回ってて疲れちゃって、ここで休んでいるところです!」

「そうか、すまないね。1人きりだから迷子かと思って……」

男性は安心したように笑い、再び問いかけてきた。

「お嬢さんはどこに行くのかな?」

再び問いかけられる。

「……コードウェル領へ」

その言葉に、男性は目を見開く。

「随分と遠いところを目指しているね。旅行かい?」

「ええと、……少し用事があって」

レベッカは誤魔化すように曖昧な返事をした。

「あそこに行くにはまだまだ距離があるよ。山を1つ越えなければならないし……」

男性の言葉にレベッカは首をかしげた。

「コードウェル領に行ったことがあるんですか?」

「ああ。少し前にね。友人がそこに住んでいるから、訪ねただけだが……」

男性は目を細めながら言葉を重ねた。

「あそこはとてもいい所だ。豊かでにぎわっているし……それに、今は有名人もいるし」

「有名人?」

レベッカはキョトンとしながら首をかしげる。

男性はニッコリ笑って言葉を重ねた。

「コードウェル伯爵の妹といえば、この国の三大美女の1人だからね」

思わずレベッカは息を呑んだ。

「もちろん会ったことはないが、噂によるとかなりの美人らしいから、一度顔を見てみたいものだなぁ……あれ?お嬢さん、どうしたんだい?なんだか顔色が悪いが……」

「え?あ、ああ、いえ!なんでもありません!私、姉のところに戻りますね!お話ありがとうございました!」

レベッカは慌ててそう言うと、ソファから立ち上がる。そして、逃げるようにその場から立ち去った。

「三大美女?なにそれ……?」

ラウンジから飛び出したレベッカは、船内の壁に手をついて呟く。

思わぬところでウェンディに関する話を耳にしてしまい、大きく動揺していた。

「……いや、昔からかわいい顔をしているなとは思っていたけど……ええ……?」

混乱しながら、ブツブツと呟く。そのまま、フラフラと歩いてリースエラゴのいる甲板へと向かった。

元の場所へと戻ると、リースエラゴは1人ではなかった。

「あれ?」

リースエラゴは見知らぬ年若い男女と話していた。夫婦らしき男女のそばには小さな女の子がいる。

誰だろう?と思ったがすぐに思い出す。

「……あっ」

昨日、リースエラゴが救った、海に転落した女の子だ。

レベッカが近づく前に、夫婦は何度も頭を下げながら女の子を連れて立ち去った。

「リーシー」

レベッカが近づきながら声をかけると、リースエラゴがこちらへ顔を向けた。

「ん、戻ったか」

「はい。今の人達は……」

「ああ。昨日の子どもとその両親だな」

「同じ船だったんですね」

「ああ。何度も礼を言われたよ。気にしなくてもいいと言ったのに」

リースエラゴは苦笑しながら、小さな紙をレベッカに差し出した。

「妹と旅行だと話したら、これをもらった」

「え?」

その紙を覗き込むと、真ん中に大きな文字で、

“エランの剣”

と記してあった。

「次に行く街でやってるという、演劇?のチケットらしい。礼になるか分からないが、是非もらってくれと言われてな」

「へぇ……」

レベッカがそのチケットをしげしげと見つめていると、不意にリースエラゴが顔を上げた。遠くを眺めて、微笑みながら口を開く。

「--ほら、もうすぐだぞ」

「え?」

レベッカがリースエラゴの視線の先を見ると、陸地がうっすらと見えていた。

「本当だ……」

少しずつではあるが、コードウェル家に近づいている。

それを実感して、レベッカは大きく息を吸い込んだ。










ファリーシュカに降り立ったレベッカはその雰囲気に圧倒されて、オドオドと周りを見渡した。とにかく、人が多い。にぎやかで明るく、元気な街だ、と思った。店がたくさん建ち並び、大きな建物もある。

「な、なんか、すごい……」

レベッカはリースエラゴの服の裾をギュッと握りながら、くっつくように歩いた。

「レベッカ、あんまり引っ張るな。伸びるだろ」

「だ、だって、迷子になるかもしれないし……」

「お前、さっきと言ってることが真逆じゃないか……」

リースエラゴの呆れたような声を無視しながら、レベッカはたくさんの店を見回した。

「あー、なんか食べるか?」

リースエラゴの言葉に、レベッカは戸惑いながらもコクリと頷く。

「何がいい?あっちの肉串なんてどうだ?」

リースエラゴがすぐそばの大きな店を指差す。どうやら、肉の専門店らしく、香ばしい匂いがする。レベッカが頷くと、リースエラゴはすぐにその店へと向かった。

「ほら」

リースエラゴが大きな肉の刺さった串を購入し、差し出してきた。それを受け取り、レベッカはかぶりつく。

「おいしい……」

何の肉かは分からないが、とても美味しかった。リースエラゴも食べながら頷く。

「うん、旨いな」

夢中になりながら2人揃って食べ続けた。

「リーシー、次はまた馬車に乗らなければ行けませんよね?」

肉を食べ終えて声をかけると、リースエラゴは頷いた。

「ああ。しかも、今度は山を越えなければならない。次もかなり長くかかりそうだな」

「また乗合馬車ですか……」

レベッカが呟くと、リースエラゴは少し考えてから口を開いた。

「……そうか。山か……それなら、別に馬車でなくても……」

そのままブツブツと何か呟く。レベッカは眉をひそめながら声をかけた。

「あの……リーシー?」

リースエラゴは何か決心したように頷き、レベッカの方へと視線を向けた。

「レベッカ、今日のところはここで宿を取ろう」

「え?で、でも、馬車は……」

「もうすぐ夕方になるだろう。夜に山に入るのは避けた方がいい」

レベッカが不満そうな顔をすると、リースエラゴは笑った。

「明日の朝に出発しよう。私に、少し考えがあるんだ。だから、今日のところはやめておこう。な?」

考えがある、という言葉が気になったが、レベッカは渋々頷いた。

その辺を歩く街の人間に尋ねると、すぐに安い宿を見つけることができた。レベッカとリースエラゴは宿の一室に荷物を置くと、ベッドに座った。

「私、少し休みますね……」

レベッカはそう言いながら、ベッドに横になる。どうもこの身体は疲れやすい。リースエラゴの言葉は不服だったが、今日のところは休んで正解かもしれない。レベッカがボーッとしながら宿の天井を見つめていると、リースエラゴが声をかけてきた。

「休んだら、これを観に行くか」

「え?」

リースエラゴが鞄から何かを取り出す。それは、先ほどの演劇のチケットだった。

「ほら、今夜のチケットだぞ」

「うーん……」

何となく、気が進まない。疲れているし、観光でここに来たわけではないのだ。

だが、夜に何かする予定があるわけではないし、チケットを無駄にするのももったいないと思い、レベッカは仕方なく頷いた。

少し身体を休めると、レベッカとリースエラゴは部屋から出た。宿の職員に演劇の事を尋ねると、すぐに劇場の場所を教えてくれた。

「お客さん、その舞台を観ることができるなんて、ツイてるね」

職員はどこか羨ましそうにそう言った。

「その舞台、長期公演してるけど、人気過ぎてなかなか券が買えないんだよ」

「へぇ……」

そんなに人気なんだ、と思いながらレベッカは持っているチケットへと視線を向けた。

「楽しんでおいで、お嬢さん方」

職員の言葉に手を振りながら、2人は宿から足を踏み出した。

レベッカは深呼吸して空を見上げる。丸い大きな月が、夜空に浮かんでいるのが見えた。リースエラゴと手を繋いで、月夜の下を歩く。

劇場に到着すると、既に多くの人々が、レベッカと同じようにチケットを手にして並んでいた。

「本当に人気の舞台なんですね……」

その場のほとんどの人がワクワクしたように、劇場の扉が開くのを今か今かと待っている。

ふと、劇場の壁に視線を向けると、明るい色の紙が貼ってあった。

〈あの人気作を舞台化!ハル・スタントン主演 “エランの剣”〉

大きな文字に、出演する俳優らしき人物が剣を持っている姿が描かれたポスターだった。

「--人間はこんな事をして何が面白いんだ?」

リースエラゴが小声で囁きながら、理解できないという目でポスターを見る。レベッカが何も答えることができずに苦笑したその時、ちょうど劇場の扉が開いた。

どうやら、開演の時間が来たようだ。

「リーシー、劇場では静かにしてくださいね。大きな音はダメですよ」

「さすがにそれくらいは分かっている。お前こそ寝るなよ」

「寝ませんよ!」

2人は小声で言葉を交わしながら、劇場の席に座った。

思ったよりも大きな劇場だった。ふかふかの座席に座り、周囲を見回す。正面には広い舞台、周りには楽しそうな表情の人々であふれていた。

リースエラゴには寝ないと言ったものの、元々演劇を見るなんて気が進まないから途中で眠ってしまうかもしれない、とレベッカが不安に思ったその時、辺りが暗くなってきた。

「なんだ?なんで暗くなる!?」

「シーっ!静かに!多分、開演の合図です」

動揺した様子のリースエラゴに注意して、レベッカは正面の舞台へと視線を向けた。




結論から言えば、上演中に寝るかもしれないと思ったレベッカの心配は杞憂だった。

「……う」

演劇を観賞しながらレベッカは思わず唸る。

信じられないくらい、面白い。

演者の生き生きとした芝居、演出や音楽など現実とは思えないほど魅力にあふれ、楽しかった。

何よりも素晴らしかったのは、物語だ。

家族を魔物に殺された少年の戦いが描かれた舞台だった。剣を手にして、多くの仲間と共に宿敵に立ち向かう。仲間の裏切り、悲しい死、多くの友情や愛などが絶妙なバランスで描かれていた。

舞台は観客のたくさんの拍手に包まれながら、幕を下ろした。

終演後、レベッカはフッと息を吐いて、リースエラゴに視線を向ける。

「リーシー、終わりましたよ」

リースエラゴは今まで見たことがないくらい真剣な表情で固まっていた。

「あの、リーシー?」

レベッカがその様子を不思議に思い、リースエラゴの顔の前で手をヒラヒラと振る。すると、リースエラゴは我に返ったようにレベッカへと視線を向けた。険しい顔で口を開く。

「……なんだ、あれ」

「え?」

一瞬リースエラゴが怒っているのか、と思いレベッカは驚いたが、どうもそうではないようだった。どこか興奮したようにリースエラゴは言葉を重ねる。

「これ、なんだ。なんなんだ、あれ。なんか、すごく、あれだ……」

「は?」

「なんか、こう、あれだった」

「……面白かった?」

「そう、そうだ!面白かった!感動した!!」

どうやら感動のあまり、感情と語彙力が迷子になっていたらしい。リースエラゴはグッと拳を握り、その後は呆けたように、座席に背中を預けた。

「……すごいな。夢中になってしまった……」

「本当ですね」

「人は、こんなに凄いものを生み出すことができるのか……」

その言葉にクスクスと笑いながら、レベッカはリースエラゴの手を取った。

「さあ、出ましょう、リーシー。もう夜遅いですよ。早く宿に戻って寝ないと」

リースエラゴはフラフラと立ち上がった。

「……ここまで来た甲斐があったな。こんな素晴らしいものを観ることができたのだから」

「ええ、凄かったですね」 

「機会があればもう一度観たいな……」

よっぽど楽しかったのか、歩いて宿に帰る間もリースエラゴはずっと演劇の事を話し続けていた。




















◆◆◆





















同時刻。


少女は窓辺に立ち、月を眺めていた。

美しい夜だった。星の声が聞こえそうなほど、静寂に包まれている。闇が溶けこんだように、暗い世界が広がっていた。

フワリと風が吹いて、少女の金髪を揺らす。ゆっくりと目を閉じた。

その時、コンコンと部屋の扉がノックされた。少女は目を開く。再び空へと視線を向けたが、ノックには何も答えなかった。

しかし、静かに扉は開かれた。

「……まだ起きていたのかい?」

扉の向こうから、青年が声をかけた。少女は返事どころか振り向くこともしない。

青年は少女を気遣うように言葉を重ねた。

「……そろそろ寝た方がいい。身体を冷やさないように、窓を閉めて--」

「うるさい」

少女はようやく視線を青年に向ける。しかし、その視線は刃のように鋭かった。

「私に構わないで。放っておいて」

氷のように冷ややかな声で言い放つ。

「……」

青年は大きなため息をつくと、扉を動かす。

扉が閉じられる寸前、

「おやすみ、ウェンディ」

そう声をかけたが、やはり少女は返事をしなかった。

扉が閉じられた後、少女は再び夜空へと視線を向ける。

そして、赤い唇を動かし、誰かの名前を呼んだ。

しかし、その小さな声は誰の耳にも届くことはなく、深い夜の底へと吸いこまれていく。



少女の緑色の瞳から、小さな雫が流れ落ちた。











閲覧及びブックマーク登録、評価、いいね、感想をありがとうございます。当作品は連載して一年経ちました。ということは、レベッカの誕生日です。一年経って、成長どころか幼児化している主人公ですが、今後もよろしくお願いいたします。



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― 新着の感想 ―
うぅ…( ߹ㅁ߹)
[良い点] チェックだけしてて読んでなかったのですが、読みだしたら一気に読んでしまいました [気になる点] え、お兄様との間に何が…
[一言] 絶賛反抗期
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