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噛み痕



声が聞こえる。



『馬鹿娘が。魔法しか取り柄がないんだから、少しくらいは役に立て』

『本当に、つまらない子ね』

『ちょっと魔力が強いからって、調子に乗るな』

『お前なんか生まれなければよかったのに』

『早く消えてくれない?』


ああ、こんなこと、聞きたくない。


全部全部、壊れてしまえばいいのに。











バコン、と。

突然の衝撃がレベッカを襲った。

「痛い……」

呻くように声を出す。気がつくと、レベッカは床に横たわっていた。窓からは朝の柔らかな光が差し込んでいる。額に強い痛みを感じながら、ゆっくりと身体を起こした。どうやら、寝ている間に、ベッドから落ちてしまったらしい。

「うぅ……嫌な夢見た……」

レベッカは顔をしかめながら、額に手を当てた。そのまま気持ちを切り替えるため、軽く自分の頬を叩く。

さっさと着がえて、仕事に行かなければ。

深呼吸をしてから、素早く用意していたメイド服を身につけた。

「えーと、今日は午後から外の掃除しないといけないし……念のため上着を持っていこうかなぁ……」

レベッカはブツブツとこぼしながら、服を収納しているクローゼットを漁った。

「えーと、上着は……」

その時、クローゼットの隅っこに隠すように収納している大きな箱が目について、レベッカは思わずハッとした。ゆっくりとそれを取り出す。魔法の剣、《アイリーディア》が入っている箱だ。正直使うことは全くないため、箱から取り出すことはなく、眠っている状態だった。

「壊れてないよね……?」

取り出したついでに、確認のために箱を開ける。細長い剣が姿を現した。こうしてきちんと見るのは久しぶりだ。

改めてよく見ると、美しい剣だった。真っ直ぐで透き通るような剣身が輝いている。よく見ると、鍔の部分には小さな水色の石が埋め込まれていた。

「……ごめんね、《アイリーディア》……使ってあげられなくて」

ポツリと剣に向かって謝る。しばらく剣を見つめていたが、やがて仕事の時間が近づいていることに気付き、慌てて剣を箱に入れて、クローゼットの奥に突っ込む。

「いけない、遅刻しちゃう」

そして、慌てて部屋から飛び出した。















廊下を歩いてウェンディの部屋へと向かっていたその時、ちょうどどこかに行こうとしているジャンヌに出会った。

「レベッカさん、おはようございます」

「おはよう、ジャンヌ」

「額が赤いですけど、どうされました?」

「あ、ちょっとね……」

レベッカは曖昧に笑うことで、誤魔化した。

「あれ?セイディーは?」

レベッカが問いかけると、ジャンヌは淡々と答えた。

「今日は洗濯の担当らしくて……、私も手伝ってきます」

ジャンヌは軽く頭を下げると、足早に去っていった。

「仲良しだなぁ……」

そんなジャンヌの後ろ姿を見送りながら、レベッカはポツリとこぼした。いつも元気いっぱいで子犬のようなセイディーと、冷静沈着で真面目なジャンヌは、幼馴染みという間柄で、仲良く一緒に行動することが多い。性格は全然違う2人だが、妙に気が合うらしく、仕事中にじゃれあっている姿を見かけることも多かった。

「さて、私も仕事しなきゃ……」

その時、後ろから声をかけられた。

「おはよう、レベッカ」

その声に、レベッカは慌てて振り向き頭を下げた。

「おはようございます、クリストファー様」

そこに立っていたのは、クリストファーと執事のリードだった。

「こうしてきちんと顔を合わせるのは久しぶりだね。元気だった?」

クリストファーは穏やかな笑顔を浮かべているが、少しやつれているような気がした。

「はい……。クリストファー様は、その……大丈夫ですか?」

レベッカが思わず尋ねると、クリストファーは苦笑しながら頷いた。

「うん……ちょっと忙しいけどね。ウェンディの様子はどう?」

「あっ」

クリストファーの言葉に、レベッカは慌ててウェンディから預かった手紙を取り出した。

「あの、これ、お嬢様からのお手紙です!」

「えっ、手紙……?」

「はい。昨夜、一生懸命書いていましたよ」

その言葉にクリストファーは顔を綻ばせ、手紙を受け取ってくれた。

「ありがとう、レベッカ……」

クリストファーは嬉しそうに手紙を見つめていたが、やがて小さくため息をついた。

「最近は本当に忙しくて、時間が作れないんだ……」

「はい……」

「でも、もう少しで落ち着くと思うから……待っててほしいと、ウェンディに伝えてくれる?」

「はい!」

レベッカが大きな声で返事をすると、クリストファーは再び小さく微笑んだ。















「お嬢様?おはようございます」

朝食を手に部屋へと入ると、ウェンディはたった今目覚めたばかりのようで、ベッドの上でぼんやりとしていた。

「おはよ……ベッカ、お手紙渡してくれた?」

ウェンディの問いかけに、レベッカは微笑んで頷いた。

「はい、クリストファー様、とても嬉しそうにしていましたよ。それから、もう少ししたらお仕事の方も落ち着くらしいです。それまで待っててほしい、とのことでした」

その言葉に、少しだけウェンディの顔が明るくなった。

「よかったぁ……ありがとう、ベッカ」

「はい、どういたしまして」

レベッカは微笑みながら、テーブルに朝食を並べ始める。そんなレベッカを見つめながら、ウェンディはベッドから降りる。そして後ろからレベッカに抱きついてきた。

「わっ、お嬢様、危ないですよ」

「んふふ」

ウェンディは楽しそうにレベッカの身体をあちこち触る。

「もう、くすぐったいです!それに、お仕事をしてるんですから、離れてください!」

レベッカが少し怒って言葉を続けるが、ウェンディはそれを気にする様子も見せず、再び小さく笑った。

「んふふふ」

「お嬢様!」

「ベッカ、蜂蜜の匂いがする……私、この匂い大好き」

「もう!それより、朝食の後はマナーのレッスンがあるそうです。ですから、早く召し上がってくださいね」

その言葉に、ウェンディはレベッカから身体を離して、唇を尖らせた。

「……私、マナーのレッスン嫌い。今日は体調不良ってことにして」

「そんなの、ダメに決まってるじゃないですか……」

レベッカは呆れたように声を出した。ウェンディは今度は頬を膨らませた。

「メイドなら主人の命令を聞きなさいよ」

「いや、命令というか……お嬢様のそれはただの我が儘じゃないですか……ダメですよ、そんなの」

その言葉に、ウェンディはムッとした後、少し考えるような顔をした。直後にレベッカを上目遣いで見つめてくる。その目を見た瞬間、レベッカは嫌な予感がした。

「じゃあ、ベッカ」

「……何ですか?」

「レッスン頑張るから、私のお願いを聞いてくれる……?」

“お願い”という言葉に、思わず顔をしかめる。恐る恐る、ウェンディに言葉を返した。

「お願いとは?」

ウェンディはモジモジとしながら声を出した。

「あのね、あのね、……私と一緒にお風呂に入ってくれる?」

その言葉にレベッカは一瞬呆然と口を開ける。そして狼狽えながら、ウェンディに問いかけた。

「えーと、それは、……お嬢様、お風呂のお世話をしてほしいということでしょうか……?」

レベッカが専属メイドになって数年経つが、ウェンディが風呂に入る時に手伝ったことはない。元々ウェンディは小さい頃からほぼ一人で生活しているので、風呂に入るのに世話は必要ないからだ。

レベッカの問いかけに、ウェンディは首を横に振って口を開いた。

「ううん。私ね、ベッカと一緒にお風呂に入りたいの!」

「却下です!!」

レベッカは考える前に大きな声を出し、首をブンブンと勢いよく横に振った。ウェンディは再び頬を膨らませる。

「ちょっと一緒にお風呂に入るだけじゃない。ね、ちょっとだけだから、お願い」

「……いやいやいや」

レベッカは頭を抱えた。

ウェンディとお風呂。それはもちろん、自分も服を脱いで入らなければならないのだろう。ウェンディの瞳をチラリと見る。ウェンディは懇願するようにまだこちらを上目遣いで見つめている。

--いや、ダメだ。ダメだダメだ。なんか、ダメだ。それは多分、なんか、絶対にダメだ。

言葉でうまく言い表せないが、妙な抵抗感があった。レベッカはウェンディを振り切るように大きく首を横に振った。

「ダメです!!」

頑ななレベッカの様子に、ウェンディは頬を膨らませたが、やがて諦めたようにため息をついた。

「分かった……それじゃあ、今度のお休み、私と一緒にお出かけしてくれる?」

「お出かけ……ですか?」

「ん……あのね、あのね……街の本屋に行きたいの……お兄様の許可は取るから」

その言葉にレベッカは少し考えた後、小さく頷いた。

「分かりました。一緒に行きましょう」

ウェンディがパッと顔を輝かせた。

「ありがとう、ベッカ!」

引きこもりのウェンディが街に出たいと言うのは、かなり珍しい。でも、外の世界に少しでも目を向けるのはいいことだ。きっと、いい気分転換になるだろう。ウェンディにとっても、自分にとっても。そう思いながらレベッカも微笑んだ。
















「えっ」

その日の午後、レベッカが庭の掃除をしていると、伯爵家専属で顔見知りの庭師、ポールが話しかけてきた。その内容に驚いて、目を見開く。

「えっと、お見合い、ですか?」

「いや、そんな大層なやつじゃないよ……紹介するから、ちょっと会ってみないかい?レベッカちゃん、独身だし……」

どうやら、ポールの若い弟子の一人が、恋人を探しているらしい。それを聞いたポールが弟子のためにレベッカに声をかけてきたのだ。

「どうかな?庭師としても優秀で、いいやつだよ。真面目だし、働き者だ」

「う~ん」

レベッカは困惑しながら、少し首をかしげた後、口を開いた。

「……ちょっと、考えさせてください」

ポールに軽く頭を下げ、その場から早々に立ち去る。

レベッカは気づいていなかったが、その姿を少し離れた場所で、数人のメイド達が目撃していた。メイド達は顔を見合わせると、何かコソコソ話し始めた。

「……恋人、か」

レベッカは足を進めながら、小さく呟く。レベッカの実年齢は17歳だが、世間的には19歳ということになっている。若いとはいえ、結婚してもおかしくない年頃だ。

「うーん……」

気は進まない。だが、そろそろ自分の将来を真剣に考えるべきかもしれない。

この屋敷での、穏やかな暮らしをレベッカはとても気に入っている。このままメイドとしてずっと働きたいと思っている。ウェンディに仕えるのは、とても幸せだ。ずっと、このままの暮らしを続けていきたい。

でも、きっとこれからも、レベッカの周囲はどんどん変化していくだろう。今のコードウェル家は、クリストファーとウェンディだけだが、そのうちクリストファーが結婚するだろう。そうしたら、子どもも生まれて、家族がどんどん増えていくはずだ。きっと、ウェンディも成長したら好きな男性が出来るだろう。そして、結婚してこの家を出て行くのだろう。自分はもちろんそれを心から祝福して--

「……」

レベッカは眉をひそめた。なぜかよく分からないが、とてもモヤモヤとした嫌な気持ちになった。ウェンディに対して、こんな思いを抱くのは初めてだ。

自分の感情を否定するように、首をブンブンと横に振る。そして、ポツリと呟いた。

「……会って、みようかな」

ポールの弟子と会ってみよう。自分の世界は、ウェンディと同じくらい狭すぎる。自分もいろんな人と交流して、もう少し外の世界に目を向けてみたほうがいいのかもしれない。そう思いながら、レベッカは次の仕事のために、キッチンへと向かった。
















数日経ったが、折り悪くポールと顔を合わせていないため、返事が出来ずにいた。レベッカが淡々と廊下の掃除を終えて、窓を拭いていると、こちらへと駆け寄ってくる足音が聞こえた。

「ベッカ!」

輝くような笑顔で駆け寄ってきたのは、ウェンディだった。

「お嬢様、どうされました?」

「あのね、あのね、今日の午後、お兄様、お仕事はお休みなんですって。一緒にお茶を飲んで、ケーキを食べるの!」

ウェンディが珍しくはしゃいだようにそう言ったため、レベッカは思わず微笑んだ。

「あら、それはよかったですねぇ」

「うん!ベッカがお手紙書くように言ってくれたおかげ!ありがとう、ベッカ!」

そのまま勢いよく抱きついてくるウェンディに、レベッカは苦笑した。

「お嬢様、嬉しいのは分かりますけど、私、今はお掃除中なので……」

ウェンディが汚れるといけないので身体を離そうとしたその時、後ろから大きく呼びかけられた。

「あっ、レベッカさーん!」

大きな声でレベッカを呼んだのはセイディーだった。

「あ、セイディー……」

セイディーは目をキラキラさせながらこちらへ近づき、レベッカのそばにウェンディがいることに気づいて慌てて頭を下げた。

「あ、お嬢様、こんにちは」

「……」

ウェンディは真顔になり無言で頷く。

ウェンディの素っ気ない様子を気にすることなく、セイディーは興奮したようにレベッカに声をかけた。

「レベッカさん、お見合いするって本当ですか!?」

その言葉を聞いた瞬間、ウェンディの顔が固まった。

レベッカは驚いて声を出した。

「どうして知ってるの?」

「噂になってますよ!庭師のポールさんのお弟子さんと会うって」

なんで噂になっているんだ、と苦笑しながらレベッカは軽く頷いた。

「……ちょっと、ね。まだ分からないけど」

「もしも、いい人だったら結婚するんですか!?」

セイディーの問いかけにウェンディの顔が真っ青になる。レベッカはセイディーの肩を軽く叩いた。

「その話はまた後で。仕事に戻って」

その言葉にセイディーは不満そうに顔をしかめながらも、

「はい」

と頷き、その場から立ち去った。

「……なによ、それ」

「はい?」

震える小さな声が聞こえて、レベッカはウェンディの方へ顔を向ける。ウェンディは強く拳を握りながら、レベッカへ鋭い視線を向けていた。レベッカは驚いて慌ててウェンディへと声をかけた。

「お嬢様、どうされました?」

「……なによ、結婚って!!」

大きな声をあげる。その瞳は激しい怒りに満ちている。ウェンディの顔は真っ赤になっており、感情が高まっているのが分かった。レベッカはその様子に驚いて、口を開いた。

「あの、お嬢様……」

「私に隠れてコソコソと!!結婚なんて何考えてるのよ!!」

「いや、別に隠していたつもりは……それに、結婚じゃなくて、ちょっとお弟子さんと会わないかって誘われただけですよ……」

「私はそんなの許可した覚えはないわ!!」

「いえ、あの、これは個人的な事ですし……それに、ほら、私もいい年なので……そろそろ将来の事を、」

「ベッカ!!」

大きな声で名前を呼ばれ、レベッカの口が止まる。

ウェンディはレベッカの手を強い力で掴むと、グイグイと引っ張った。

「お、お嬢様……?」

レベッカの呼びかけに答えることなく、そのままウェンディは歩いていく。やがて、ウェンディの私室へと到着すると、中に入らされた。

「お、お嬢様、あのー……」

レベッカが声をかけたその時、ウェンディがレベッカの手を強い力で掴んできた。そのまま強い視線を向けられて、レベッカは大きく息を呑む。

「結婚なんて、絶対許さない……っ」

冷たい声が響く。

「他の誰にも、渡さない……、私だけのベッカなんだから、私から、離れるなんて……っ、絶対に、許さない……」

ウェンディがレベッカの腕を強く握りながら、声を絞り出す。その強い視線にビクリと身体が震えた。

「お、お嬢様……」

レベッカはウェンディの様子に困惑しながら、小さく呼びかける。ふと、自分の腕を握るウェンディの手もまた震えていることに気づいた。

レベッカはゆっくりとウェンディの手から腕を離し、その場に座り込んだ。今度は自分からそっとウェンディの手を握る。

そして、ウェンディの瞳を真っ直ぐに見つめながら、ゆっくりと呼びかけた。

「お嬢様」

「……」

「お嬢様、……申し訳ありませんでした。私の不徳の致すところです。お嬢様に、不愉快な思いをさせてしまって……」

そういえば、随分前にも、結婚の話題になった時にウェンディが不機嫌になったことをレベッカは思い出した。

未だに、結婚という言葉にこんなにもウェンディが過剰に反応して取り乱すとは思わなかった。

もう少し慎重に考えるべきだったかもしれないな、とレベッカが思ったその時だった。突然、ウェンディがくしゃりと顔を歪めた。そのまま大粒の涙が瞳からこぼれ落ちる。レベッカがギョッとするのと同時に、ウェンディが口を開いた。

「行かないでよぉ……ベッカ」

「お、お嬢様……」

「どこにも、行かないで……そばにいて……」

泣きじゃくりながら、ウェンディは言葉を重ねた。

「おねがいだから、ここにいてよぉ……わたくしには、あなたしかいないのに。あなた以外になんにも、いらないの。あなたが、いてくれれば、それでいいの。あなただけは、うしないたくない……あなたが、のぞむなら、わたくしの、すべてをあげるわ。だから、……ずっと、わたくしのそばにいて。わたくしを、だきしめて……」

「お嬢様……」

「ふ、う、うぅぅっ、うぅ……っ」

ポロポロと雨粒のような涙をこぼしながら、ウェンディは声をあげて泣いた。レベッカは一瞬強く唇を噛みしめ、そしてゆっくりとウェンディを抱き寄せた。

「申し訳ありません、お嬢様……」

「うぅぅっ……」

「絶対に離れません……約束します。私は、ずっと、お嬢様のお側にいます……」

そのままレベッカはウェンディを抱き締めながら、優しく背中を撫で、何度も同じ言葉を繰り返した。

数分後、ようやくウェンディは落ち着いたらしく、自分から身体を離した。スンスンと鼻を鳴らしている。その瞳は赤くなっており、まだ潤んでいた。

「……お嬢様、大丈夫ですか?」

「大丈夫なわけないでしょうっ!!」

ウェンディが怒ったように言葉を返してくる。レベッカはゆっくりと立ち上がると、頭を下げた。

「ポールさんには、お断りの返事を致します」

「当ったり前でしょっ!」

「申し訳ありませんでした」

頭を下げたまま、もう一度謝罪する。ウェンディはそんなレベッカをしばらく無言で見つめ、そして小さく声を出した。

「顔を、上げて」

「はい」

レベッカが短く返事をして、言われた通りに顔を上げたその時、ウェンディが抱きついてきた。

「わっ、お嬢様?」

次の瞬間、首筋に強い痛みを感じて、レベッカは悲鳴をあげた。

「ヒャッ」

驚いて、慌ててウェンディを身体から引き剥がそうとしたが、ウェンディがそれを許さなかった。再び首筋にチクリとした痛みを感じて、レベッカは声をあげる。

「ちょ、ちょっと、お嬢様!?」

数秒後、ようやくレベッカから身体を離したウェンディがペロリと唇をなめた。

「信用できないから、印を付けたわ」

「はい?」 

「髪は下ろしておいた方がよくてよ」

その言葉に、レベッカは慌てて部屋にある鏡へと駆け寄り、自分の姿を映す。そして、大きな声をあげた。

「お、お嬢様!!」

首筋には赤い噛み痕が残っていた。

やられた、とレベッカは頭を抱える。最近、ウェンディから噛まれる事はなかったので、完全に油断していた。

「もう、なんで噛むんですか!!隠すのが大変なのに!!」

頭を抱えながらレベッカが抗議の声をあげると、ウェンディはツンとした顔で腕を組んだ。

「ベッカが悪い」

「お嬢様!!」

ウェンディはプイッと顔を背けた。この様子では何を言っても、無駄だ。長年の経験からそれを察したレベッカは大きなため息をついた。

「……もう、いいです。仕事に戻ります」

ポツリと呟く。なんだか、とても疲れた。レベッカは再びため息をつきながら、部屋から出ていった。

残されたウェンディはその姿を見送る。そして、

「--いっそ、あなたを、どこかに閉じ込められたらいいのに」

小さく呟いたが、幸運なことにレベッカの耳には届いていなかった。




裏設定

※セイディー・ヴィンス

レベッカの後輩メイド。短い赤毛に茶色の瞳が印象的な、子犬のような雰囲気の少女。裕福な商人の娘。兄弟が多く、賑やかな家庭で育った。明るくて、いつでも元気いっぱい。身長が低いことを気にしている。恋の話が大好きで、彼女自身も優しい年上の恋人がいる。恋人は遠くの学校で学生をしているため、彼が卒業したら結婚する予定。



※ジャンヌ・バシェット

レベッカの後輩メイド。真っ直ぐなダークブロンドの髪に青い瞳を持つ、真面目で仕事熱心な少女。実家は有名な新聞社。スタイルが良くて、胸が大きい。コードウェル家で働く男性からよくモテる。セイディーとは幼馴染みで、仲良し。セイディーの事を誰よりも大切に思っている。




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[一言] ヤンデレ(?)×百合はいい… 何度もコメントしてすみません、僕はヤンデレ百合が一番好きなジャンル?でしてね…
[一言] 幼馴染百合じゃないのか(´・ω・`)
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