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祈り


「ああ、レベッカ!レベッカ!!よかった~、おかえりなさい!!」

伯爵家に到着し、屋敷へ入るとすぐにキャリーが駆け寄ってきた。

「キャリーさん!ただいま戻りました。すみません、仕事を休む形になってしまって……」

「ううん!いいの。レベッカが無事で本当によかった!!」

キャリーは安心したようにレベッカに軽く抱きついてきた。それを隣のウェンディがムッとしたように睨む。

「あ、キャリーさん……」

ふとキャリーの服装に目を留めて、思わず声をあげた。キャリーは黒いワンピースを身につけていた。レベッカの視線に気づいたキャリーは身体を離し、軽く頷く。

「大変だったの……とても……」

その時、リードに上着を渡しながら、クリストファーが声をかけてきた。

「レベッカ、少し休んでおいで」

「え、しかし……」

「仕事なら大丈夫。君はずっと頑張ってくれたから……休むことが必要だ」

その言葉にレベッカは少し迷ったが、結局は頷き頭を下げた。

「ありがとうございます……」

「私も、ベッカとやすむ!」

ウェンディが大きな声をあげてレベッカの手をにぎる。しかし、それをクリストファーが止めた。

「ウェンディには、少し話があるんだ。だから、僕の部屋に行こう」

「おはなし?」

「うん。大事な、大事な話」

その言葉に、ウェンディは渋々レベッカから手を離した。レベッカは苦笑しながら、再度頭を下げた。

「それでは、失礼いたします」

そう言いながら、荷物を一緒に持ってくれたキャリーと共に部屋へと向かう。

その姿を、クリストファーはエヴァンと共に見送った。

「クリス……彼女は……」

エヴァンが何かを言おうとする。しかし、言葉を続ける前に、クリストファーはエヴァンに鋭い視線を向け、無言で首を横に振った。そして、唇に人差し指を立てる。

「――頼む、エヴァン」

クリストファーの小さな声に、エヴァンは複雑そうな顔をしながらも口を閉じた。それをウェンディは不思議そうな顔で見つめていた。












レベッカはキャリーと共に階段を上りながら小さな声で会話を続けた。

「――それでは、葬儀は終わったんですか?」

「うん……伯爵が亡くなった状況がアレでしょ……正直不名誉すぎるから……クリストファー様もあまり大事にしたくなかったみたい」

キャリーの話によると、伯爵の葬儀はクリストファーが中心となりひっそりと開かれたそうだ。一応は数人の貴族が葬儀に訪れたようだが、小規模で寂しい葬儀だったらしい。レベッカはふと疑問を抱き、キャリーに問いかけた。

「――伯爵夫人はどうされたんですか?」

「昨日まではいたわよ、流石に。クリストファー様といろいろ話した後に、どこかに行っちゃった」

「えっ、自分の夫が亡くなったのに?」

「もう愛情なんか無いんでしょ」

キャリーが吐き捨てるようにそう言って、レベッカも顔をしかめた。母親だというのに、ウェンディの事はどうでもいいのだろうか、と考え大きなため息をつく。キャリーがレベッカを慰めるようにポンポンと肩を叩いた。

「レベッカ、大丈夫?」

「はい。なんだか、いろんな事が起こりすぎて、ちょっと混乱しそうで……」

「まあ、突然の事だったしね……無理ないわ」

ふと、キャリーはレベッカが手に持つ大きな箱に視線を向けた。

「そういえば、その箱は何が入ってるの?」

「あ、……ええっと、……いろいろ、です」

《アイリーディア》の剣の事をどう説明すればいいのか分からず、曖昧に笑って誤魔化すと、キャリーは不思議そうな顔で首をかしげた。その時、ようやくレベッカは重要な事を思い出し、思わず足を止めた。

「……あ」

「ん?どうしたの?」

キャリーも立ち止まり、不思議そうな顔で声をかけてくる。

「……まずい」

失念していた。この剣を使えたという事の意味を。今の今まで、すっかり頭から抜けていた。自分のバカさ加減に頭が痛くなる。どうしよう。

この剣を使用できた事に関して、特に誰にも何も言われていない。でも、絶対に怪しまれているはずだ。今更ながら、レベッカは冷や汗を流した。クリストファーもエヴァンもトゥルーも、誰も詮索してこないが、どう思っているのだろう。

「……どうしよ」

レベッカは一瞬後ろを向いて、クリストファーの元へ戻ろうとしたが、

「……うう」

余計なことを言ったら、自分で自分の首を絞めることになるような気がして、思わず呻いた。その場で思い悩み、考えあぐねつつ、剣の入った箱を抱えオロオロと動く。

突然挙動不審になったレベッカを、キャリーは不思議そうに見つめながら声をかけた。

「レベッカ?どうしたの?何かあった?」

「……」

レベッカは無言で片手で頭を抑えた。しかし、

「……何でもありません」

結局そう答え、再び箱を両手で持ち直した。

クリストファーもエヴァンも何も言ってこないのだから、自分から余計なことを言うのはやめよう。きっと大丈夫。大丈夫のはずだ、多分。そう自分に言い聞かせながら、キャリーに弱々しく微笑んだ。

「キャリーさん、すみません。早く部屋に行きましょう」

「?うん」

キャリーが不思議そうな顔で頷く。レベッカは心の中で、大丈夫、大丈夫、と暗示のように自分に繰り返し言い聞かせた。

「あっ、そうそう!お嬢様の呪いが解けたらしいわね!何があったの?聞かせて!!」

「あ、えっと……」

レベッカはキャリーにどう説明しようかな、と思考を巡らせる。根っから呑気で楽観的なレベッカは、もう剣の事について考えるのを停止した。

後に、レベッカはこの時深く考えるのをやめたことを大きく後悔することになる。しかし、この時のレベッカはそんなことを知る由もなかった。













その日の夜、レベッカの部屋の呼び鈴が鳴った。レベッカは久しぶりに聞いたその音に、クスリと笑ってベッドから立ち上がる。予想通りだ。

事前に用意していたミルクの瓶を手に持ち、自室から外へと出た。

「失礼します」

ノックをして部屋に入ると、ウェンディがベットの上に座り、レベッカを待っていた。

「ベッカ、待ってた」

「はい、お待たせしました」

レベッカは優しく微笑むと、ミルクの瓶をウェンディに見せた。

「ご用意しますね、ホットミルク」

しかし、ウェンディは首を横に振った。

「今日は、いい」

「え?よろしいんですか?」

「うん」

ウェンディはスッと両手を前に向けた。

「ベッカ、こっちきて」

「はい?」

「いいから、はやく」

首をかしげながら、ウェンディに近づく。レベッカが近づくと、ウェンディは勢いよくレベッカに抱きついてきた。

「お嬢様……?」

レベッカの胸に顔を埋め、ウェンディは瞳を閉じる。レベッカはその小さな身体をそっと抱き締めた。

「……おとうさま、なくなったんだって」

小さな声が聞こえて、レベッカは短く答えた。

「はい」

どうやらクリストファーが昼間にウェンディにきちんと話をしたらしい。

ほとんど接することがなかったとはいえ、やはり喪失感はあるのだろう。ウェンディの表情はどこか沈んでいた。レベッカは何も言わずにウェンディの背中を優しく撫でた。

やがて、ウェンディが身体を離して、レベッカの手を取る。そして、自分の頬に手を当てさせた。

「ふしぎなの……おとうさまが、いないなんて、へんなかんじ」

「……はい」

「……ベッカは、いなくならない、よね?」

その不安そうな声に、レベッカは大きく頷いた。

「もちろんです」

「ほんと?」

「はい。どこにも行きません」

その答えに、沈んでいたウェンディがホッとしたように息をつく。そして、レベッカに手を伸ばすと、その両手をギュッと握った。

「あ、あのね、あのね、ベッカ」

「はい?」

「それじゃあね……わた、くし、私と……そ、そい……」

「ん?」

「そ、そい、……えっと……そ……?」

ウェンディが何かを言おうとして、首をかしげた。どうやら言葉が出てこないらしい。

「お嬢様、何ですか?」

「あのね、いいたいことばが、あるの……ずっと、いいたかった、むずかしいおことば……そ、そ……」

「そ?」

「んっと……そ、……いっしょ……?」

レベッカはきょとんとしたが、やがて微笑みながらウェンディに声をかけた。

「あ、もしかして、これからも一緒にいたいって言いたいんでしょうか?」

「う……うんん?……?」

ウェンディは少し腑に落ちないような顔をしたが、結局頷いた。

「そんなかんじ!」

と言って、レベッカに微笑み返した。レベッカは小さく頷き、口を開いた。

「はい、お嬢様。ずっと一緒です。お嬢様が望む限り、離れません」

ウェンディがパッと顔を輝かせる。そして、そのまま身を乗り出してきた。

「お嬢様……?」

ウェンディは戸惑うレベッカに構わず、額にそっとキスをした。

「えっ」

レベッカが思わず額を押さえる。顔が赤くなるのが自分でも分かった。唇が触れたところが、熱い。

「んふふっ」

ウェンディは口元に両手を持ってきて、照れたように笑った。

「お嬢様……」

レベッカは口を開いたが、何も言えずにただ苦笑する。そんなレベッカにウェンディは再び抱きついてきた。

「ベッカ、だいすき!ずっといっしょにいる!」

「……はい」

レベッカは再び小さな身体を優しく抱き締める。

その姿を、空に浮かぶ月だけが見つめていた。











◆◆◆











その頃、タチアナの家にて。

タチアナとトゥルーの2人はベッドに横たわり、言葉を交わしていた。

「あーあ、やっぱりあの剣は私が欲しかったです~」

「……まだ言っているのか」

「研究してみたくって……」

「無理じゃろ……あの剣はレベッカを持ち主として選んだのじゃから」

トゥルーは拗ねたような顔をしながら、タチアナを抱き締めた。

「代わりにお姉様が慰めてください」

「疲れたし、眠いから嫌じゃ」

「もう!少しだけですから~」

タチアナが拒否するようにトゥルーに背中を向ける。しかし、トゥルーは楽しそうな様子でタチアナの肩に軽く口づけた。

「しつこい」

「えへへ」

ふと、トゥルーはあることを思い出し、タチアナに声をかけた。

「そういえばぁ、ウェンディちゃんにすごいことを聞かれたんですよ」

「――ああ、そういえば、お前達、妙に仲良くなっておったの」

「うふふ、お友達になっちゃいました」

タチアナは、トゥルーにバレないよう、こっそりムッとした。

「……それで?何を聞かれたんじゃ?」

「うふふ」

トゥルーは楽しそうに笑いながら言葉を重ねた。

「お姉様と私は結婚しているのか?ですって!!」

「……」

「あの子には私達がそんなふうに見えていたんですねぇ~」

「……」

タチアナは無言だったが、その耳は真っ赤に染まっていた。トゥルーはクスリと笑いながら、後ろからタチアナを抱き締めた。

「――それで?」

「はい?」

「それで、お前は、何と答えたんじゃ?」

タチアナの問いかけに、トゥルーはニッコリ笑って大きな声で言葉を紡いだ。

「もちろん、こう答えましたよ!……“一生を添い遂げたい相手なんですよ”って!!」

トゥルーの言葉に、タチアナはモゾモゾと動き、声を出した。

「……ふーん」

トゥルーはその真っ赤な耳に軽く口づけをする。すぐに首をかしげて、言葉を続けた。

「ちょっと難しい言葉だったから、ウェンディちゃん、理解できなかったみたいで……でも、意味を説明したら、なんだかウェンディちゃん、顔がすごく輝いていたんですよね~。何だったんでしょうか?」

「……」

タチアナは、レベッカにベッタリと甘えるウェンディの姿を思い出した。トゥルーに何かを言おうとして、口を開く。しかし、

「さあな……」

タチアナは結局それだけを呟く。

そして、トゥルーの柔らかい唇の感触を背中に受け入れながら、ゆっくりと瞳を閉じた。










◆◆◆










それから数日後、新しくコードウェル家の当主になったクリストファーにレベッカは呼び出された。

内心ビクビクしながらクリストファーの部屋に入ると、クリストファーは穏やかな顔で迎えてくれた。

「やあ、レベッカ。今日は話があってね」

「は、はい……何でしょうか?」

もしかして、《アイリーディア》の剣を使ったことに関して何か言われるかもしれない、とレベッカがオドオドしながらクリストファーを見ると、クリストファーはレベッカを安心させるように朗らかに笑った。

「お礼をしたいんだ」

「え?」

「ウェンディを助けてくれた事、本当に感謝している。君にお礼をしたいんだ。何か欲しいものはあるかい?何でも言ってくれ」

「えーと……」

「君が望むことなら、何でもしよう」

レベッカは困惑しながら、その場で考えこむ。

「うーん……」

正直、今欲しいものはない。でも、きっとクリストファーは善意で言ってくれたのだろう。それを断るのも、なんだか悪いな、と思いながら首をひねり、そして声を出した。

「あ、それでは……」











その翌日、レベッカはクリストファーやリードと共に小さな村を訪れた。

「すみません、ここまで連れてきてもらって……」

「いや、いいよ。僕も一度来なければと思っていたし」

クリストファーが少し顔を強張らせる。レベッカは用意してきた大きな花束を抱え直した。

レベッカがクリストファーにお願いしたのは、ハイディとポーレ姉妹が住んでいた村を訪ねる事だった。失意のうちに亡くなった2人のために、改めて祈りを捧げたかったためだ。

ちなみにウェンディは屋敷で留守番をしている。

幼いウェンディは、呪いが解けたことは認識しているが、その詳細をまだ知らない。父親の所業が絡んでいるため、もう少し成長してから、クリストファーから改めてきちんと説明するらしい。ウェンディは最後までレベッカと一緒に行くと我が儘を言ったが、それをなんとか振り切ってここまでやって来た。

クリストファーとリードの後に続いて村を歩き、目的地へと向かう。村の人間は、レベッカ達を不思議そうに見てきたが、声をかけられることはなかった。村を抜け、奥へどんどん歩いていくと、やがて大きな湖が見えてきた。

「……ここ、ですか」

「うん」

レベッカの問いかけに、クリストファーが短く答える。ここが、ポーレが飛びこんだという湖なのだろう。静かだが、人気がなくて寂しい所だった。

「……もっと早く来るべきだった。ウェンディの事で、頭がいっぱいで……ここに来ることを思いつきもしなかった。僕も、最低だな」

クリストファーが沈んだ声でそう言って、リードが慰めるようにその肩に手を置いた。

「……申し訳なかった。どんなに謝っても、許されることではないが……どうか、安らかに」

クリストファーがその場に膝をついて祈りを捧げる。レベッカもまた、湖のそばに花束を置いて、ハイディとポーレのために祈った。

「……坊っちゃん、そろそろ」

しばらく祈りを捧げたあと、リードが声をかけてきた。クリストファーは軽く頷き、立ち上がる。

「……行こう、レベッカ」

「はい」

レベッカも頷いて、立ち上がった。クリストファーとリードに続いて湖へと背を向ける。

その時だった。

微かに、後ろから声がした。2人の少女の笑い声だ。

「え……」

レベッカはその声に反応して、振り向く。そして、大きく目を見開いた。

2人の、白銀の少女の後ろ姿が見えた。まるで幻影のように、フワリと湖に浮かんでいる。2人の少女はしっかりと手を繋いでいた。

「……あ」

思わず声をあげて、目を強く擦る。再び湖に視線を向けるが、2人の少女の姿は既に消えていた。

「……」

今のは、幻だったのだろうか。

「レベッカさん、どうしました?」

突然立ち止まったレベッカに、リードが声をかけてきた。クリストファーも不思議そうな顔でこちらを見つめている。レベッカは慌てて2人の方へ顔を向け、声を出した。

「あ、あの……」

今見たことを、2人に言おうとしたが、

「……」

口を閉ざして、再び湖へと視線を向けた。空を映した湖は穏やかにキラキラと光っている。レベッカはそれを見つめながら、ゆっくりと口を開いた。

「……いいえ、何でも、ありません」

もう一度祈りを捧げるように顔を伏せて、目を閉じる。そして、顔を上げると、クリストファーとリードの元へ向かって、走り出した。




また、ここへ来ようと思った。

きっと、今度は、ウェンディと一緒に。
















              【第1部・完】







ここまで読んでいただきありがとうございました。閲覧及びブックマーク登録、評価、いいね、感想をありがとうございます。取りあえずは、切りのいい所で終わらせました。そろそろ完結か、と予想していた方は本当に申し訳ありません。今までのお話は第1部となっています。元々3部構成で考えていました。まだ回収されていない伏線がいろいろと残っていますね。そして、お気づきの方もいらっしゃると思いますが、プロローグのシーンは、もう少し未来の出来事となっています。来たるXデーのために、今後も少しずつ続けていきます。そして、必ず完結まで頑張ります。更新は不定期になりますが、気長にお待ちください。

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― 新着の感想 ―
うぐぅ… すごく感動しました( ߹꒳߹ )
[良い点] 少しヤンデレチックな重めの愛と、とてもあたたかな優しさと、それからかわいい少女らしさがとても丁寧に書かれていてすごくいいなと思いました! テンポ感やストーリーの構成もよくて、読みやすくての…
[良い点] 尊いが無限大すぎて死にそう…バタッ
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