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秘密の会話



レベッカが目を覚ました時、まず認識したのは自分の頭を撫でる小さな手だった。柔らかい手の感触が、心地いい。

「……んん?」

「あっ、ベッカおきた!」

その声に驚いて横に視線を向けると、ウェンディがすぐそばに立っていた。

「おきた!ベッカおきたよー、トゥルー!」

嬉しそうに声をあげる。

「お嬢様……?」

レベッカがウェンディを呼びながらゆっくりと起き上がる。どうやらタチアナのベッドに寝ていたらしい。ウェンディに声をかけようとしたその時、トゥルーがバタバタと駆け寄ってくるのが見えた。

「ああ、よかった~、レベッカさん、体の具合はどうですか?気分が悪くはないですか?」

その問いかけに、レベッカは首を横に振りつつ答えた。

「いえ、特には……」

「本当によかったです~。ずっと起きなかったから本当に心配で……」

「え、ずっとって……」

レベッカがトゥルーの言葉に、首をかしげる。それに答えたのはウェンディだった。

「ベッカ、ずーっとねむってたの。ふつかかん」

「えっ……そんなに?」

随分と長時間眠っていたことに驚き、直後にハッとしながらウェンディへと声をかけた。

「お嬢様、お嬢様は大丈夫でしたか?」

ウェンディはニッコリと微笑み、大きく頷いた。

「うん!ほら、見て、ベッカ!」

そう言いながら、自分の腕を差し出す。その腕は真っ白で、どこにも痣は刻まれていなかった。

「きえたの!もうね、なんにもないの!手にも、足にも!ベッカのおかげ!!ありがとう、ベッカ!!」

そう言いながら、勢いよくウェンディがレベッカに抱きついてくる。その元気な様子に、ホッとしながら自分もウェンディを抱き締めたその時だった。

「おっ、起きたかー」

「ああ、よかった……体調はどうじゃ?」

タチアナとローレンが部屋に入ってきた。レベッカはウェンディから身体を離しながら2人へ顔を向けた。

「はい。申し訳ありません。随分と長く眠っていたみたいで……ご迷惑をおかけしました」

「気にするな。お前のおかげで解呪は成功したのじゃから」

タチアナが肩をすくめる。レベッカはふと、辺りを見回しながら眉をひそめた。

「あの、クリストファー様とエヴァン様は……?」

レベッカの問いかけにウェンディ以外の全員が顔を曇らせた。

「あの……?」

その反応にレベッカが戸惑っていると、突然トゥルーがウェンディに声をかけた。

「ウェンディちゃん、レベッカさんのためにお茶を入れたいんです。手伝っていただけますか?」

その言葉にウェンディは元気よく、

「うん!」

と頷く。トゥルーはチラリとタチアナを見てから、ウェンディを連れて部屋から出ていった。

「あの……、どうかしたんですか?」

レベッカが困惑しながら尋ねると、タチアナが小さく息を吐き、近くの椅子へと腰を下ろした。

「その……何から説明すればよいのか……」

タチアナは迷うような様子で言い淀んだが、そのまま冷静な声で言葉を続けた。

「少し言いにくいんじゃが……あの2人は一度自分の家に戻ったんじゃ。本当はお前が目を覚ますまでここにいるつもりだったようじゃが……その、予想外の事が起こっての……」

「予想外?」

レベッカが首をかしげると、タチアナは言いにくそうにしながらもレベッカが眠っていた間の出来事を話してくれた。

解呪が終わって数時間ほど経った時、クリストファーの執事、リードから緊急の知らせが届いたらしい。

それは、コードウェル伯爵が死亡した、という知らせだった。

「は、はい?」

レベッカは思わずポカンと口を開けた。あまりにも急すぎて現実を受け止めきれない。頭の中が真っ白になる。

そんなレベッカの様子を見つめながら、タチアナは淡々と説明を続けた。

コードウェル伯爵は愛妾と楽しい夜を過ごしていたようだが、早朝、突然苦しみながら倒れ、そのまま息を引き取ったという事だった。どうやら心臓発作だったらしい。伯爵が亡くなったのは、ウェンディの解呪が終わった時間とほぼ同じだった。

「そ、れは……」

レベッカは呆然としながら、声を出した。

「それは、偶然、ですか……?」

タチアナは顔をしかめながら首を横に振った。

「私にも分からぬ……病死なのは間違いないらしいが……」

偶然とはとても思えない。見えない力が働いたような気がして、レベッカは背筋に冷たいものを感じた。同時に、なぜウェンディをこの部屋から出ていかせたか理解した。

「お嬢様は、その事を……」

「ああ、まだ知らない。いろんなことが急に起こりすぎたからの……落ち着いてから、クリストファーがきちんと話すと言っていた」

あまりにも急激な展開に困惑しながらも、レベッカは再び問いかけた。

「……あの、じゃあ、クリストファー様は」

それに答えたのはローレンだった。

「一度屋敷に戻ったよ。突然の事だったから、いろいろな処理や手続きで、いろいろと忙しくなるみたいだし。あの王子様もそれを手伝っているようだ。2人とも嬢ちゃんのことを心配してたぜ」

ローレンの言葉に心配させたことを申し訳なく思っていると、今度はタチアナが口を開いた。

「さあ、次はお前の番じゃ」

「はい?」

「呪いが暴走した時、何が起きたか教えておくれ」

「あ……えっと……」

その問いかけに、レベッカはどう答えたらいいか分からず、口を濁す。しかし、タチアナとローレンの強い視線に耐えきれず、結局起こったことを手短にではあるが、そのまま話した。

レベッカが全て話し終えた時、ちょうどウェンディとトゥルーがお茶の持って部屋に戻ってきた。

「ベッカ、はい、これ、どうぞ!」

「ありがとうございます、お嬢様」

ウェンディの小さな手からカップを受け取り、温かいお茶を一口飲む。少し心が落ち着いたような感覚がして、ホッと息をついた。

「……」

「……」

そんなレベッカを、タチアナとローレンは無言で見つめていた。

「……あの?」

レベッカが首をかしげながら見返すと、2人はそっと顔を見合わせた。タチアナはすぐにレベッカへと視線を戻すと、小さくため息をつき、口を開いた。

「……とにかく、無事で何よりじゃ。礼を言うぞ、お前がいなければ、解呪は失敗していた。本当に助かった」

「あっ、いえ、こちらこそありがとうございました!」

レベッカも慌てて頭を下げた。タチアナはレベッカをなぜかとても複雑そうに見つめる。何かを言おうとして口を開いたが、

「……」

結局口を閉ざし、何も言わなかった。

レベッカがそんなタチアナの様子を不思議そうに見つめていると、今度はローレンが口を開いた。

「――じゃあ、嬢ちゃんも目覚めた事だし、俺は帰るわ」

その言葉に、タチアナがローレンへと顔を向ける。

「なんじゃ、もう帰るのか」

「ああ。予定していたよりも長く滞在してしまったんでね」

ローレンは朗らかに笑いながら、準備していたらしい荷物を手に取る。そして、レベッカに大きな箱を押し付けた。

「ほら、嬢ちゃん。これはあんたのだ」

「はい?」

レベッカは戸惑いながらも反射的にそれを受け取る。箱の中には、細長い剣が収まっていた。

「えっ、こ、これって……」

「こいつは、嬢ちゃんを使い手として選んだ。だから、それは嬢ちゃんの物だ」

ローレンの言葉にレベッカは驚き、慌てて口を開いた。

「ええっ、ちょ、ちょっと待ってください!あの、よく分からないんですけど、これって、すごく貴重な物ですよね!?私が貰うわけには――」

レベッカは慌ててローレンへ箱を押し戻そうとするが、ローレンは軽く手を振り苦笑した。

「いや、まあ、確かに家宝みたいな物だが……扱うにはあまりにも難しすぎて、正直持て余していたし……俺が持っていても仕方ない物だから、嬢ちゃんが貰ってくれ。好きにすればいい」

レベッカは戸惑ってオロオロしていたが、結局そのまま箱を受け取った。そんなレベッカを嬉しそうに見つめながら、ローレンは言葉を重ねた。

「《アイリーディア》」

「はい?」

「その剣の名前、《アイリーディア》っていうんだ。大切にしてくれ」

レベッカは不思議そうな顔で剣へと視線を向けた。

「なんだか、人の名前みたいですね……」

トゥルーもまた、興味深そうな顔で剣を見ながら口を開いた。

「もしや、これを作った方のお名前とか?」

「いいや。これを作ったのは俺の先祖だが……そんな名前じゃあなかった。どうして《アイリーディア》と呼ばれているかは不明だ。まあ、何か思うところがあって剣に名前をつけたんだろう」

ローレンは肩をすくめながらそう言うと、ボロボロのマントを羽織った。

「それじゃあ、またな」

そして、手をヒラヒラ振りながら、短く挨拶をして風のように去っていった。











その日の午後、クリストファーとエヴァンが家を訪ねてきた。

「レベッカ!ああ、よかった。目を覚まして――」

クリストファーは家に入ると、心から安心したような顔ですぐにレベッカへと駆け寄ってきた。

「クリストファー様、ご迷惑をおかけしまして――」

「いいや、君のおかげで本当に、本当に助かった。ありがとう、本当にありがとう、レベッカ」

クリストファーはレベッカの手を両手で握り、何度もそう言いながら頭を下げた。

「レベッカちゃん、体は大丈夫?具合は悪くない?」

横からエヴァンがそう尋ねてきて、レベッカは頷いた。

「はい。大丈夫です。どこも悪くはありません」

エヴァンがその言葉に安心したように微笑み、クリストファーもホッと息をついた。

「ああ、本当によかった。レベッカに何かあったらどうしようかと思っていた」

そう言ったクリストファーの顔はどこか疲れたような表情をしていた。顔色も少し青白く、目の下にはクマが出来ている。

「あの……」

レベッカは伯爵の事を尋ねようとしたが、隣にウェンディがいることを思い出して、慌てて口を閉じた。

その時、タチアナが声をかけてきた。

「ちょっといいか」

その視線はクリストファーを捉えていた。

「――少し、話がある」

「え?僕に、ですか?」

クリストファーが眉をひそめる。タチアナは軽く頷いた。

「……こっちに来てくれ」

タチアナが奥の部屋を手で示し、そちらへと向かう。クリストファーは不思議そうな顔をしながら、タチアナについていった。

残されたレベッカはウェンディと顔を見合わせた。

「なんのおはなし?」

「さあ……?」

その時、エヴァンがレベッカの手に触れてきた。

「君が無事で本当によかった。君みたいに可愛い女の子を失うなんて、世界の損失だからね」

熱っぽく語りかけてくるエヴァンに、レベッカは顔を引きつらせる。そんなエヴァンにウェンディがムッとしたように睨んで口を開いた。

「ちょっと!私のベッカから手をはなしなさい、このふわふわバカ!」

「ちょっ、お嬢様――」

王子に対してなんて事を、とレベッカが慌ててウェンディを止めようと口を開く。しかし、

「ええっ、ひどいな、ふわふわバカだなんて……」

エヴァンはさほど気にしていないように、ニッコリ笑った。そのままレベッカの手をギュッと握ってくる。それを見たウェンディがますます眉を吊り上げた。

「ベッカにさわらないで、私のなんだから!!」

「ええ~、君だけずるいなぁ。ちょっとくらいならいいじゃないか」

「ちょっとじゃない!ぜんっぜん、ちょっとじゃない!!さっさとはなして!!ゆびいっぽんふれるのもダメ!!」

ウェンディが怒鳴りながら、レベッカからエヴァンを引き離そうとする。

「にぎやかになりましたねぇ」

トゥルーはそれを止めることなく微笑みながら見つめていた。

喧嘩をしつづけるウェンディとエヴァンの間で、レベッカが一人でオロオロしていたその時、タチアナとクリストファーが戻ってきた。

「何をしているんだい」

クリストファーが呆れたような顔で声をかけてくる。

「お兄様、このふわふわバカがベッカにさわるの!!」

ウェンディが憤慨したようにそう言って、クリストファーは苦笑した。

「ウェンディが元気になって本当によかった……」

ふとクリストファーと目が合う。レベッカを見たクリストファーは、奇妙な顔をした。どう形容していいか分からない、不思議な表情だ。しかし、レベッカがその意味を考える前に、クリストファーは再び笑顔を浮かべた。

「――そろそろ屋敷に帰ろうか」

「えっ、もうかえれるの?」

「ああ。これ以上迷惑をかけるわけにはいかないからね」

クリストファーは再びタチアナに向き直った。

「お礼の方はまた改めて」

タチアナは腕を組ながら、無言で肩をすくめた。

「レベッカ、ウェンディ、帰る準備をしておいで」

「は、はい」

レベッカは慌てて自分の荷物を準備するために立ち上がった。

全ての準備が終わり、レベッカはウェンディと共にタチアナの家から外に出た。

「“転送”の準備をしてくるから、待ってて」

エヴァンがそう言って、魔法の準備を始めた。

「トゥルー、君は一緒に帰らなくていいのかい?」

クリストファーにそう声をかけられたトゥルーは微笑みながら頷いた。

「はい。ちょっとやり残した事がありますので。私の事はお気になさらず、お戻りください」

何をやり残したんだろう?とレベッカが考えていると、今度はタチアナがトゥルーの隣で口を開いた。

「――私や、ローレンの事は、外で話さないように。うるさい人間に、存在を知られたくはないからの」

「ええ、それはもちろん」

クリストファーはしっかりと頷いた。

レベッカはふと後ろを振り向き、小さな家を見つめる。ここで、随分と長い時を過ごしたような気がした。

「ベッカ」

名前を呼ばれて、隣に視線を向ける。ウェンディがニッコリ笑っていた。

「ベッカ、かえろ」

そして、レベッカの手に小さな手を重ねた。

「私たちのやしきへ、かえろう」

レベッカはウェンディに微笑み返す。

「はい、お嬢様」

そして、その小さな手をギュッと握った。











◆◆◆












4人が帰った後、トゥルーとタチアナは部屋のソファで向き合って座りながら、お茶を飲んでいた。

「お姉様」

「あ?」

「よろしかったのですか?彼女に言わなくて」

「……なんのことじゃ?」

タチアナが冷静に言葉を返す。トゥルーは一口お茶を飲み、言葉を続けた。

「――彼女は気づいていないようです。きちんと指摘するべきだったのでは?」

「何が?」

「……」

トゥルーはお茶のカップをテーブルに置くと、タチアナをまっすぐに見つめ言葉を紡いだ。

「――ウェンディちゃんにかかった呪いを、限りなく完成に近づけたのは、レベッカさんですね」

「……」

タチアナはトゥルーの問いかけに、答えるのを拒否するようにしばらく無言だった。しかし、トゥルーの目をチラリと見返して渋々口を開いた。

「――想像でしか、ない。真実は、誰にも分からない」

タチアナは大きくため息をつき、言葉を重ねた。

「……元々、ハイディという娘がかけた呪いは、ハイディ自身の魔力が弱すぎて、完全には呪いをかけきれなかった。その結果、伯爵令嬢の命を奪わずに、痣だけを身体に刻み込ませる形となったんじゃろうな……まあ、長い年月をかけて、少しずつ痣は身体を侵食しておったようじゃが……」

トゥルーが顔を伏せながら口を開いた。

「それを、レベッカさんの魔力が呪いを補助してしまう形になったんですね。そして、短期間で呪いの力は増大し、完成に近づいてしまった……」

タチアナが小さく頷いた。

「あのメイド―――レベッカは、伯爵令嬢の専属の使用人だったようじゃな。恐らくは一番近くにいた人間じゃろう……呪いの核がレベッカの魔力を少しずつ吸い取っていたんじゃ。多分、元々、ハイディとレベッカの魔力は、僅かに波長が合っていたんじゃろうな……運が悪かった。普通は魔力を吸い取られると、身体も衰弱していくが……レベッカの魔力があまりにも膨大すぎたのじゃろう。その結果、魔力を吸い取られても、レベッカの身体は変調を来さず、レベッカ自身もその事に気づかなかった。想像でしかないがな」

「いいえ。その考えは、恐らく当たっています」

トゥルーが少し顔をしかめた。

「だからこそ、レベッカさんが呪いの核に触れた時、突然呪いが弱体化したのでしょう。……レベッカさんが無意識に、吸い取られた自分の魔力を取り戻したんですね」

タチアナは顔を伏せて、ゆっくりとそれに答えた。

「――私たちの想像にしか過ぎない。何も、証拠はない。この考えが合っていたとしても……レベッカが意図的にしたわけではない。それに……呪いを完成に近づけたのはレベッカじゃが……呪いを解いたのもまたレベッカ自身じゃ」

「――なんて、すごい魔力」

トゥルーが天井を仰いだ。

「ああ、もう、なんて羨ましい……一度研究してみたい……」

そうこぼしつつ、再びタチアナに顔を向けた。

「――レベッカさんに言わなくてよかったのですか?」

「口止めされた」

その言葉に、トゥルーは目を見開いた。

「口止め?」

「ああ。あの青年――クリストファーに、な」

「えっ」

「……さっき説明したら、黙っているよう頼まれたんじゃ。レベッカには、話さないでほしいと。恐らく、話したらレベッカは責任を感じて、離れようとするだろうから……それは絶対に避けたいそうじゃ」

タチアナの脳内を先程会話した時の、クリストファーの声が響く。


『レベッカは命を懸けて、妹を助けてくれた。僕は無力だった。妹が苦しんでいるのに、何も出来なかった。でも、レベッカは身を挺して、妹のために戦ってくれた。レベッカが原因だとしても、その事実は変わらない』

『それに、レベッカは、ずっとずっと前から妹の心を救ってくれている』

『もう、呪いは消えた。もう、妹が苦しむことはない。だから、どうか言わないでください』


タチアナはゆっくりと息を吐き、再びお茶を口にした。

トゥルーが少し複雑そうにタチアナを見つめる。しかし、結局何も言わずにゆっくりとソファに身を沈めた。

沈黙がその場を支配する。やがて、トゥルーは気を取り直したようにソファから体を起こすと、身を乗り出した。

「ところで、お姉様、まだ聞いていないことがあるんですけど」

「――まだ何かあるのか?そろそろ休みたいんじゃが」

億劫な様子のタチアナに構わず、トゥルーは立ち上がる。そのままタチアナの後ろへと回った。ゆっくりと細い肩に手をかける。タチアナが顔をしかめながらトゥルーの顔へと視線を向けた。

「……なんじゃ?」

「あの人、ローレンさんとはどのようなご関係ですか?」

トゥルーの言葉に、タチアナはギクリと肩を震わせた。その反応を見たトゥルーが顔を強張らせる。

「やっぱり!何か怪しいと思ってたんです!!どういう関係ですか?まさか、まさか元恋人とか――」

「んなワケないじゃろう!」

タチアナが怒鳴り、頭を抱えた。トゥルーは唇を尖らせながら、言葉を続ける。

「でも、でも、なんだかすごく親密そうだったじゃないですか!お姉様との距離が近かったし……」

「だから、ちがう!」

タチアナはうんざりしたようにため息をつき、口を開いた。

「奴とは……一時期一緒に住んでいた」

「いっ、い、い、一緒に?住んでたぁ?や、やっぱり――」

「だから、ちがう!奴は……昔から弟みたいな存在で……祖母を亡くした時、私が精神的に少し不安定になって、体調を崩して……それを心配して、しばらくここに住み、面倒をみてくれたというだけじゃ。断じて、そんな関係になったことはない!!」

タチアナがキッパリとそう言って、トゥルーは不安そうな顔で首をかしげた。

「本当に?」

「ああ」

「本当の本当?」

「しつこいな。本当だと言っているじゃろう。そもそも、――奴は妻と息子がおるぞ」

「えっ」

トゥルーは驚いて声を出した。そのままタチアナの顔を見つめる。やがて安心したようにゆっくりと後ろからタチアナを抱き締めた。

「ああ、もう、よかったぁ……私、本当に不安で……」

「はいはい」

タチアナが呆れたような様子でトゥルーから身体を離し、そのまま立ち上がった。

「茶を新しく入れるぞ。お前も飲むか?」

湯を沸かす準備をする後ろ姿を、トゥルーはしばらく無言で見つめる。やがて、ゆっくりと口を開いた。

「いえ、……おかわりは、結構です。私も学園に戻ります」

「えっ」

驚いた様子でタチアナは振り返る。トゥルーはフッと息を軽く吐いて言葉を続けた。

「お姉様もお疲れのようですし、私がここにいては迷惑でしょう?ですから、帰ります。失礼しました」

トゥルーはそう言ってクルリと背を向けた。そのままスタスタと歩いて、部屋から出ようとする。しかし、突然後ろから引っ張られて、ピタリと立ち止まった。振り返ると、部屋から出ようとするトゥルーの服を、タチアナが掴んで、止めていた。

「何ですか、お姉様?」

「……」

タチアナが顔を伏せ、何かをボソボソと呟く。トゥルーがタチアナの顔を覗き込むようにしながら、言葉を重ねた。

「そんな小さな声では、聞こえないんですけど?」

トゥルーの言葉に、タチアナは顔を上げる。その顔は真っ赤に染まっていた。

「――迷惑なんて、言ってない」

タチアナの囁くような声に、トゥルーは冷静な顔で言い返した。

「……それで?」

「――別に、今すぐ帰る必要はないじゃろう」

「……」

「……」

トゥルーが無言でタチアナを見つめる。タチアナもまた無言でその顔から視線をそらす。やがて、再び顔を伏せ、ようやく小さな声を出した。

「……お前と、一緒に過ごしたい」

その言葉を聞いたトゥルーがニッコリ微笑んだ。

「ああ、そんな可愛い顔されたらたまらないですよ、もう」

そのままソファにタチアナを押し倒す。タチアナは真っ赤な顔のまま顔をしかめた。

「うるさい」

「うふふ、お姉様、耳まで真っ赤」

「うるさいうるさいっ」

大きな声を出すタチアナを、クスクスと笑いながらトゥルーは見下ろす。

そして、その唇を塞いで黙らせた。

タチアナは一瞬目を見開いたが、すぐに目を閉じてそれを受け入れた。やがて、トゥルーは唇を離し、優しく微笑みながら口を開いた。

「どうして機嫌が悪かったんですか?」

「――お前が、男を連れてここに来たから」

「ああ……ヤキモチでしたか」

トゥルーが納得したように何度も頷き、そしてまたクスクスと笑い出した。

「私と同じじゃないですか」

タチアナが拗ねたように唇を尖らせる。

「……仲がよさそうに、していた」

「もう、私はお姉様一筋です~」

その言葉に、タチアナは思わず唇を緩める。

トゥルーはその様子を見て、幸せそうに微笑む。そして、その赤い唇に、再びキスを落とした。










裏設定

※タチアナ・ミューラー

“失われた民”の子孫。元々、彼女の先祖は“水”に関連する魔法を得意としていた一族。独特の言葉遣いをするのは、高齢の祖母と暮らしていたため、それが移ってしまった。現在は、祖母も亡くなり、小さな村の近くで1人で静かに暮らしている。家にはたくさんの先祖の残した本や道具があるが、掃除や後片付けが苦手で、どこに何があるのか把握していない。魔力自体はそれほど高くないが、技術は高い。普段は薬を作り、それを村に売ることで生活をしている。

素っ気ない態度をとるが、なんだかんだでトゥルーの事が一番好き。意外と愛が重くて面倒くさいタイプ。



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― 新着の感想 ―
それはそれ、これはこれ、でしっかり伯爵殺す呪いさん逞しい
年下ヤンデレ百合ってイイヨネ。
[一言] 愛が重いだとっ!? より百合が美しくなってしまったではないか…
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