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悲しみの光景

―――寒い。

レベッカが意識を取り戻した時、まず感じたのは雨が降っているような冷たさだった。

「……うぅ」

頭がガンガンと痛み、思わず呻く。頭を片手で抑えるのと同時に現在の状況を思い出して、ハッと目を開いた。

「ここは……」

目の前は真っ暗な闇だった。ゆっくりと起き上がり、辺りを見回す。どこまでも続き、終わりの見えない寂しい空間だった。

「お嬢様……?」

ウェンディを探して、辺りを見回したその時だった。



『ポーレ』



知らない声が聞こえた。透き通るような美しい声だ。

目の前に、何かが現れた。ふわりと浮き上がるように、ぼんやりとした幻影のような何かだ。

「え……」

突然出現したその光景に、息を呑む。現実感がまるでない。揺れる陽炎みたいだ。

そこには、1人の小柄な少女が膝を抱えるようにして座っていた。キラキラとした白銀の髪を持つ、美しい少女だった。

『ポーレ!』

その少女に向かって誰かが近づいてくる。やはり、白銀の髪を持つ美しい少女だった。ポーレと呼ばれた少女が顔を上げる。

「あ……」

レベッカは思わず声をあげる。2人の少女はそっくり同じ顔をしていた。ポーレの表情は、今にも涙が流れそうな深い悲しみに包まれていた。

『……ハイディ姉さん』

ポーレが小さく呼び掛けると、ハイディと呼ばれた少女は、ニッコリ微笑んだ。

2人の少女は、まるでレベッカの姿が見えないように言葉を交わし始めた。

『どうしてこんなところにいるの?ポーレ』

『……別に』

ハイディは、ポーレの隣に、ゆっくりと寄り添うように座った。

『どうしてそんなに悲しいお顔をするの?』

『……』

『言って、ポーレ』

ハイディがそう促すと、ポーレはポツリポツリと言葉を漏らした。

『……婚約、するんでしょう?』

その言葉に、ハイディが少し驚いた後、頷いた。

『ええ……結婚はまだまだ先だけど』

『……村長さんの、息子さんと?』

『ええ……』

ハイディは朗らかに笑って言葉を続けた。

『とても、いい人よ。ポーレだって知ってるでしょう?』

ポーレはその言葉に小さく頷く。そして、迷うように瞳を揺らした後、隣に座るハイディの服を小さく摘まむように引っ張った。

『今の、ままがいい――』

『ポーレ?』

『結婚なんて、してほしくない。姉さんとずっと一緒が、いい。ずっと、ずっと、おばあちゃんになっても、――2人で一緒にいたいの』

その瞳から、ゆっくりと涙が流れ始めた。

『姉さん、いやよ……姉さんは私だけの姉さんだったのに。姉さんがそばにいてくれないと、私、寂しくて泣いちゃう……』

泣きじゃくるポーレを、ハイディが包み込むように抱き締めた。

『泣かないで……結婚しても、私はあなたの姉さんよ。あなたも、私の大切なたった1人の妹なの』

何度も何度も安心させるようにポーレの背中を撫でる。

『ね、ポーレ。知ってるでしょう。私達、生まれる前からずっと一緒だったんですもの。私達は、離れていても、ずっと繋がってる。例え、世界が、変わったとしても、それだけは変わらないわ。ね?』

『……姉さん』

ポーレもハイディの背中に腕を回し、ギュッと抱き締めた。ハイディは背中を撫でながら、ポーレの耳元で囁く。

『だから、どうか、……笑って、ポーレ。私は、あなたの笑顔が何よりも大好きなの』

『姉さん……』

『ポーレ、お願い』

その言葉に、ポーレはハイディから身体を離すと、ようやく微笑んだ。

『――ごめんね。泣いちゃって。喜ばないと、いけないって、本当は分かってるの』

そして、大きく息を吸う。そして、

『姉さん、婚約おめでとう』

祝福の言葉を紡いだ。

ハイディは、そんなポーレの頬を両手で包み込む。少し笑うと、幸せそうに答えた。

『ありがとう、ポーレ』



その瞬間、目の前の光景がゆらりと揺れた。

「あ……」

レベッカが驚きで声をあげた瞬間、場面が切り替わる。



『ねえ、ポーレ、本当に働くの?』

不安そうな声が響く。

『ええ。村長さんが、紹介してくれたから』

大きな荷物を手に、ポーレが微笑んだ。

『やっぱり、私も行くわ、ポーレ。1人で外に働きに出るなんて――』

心配そうな表情のハイディに、ポーレが首を横に振る。

『もう、姉さんたら。その話は済んだでしょ。お母さんの具合もよくないんだし、姉さんは婚約したばかりじゃない。ここに残って、お母さんのそばにいてあげて』

『……でも』

不安そうなハイディに、ポーレは励ますように言葉を続けた。

『お金を稼いだら、すぐに戻るわ。伯爵家に行ったら、手紙も書く。だから、心配しないで』

『……でも、あなた1人は心配だわ。やっぱり私も行った方が――』

『姉さん』

ポーレはハイディの手を軽く握った。

『私達は、離れていても繋がってる。そうでしょ?』

『……ポーレ』

『だから、大丈夫!』

そして、まだ不安そうな表情のハイディから手を離す。そして、荷物を持ち直すと、大きく手を振った。

『行ってきます!』



再び視界が揺れて、光景が切り替わる。



次にレベッカの目に入ったのは、青白い顔色をしている、白銀の少女だった。ハイディなのか、ポーレなのかは分からない。たった1人でフラフラと歩いている。その姿は信じられないほどに痩せ細っていた。

周囲の人間が、まるで嫌なものを見た、とでも言うように少女から目をそらした。

『あの家の娘が……伯爵に言い寄って迫ったらしい』

『なんて図々しい……ふしだらな……』

『村長も怒り狂っているらしいな』

『そりゃそうだ。なぜ村長の紹介した仕事先でそんなことを……』

ヒソヒソと話す声が聞こえる。少女は周囲の人間の声が聞こえていないように、無表情のまま歩き続ける。突然、少女に向かって何かが飛んでくる。気がついた時には、少女の服は泥で汚れていた。

『出ていけ!村から早く出ていけ!!』

『この恩知らず!アバズレめ!!』

その声から逃げるように、少女は小走りで走り出した。飛び込むように自分の家らしき建物の中に入る。

『ハイディ……』

家の中では、やはり痩せ細った女性がベッドに横たわり、少女へと手を伸ばしていた。

ハイディは、今にも泣き出しそうな顔でベッドへと駆け寄ると、女性の手を握った。

『お母さん……』

『村長さんは……話を聞いてくれた……?』

その問いかけに、ハイディは顔を歪めながら顔を横に振った。

『ダメ……ダメだった。……全然、話を、聞いてくれないの……もう、村から出ていってほしいって……婚約も、破棄するって……』

その言葉に、ベッドの中の女性が呆然とする。

『そ、んな……』

『お母さん……ごめんなさい……お薬が……』

その時、扉が開く音が聞こえた。ハイディが振り返ると、そこには真っ青な顔のポーレが立っていた。

『――ポーレ』

ハイディが名前を呼ぶと、ポーレは崩れるようにその場に座り込むと、泣きじゃくった。

『ごめんなさい、お母さん、お父さん……っ、ハイディ姉さん……っ、……わ、私の、せいだ……本当に、ごめんなさい……』



そして、また光景が揺れた。



『ポーレ、ポーレっ……』

ハイディが、泣き叫んでいる。

『なぜ、あなたがこんなことを……っ、ポーレ!!』

その腕の中に、ずぶ濡れになったポーレがいる。その顔には、もう何も浮かんでいない。ハイディは泣き叫びながら、事切れたポーレの身体を抱き締めていた。

『大丈夫だからね、ポーレ……』

そして、涙を流しながら、天を仰ぐように顔を上げると、そっと囁いた。

『ひとりぼっちじゃないわ。姉さんが、一緒だからね、ポーレ』


『ポーレ』


『ポーレ』


『私のたった1人の妹―――私の、半身―――』










「――これ、は……」

過去の光景、なのだろうか。あまりにも悲壮な結末に、レベッカは手で口を抑える。そうしないと、自分も泣いてしまいそうだった。

「どう、して……」

なぜ、私は過去の光景を見ているのだろう、と不思議に思いながら一歩下がったその時だった。



『殺す――』



突然聞こえたのは、殺意に満ちた恐ろしい声だった。

『許さない。許さない許さない許さない――』

ハッとして振り返る。暗闇の中で、声の主を探して、目を凝らす。

「――あ、」

何かが、見えた。

『地獄に落としてやる―――、絶対に、絶対に許さない!!』

白銀の少女が、そこにいた。憎悪の言葉を吐きながら、何かに覆い被さっている。白銀の少女の下にウェンディがいるのが見えて、レベッカは叫んだ。

「ウェンディ様!!」

ウェンディは、全身を赤黒い痣で覆われていた。

「ダメ、……っ、ウェンディ様!ダメです!!」

その姿を見て、動揺のあまり、わけの分からない事を叫びながらそちらへ向かう。その時、白銀の少女、ハイディがこちらを見た。

その瞳から、真っ赤な血が流れていた。

『――無駄よ。もはや、この娘の命は長くない』

その言葉に構わず、レベッカは必死に2人の元へと走る。

しかし、何かに妨害されているようにどうしても近づけない。

「やめて、やめてください!!お嬢様!」

大きく叫ぶが、ウェンディの瞳は固く閉じられたままだった。

『長かった……』

ポーレは瞳から血を流しながら微笑むと、その真っ白な手でウェンディの首を撫でた。

『やっと、やっと……呪いが、完成する……!この時を待っていた……ああ!』

そして、ゆっくりとその細い首に手をかける。

『ポーレ!ポーレ!もうすぐそちらへ行くわ――――今度こそ、絶対に、あなたを1人にはしない!』

手に力を込め始めたのが分かり、レベッカは再び叫んだ。

「お嬢様!」




















◆◆◆




















一方、クリストファーは顔を真っ青にさせていた。

「ウェンディが、妹が――!!どうすればいいんだ!!」

タチアナに向かって怒鳴るが、タチアナは冷静な顔で再び杖を握った。

「なんとか浄化をする。その後にもう一度トゥルーに剣で斬らせる――」

ウェンディを包む黒い影に向かって杖を振るう。影は一瞬揺れたが、何も変わらなかった。

「お姉様……っ、これでは、厳しいです!あまりにも力が強くて……」

トゥルーが焦ったように叫び、ローレンも顔を歪めながら口を開いた。

「タチアナの姉さん、この子の言う通りだ……姉さんの魔力じゃ足りねえよ、多分――」

「だからと言って、諦められるわけないじゃろう!!」

タチアナが憤慨したように叫ぶ。すると今度はエヴァンがオロオロとしながら口を開いた。

「レベッカちゃんはどうなったの……?」

その問いかけに答えられる者はいなかった。

タチアナが苦し気に顔をしかめて、再び杖を振り上げる。

「分からぬ……っ、呪いの核に触れてしまえばどうなるのか―――、とにかく、なんとかして浄化を続ける……っ!!」

タチアナが杖を振るうと、やはり影は一瞬大きく揺れた。次の瞬間、黒い影が攻撃するようにタチアナに向かって、動いた。目に見えないほど素早く飛んでくる。

「お姉様!!」

トゥルーが叫んだ時は、もうタチアナの身体は壁に強く叩きつけられていた。

「お姉様……っ、お姉様!!」

トゥルーの動揺したような叫び声が響く。



その時、トゥルーのそばに落ちていた剣が、カタン、と音を出して微かに動いたが、誰もそれに気づかなかった。








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― 新着の感想 ―
[一言] インテリジョンスウェポン
[良い点] とても感動的です 姉妹にもハッピーエンドが訪れますように(ノಥ益ಥ) 魔法の作用を説明し始めました 期待
[一言] 奪われる苦しみを味あわせるより本人を呪うべきだったね…。 最低な伯爵以外全員が苦しむ悲しいことになってしまっている。 ベッカ愛の力でウェンディを救ってやってくれ。
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