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タチアナ



「ーーここは……?」

トゥルーの“転送”の魔法によって、どこかへと一気に飛ばされた。到着してすぐにレベッカは辺りを見回した。今まで来たことがない土地なのはすぐに分かった。夜なので、暗くてよく見えないが、周辺に人はおろか建物もない。ザワザワと風が木々を鳴らす音が聞こえた。クリストファーに運ばれているウェンディの様子を確認する。目は覚めていないが、表情は穏やかだったので一先ずは安心した。

「ここから、少し歩きます。ついてきてください」

トゥルーがそう言って歩き始める。レベッカ、エヴァン、そしてウェンディを抱いたクリストファーが慌ててそれに続いた。

「あの、どこに行くんですか?」

レベッカの問いかけに、トゥルーがチラリと視線を向けながら口を開いた。

「ーー“失われた民”の子孫の方の家です」

「……?失われた?」

首をかしげるレベッカに、トゥルーが手短に説明してくれた。

「ここから少し離れた場所に、子孫の方が住んでいらっしゃるんです」

小さな声でそう話すトゥルーに、クリストファーが声をかけた。

「転送で直接その家に行くことは出来なかったのかい?」

「その方は……ちょっと変わった方でして……自分の家の周囲に魔法をかけて、転送の魔法を使えなくしているので……」

少し困ったような顔でそう言うトゥルーに、今度はエヴァンが声をかけた。

「トゥルー、君はその人と親しいのかい?」

その問いかけにトゥルーは歩きながら頷いた。

「はい。“失われた人々”の事をいろいろと研究をしたくて、……子孫の方を探したんです。それで運良く見つけることができて……何度か家を訪ねて、話をしているうちに、仲良くなることができました。研究以外でも、いろいろとお世話になっています」

トゥルーがほんの少し微笑んだ。

そんなトゥルーに今度はレベッカが声をかけた。

「……あの、昔、本で読んだことがある気がします。“怪物”に襲われて、滅びた一族の話……あの、でも、なんか変ですよね」

「変、とは?」

トゥルーの問いかけにレベッカは小さな声で答えた。

「“怪物”というのが、なんだか変な存在だなと思って……その民族の人達が倒したんですよね?でも、また“怪物”が来ることを恐れて逃げ出したって……倒したのなら、別に生まれ育った土地を捨てて逃げる必要はなかったのでは……」

その言葉にトゥルーが勢いよくレベッカへ顔を向ける。

「そう!そうなんです!!私が最初に気になったのも、そこなんです!!」

「は、はい?」

レベッカはその勢いに戸惑ったが、トゥルーは気にすることなく話を続けた。

「伝承の中で登場する“怪物”は、明確な表現がほとんど無く、存在自体が非常に漠然としており、曖昧です。その“怪物”というのは比喩なんです。長い時を経て、歴史がねじ曲がり、不思議な伝承として残ったのでしょう。よくあることです。その“怪物”とは、本当の“怪物”ではありません。“怪物”の正体はーー、」

トゥルーが何か言葉を続けようとしたその時、声が聞こえた。

「そこまでじゃ、このおバカ。ペチャクチャと勝手に喋りおって」

不思議な声だった。トゥルーがハッとした顔で、視線を前に向ける。

「ーータチアナお姉様?」

トゥルーが囁くようにそう言った時、暗闇の中で、突然光が灯った。

そこに立っていたのは背の高い女性だった。キリっとした気の強そうな瞳に、真っ赤な唇が美しい。顎先にかかるほどの真っ直ぐな黒髪に、大きく胸の開いたやはり黒いドレスのような服を着ている。ゾクリとするほど色気のある女性だ。女性は小さな杖を手に持っていた。その杖の先から魔法で光を灯しているらしい。

女性が睨むような強い視線をこちらへと向けてくる。その視線の圧に、レベッカは思わず息を呑んだ。しかし、レベッカの少し前にいたトゥルーは女性の姿を目にした瞬間、興奮したように叫んだ。

「お姉様っ!!」

トゥルーが女性に駆け寄る。そんなトゥルーの頭を女性が一発殴った。

「痛い!!」

「帰れ」

「ひ、酷い……せっかくお姉様と久しぶりに会えたのに……っ、ふぇ~ん」

「何がふぇ~んじゃ、このバカ!泣き真似なぞしおって。ここには誰もつれてこないようあれほど言ったというのに……来る時は絶対に一人で来るよう何度も何度も何度も言ったじゃろうが!」

「そ、そうなんですけどぉ~」

トゥルーは瞳を潤ませながら女性へすがりついた。

「お姉様は私と会えて嬉しくないんですか?」

「うるさい。はよ帰れ」

「私は物凄く嬉しいです」

「ちょっ、抱きつくな!!胸に顔を埋めるな!!揉むな、吸うな、舐めるなーー!!」

女性の怒りの声が響く。他の三人は呆然とその光景を見つめていた。

「ーーえーと、そろそろ紹介してくれる?」

戸惑いながらも、ようやくエヴァンが声をかける。女性が疲れた様子でゼエゼエと呼吸をしながら、こちらへ視線を向けてきた。そして、妙にツヤツヤした顔のトゥルーも三人の方へ振り返り、口を開いた。

「こちらは、タチアナ・ミューラー様です。先ほど言った“失われた民”の子孫です。私が昔からお世話になっている方で……とーっても魔法がお上手な方なのですよ」

トゥルーがにこやかに微笑みながらタチアナに視線を向ける。そんなトゥルーに顔をしかめながら、タチアナは口を開いた。

「……こいつらはなんじゃ?私に何の用があってーー」

「お姉様、まずはこれを見てください」

トゥルーがクリストファーの腕の中のウェンディへと手を伸ばし、服を捲ってタチアナに痣を見せた。その痣を見たタチアナが大きく目を見開き、息を呑んだ。

「ーーこれは……」

「“呪い”です」

トゥルーの言葉にタチアナは動揺したように瞳を揺らす。

「なんということじゃ……まさかそんな……本当に……」

ボソボソと何事か呟く。そして唇を噛み締め、大きくため息をついた。

「ーーなるほど……お前がここにきた理由がよく分かった」

そして、再び睨むように全員を見ると、言葉を続けた。

「ついておいで。……私の家で話そう」

タチアナがゆっくりと歩き始めた。レベッカは戸惑ったようにクリストファーと目を合わせ、後を追うように付いていった。暗闇の中、タチアナは小さな光を揺らしながら、迷う様子もなくしっかりとした足取りで進んでいく。

しばらく歩いたところで、不意に何かが浮き出るように視界に入ってきた。

「ーーあれ?」

レベッカは思わず立ち止まって、声を出した。それは小さな家だった。古そうだが、煙突のある可愛らしい家だ。全く目に入らなかったのに、フワリと突然出現したため、レベッカはポカンと口を開いた。

「この家の周りには、お姉様が結界の魔法をかけているんです。誰にも見えないように。お姉様が招いた人しか入れません」

トゥルーがクスリと笑いながら家に入る。一行は慌ててそれに続いた。

「うわぁ……」

レベッカはポカンと口を開けた。失礼になるとは分かっていたが、部屋の中を見回す。タチアナの家は信じられないほどゴチャゴチャとしていた。一番多いのは本だ。かなり古いと思われるボロボロの本が部屋中に収められていた。それ以外にも見たことのない道具が床に転がっている。

「こちらにその子を寝かせておあげ。お前達はその辺に適当に座れ」

タチアナがそう言って部屋の角のベッドを指差した。クリストファーは言われた通りにウェンディをベッドに降ろす。

その間に、トゥルーは勝手にキッチンらしき場所へ行き、慣れた様子でお茶の準備をしてテーブルに並べ始めた。座れとは言われたが、なんとなくそんな気になれず、レベッカはウェンディの方をチラチラと見ながら、トゥルーを手伝った。一方クリストファーもベッドの近くで心配そうな表情でウェンディを見つめている。エヴァンの方は落ち着いた様子で小さな椅子へ腰を下ろした。

「少し確認させてもらうぞ」

タチアナはそう言いながら、ウェンディの全身を観察する。そして、首をかしげながら呟いた。

「ーーなんと……、初めてじゃ……、これは、確かに私が祖母から昔聞いた“呪い”の特徴と一致する……じゃが、完成していない、な。いや、完成しつつある……?」

「……?どういう事ですか?」

クリストファーが声をあげる。しかし、タチアナはウェンディから目を離さず、言葉を続けた。

「この“呪い”は、いつかけられた?いや、誰がかけたんじゃ?包み隠さず全て話せ」

「それはーー」

クリストファーがウェンディの呪いの経緯を説明する。その間にもタチアナは痣を観察し続けていた。やがて、クリストファーが話し終わると、何度も頷く。

「ーー“呪い”、そうか、白銀の髪の娘……そうか……なんということじゃ……」

「お姉様、やはり……?」

「ああ」

トゥルーの声に、タチアナは大きく息を吐き、答えた。

「ーー間違いない。私の先祖が、かつて作り出した“呪い”じゃ」

クリストファーが大きく息を呑んだ。

「“呪い”を作った?あなたの先祖、失われた民が……?」

「ああ」

タチアナが軽く頷いた。

「よく分かりません……なぜお嬢様にあなたの先祖の呪いが……?」

レベッカがそう尋ねると、タチアナは躊躇ったような表情をしながらもポツリポツリと話し始めた。

「死んだ祖母から、幼い頃に聞いた……。私の先祖は、……閉鎖的な土地でひっそりと生活をする小さな一族で……外の人間と関わることを嫌っておった……しかし、生まれもった強い魔力で、一風変わった魔法や魔術を作り出すのが得意じゃったようじゃ。じゃが、ある出来事がきっかけで、先祖達はやむなく故郷を捨て、バラバラに別れた……」

タチアナは顔をしかめ、大きくため息をついた。

「私の先祖は故郷から離れ、この地で暮らし始めた。代々、過去の出来事や魔法に関して伝えてきたんじゃ。一族が作り出した魔法の技術に関しても、一部じゃが詳細が残っておる」

タチアナはチラリとボロボロの本の山に視線を向ける。そして、何かを考えるように目を閉じ、腕を組むと、再び口を開いた。

「恐らく、そのハイディとポーレという双子は私と同じ、“失われた民”の子孫じゃな……ということは、私の親戚、という可能性もあるのか……」

タチアナの言葉にクリストファーが驚いたように声を出した。

「ハイディとポーレ?……あの二人が?」

タチアナは瞳を開き、軽く頷く。そして、突然パチンと指を鳴らした。

その瞬間、タチアナの真っ黒な髪が変化した。クリストファー、エヴァン、レベッカはギョッと目を見開く。タチアナの黒い髪が、一瞬で月のような白銀へと変化した。キラキラと輝く美しい髪だ。三人の驚いたような視線に、タチアナがうんざりしたように髪をかき上げた。

「ーーこの髪色は目立つんじゃ……いつもは黒に変えておる」

「銀髪のお姉様も素敵……」

うっとりと見つめるトゥルーを無視して、タチアナはまたパチンと指を鳴らす。髪は再び黒へと戻った。

「ーー知られてはいないが、一族の特徴はこの銀色の髪じゃ……その双子も銀髪だったんじゃろう?恐らくは私と同じ子孫で間違いはない。“呪い”の技術がその双子の家系に伝えられたのじゃろうな」

タチアナが再び腕を組ながら話を続けた。

「一族の人間は、それぞれ独自に魔法や魔術を生み出した。その中には“呪い”も含まれておる。この“呪い”は、先祖が作り出した魔術の中でも、飛びっきり厄介な魔法じゃな……“怪物”を退治するために、一族が独自に作り出した魔法じゃ……」

「“怪物”を退治するための“呪い”……?」

エヴァンが不思議そうな顔をする。エヴァンやクリストファー、そしてレベッカをチラリと見てから、タチアナは声を出した。

「……お前達は貴族じゃな?それもかなり位の高い」

「ーーそうですが……なぜ分かるんですか?」

クリストファーがそう聞くと、タチアナは大きなため息をついて頭を抱えた。

「見れば分かる……雰囲気が平民とは違うしの……」

そして言いにくそうな顔をしながら言葉を続けた。

「ーー“怪物”は本物の怪物ではない。“怪物”とは……その時代の権力者のことじゃよ。お前達のような。貴族か王族かは知らんが」

レベッカは驚いてタチアナを見返す。タチアナは全員を見回しながら、ゆっくりと話を続けた。

「私達の先祖は小さな集落で隠れるようにひっそりと静かに暮らしていた。じゃが、その時代の権力者の一人が、先祖達を発見してしまったんじゃ。その権力者は私利私欲のために先祖の魔力を利用した。何があったか、詳しい話は伝わってはいない……じゃが……何か、相当酷い事をしでかしたのじゃろう」

タチアナは悲しそうな顔で顔を伏せた。

「私達の先祖は、自分達が作り出した魔法を、醜い欲望のために利用されたことが許せなかったんじゃ。……だから、自分達の最大の武器ーー独自の魔法で、その権力者に制裁した。その魔法が、“呪い”じゃよ。“失われた民族”は、自分達の魔法が再び他者の目に触れ、利用される事を恐れた。だから、二度と自分達の魔法や魔術が見つからないように、故郷を捨てて、バラバラに逃げたんじゃ」

「ああ……だから、“失われた”ということか……。彼らが作り出した魔法が失くなった……欲深い人間の手から逃れるために……」

納得したように呟くエヴァンの言葉に、タチアナは暗い表情で顔を伏せた。

「ーーこの“呪い”は、信じられないほど複雑な魔術であり、命を代償にかけられる“呪い”じゃ。魂の一部を“呪い”の“核”へと変換し、他者へと植えつける。“呪い”を植えつけられた人物は、全身を赤い痣で覆われ、たった数日でもがき苦しみながら死んでいく……」

「ーーで、でも……」

エヴァンが何かを言おうとして口をつぐむ。それをクリストファーが引き継ぐように口を開いた。

「妹は、生まれる前から呪われています……ですが、死んでいません。痣も、全身に広がっては……」

タチアナは考えるように首をかしげながら口を開いた。

「ーーよく分からぬ。想像でしかないが、恐らくこの娘に呪いをかけた人間は、先祖ほど魔力は高くはない……。平民と同じくらいか……?“呪い”をかけるには魔力が足りず、中途半端になってしまったのか……?」

タチアナがブツブツと小さな声で言うのが聞こえた。

「では、あの……お嬢様はどうなるんですか?」

レベッカの問いかけに、タチアナは顔をしかめながらはっきりと答えた。

「……恐らく、かなり危険な状態じゃ……痣が全身に広がりつつある。長い時間を経て、今、“呪い”が完成されようとしているんじゃ」

レベッカはハッとしてウェンディに視線を向けた。タチアナがまた小さな声で呟いた。

「こんなにも長い時間をかけてまで……強い執念じゃ……本当に……」

クリストファーが真っ青な顔で大きな声を出した。

「この“呪い”は解けますか!?」

その言葉にタチアナがチラリとウェンディを見て、口を開いた。

「ーー方法はある。“解呪”の方法が」

その言葉にレベッカはホッとして、クリストファーがまた大きな声を出した。

「お願いします!!どうか呪いを解いてください!!出来ることはなんでもしますからーー」

その言葉にタチアナが顔をしかめた。

「私はこの“呪い”に関して祖母から聞いたことはあるが……見るのは初めてじゃ……もちろん“解呪”をやったことはない……かなり複雑な魔法じゃ。私にできるか……」

「あら、それなら私も協力しますわ、お姉様」

トゥルーがニッコリと笑いながら声を出した。

「ご安心ください。どんな魔法でも必ず成功させて見せます」

「じゃが……」

「お姉様、これでも私は、魔法学園創設以来最高の天才と呼ばれた人間ですよ。どんなに複雑な魔法でも絶対にやり遂げてみせましょう」

タチアナは瞳を揺らしながらトゥルーを見つめる。そして、今度はギロリとクリストファーに強い視線を向けた。

「先祖達が守った魔法を、貴族のために使うのは……正直気に食わぬ……お前達を助ける義務が、私にはない。私は巻き込まれたくないし、貴重な時間をお前達のために使う理由もない。ーーじゃが」

すぐにウェンディへ視線を向けた。

「ーーまだ幼いな。可哀想に」

小さな声でポツリと呟く。そしてゆっくりと立ち上がった。

「トゥルー、私が言う通りに準備を」

「はい!!」

「お前達にも手伝ってもらうぞ」

タチアナがクリストファー、エヴァン、レベッカへ強い視線を向ける。三人はそれぞれ大きく頷いた。










裏設定

※トゥルー・ベル

学生にして魔術研究所の研究員見習い。魔道具の研究家として有名なアーロン・ベル男爵の長女。魔力測定で高い測定値を記録し、数多くの分野で活躍している天才。何かに興味を持つと、それを研究せずにはいられない。知識欲と好奇心の塊。

魔法学園に入学前、“失われた人々”を独自に研究しており、意地と執念の結果、タチアナ・ミューラーを発見した。それから頻繁にタチアナの家に押しかけ、一緒に過ごしている。現在もタチアナの先祖が残した魔法を研究している。研究をしているのは自分の好奇心を満たすことだけが目的なので、研究結果をどこかに発表する気はなく、タチアナを発見したことも誰にも言っていない。

タチアナの事が大好き。

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― 新着の感想 ―
[一言] ここにも百合の花園があ
[良い点] 呪いよ…早く解けてお嬢様とメイドのイチャイチャをみせておくれっ…! 更新気長にお待ちしております! 応援してます!
[良い点] すごいおもしろい!
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