家出します
気がつくと真っ白な世界にいた。
『はい、ということで転生です、転生!』
不思議な声が聞こえる。
『え?私ですか?ああ、別にどうでもいいでしょう?神様的な存在ですよ、神様。そんなもんだと思ってください。私のことはどうでもよろしい。とにかく転生の時間です』
声を出そうとしたけど、何も出なかった。こちらが戸惑っている間にも、声は続く。
『申し訳ありませんね。こちらの手違いであなたを死なせてしまったんです。本来は普通に長生きできるはずだったんですけど』
え?なにそれ?
『あなたの魂をこのまま送るのは立場上少々まずいので、特典付きで転生させてあげますよ。次の人生で、ちょっとだけ役立つ才能をあげるので、自由に生きてください』
なんかどこかで聞いたというか、よくある話だね。自分がこんなことに巻き込まれるとは思わなかったよ。
『それじゃあ、新しい人生をお楽しみください。幸運を』
次の瞬間、世界が暗転した。
転生はしたけど、前世の記憶は全然ありません。
気がついたら赤ん坊だった。生まれた世界は予想通り魔法があふれるヨーロッパ風の異世界だった。この世界で生きる人間は全員魔法が使える。十歳になると全員が魔力測定を受け、自分の魔力の強さを知る。平民は火を起こしたり、水を出したりなど小さな魔法が使える程度。魔力が強いのは貴族ばかりだ。たまに平民でも強い魔力を持つものが生まれるらしいがそれは滅多にない。魔力が強い人間はほとんどが十五歳になると魔法学園に入学する。
キャロル・リオンフォール
それが今世の自分の名前らしい。まっすぐな栗色の髪に、美しい青色の瞳を持つが、全体的な容姿は普通だ。醜くもないが、美しいと誉められる事もない。
キャロルは貴族の令嬢である。しかし、あまり裕福ではない田舎の子爵家の娘で、それも末っ子の六女だ。上に兄が二人、姉が五人いる。末っ子で、六番目の女の子、容姿は特に悪くもないけど良くもないとなれば、家での扱いは完全なみそっかすである。いじめられることはないけど、家族はもちろん使用人までもがキャロルに無関心である。ほとんど構われた事がない。
「お嬢様はとっても可愛らしいですよ」
唯一、キャロルを可愛がってくれた年配のメイド、レベッカはキャロルの頭を撫でて微笑みながらそう言った。
「私は世界一可愛いと思っています」
「レベッカ、本当?」
「ええ、もちろん!」
キャロルの話を誰も聞いてくれなかったけど、レベッカはきちんと耳を傾けて、おしゃべりに付き合ってくれた。手を握って、抱き締めたり頭を撫でてくれたのは両親ではなくてレベッカだった。
キャロルはレベッカが大好きだった。しかし、キャロルが七歳になる前に、高齢だったレベッカは腰を痛めてメイドを辞めることになった。
「申し訳ありません。お嬢様が結婚するまでは頑張りたかったのですが……」
「気にしないで。どうかこれからは自分の事を一番に考えて、ね?」
キャロルが涙を堪えながらそう言うと、レベッカも涙を流しながら大きく手を振って去っていった。
レベッカが辞めてからも、手紙のやり取りはしているが、とにかく寂しくて仕方なかった。二年ほど経ち、レベッカが風邪を拗らせて亡くなったと知らせが届いた。それを聞いた瞬間、キャロルは生まれて初めて大声を出して泣いた。
完全にひとりぼっちの生活が始まった。時々寂しいと思ったけど、徐々に慣れていった。
そんなキャロルの生活が変わったのは十歳になった時だった。この世界の人間は十歳になると魔力測定検査を受ける事になっているため、キャロルも父親に連れられて、測定会場へと向かった。
そして
「し、信じられない……!」
「魔力が1000!?――通常の十倍もあるなんて!」
「何かの間違いか?測定器が壊れたのでは?」
どうやら、神様の特典というのは強い魔力だったらしい。
会場がざわつき始め、隣の父親が目を輝かせたのを見て、キャロルは大きなため息をつきそうになった。
その後、子爵家でのキャロルの扱いが明確に変わった。無理もない。魔力の数値だけで考えれば、もしかしたら将来大出世するかもしれないのだ。有力な貴族へと嫁げる可能性だってある。両親は目をランランと輝かせながらキャロルの教育方針や将来を話し合い、兄や姉達は悔しそうな顔でこちらを見ていた。
それからは、家庭教師をつけられて、勉強漬けの日々だった。魔法はもちろん、言語、歴史、地理、数学などとにかく知識を詰め込まれる。幸か不幸か、キャロルは勉学に関しても非常に優秀だったため、両親は狂喜乱舞していた。
一方、キャロルは十三歳を迎える頃には、あることを決心していた。
「よし、逃げよう」
周囲から期待されて勉強ばかりの毎日に、もううんざりしていた。今までそっぽを向いていたのに、魔力が高い事が判明して、周囲からチヤホヤされても、今さらとしか思えなかった。それに、このままでは両親の決めた道を歩くことになる。恐らく、魔力の強さを売りに、有力貴族と結婚させられる。そこに、もちろんキャロルの意思はない。誰も味方はいない。使用人達は父が雇い主だからキャロルの話は聞かないし、兄や姉達からは妬まれていて、最近は嫌がらせを受けるようになってきた。このまま、自分の意思のない人生を生きていくなんて絶対に嫌だ。
『自由に生きてください』
神様モドキだってそう言ってたし、いいよね。そうだ、そうしよう。
まだ十三歳だけど、身長は高いからギリギリ十五、六歳くらいには見える、多分。年齢を誤魔化したらきっと働ける場所はあるはずだ。
決心を固めて、すぐに動き出した。誰にもバレないように家出の準備を始める。そして、家出決行当日の夜、まずは魔法で瞳と長い髪を黒く染めた。洗濯室からは事前に使用人の服を拝借してきた。男性用の服を着て、帽子を被り髪を隠す。これで見かけは完全に少年だ。最後に、荷物が入った大きな鞄を手に持ち、手紙を書く。
『家出します。探してもいいけど見つからないと思います。さようなら』
誘拐と思われないように、適当に文章を綴る。そして、こっそりと部屋の窓から逃げ出した。




