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「まさか、王子がこの屋敷に来るだなんて……」

「クリストファー様の交遊関係って、一体どうなってるんですかね」

クリストファー達が学園に戻った後、レベッカとキャリーは疲れきった顔で廊下を歩いていた。レベッカの腕は、眠っているウェンディをしっかりと抱いていた。

「なんか疲れたわねー…」

「はい。それに、今日は驚く事が多すぎて……まさかキャリーさんとリードさんが夫婦だとは思ってもみませんでした」

「まあ、離れて暮らしてるからねー。あっちも仕事で忙しいから、クリストファー様と帰省した時にちょっと会うくらいよ」

「それは寂しいですね……」

「この前帰省した日の夜も、久しぶりに2人で食事をしようって言われてたの。でも、クリストファー様に命じられて、あなたと3人でレストランに行くことになったって、拗ねていたわ」

「ああ……」

だから、あの時リードは怒っていたのか。ようやく怒りの理由が分かって、レベッカは苦笑した。

ウェンディの部屋へと到着して、レベッカは頭を下げた。

「それでは、お嬢様を寝かせてきます」

「うん。それじゃあ、おやすみ」

「おやすみなさい」

キャリーに軽く頭を下げて、扉を開ける。ゆっくりとウェンディの部屋に足を踏み入れた。

まっすぐにベッドへと向かう。そっとウェンディの身体を寝かせて、毛布をかけた。

「――ふぅ」

少しだけ息を吐いて、ベッドから離れようとしたその時だった。レベッカの服をウェンディが掴んだ。

「あれ?」

驚いて振り向くと、ウェンディが怒ったような顔でレベッカを見上げていた。

「お嬢様、起きていたんですか?」

「ん」

「いつから……」

「けっこう、まえ」

寝たふりをしていたのか、とレベッカが考えていると、ウェンディが今度はレベッカの手を取り、強く引っ張った。

「ここにいて」

「はい?」

「わたくしから、はなれようとした、ばつよ。きょうは、ここにいて」

ウェンディの緑の目が不安そうに揺れている。その瞳を見つめて、レベッカは少し笑った。

「――それでは、ここで寝てもよろしいですか?」

レベッカの提案に、ウェンディの顔が一瞬輝く。しかし、慌ててツンとした表情を作り、素っ気ない言葉をだした。

「すきにすれば」

レベッカは笑いながら、そっとベッドへと上がった。自分のせいで、ウェンディにもたくさん頑張らせてしまった。今日だけならいいか、と思いながら、ウェンディの横に潜り込む。ウェンディはまだツンツンしながらも、レベッカが眠れるように、ベッドの上で少しだけ身体をずらしてくれた。

レベッカが身体を横たえても、ウェンディは怒ったような顔を消さなかった。

「――お嬢様、今日は申し訳ありませんでした」

改めてそう謝ると、ウェンディはレベッカを睨むように見てきた。

「私の不徳のいたすところです。勝手に辞めようとして、本当に、申し訳ありま――」

「そうじゃなくて」

ウェンディが突然声を出して、レベッカの言葉が止まる。レベッカはキョトンと不思議そうな顔をした。

「はい?お嬢様、私が黙って辞めようとしたのを、怒っているのではないのですか?」

「ちがう。いえ、それもおこっているけど。そうじゃなくて――」

ウェンディは顔をしかめて、言葉を続けた。

「あのひと」

「え?」

「おにいさまの、つれてきた、あのふわふわあたまの、へんなひと」

ふわふわあたま、という言葉で、ウェンディが言っているのがエヴァンの事だと分かった。

「あ、えーと、エヴァン様のこと、ですよね?あの方がどうかされました?」

「……あのひと、ベッカの、てに、きす、してた」

その言葉でエヴァンが最初にナンパしてきた事を思い出す。よく考えれば、王子にナンパされるなんてとんでもない経験をしたな、と思いながら苦笑した。

「ちょっと、不思議な方でしたね」

「きす、してた!」

ウェンディが怒ったように繰り返す。なぜ怒っているのか分からなくて、レベッカは眉をひそめた。

「まあ、してました、けど……」

「ベッカはわたくしのなのに!わたくしのきょかもなく、ベッカにさわった!」

「なんですか、それ……」

いつの間に許可制になったんだ、と思わず笑う。しかし、ウェンディは憤慨したように言葉を続けた。

「ベッカも!あんなふわふわあたまに、さわらせるなんて!」

「だって突然すぎて……対処できなかったんです」

「もう、ぜったいに、あんなふわふわバカにちかづかないで!!」

一国の王子をふわふわバカ呼ばわりか、とレベッカが噴き出すのと同時に、ウェンディがレベッカの手を取った。エヴァンに口付けされた方の手だ。

何をするのだろう、と疑問に思うのと同時に、ウェンディがレベッカの手に唇を押し付けた。

「お、お嬢様?」

驚いて声を出す。ウェンディはレベッカの様子に構わず、今度はペロッと手を舐めた。

「ちょ、くすぐったいです……」

戸惑うレベッカを見つめながら、ウェンディは更に、カプリと指を咥えた。

「な、何をしているんです!?」

今度は大きな声をあげる。歯を軽く立てられて、少しだけ痛みを感じた。レベッカが少し顔をしかめると、ようやくウェンディが口を開いた。

「これも、ばつ」

「はい?」

ウェンディは今度は指をペロリと舐めて、レベッカを睨むように見てきた。

「わたくしいがいに、さわらせた、ばつよ」

「……」

思わず無言になる。ウェンディは今度は泣きそうな表情で、口を開いた。

「きょうは、ほんとうに、いやないちにちだったわ」

「……」

「ベッカ」

「……はい」

「もうにどと、わたくしから、はなれないと、やくそくして」

「……はい。約束します」

レベッカが頷きながらそう言うと、またウェンディはクシャリと顔を歪めて、レベッカに抱きついてきた。レベッカも優しくウェンディを抱き締める。

2人はお互いに強く抱き合ったまま、ゆっくりと夢の世界へと旅立っていった。











◆◆◆











その頃、魔法学園の寮にて、クリストファーは疲れきった顔でソファに座り、お茶を飲んでいた。

「もう、本当に疲れた。リード、お菓子を持ってきてくれ。疲れた時は甘いものが一番だ」

「ダメです。夜に甘いものを食べると、体によくありませんので」

リードのキッパリとした言葉に、クリストファーが唇を尖らせる。そんなクリストファーの横では、エヴァンが楽しそうな表情でお茶を飲んでいた。

「いやあ、面白かったな。想像以上だ。可愛い女の子と会えたし、何よりも、あのメイドの平手打ちときたら!本当に面白かった。転送の魔法を使った甲斐があったよ!!」

「……エヴァン」

クリストファーはウンザリとした顔で、友人へと顔を向けた。

「君には感謝しているが、人の家の騒動を面白がらないでくれ。正直、あまり気分はよくない」

「あ、これは失礼」

エヴァンは飄々と言いながら軽く謝る。そして、楽しそうに話を続けた。

「それにしても、クリスの家に行くことができて、本当に嬉しかったよ。また行きたいな。今度は長期休みの時にでもお邪魔して――」

「勘弁してくれ……。今日だけは仕方なく付いてきてもらったけど、王子が遊びに来るなんて、今度こそ屋敷中が大騒ぎになる」

クリストファーが頭を抱え、エヴァンはますます笑った。

「それに、あの平手打ちしたメイドとは、またぜひ会いたいな。とても個性的というか、面白そうな女の子だ。もっとゆっくり話したい」

「……エヴァン、君の女好きはよく知っているが、うちのメイドに手を出すのは本当にやめてくれ……今日も会っていきなりナンパなんかして……」

「ははは、悪い悪い」

そう言いながらも、絶対に反省していない友人を見て、クリストファーは深くため息をついた。

そんなクリストファーに構わず、ヘラヘラとエヴァンは笑い、そして小さく呟いた。

「うーん、確かに可愛いから、ついつい声をかけちゃったけど、それだけじゃないんだよなぁ」

こちらを戸惑ったように見上げてきた、メイドの大きな瞳を思い出す。

『僕達、前にどこかで会ったことない?』

思わずそう声をかけてしまった。

「うーん……」

エヴァンは思い悩むように、眉を寄せ、そっと囁いた。



「あのレベッカとかいうメイド、前にどこかで見たような気が……」










またまた裏設定


※エヴァン・ティリエル・ジョーンズ・アルヴェルト

第二王子でクリストファーの悪友。大の女好き。

“転送”の魔法を得意とする。しかし、彼の魔力自体はあまり高くない。むしろ王族としては低い。それゆえに、周囲から軽んじられ、見下される事が多かった。そのため、昔は少々粗っぽい性格だったが、同じく魔力が低いクリストファーと出会い、なんやかんやあって、意気投合した。クリストファーの事を一番信頼している。

女の子と会うと必ずナンパする。前に人妻に手を出しかけて、かなり面倒な事になった。その時はクリストファーが呆れながらも協力してくれて、なんとか解決できた。それでも懲りずに、様々な場所で女の子と遊んでいる。







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― 新着の感想 ―
[一言] 何やってんだ王子ィィィィィ!!
[一言] 身バレのフラグが…。 キャロル・リオンフォールが行方不明になっている事を両親が、隠しているならいいですが、捜索依頼など出ている場合厄介ですよね…。
[良い点] なかなかの独占欲。キスに甘噛み。…お嬢ふわふわ頭と間接キスになってるぞい? [気になる点] お兄が女の子の所作に鋭かったのはふわふわ君の所為かい? [一言] おうふ、ふわふわ頭と同じとこ(…
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