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眠れぬ夜に



レベッカはモヤモヤとした思いを抱えながらも、通常通りウェンディの世話をしながら過ごした。気がつけば、クリストファーの長期休暇も終わりへと近づいていた。

「やあ、レベッカ」

廊下で声をかけられて、レベッカが振り返ると、クリストファーが穏やかな顔で立っていた。その後ろではリードが控えている。

「あ、おはようございます……」

「おはよう。知ってるとは思うけど、僕は明日、学園へ戻るんだ」

「はい」

「最後に3人で夕食でもどうかな?」

にこやかにそう誘われた。特に断る理由もないため、コクリと頷く。

「よかった。それじゃあ、今夜、ウェンディの部屋で」

「はい」

クリストファーがレベッカの肩を軽く叩いて、手を振りながら立ち去る。リードも軽く会釈をしてそれに続いた。レベッカも静かに頭を下げ、それを見送った。

遠くでその光景を目撃したメイド達が何かコソコソ話していたが、レベッカは気がつかなかった。











夕方、ウェンディの部屋を訪れると、ウェンディはテーブルに座って頬杖をついていた。明らかに落ち込んでいて元気がない様子だ。小さな声で呼びかける。

「お嬢様……」

ウェンディはぼんやりとこちらに視線を向けるだけで、返事はなかった。最愛の兄がまたいなくなるのが寂しいのだろう。どう慰めようか迷っていたその時、ノックの音が聞こえた。

「やあ、ウェンディ、レベッカ」

扉が開き、クリストファーが入ってきた。レベッカは静かに頭を下げる。クリストファーの後ろから、リードを含めた何人かの使用人が入ってきて食事の準備を始めた。ウェンディはその光景を無言で眺めていた。

「それじゃあ、食べようか」

クリストファーがそう声をかけても、ウェンディは何も答えなかった。

「お嬢様……あの……」

ウェンディの隣に腰を下ろしたレベッカが呼びかけると、ようやくウェンディが口を開いた。

「おにいさま……」

「うん?」

「こんどは、いつ、もどってくる?」

その問いかけに、クリストファーは少し困ったように笑いながら口を開いた。

「すぐにもどってくるよ」

「……でも、つぎの、おやすみは、ずーっと、さきでしょ?」

「長期休暇はね。でも、2ヶ月後に学園で学科試験が行われるから、その後試験休みがあるんだ。5日くらいはこっちで過ごせるよ」

その言葉に、少しだけウェンディの顔が明るくなり、レベッカもホッと息をついた。

「にかげつ、まてば、かえってくるの?」

「うん。それまで、いい子で待ってるんだよ。また、ウェンディの好きな本を贈るからね」

クリストファーがそう言ってウェンディの頭を撫でた。ウェンディの顔に笑顔が戻る。

その後は3人で穏やかに最後の晩餐を楽しんだ。










次の日、クリストファーとウェンディは、部屋で別れの挨拶を交わした。

「またね、ウェンディ。手紙を送るからね」

そう言って、クリストファーがウェンディを強く抱きしめる。そしてリードを伴って学園へと戻っていった。

クリストファーが去り、やはりウェンディは寂しいのか、その日は一日中口数少なく、何度もため息をついて、ぼんやりと過ごしていた。

その様子を心配しながらも、レベッカは普段通り仕事を終わらせ、私室へと戻った。

夜になっても、ウェンディの呼び鈴は鳴らなかった。今夜はミルクはいらないのかな、と思いながら自分もベッドに入ろうとしたその時、チリンと音が鳴った。思わず部屋の時計に視線を向ける。もう日付が変わる寸前だ。いつもなら、とっくにウェンディは寝ている時間だった。

「……お嬢様、眠れないのかな」

一言呟いて、ミルクの準備をする。心細くて眠れないのだろうか、と考えながら、急いでウェンディの部屋へと向かった。

扉をノックし、なるべく音を立てないようにしながらゆっくりと開き、足を踏み入れる。

「失礼します……」

部屋に入った瞬間、ガチャン、ガチャンと音が聞こえた。部屋の奥に視線を向けると、テーブルの上でウェンディがタイプライターを動かしていた。

「お嬢様、何をなさっているんですか……?」

レベッカがそう尋ねると、ウェンディが視線を向けてきた。

「ねむれないの。ベッカ、ミルク」

「あ、はい」

慌ててミルクを温め、蜂蜜の準備をする。その間も、ウェンディはずっと指を動かしていた。

「あの、お嬢様。何を書かれているんですか?」

思い切ってそう尋ねたが、ウェンディは、

「う、ん。いろいろ」

曖昧な答えだけが返ってきた。一体何を書いているんだろうと疑問に思いながら、蜂蜜入りのホットミルクを差し出した。

「どうぞ」

「ありがとう」

タイプライターを打つ手を止めて、ウェンディがカップを手に取る。一口飲んで安心したように息を吐いた。

「お嬢様、それを飲んだらお休みになってください。もう随分と遅い時間ですよ……」

レベッカの言葉に、ウェンディは少し考え、首を横に振った。

「まだ、もうすこし」

その言葉に、もう一度入眠を促そうと口を開きかけたが、

「……」

結局止めて、口を閉じた。そのうち自然と眠くなるだろう、と考えながら蜂蜜の瓶を抱える。

「では、私は戻ります。――おやすみなさい」

そう言って、扉の方へ向かおうとしたその時だった。

「ベッカ」

「はい?」

名前を呼ばれて、振り返る。ウェンディがタイプライターを打つ手を止め、モジモジとしていた。

「あ、あのね。もうちょっと、ここに、いてくれる?もうすこし、でいいから」

その言葉に思わず笑った。すぐに頷く。

「かしこまりました」

その答えにウェンディが嬉しそうな顔をして、またタイプライターへと視線を向けた。

「もうすこしで、もじをうちおわるから、それまでソファにすわってて」

「はい」

レベッカは言われた通りにソファに座った。ウェンディはミルクを飲み干して、また文字を打ち始める。その姿を静かに見つめた。ガチャン、ガチャンと金属音が部屋に響き渡る。不思議と、心地のいい音だ。聞いていると、なんだか心が穏やかになるような気がする。

タイプライターの音が、レベッカの眠りをじわりと誘った。靄のような眠気が目蓋を襲い、意識がぼんやりとしてくる。ダメだ、と分かっているのに、止められない。コクリ、コクリと首が縦に揺れるのが分かった。

「ベッカ」

夢とうつつの間をさまよっていると、耳元で可愛い声が聞こえた。

「――は、い」

「こっち、きて」

「え、あ、いえ……」

眠気と戦いながら、必死に声を出した。

「私、部屋に、戻らないと――」

「いいから、こっち」

温かい小さな手が、レベッカの手を握り、引っ張られる。抵抗できずに、立ち上がり、そのままフラフラと足を動かした。眠すぎて目が開けられない。

「お……お嬢様……?」

朦朧としながら呼びかけると、突然体を軽く押され、そのまま倒れた。柔らかい何かが、レベッカの体を受け止める。

何これ。すごく、気持ちいい……。

うっとりとしながら、ぼんやり目を開くと、すぐそばにウェンディがいた。楽しそうにレベッカを見つめている。

「きょうだけ、とくべつ。ね?」

耳元で砂糖菓子のような甘い声が聞こえた。言葉の意味がよく分からないまま小さく頷く。ウェンディがまた楽しげに笑って、レベッカに抱きついてきた。反射的にウェンディを抱きしめる。ゆっくりと瞳を閉じた。

「おやすみ、ベッカ」

腕の中でウェンディが囁いたが、レベッカは既に深い眠りへと落ちていた。











朝、目覚めると、ウェンディの部屋のベッドで寝ていて、しかもウェンディを抱きしめていた。驚きのあまり、声にならない悲鳴をあげる。慌てて腕を離すが、ウェンディはレベッカの胸に顔をうずめるようにして抱きついて、ぐっすりと眠っていた。息を呑み、そっと自分の身体からウェンディの手を離す。ゆっくりと起き上がり、ベッドの上で頭を抱えた。

何をやっているんだ、自分は。いくら眠かったとはいえ、自分の主人のベッドで寝てしまうなんて、この馬鹿!

心の中で自分を罵倒しながら、悶え、大きくため息を吐いた。チラリとウェンディに視線を向ける。ウェンディはレベッカが起きたのに気づかず、まだすやすやと眠っていた。可愛らしい寝顔だ。まだ起きる気配はない。ふと、時計に視線を向け、ギョッとして慌ててベッドから降りた。キッチンの仕事へ行かなければならない時間だ。

レベッカはウェンディに毛布をかけると、慌てて部屋から飛び出した。







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― 新着の感想 ―
[良い点] 反射的に抱きしめる(笑) 高級お嬢抱き枕。 [気になる点] メイド達のコソコソ話!やべーぞ クリストファー様マジスキガチ勢に吊し上げられる予兆? [一言] ときどきお嬢様のほうが年上っぽい…
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