甘い夜
明るい午後の時間、レベッカは庭の掃除を行っていた。
今日は天気がよく、雲ひとつない深い空が広がっている。箒を手に掃除を進めながら、チラリとウェンディの部屋の窓を見た。
このところ、ウェンディは仕事が立て込んでいるらしく、連日徹夜が続いている。長期の連載が終了したが、すぐに新しく本を出すらしく、執筆作業でかなり忙しいらしい。昨日と今日は食事も部屋で摂っている状態だ。
忙しいのは仕方ないが、そろそろ体力も限界に近いだろう。あまり仕事の邪魔はしたくないが、少し休むように言葉をかけるべきか──
そんなことを考えながら箒を動かしていたその時、
「よっ」
よく知っている声が聞こえ、ハッと顔を上げる。堂々と庭まで入ってきたのは、海のような瞳を持つ女性だった。
「リーシー……」
名前を呼ぶと、リースエラゴは朗らかに笑った。
「お久しぶりですね」
「ああ」
レベッカの言葉に、リースエラゴは短く返事をした。
この竜はいろんな場所をふらふらと気ままに旅をしているようだが、時折こうしてこの屋敷に遊びに来る。多分、レベッカの事が心配で気になるのだろう。
念のため、ウェンディに許可を取ってからリースエラゴを家の中に招き入れた。
ちなみにウェンディはリースエラゴが苦手なのと、仕事が忙しいため、部屋から出てこなかった。
「最近調子はどうだ?」
そう尋ねられ、レベッカはリースエラゴの上着を預かりながら答える。
「んー、いつも通りですよ」
その言葉にリースエラゴは満足したような顔をした後、たくさんの荷物をレベッカに差し出した。
「これ、土産だ」
「またですか……」
レベッカは困ったように笑いながらそれを受け取る。
リースエラゴはこうしてレベッカの元へ来る度に、お土産を大量に持ってくる。大体は食べ物が多いが、それ以外にも可愛らしい小物や珍しいが便利な道具、絵画や彫刻など多種多様だ。
「ありがとうございます。……あの、でも、リーシー、何度も言ってますけど、ここへ来る度にこんなに買い込まなくても……」
「私が好きで買ったんだから気にするな」
リースエラゴはそう言いながら、ソファに腰を下ろした。レベッカは受け取った荷物を運びながら言葉を続ける。
「まあ、嬉しいし助かるんですけどね……お金とか大丈夫なんですか?」
「問題ない」
リースエラゴはキッパリと言い切った。
レベッカにはよく分からないが、相変わらずリースエラゴは自分で魔石を作り出してそれを様々な場所で売ることで収入を得ているらしい。それらが何に使われるのか知らないが、かなり高値で売れるそうだ。
ちなみにレベッカは、数年前にリースエラゴと旅をした時の費用を、メイドとして働いて得た給金で返却している。リースエラゴはいらないと言い張ったが、意地で返した。
「腹が減った。何か食べさせてくれ」
リースエラゴがそう訴えてきたため、レベッカは苦笑しながらキッチンへと向かった。ドロシーが作ってくれたパイと、飲み物を準備する。リースエラゴはよく食べるため、パイは大きめに切った。
そんなレベッカを眺めながら、リースエラゴは何やら難しい顔をしていた。
「リーシー?どうしました?」
フォークを差し出しながら、レベッカが問いかけると、リースエラゴは言葉を返した。
「いや……お前、大きくなったなと思って」
「ああ」
レベッカは小さく笑った。
リースエラゴの魔法が原因で小さくなったレベッカの身体は、少しずつではあるが成長している。今はようやく10歳ほどの体型だ。
「ふふ、前に会った時よりも身長が伸びたでしょう?」
「……うん」
リースエラゴがとても複雑そうな顔をしながら目をそらす。リースエラゴのその表情の理由を察して、レベッカは一瞬手を止めた。恐らく、レベッカの成長と共に、寿命の限界も少しずつ近づいている事を実感したのだろう。
「リーシー、そういえば……最近はどこに行ってたんですか?」
結局、何も突っ込まずに、話をそらす。リースエラゴは慌てたように視線を戻すと、言葉を返してきた。
「いろいろだよ……ほら、いつも通り新作のオペラとか舞台を見たりとか……」
相変わらず演劇が好きらしい。レベッカは苦笑しながら再び問いかけた。
「ずっと劇とか舞台ばかりを見ていたの?」
「えっ、あ……いや、そうでもない……かも」
リースエラゴはなぜか気まずそうな顔で再び視線をそらした。モジモジと身体を揺らすリースエラゴの姿を、レベッカは静かに見つめる。
なんとなくだが、リースエラゴがとても重大な隠し事をしている気がするのだ。レベッカの事をとても気にしているのは確かだが、それと同じくらい大切な何かをリースエラゴは心の中で想っている。そんな気がする。
──もしかして、好きな人でもできたのだろうか。
そんな事を一瞬考えてしまい、レベッカは思わず笑いそうになった。
「ん?どうした?」
レベッカの様子に気づいたリースエラゴが問いかけてきて、レベッカは慌てて首を横に振った。
「なんでもない」
いつか、話してくれるだろうか。話してくれたら、嬉しい。ずっと孤独に生きてきたこの竜に、再び大切な人ができる。それはとても素晴らしいことに違いないのだから。
リースエラゴはその後、レベッカと会話をしつつパイを丸ごとたいらげて、お茶も全て飲み干すと、席を立った。
「そろそろ戻る」
「もう?夕食を食べていけばいいのに」
リースエラゴは顔を引きつらせながら手をヒラヒラと振った。
「いや、それはやめておくよ。あまり長居したら怒るだろ」
「怒る?」
レベッカが首をかしげるのと同時に、ドアが開く音がした。
「……どうも」
ウェンディが部屋に入ってきた。一応は身を整えているが、顔色が悪く、目の下にはクマがある。
「ウェンディ様!お仕事は……?」
「やっと全部終わらせた」
そう答えたウェンディは後ろからレベッカを抱き締める。そして、リースエラゴを見据えながら言葉を重ねた。
「別に怒りなんてしないわ。ちょっと気に入らないけど」
ウェンディは不機嫌そうな声を出す。
リースエラゴの言葉は、ウェンディが怒るという意味だったのかとレベッカは今更気づいた。
ウェンディの様子にリースエラゴは首を振りながら苦笑した。
「いや、今日は戻るよ」
そう言ってリースエラゴは上着を手に取った。
「体調には気を付けて。あまり食べすぎないようにしてくださいね」
「ああ」
外に繋がるドアの前で、リースエラゴに別れを告げる。ウェンディもムスッとした顔をしながらも、レベッカと共に見送りに来てくれた。
「……何かあったらすぐに知らせろ」
「はい」
リースエラゴは少し笑ってレベッカの頭を撫でようとして手を伸ばす。だがレベッカの後ろでウェンディが殺気を放ったため、途中でその手をスッと下ろした。
だが、逆にレベッカの方からリースエラゴの手を握る。
「また来てくださいね、リーシー。待ってますから」
その姿を見たウェンディがすごい表情をしているのだが、レベッカは気づかない。リースエラゴは人を殺しそうな目をしているウェンディに慄き、顔を引きつらせた。
「あ、ああ。必ずまた来る。じゃあな」
リースエラゴはなんとかウェンディを見ないようにしながら、レベッカに向かってヒラヒラと手を振り、去っていった。
リースエラゴが帰ってしまったあと、レベッカは大変だった。
「ベッカ、髪を整えてちょうだい」
「はい」
「ベッカ、のどが乾いたの。ミルクをお願い」
「はい」
「ベッカ、ずっと座っていたから身体が痛いわ。マッサージして」
「はいはい」
いつにも増してウェンディの訴えというかワガママが増えた。リースエラゴが帰ったあとは、毎回こうなるので慣れてはいるが……
「ベッカ、手が疲れて動かないの。夕食を食べさせて」
──今日は特にワガママが多いような気がする。
流石に「いい加減にしてください」と注意しようとチラッと思ったが、
「ベッカぁ、お願い」
上目遣いで甘えるような声を出されてその考えは吹き飛んだ。にへら、と顔が緩む。
──ん~、可愛いから、いっか!
「はい、あ~ん」
食事を乗せたスプーンを差し出すと、ウェンディが素直な子どものように口を開ける。その様子が本当にとても可愛らしくて、こちらも釣られて微笑んでしまう。結局その後もレベッカはニコニコしながらウェンディのワガママを受け入れ、思う存分甘やかし続けた。
一緒にお風呂に入り、ベッドに横たわると、ようやくウェンディの機嫌も直ってきた。
「なんだか、今日はいつもよりもかなりご機嫌ななめでしたねぇ」
そう言うと、ウェンディはレベッカに頬擦りしながら、答えた。
「だって腹が立ったんだもの。あなたがあの人の手を握るから……」
「それくらいで……?」
思わずそう言うと、ウェンディは顔をしかめた。レベッカをジロッとした目で見つめてくる。
「じゃあ、あなたは、私があなた以外の人と手を握ってても平気なの?」
「それは……」
──それは、かなり怒るかもしれない。暴れて泣き出すかもしれない。
そう考えながら、レベッカは無意識に唇を尖らせる。その様子を見たウェンディは少し表情を柔らげた。
「あなたとあの人が仲良しというのは承知してるわ。でも……時々不安になるの。あなたとあの人の距離が近すぎて……」
ウェンディは眠くなってきたのか目がぼんやりとしてきた。それでもなお、言葉を重ねる。
「うまく言えないけど……、あの人とあなたの間には……私が立ち入れない領域があるような気がする。それがすごく悔しくて……悲しい……」
その言葉にレベッカは目を見開くと、すぐにフッと笑った。ウェンディの髪を撫でながら、額にそっとキスを落とす。
「確かにリーシーは大切な友達ですけど……分かっているでしょう?私があなたのことを一番に愛していること。私にとっての唯一の人。この世の何よりも……世界で一番大切な女性はあなただけですよ」
不安にさせてしまったのは自分の責任だ。ウェンディを安心させるように手を握るとそのまま唇を軽く重ね、そっと微笑んだ。
「なんにも心配なんてしなくていいのに。私の心をこんなにも燃やせるのは、あなただけなのだから」
ウェンディは一瞬泣きそうな瞳をして、その後顔を真っ赤にさせた。その顔を手で隠すようにしながらはにかむ。
「んふふっ、眠気が飛んじゃいそう」
その顔があまりにも愛らしくて見惚れそうになったが、慌ててレベッカは言葉をかけた。
「ダメですよ。最近ずーっと徹夜してたじゃないですか。早く寝てくださいっ」
「ねぇ、ベッカぁ、もう一度言って」
「明日言いますから、寝てくださいっ」
「明日じゃなくて今がいいのー」
ベッドの上で、2人でくっつき合いながら言葉を交わしているうちに、少しずつ夜は更けていった。
最近はリーシーとフリーデリーケの話ばかり書いていたので、久々に2人の甘い話を書きました。
ウェンディは大人ですが、レベッカに甘やかしてもらうために、わざと子どもっぽい言動や仕草をしています。




