花かんむりをあなたへ
とある姉妹の話
優しい風が吹く。
一面に咲き誇る花がザワザワと揺れた。草の香りが穏やかな空気のように満ちている。上には美しい青空が広がり、まるで夢のような風景だった。
柔らかい日差しが差し込み、命の息吹が大地に広がっている。その陽だまりの中で、1人の少女が座っていた。凛とした面差しの美しい少女だった。腰まで伸びた栗色の長い髪に、上品なドレスを身にまとっている。
──その瞳は、海のように青い。
少女は熱心な顔で周囲の花を積むと、白い手で細かく編むように何かを作成していた。
「──さま」
その時、誰かが少女を呼ぶ。だが、集中している少女の耳には届かない。
「お姉様!」
近くでそう呼ばれて、ようやく少女はハッとしたように顔を上げた。いつの間にか目の前に、小柄な人物が立っている。
光り輝くように美しい少女だった。赤みがかった金髪は芸術的に編み込まれ、大きく丸い瞳はやはり青い。こちらも可愛らしいドレスを着ている。腰に手を当てて怒ったような顔をしている。
「アイリーディアお姉様ったら、ずーっと呼んでいるのに全然気づかないんだから!」
アイリーディアと呼ばれた少女は柔らかく微笑んだ。
「ごめんなさい、セレスティーナ。集中しすぎていたわ」
そのすぐ後に、何かに気づいたようにアイリーディアは首をかしげた。
「セレスティーナ、あなた、今の時間は歴史の授業中ではなくて?」
セレスティーナと呼ばれた少女は気まずそうに視線をそらす。
「ええと……ほら、今日はお姉様とお話する方が大切というかぁ……」
「……勝手に休んで逃げてきたのね」
アイリーディアは頭を抑えながら困ったように声を出す。
「もうあなたったら……常に学び知識を付けていくのは王族の義務でもあるのに……」
セレスティーナはプイッと顔を背けた。
「そんなの知らないっ……お姉様と違って私は勉強に向いてないのよ。ダンスは得意なのに」
「もう、お父様にまた叱られるわよ」
そう言われセレスティーナは一瞬可愛らしく頬を膨らませるが、すぐに何かを思い出したような顔をした。
「そんなことより!お父様から聞いたの!!お姉様の婚約者をもうすぐ決めるって!」
「ああ……」
アイリーディアは困ったように笑った。
「ええ、そうよ……お父様とお母様が考えているの。まあ、お父様はずっと前から考えて、ある程度決めているみたいだけど」
恐らくは国内の有力貴族の優秀な青年が選ばれるだろう、と自分でも予想はしていたがそれは言わなかった。セレスティーナはため息をつくと、アイリーディアの隣に腰を下ろす。
「結婚かぁ……私もいつかしなくてはいけないわよね……」
「それはそうねぇ……私と違って、あなたの美貌ならたくさんの方に求婚されると思うけど。きっと魅力的で素晴らしい、あなたを大切にしてくれる男性がいらっしゃるわ」
そう言うと、セレスティーナは顔を曇らせながら小さな声を出した。
「お姉様、……私ね」
「うん?」
「私、本当はね……政略結婚は嫌なの……できれば好きな人と結婚したい」
アイリーディアは目を丸くしてセレスティーナの顔を見る。冗談と思いたかったが、セレスティーナの目は本気だった。アイリーディアは何かに気づいたように声を出す。
「セレスティーナ、あなた、もしかして好きな人がいるの?」
その問いかけにセレスティーナは動揺したように顔を真っ赤にする。その顔があまりにも愛らしかったため、アイリーディアは思わず笑ってしまった。
「どの方かしら?あなたの周りにいる男性といえば……」
「ひ、秘密よ!」
セレスティーナは大きな声でそう言うと、膝を抱えるようにして顔を伏せた。
「すごく、すごく、好きなの……その人と結ばれるためなら何でもできるくらい……」
「まあ……」
アイリーディアは口元に手を当てる。王族らしくない発言だが、のびのびと自分の思うままに生きてきた妹らしい言葉だ。
アイリーディアは妹の頭を優しく撫でた。
「いつか、あなたに婚約の話が持ち上がってきたら、できるだけあなたの希望通りにいくよう私からお父様にもお話ししてみるわ」
セレスティーナがパッと顔を上げた。
「本当?」
「ええ……まあ、説得できるわどうかは分からないけど……」
アイリーディアは自信なさげな顔だったが、セレスティーナは嬉しそうに姉に抱きついた。
「お姉様、ありがとう!」
妹の背中をポンポンと軽く叩くと、アイリーディアは苦笑した。妹はまだ幼くきちんと自分の立場を分かっていない。だが、この愛らしい妹の希望ならば、厳しい父も考えてくれるだろう。ひょっとしたら妹を溺愛している母も応援してくれるかもしれない。
アイリーディアは身体を離すと、作成した花かんむりをセレスティーナの頭に乗せる。
「いつか、あなたが愛する人と結婚する時は私からもお祝いさせてね」
「もちろん!お姉様、大好き!」
その言葉に、アイリーディアは柔らかく微笑む。
「ええ、セレスティーナ。私も愛してるわ」
◆◆◆
リースエラゴは長い夢から目を覚ましたようにハッと顔を上げた。
いつの間にか眠っていたらしい。小さな身体を伸ばしながら、誰にも聞こえない声で呟いた。
「危ない危ない……」
鳥の姿で木から落ちるなんて目も当てられない。
現在、小鳥の姿に変身したリースエラゴは木の上に留まり、身体を休めていた。不安定な枝の上に足を乗せ、羽をモゾモゾと動かす。
「……懐かしい夢を見たなぁ」
何百年どころか何千年も前の出来事だ。
長い時を生きてきたリースエラゴにとってもはや過去の一部でしかない、忘れたいとも思える出来事。もう二度と会うことはない実の家族の思い出。
ぼんやりと物思いに耽っていたリースエラゴは、ふと何かに気づいたように遠くへと目を凝らす。少し離れた場所にある大きな屋敷の庭で人影が見えた。
慌てて羽を動かすと、素早く飛んだ。その屋敷の庭の木に留まり、庭に出てきた人々を見つめる。
そこにいたのは、貴婦人らしき女性と幼い少女だった。女性のお腹は大きく膨らんでいる。
どうやら庭でお茶をするために出てきたらしい。周囲ではメイドや執事らしき人物が複数働いているのが見えた。テーブルと椅子が設置され、お茶やお菓子が並んでいる。
幼い少女は母親らしい女性のそばにピッタリとくっついていた。
「お嬢様、お好きなケーキをご用意しました」
メイドらしき人物から声をかけられても、少女は何も答えず、ただ熱心に母の膨らんだお腹を見つめていた。
「ふふっ、リーケは赤ちゃんが生まれてくるのが楽しみで仕方ないのよねぇ?」
母親らしき女性は楽しそうに笑いながら少女の頭を撫でた。
「もうすぐよ、リーケ。もうすぐ会えるわ。あなたの妹か弟に」
女性は優しい声で言葉を重ねた。
「生まれてきたら、たくさん遊んであげてね」
その言葉に少女はしっかりと大きく頷いた。
そんな少女の姿を、リースエラゴは木の上から静かに見つめていた。
「……」
美しい光景だな、と素直に思う。傍目から見ても、少女が愛されているのは分かるし、次に生まれてくる赤ん坊も深く愛されるだろう。それは、本当にとても素晴らしいことだ。
──自分にとって、まるで異世界のような光景だ。
なぜなら、もう自分に愛する家族はいない。愛する人を作る予定もないし、今後誰かに愛されることもないだろう。
今の自分の行動だって、そうだ。別に意味なんてない。ただちょっとあの少女の事が気になるだけ。だから、何度か鳥の姿に変身して様子を見に来た。今度はどんな人生を送っているのか気になるから。ただそれだけのことだ。深い理由なんてない。
リースエラゴは自分に言い聞かせるように心の中で言い訳を重ねる。そんな自分に気づいてフッと笑うと、親子に背を向けるように飛び去っていった。
また来よう、とこっそり考えながら。
少女は、何かに気づいたように顔を上げる。母から身体を離すと、顔を動かした。まるで何かを探すように空を見つめる。
「リーケ?どうしたの?」
母が不思議そうに問いかけてくる。
少女は何も答えなかった。




