出発準備
「この子がルーフェちゃんなんですか?」
レナさんが小首を傾げつつ尋ねてくる。
「ルル!」
ルーフェが俺の腕から光る羽を出して飛び立ち、リーサの前に移動する。
「確かにルーフェネットみたいな喋りだな」
「全然姿ちげーじゃん」
「ちょっとチドリさんみたいに静電気を放ってるね」
獣人の子が毛に付く静電気をうっとおしそうにして言う。
ああ、ごめんね。
俺は無自覚だけど、静電気の所為で苦手なんだっけ。
「ルーフェ小さくなった! これでチドリの巣の奥に入れる!」
「やったな!」
「ルル! みんなで一緒の巣! 満足!」
満足そうに答えるルーフェに孤児達が我も我もと撫で始める。
「ルーフェネットちゃん可愛いー」
「あ、ずりー! 俺もー!」
「ルルーン! 撫でてー! ルルー!」
愛嬌もよくなって……前からよかったか。
あの巨体が撫でられる事のギャップを生み出していたに過ぎない。
「リーサちゃんが誘拐されたって騒ぎになってみんな驚いてたんだよ」
「……ごめんなさい。私の前に住んでいた所で友達になったサレルが勘違いしちゃって……」
リーサが心配そうに声を掛ける孤児たちに事情を説明しながらサレルを紹介する。
「サレル、この子達はこの街のアヴィン孤児院の子達。私のこの街で出来た友達なんだよ」
「そうか……俺の名前はサレル=フィリンだ。魔物狩りをしている。今回は俺の勘違いで迷惑を掛けた」
おや? 素直に謝るんだ。
ちょっと意外か?
いや、粗野だけど思いやりがない訳じゃないのかもしれない。
というかよく考えたら、サレルの当りが強いのはルーフェだけだ。
まあ彼は魔物であるブレイスリザードに姉を奪われ、魔物狩りをしている少年だ。
魔物に対して敵意が強いのは当然だよな。
「本当、誘拐されたって聞いて心配しましたよ……」
「ごめんなさい」
「リーサちゃんは気にしなくていいわ。間違いは誰だってあるもの」
心配するレナさんがリーサに手を振って励ましている。
「ただ……ルーフェちゃん、凄いわね。見違えるほどの姿になって……」
「うん。見る影もない」
「ルルー!」
なんて微笑ましいやり取りを尻目にシュタイナー氏に俺は視線を戻す。
「ワシも後で記憶を頼りに記述を探してみようかの。ほっほっほ、チドリ殿と一緒にいると発見の連続じゃわい」
今度の遠征地にも一緒に来てほしいのう、とシュタイナー氏は零す。
高く評価してもらって嬉しい限りだね。
その時は喜んで手伝わせてもらおう。
「はは……それでですね。ちょっと出かける用事が出来たので、リーサをしばらくの間――」
「チ、チドリさん」
俺がシュタイナー氏に話を切り出そうとした所でリーサが俺に声を掛けてきた。
「なんだい?」
「私を……置いていくの?」
うっ……何と言うかやはりリーサは察しが良い子だなぁ。
あれか、魔法使いは細やかな情報から物事を理解するとか、そういう奴だろうか。
「……」
黙って見つめてくるリーサの視線が痛い。
だけどなぁ……今回戦う相手は今までの様にはいかない。
何せ悪名高い魔物らしいし、リーサの居た村のような被害を出し続けているのだ。
今まで誰も敵わなかった相手に挑むなんて状況に、リーサを連れて行くなんて出来ようか。
「リーサ、危険だ。お前が一緒に行く必要なんてない」
ここでサレルがリーサの説得を試みる。
当然と言えば当然だが、個人的にはがんばって説得してほしい。
「それはサレルだって同じ……」
「お、俺は着いていく。頼んだのは俺だからな。それに、こいつがリーサを助けたってのが本当なのか見届けなきゃいけない」
「……」
「な、なんだよ。そんな目をしたって引かないぞ。命の危険があるんだ!」
「ルル……リーサ……」
ギュッとリーサはルーフェを抱きしめて俺とサレルを見つめ続ける。
その顔には無表情だけど、凄く不満だと目で語っている様だ。
う~ん、こういう所は以前よりも成長したと言えるんだけど……。
「チドリ殿……ワシはこの目をする者達を無数に見てきたのでな、覚えがある。置いていっても抜け出して行く、冒険者を志す学生の目じゃ……」
うわ、シュタイナー氏が察している。
なんとなくそうなんじゃないかなとは思っていたけど、シュタイナー氏が言うと現実になる可能性が高くなった様な気がするぞ。
「下手に止めると飛び出して行ってしまうぞ。何に挑むかはわからんが、連れて行って目の届く範囲に居てもらった方が安全なのではないかの?」
「ですけど……これから挑むのはブレイスリザードなんですよ?」
相手の名前を聞けばシュタイナー氏も納得――。
「ほう、ついにやる気になったのじゃな。まあチドリ殿なら大丈夫じゃろ」
しない!?
即答しないでくれませんかね?
「既にチドリ殿はマッドストリームオクトパスを討伐し、死の行軍の主デスアルジャーノンハーメルンまで討伐している。仮に倒せないとしても逃げるのは容易じゃろう」
えらく冷静に言ってくれるね。
魔法使いのこういう所は慣れないんだよな。
「倒せないと判断しても生き延びられるだけの技量を兼ね備えておるなら一緒に連れていくのが無難じゃな」
そんな無責任な……なんて思っているとシュタイナー氏が手招きして内緒話を指示してくる。
「こういう時はの……途中まで連れて行って、周辺の敵が強い事をしっかりと学ばせばリーサ殿程の利発な子なら自等の引き際を理解する。それからでも良いのではないかの?」
はぁ……まったく。
人を乗せると言うか、どこまでも教育に精通した方ですね。
思わず納得してしまいそうになったじゃないか。
「ルル! チドリ! 大丈夫! リーサはルーフェが命を賭けてでも守る!」
「俺だってそうだ!」
ルーフェとサレルが視線をバチバチとされるかのように睨みあいながらリーサを守ると言い切る。
こりゃあ俺が無理やり行ったとしても後には問題しか残らないだろう。
ルーフェまでリーサ側だと俺の立つ瀬がない。
というかサレルは説得する側じゃなかったのか。
「わかったよ。ただ、危険だと思ったら即座に撤退するんだよ。冒険者は――」
「命あっての物種……チドリさんが前に教えてくれたのを忘れてないよ」
リーサは俺が言おうとした事を先に言う。
「前みたいに……無茶は、しないから……置いていかないで……」
リーサは懇願するように呟く。
……まったく、しょうがないな。
「俺が逃げろと言ったら迷わず逃げるんだよ?」
「はい」
これでリーサに何かあったらエアクリフォに申し訳が立たないし、エロッチにだって顔向けできない。
サンダーソード……頼んだぞ。
俺が意識を込めてサンダーソードに触れる。
サンダーソードは俺が戦いを決意した時から変わらず輝きを宿したままな気がした。
「あの……さらっととんでもない魔物に挑むと聞いたんですけど」
「死にますよ!」
レナさんとアルフレッドがここで異議を申し立てる。
「まあまあレナ、ここはチドリ殿を信じるのじゃ」
「お爺ちゃん! だけど……」
「確かに誰が聞いても無謀としか答えん程の相手じゃ。じゃが、チドリ殿には実績がある。しかも頼りになる仲間を連れておる。チドリ殿が引き際をわからん程度の冒険者に見えるかの? そんな物はここしばらくの間、イストラの街で依頼を受けておる姿でわかるじゃろ」
「話じゃクリスタルホーンバイソンを当然のように倒して帰って来たって聞きましたけど……」
「そういう事じゃ。チドリ殿……行くのは良いが絶対に生きて帰って来るのじゃぞ」
「当然です」
俺は無謀な突撃をする気は毛頭ない。
デスペインの行軍の時だって足止めをして撤退をするのが目的だったけど、思ったよりも戦えたからそのまま押し切ってしまったに過ぎない。
敵わないと思ったら即時撤退だ。
「ルーフェ、今のお前ならみんなを連れて逃げられるな?」
「ルルン!」
空からイストラの街近くまで移動するのに大して時間が掛らなかった。
ブレイスリザードがどんな攻撃をしてくるのかの情報は仕入れるが、逃げるだけの時間くらいは十分に稼いでみせる。




