調査記録
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リーサちゃん達の魔術学園の入学試験が終わった翌日の夕方。
私は孤児院に寄ってから屋敷に戻り、お爺ちゃんに帰ってきた事を報告しようとお爺ちゃんの部屋の扉をノックする。
「お爺ちゃん、ただいま帰りました」
「おお……レナか、入りなさい」
「はい」
お爺ちゃんは忙しい時は挨拶をするだけで私は部屋に戻る事の方が多い。
けれど今日は部屋に入っても良いみたい。
私は扉を開けて中に入ると……どうやらお爺ちゃんに来客が来ているようだった。
「あ、いらっしゃいませ」
「うむ……失礼している。えーっと」
「ワシの孫娘のレナじゃ」
「ああ、そうでしたか。レナ嬢、俺……私はホルツと申します」
少しばかりぎこちない様な、慣れない事をしているように感じる言い回しで来客の方……30代前半くらいの体付きの良さそうな戦士らしき方が挨拶をしてくれます。
貫禄のある、チドリさんとも異なる武骨な感じの方です。
「少しばかりシュタイナー殿に報告をしている最中でしてね」
どうやらこのホルツさんという方は来たばかりみたい。
「あんまり緊張しなくて良いぞ? ワシも冒険者は元より、戦士業に身を置く者への理解はあるつもりじゃ」
お爺ちゃんが緊張しないようにと気さくな様子で語りかける。
立場の違いもあって、昔から魔法使いと戦士の仲はあまり良いとは言えない。
最前線で肉体を使って戦う者と後方で魔法を使って戦う者では、どうしても意見が食い違ってしまう。
そうは言っても練度の高いパーティーは前衛と後衛の理解がしっかりしている。
お爺ちゃんみたいな魔法使いや熟練の戦士ともなれば、職業間のいざこざが如何に無駄な事であるのかを理解している場合が多い。
きっとこの方もそういう方なのでしょう。
「一応、ギルドからの通達でもあるのですが……わかった」
「うむ。レナ、彼には別途で用事があるのじゃがの、他にも聞いておきたい事があるのでついでに頼んだ事を報告に来てもらったのじゃ」
「ついでに? なんですか?」
「それはもちろん、チドリ殿達の事じゃよ」
ドクンと私の心臓が鼓動を強く打った様な気がした。
お爺ちゃんがチドリさん達の事を気にするのは当然の理由が山ほどある。
一番の理由は……間違いなくデスペインの行軍を単独で突破する程の強さからだ。
その前は肩凝りを治してくれた事が気に入った一番の理由だったのは分かる。
そんなお爺ちゃんはギルドなどのいろんな機関を使ってチドリさん達がどのような経緯を持って私達と出会ったのかを改めて調査を出していた。
あんまりそういった事に興味を持たないお爺ちゃんだけど、さすがにデスペインの行軍を止め、その黒幕を討伐するなんて偉業を当たり前のようにやり遂げたチドリさんの事が気にならないはずはなかった。
「では話をしてくれんかの?」
「……とは言っても、総合ギルドは元より近隣の町村など、いろんな所から足取りを探しても、ある地点からしか掴めていないんだがな」
武骨な感じでホルツさんは答える。
「モークディ地方ラング村近隣にある、その地を司る神の座に居た邪悪な魔物マッドスクリームオクトパスを討伐し、邪悪な勢力に封印されていた水龍エアクリフォを解放した。そして生贄として育てられ、差し出されていたリーサ=エルイレアを助けた所からしか足取りは掴めていない」
それはリーサちゃんとも繋がる話だった。
私はここで納得をしてしまった。
リーサちゃんがなんでチドリさんの事をあんなにも慕っているのかを。
まるで英雄譚に出てくる英雄みたいにチドリさんがピンチのリーサちゃんを助け、生まれ故郷の村から連れ出してくれたって事なのね。
ちょっと羨ましいと思うと同時に、リーサちゃんの事を不憫に思う。
凄く良い子だから、幸せになってほしいし、力になりたい。
私も出来る限りリーサちゃんと仲良くなりたいと思ってしまう。
同時にチドリさんがリーサちゃんを大事にしている理由もわかってしまった。
……ちょっとこんな方法で過去を知るのは卑怯だと罪悪感が湧いてくる。
「なるほどのう……何かあるとは思っておったが……あの二人にそのような事情があったのじゃな。じゃが、それよりも前の足取りは不明と……」
「ああ、どこの田舎から来たのかと思ってはいたが、本当に足取りが掴めない。近隣の町村でも聞き込みを行ったが、それらしい人物の話は全く無かった」
ここまで来ると不思議に感じてしまう。
チドリさんという人がどんな人柄なのか知っている私でもわからなくなる。
「アレだけの強さと身のこなし、世間知らずを装っているが熟練の冒険者を感じさせる振る舞い。何より目立つあの剣だ。情報が出てこない方が不自然なんだがな……頼まれた情報は本当に見つからなかった」
「話によるとラルガー流という流派を扱う様なんじゃが……」
この辺りでは見ない剣術を使う、とアルフレッドも言っていた。
如何せん雷を放つ剣に目が行くけれど、アルフレッド曰く剣術の腕前も相当であるらしい。
「俺もこの道に長い方だが知らない流派だ。連絡の取れるギルド内でも調べたが、聞かない流派だった。我流、あるいは一子相伝の希少流派かなんかだと思うが……」
「ふむ……」
知れば知るほどチドリさんの正体がわからない事になってしまっている。
リーサちゃんの身元はわかるのにチドリさんの事はまるでわからないと言うのも不思議。
確かに遠く旅をしている冒険者や出身がわからないって話はこの界隈では沢山ある。
けれど、それでも西から来たとか北から来たとか、痕跡を辿ればどの辺りから来たのかわかる。
そのはずなのにチドリさんはリーサちゃんを助けた所からしか痕跡を辿れないなんて……。
どうしたってあの雷を放つ珍しい剣を持って戦う姿は印象深く残るはず。
凄く大切にしているのは私でもわかる。
そう……チドリさんの事を考えているとちょっと顔が赤くなってきてしまう気がする。
……。
お爺ちゃんはとても気さくで人望も厚く、魔法使いとしての実績、冒険者としての経歴もある立派な大魔導師だ。
私は少しでもお爺ちゃんに近づける様にがんばっていたけれど、この前まで足元にも及ばないと諦めていた。
魔術学園に入学し、沢山の魔法の詠唱文を暗記して、魔力を上げる魔法の訓練をしていた。
けれど結果は芳しくなく……薬草学や錬金術、弓とかの方が成績がよくて、それでも魔法使いに成りたくて悩んでいた。
そんな時、チドリさんが私にお爺ちゃんの肩凝りが取った電気マッサージという雷魔法を使った技術を行ってくれた。
あれからだ。
私の体の中からポカポカと不思議な力……魔力だと私が認識する力が溢れてくるようになり、魔法が思った通りに使えるようになったのは。
チドリさんが言っていた魔法に効くツボを使ったお陰だと、私は思っている。
涙が出るほど嬉しかったし……チドリさんから視線が放せない。
ありがとうって気持ちが溢れて来て、顔が赤くなってしまう。
「ほっほっほ」
「お爺ちゃん?」
「いやなんじゃ、まあ、がんばるのじゃぞ」
「何を言っているんですか?」
「ほっほっほ」
ホルツさんが私とお爺ちゃんのやり取りを見て少し眉を寄せている。
「とにかく、頼まれた話はこれくらいしか答えようがない。むしろ本人に問いただした方が早いんじゃないか?」
「お爺ちゃん、チドリさんに直接聞いてみてはどうですか?」
「そこはどうも曖昧に誤魔化されてしまうんじゃ。さりげなく聞いても苦笑いをしてのう。どちらにしてもあの様な活躍をするチドリ殿にはワシも相応に応えねばならん」
チドリさんは私達と同行してダンジョン探索の協力をしてくれて、そのあと孤児院のみんなとリーサちゃんを連れ去った魔物を討伐、その背後に居たデスペインの群れを率いて今まで人々に死を振り撒いていた邪悪な魔物まで倒してくれた。
……あの時の事は今でも覚えている。
地平を埋め尽くさんとばかりに行軍する巨大なデスペインの大群……あの大群がイストラの街に来ていたら、きっと避難誘導は出来たとしても生半可な被害では済まなかったはず。
過去にデスペインの大群に滅ぼされた街や都市、国の話が語られている。
恐怖の災害をチドリさんは足止めをしに行くと言って……デスペインを全滅させて平然とした表情で帰ってきた。
あの時の戦いは遠くからでも私の目に焼き付いている。
漆黒の死の軍団に降り注ぐ無数の雷、その雷の後に紫色の光が走ったかと思うと空へと昇っていく雷の姿を……。
まるで雷が人の形となって人々を救おうとしているような人としか言いようがない。
普段の優しげな様子とは全く想像できないし、街の人達も話半分って様子でチドリさんと接している。
英雄ってもっと雄々しい人なんじゃないかって思ってしまう。
なのに普段のチドリさんは温和で、持っている剣を大切にしているってだけの気の良い冒険者にしか見えない。
デスペインの行軍の中にいる黒幕の魔物を倒せば、デスペインは全滅する。
運が良かったと言えなくはないけれど……少なくともそれを知っていても実践できるのか、と私は疑問に思う。
何より、あの時点でのチドリさんがそれを知っていた訳じゃない。
チドリさんは殺される事を覚悟でデスペインに挑んだのだから。
「何から何まで謎の男ってのは間違いないみたいだな。ただ言えるのは、世間知らずってのは間違いない。ギルドのルールはよく知らない感じだった」
「一番恐ろしいのは知らない事を知らない事じゃよ。それをチドリ殿は理解しておる。じゃからリーサ殿がチドリ殿がわからず目立ってしまう所を補佐しておるのじゃろう」
ああ、やっぱりそうよね。
なんとなくチドリさんがよくわからないって顔をしている所にリーサちゃんが何かを尋ねる時があった。
リーサちゃんなら事情を知っているとは思う。
いつか二人……今はドラゴンウォーリアーのルーフェネットがいるから二人と一匹が私達に教えてくれる日が来るのかな?
ただ、なんだろう。なんとなくだけど思う。
「……信じてはくれているけれど、お爺ちゃんが有名人だから話せないだけだったりしてね」
チドリさんならありそう。
なんとなくでしかないけどね。
「権力を面倒くさがるってのはわかるな。アンタに気に入られるってのはそれだけ厄介事を招く可能性ってのがあるからな」
ホルツさんが頷いてくれる。
「かもしれんのう。聞いた感じの誤魔化し方に深い事情らしき物は感じられんしの」
お爺ちゃんも納得して頷く。
「とにかく、伝えに来てくれて助かったわい」
「挨拶ついでだからな。こちらとしてもこれからよろしく頼む」
「うむ」
と言った様子でその後もお爺ちゃんとホルツさんは話をし、ホルツさんは話を終えて屋敷を後にしたのでした。
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