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距離感

 叫び声を聞きつけて恐る恐るって感じで周囲の人が集まってきて遠巻きに見てる。


「ルルン」


 事の元凶はそこで親しげに手を振って笑っているみたいだけど……威嚇しているようにも見えるのではないだろうか。


「あー……ルーフェ、あいさつ回りは良いから庭の方で草むしりとか寝床の確保をしておいてくれないか?」

「ワカッタ。ルーフェ、チドリとのスのジュンビする」


 その言い回しは何なんだ?

 押し掛け女房にでもなったつもりなのかと疑問が浮かんでくる。

 ともかく、新居に来て早々に起こった事件はどうにか収まりを見せる事になったようだった。

 尚、後日近所の主婦達はルーフェに害がない事を理解したらしく、ルーフェを交えて井戸端会議をしている光景を目撃するのは蛇足か。

 魔術学園のある冒険者の街でもあるイストラの懐は思いのほか深いのかもしれない。


 なんて出来事を尻目に引っ越しの掃除を俺達は再開。

 まあ、リーサは水の魔法が使えるので、掃除用具を濡らして綺麗に床を磨くとかは朝飯前だった。

 元々村でもこの手の仕事はやっていたらしい。

 幼いのに本当に頑張り屋だね。

 ルーフェが真似して工房の掃除をしようとしていたが、器用さは無いのか上手く掃除を出来ずに尻尾が大釜にクリーンヒットして工房内を転がしてしまっていた。


「チドリさーん!」


 そんな騒がしい所で来客の声が聞こえてくる。


「うわ! 噂通りドラゴンがいるー!」

「ルルーン!」

「こんにちは!」

「コンニチは!」

「あ、喋ったー!」


 キャッキャ! と、楽しげな声がしたのでリーサと一緒に家を出ると……今度は孤児院の子供達が来ていた。

 あんな事があったばかりだが、元気そうだ。


「あ、チドリさん、レナさんから聞いてきたよ」

「何か手伝える事はない?」

「お礼がしたくって」


 おお、なんかたくましい感じの孤児達だと思っていたけれど、わざわざ手伝いをしに来てくれるとは、ありがたいかな?


「じゃあ掃除の手伝いをお願い。それと……ルーフェの遊び相手になってあげてよ」

「ルルーン!」

「おお……大丈夫なのかー?」

「ルーフェ、きけんじゃない。ルルー」

「あはは! 面白い奴ー!」


 ワキワキと片手をあげて挨拶をするルーフェに孤児たちは笑顔で応答し、家の掃除の手伝いをしてくれた。

 それなりに広い家で、数日はかかるだろうと思っていた掃除がアッサリと終わった。


「じゃあまたなー」

「じゃあねー」

「今度菜園に使えそうな薬草とか持っていくねー」


 なんて感じで孤児達も挨拶を終えて帰っていく。


「ああ、またねー」


 そんなこんなで日が沈み、夜になってしまった。

 思いのほか作業は捗ったけれど、一日が終わってしまった感じがしてくるな。


「もう夜か」

「チドリ、リーサ、ごはんたべる? さっきのコたちにもアゲタ」


 ルーフェが庭で……肉に火の息を吹きかけて焼いている。

 ああ、そういえば君は火を吐けるんだっけ?

 ぱちぱちと雑草を焼いているのか街の中なのにキャンプ気分になりそう。

 気持ちは受け取って上げるべきかな?


「じゃあ少しもらおうかな」

「……」


 リーサはルーフェが焼いて、俺が切り分けた肉を黙々と食べていた。


「ルルー……ン」


 なんかルーフェもリーサの反応が良くないのを察したのか困った顔をしているような気がする。


「アジ、どう?」

「んー……凄く豪快だね」


 焼いた魔物の肉って感じで、俺がリーサに食べさせた物とあんまり違いはない。

 一応、良い所の肉を使っているんだろうってのはわかるし、血抜きもしているっぽいので生臭さは多少緩和されている。


「ルルン! もっとガンバル」


 いや、別にがんばらなくても良いんだけど。

 そう思ったけれど、頑張りを無駄だと言うのは悪い気がしたので流すことにした。

 で、その後、家の中に入ってから俺は事前に用意していたパンを切ったりして保存食のハムを挟んでサンドイッチにしてリーサに渡す。


「ルルーン」


 庭でルーフェの楽しげな声が聞こえてくる。

 そんな声を尻目に俺達は室内の、ルーフェが見る事も入ることもできない場所でリーサと話をする。


「……ルーフェの事が嫌かい?」


 今日だけでもちょっと困った出来事は何度もあった。

 その度にリーサが無表情だけど渋い顔をしているような気がした。

 嫌がっているのかもしれないと思って尋ねてみたのだ。

 するとリーサは頭を横に振り、違うと意思表示をする。


「悪い魔物じゃない。凄くやさしい……」


 どうやらリーサはルーフェの事を悪く思っている訳ではないようだ。

 嫌っていると言う訳でもないみたいだし、では……やっぱり絡んでくる事が嫌なのかな?


「……どう相手をしたらいいのかわかんない」


 ああ、なるほど。

 あそこまで親しげにリーサに接して来る相手だから距離が掴みづらいのか。

 なんとなくリーサらしいと思った。

 後、少しだけ安心した。


「あれ? でもレナさんとかシュタイナー氏とは上手くやっているよね?」

「レナさんやシュタイナーお爺さんより近寄ろうとしてくる」


 確かに言われてみればルーフェはリーサの事を気に入っているのか、俺と同じくらいじゃれているように見える。

 いや、あの様子はなんていうか……子供を守る親みたいな感じに見えなくもない。


 元々リーサは親が早く死んで義理の親に生贄として育てられた訳だから、距離感があるのが当たり前なんだろう。

 甘え方をよくわかっていない節がある。

 そんな状況の子だから、今までにないくらい凄く親しげに近寄ってくるルーフェにどう接したらいいのかわからないのか。

 だから嫌いじゃないけど苦手って感じでじっとしていたのか。


 魔物とかそんなのは関係ないんだろうなぁ。

 傷つけないように気を使っていたんだろうし。


「悲しませたくない」


 うん、リーサは良い子だな。


「そうだね。いきなりは難しくても少しずつ仲良くして行こう」

「ただ……チドリさんにじゃれるのは少し嫌」


 おおう……。

 美少女に言われるとときめいてしまう様な事を言うなぁ。

 女の子に言われてみたい言葉を掠めている。

 ルーフェに少し嫉妬もしているのかな?

 なんとなく笑みが浮かんできてしまいそうだ。

 ちょっと話題を逸らして行こうかな?


「えっと……そろそろ入学試験だね」

「うん……」


 ちなみにシュタイナー氏の懇意もあって、俺は魔術学園の臨時警備員として雇用されている。

 自由に学園内に入る事が出来るのだ。

 勤めれば給金も出るそうで、本当にシュタイナー氏には頭が上がらないな。


「じゃあ必要な物を買わないとね」

「……」


 リーサは黙りこんでしまった。

 一体どうしたんだろうか?


「買って……落ちたらどうしよう」

「それは……大丈夫だって。レナさんやシュタイナー氏も言っていたじゃないか。リーサなら間違いなく合格だって」


 一応、入学試験があるらしい。

 学園が支給した品々を使って色々と試すんだとか。

 読み書きができなくても応答でどうにかなった例もあるそうで、割と入学に関しては寛大なんだそうだ。

 魔力が高い場合、現時点で魔法が使えなくても入学出来る事もあるとか。

 シュタイナー氏曰く、俺でも入学出来るらしい。

 その点、リーサは入学前に魔法が使えるし、読み書きも出来る。

 落ちる要素の方が少ない。


「……」


 けど、入学前に色々と買い込むのはリーサに取って重圧になってしまいそうな雰囲気だ。


「わかったよ。合格してから買おう」


 ここで何かご褒美をチラつかせるのは余計なプレッシャーを与えかねない。

 だから曖昧にしていこう。


「はい。がんばります。じゃあ……勉強……」


 そう言ってリーサは食事を終えて、立ち上がる。

 やがて何かを思い出したのか、静かに言った。


「チドリさん」

「なに?」

「ルーフェにアレをしないの?」

「アレって……アレの事か?」


 リーサはコクリと頷く。

 電気マッサージをやるのか? この街で?

 ご近所にルーフェの妙な声が響き渡る事になってしまうんだぞ?

 世間体とか大丈夫なのだろうか?


 いや、そうじゃなくって!

 俺の仲間としてがんばるのだから、相応にルーフェの事を確認って言いたいのだとは思う。


 ……リーサもかなり無茶ぶりするなぁ。

 別に仲間になる通過儀礼じゃないんだよ?

 リーサなりの信頼って事で良いんだろうか?

 不安だ。


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