新居
そうして翌日の事。
朝食の後に俺達はシュタイナー氏と業者の人と一緒に魔法学園から少し離れた丘の上にある大きめの家に案内された。
庭がそこそこある、洒落た感じの二階建ての家だ。
入口の扉が大きく、ルーフェも屈んで扉をくぐれば中に入れる感じ。
で、広間……だと思った部屋の奥にはなんか大釜が置かれた釜戸がある。
その近くには本棚があり、左右の部屋へと続く扉があるみたいだ。
これは工房って感じじゃないか?
錬金術とか魔法使いの家的な感じがする。
若干埃っぽい。
人がいなくてそこそこの時間が経った事を感じさせる。
「ここはある錬金術師と言うか奇妙な技術者が建てた家でございまして、日当たりも良好。広さもあり、部屋数も十分にあります。それに今回のように大型の魔物もこの部屋までなら収容出来ますので、住むには良いかと思います」
業者の人が色々と説明してくれる。
部屋の扉を開けると室内は若干うす暗い。
「こちらは倉庫となっております。調合などに使う品々をすぐに取り出せるように工房に隣接している形です」
隣の部屋は倉庫っと……確かに殺風景な部屋だ。
工房の方を見ると、大釜の隣になんか箱と言うか……冷蔵庫っぽい場所がある。
「この工房には目玉として食材を冷やす魔道具が設置されています。いつでも冷えた食べ物などを用意できます。他、こちらのコックを上下する事で井戸から水を汲み上げて出す事も出来ます。相当のこだわりを持って作られた家です」
ここぞとばかりに業者の人がシュタイナー氏の視線を気にしながらアピールしてくる。
権力者が後見人だと対応が凄いな。
これが流れの冒険者だったら、もっと冷めた反応だろう。
「なるほどね……で、ここの前の住人は?」
随分と技術的に凄いものがちりばめられている気がする。
「ある日、行方不明になったとの事でして……よくある話ですね」
冒険者をやっていると気が付いたら見なくなった、なんて話は当然の様に存在する。
俺も異世界での生活に慣れてしまっているので、この辺りの感覚は特に気にならない。
何より、前の異世界ではそんな感じの家に平然と住んでいた仲間とかいるし。
俺も気にしてたら始まらないって思っていた。
「ルルン?」
俺達が家の奥、厨房とかいろんな室内を見渡しているとルーフェが外から回り込んで窓から覗き込んで来る。
なんかちょっと可愛いと思ってしまった。
換気も問題はなさそうだし、暖炉もある。
換気ダクトっぽいのもあるし……魔法学園への便も悪くないし、住むには問題なさそうだ。
家具も備え付けの物が多い。
さすがにベッドなんかは色々と用意しないといけないけど、すぐに住み始めても問題はなさそうだ。
「リーサ、どうだい?」
「チドリさんは?」
「俺は問題ないと思うよ。日当たりも換気も良さそうだし、なんで空家って位だね」
「それはもちろん、少々お高めの家賃になるためでして……シュタイナー様が御好意を抱く、紫電の剣士様程の偉業が無ければ安くは提供出来ない次第です」
あー……つまり俺の活躍もあって安く提供してくれているって事なのか。
重圧が重いなぁ。
ただ、設備は良い。いや、良過ぎるくらいだ。
今までいろんな所に住んでいたけれど、その中でも上から数えられる程、良い家だと思う。
何より水道完備は助かる。
シュタイナー氏の屋敷は屋敷で色々と良かったけど……。
「本当に安く住まわせてもらって良いんですか?」
「もちろんじゃ。チドリ殿には色々と助けてもらったのう」
シュタイナー氏からの後押しまである。
「じゃあ、ここにします」
「何か問題があったら言うのじゃぞ。別の物件をすぐに用意させる」
「何から何までありがとうございます」
「それはこちらのセリフじゃ。ほっほっほ、むしろチドリ殿、定期的にワシの肩の様子を見てもらえんか?」
シュタイナー氏、俺をマッサージ師として優遇している疑惑が晴れない。
ともかく、経緯はどうあれ、イストラの街における俺達の家はこうして決まったのだった。
そして工房のある部屋に戻った俺達が見た物は……。
「チドリさん」
「ルルルン!」
またも丸まってリーサにじゃれているルーフェの姿だ。
親しみを覚えるのは良いけれど、リーサが困っている事を察してもらいたい。
そんな訳で俺達は即日入居を決めて家の軽い清掃及び、寝具などの準備をした。
そこそこ金が張るはずなのだけど、入居祝いって事でシュタイナー氏が用意してくれたんだっけ。
何から何まで優遇して貰って頭が上がらないなぁ。
あ、ルーフェは庭の方で寝て貰うことに決まった。
庭を薬草類を育てる菜園にしても良いみたいだし、なんとなく新生活に心が躍る。
「キャアアアア!?」
なんて所でご近所から悲鳴が聞こえてきた。
「なんだ!?」
「どうしたの!?」
一体どうしたのかと思ってリーサと一緒に家から飛び出して声の方へと行くと……。
「ルルン?」
「あ、あああああ……」
お隣さんの家の扉を前にルーフェが首を傾げて家の中を見ている。
……お隣さんらしき主婦っぽい人は扉の前で腰を抜かしているようだった。
何をしているんだ?
「きょうから、おとナリ! コレ、さしいれ! ワタシ、ルーフェ、よろしく!」
と……なんかルーフェが自身が狩って手に入れたらしき処理済みの肉を包んだ物を渡そうとしている。
が、主婦は混乱しているのか一歩でも遠くへと行こうと腰が抜けたまま後ろに下がろうとしてる。
「ルーフェ」
「ルルン? チドリ!」
「何をしているんだ?」
「ヒッコシのあいさつ! コレカラ、おせわにナル!」
……なんていうか、考えは非常に理解できる。
ルーフェなりに俺達の生活を良くしようという努力もね。
所謂、近所付き合いという奴だろうか。
ただ……なんていうか色々と問題があるとしか言いようがない。
来客が来たから出たら見上げるくらいのドラゴンウォーリアーが出てきたらそりゃあ驚くだろう。
「……」
さすがのリーサも同情と言うか複雑な目を向けている。
「ルーフェ、ちょっと下がって」
「ルルン?」
俺の言葉にルーフェは若干首を傾げつつ下がる。
そうして俺は腰を抜かし、混乱している主婦に声を掛ける。
「驚かせてしまって申し訳ありません。って……大丈夫ですか?」
「あ、あああ……あ、は、はい」
お? 思ったよりも我に返るのが早いな。
このまま『イヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』とか叫ばれて逃げられるかとも思っていた。
「あの子は俺が飼っている魔物でして、あの子なりにご近所付き合いをしたいと思って驚かせてしまったようでして……本当に申し訳ありません」
手を差し出すと主婦は呼吸を整えつつ手を伸ばしてきたので立たせる。
「なんか隣の空家が騒がしくて妙な声も混じっているから心構えはしていたのですが、いきなりで驚きました」
「驚くだけなんですね」
「まあ、イストラですからね。妙な事だってあるでしょう」
おや? どうやらこの程度じゃパニックになるほどじゃないってことか。
魔術学園からも近いし、冒険者もいるわけだし、ある程度馴れはあるようだ。
「ルルン!」
ルーフェが引っ越し祝い用の肉をプッシュしてくる。
「お気持ちは受け取りました……ええ、今度は驚かせないようにしてください」
「チドリやリーサがおセワになるかもしれませんガ、コンゴともヨクしてクダサイ」
……なんで妻とかその辺りの人物が近所の人に言うようなセリフを言っているのか激しく指摘したい。
原因は君なんだよ?
「……」
「まー……確か昨日、イストラに入ってきたドラゴンウォーリアーがいるって噂があったけど……」
主婦がルーフェを指差して俺に尋ねる。
「はい。お隣になるので出来ればよろしくお願いします」
すると主婦は遠い顔をしてため息を漏らす。
「引っ越しか……」
あ、これはご近所はさすがに困るって意味なのか引っ越しを視野に入れる態度だ。
本当に申し訳ない!
けど、さすがに俺達もシュタイナー氏の屋敷にいつまでも甘えるのが憚られるし。
「と、ともかくありがとうございます。近所の方々に話は通しておくので……」




