ライブモット
ザーヴェの森に到着した。
日は完全に沈んでおり、夜の闇が周囲を覆っている。
一応松明を片手に俺達は馬から降りて森の中へと歩みを進める。
雨上がりとかだと泥濘とかあって足跡の痕跡をしやすいんだけど、生憎とそう都合よくは出来ていない。
ただ……冒険者が魔物と戦った痕跡などは必ず残るのでそう言った後や、不自然に抜かれた草などを参考に森の中を探す事にする。
「レナさんはザーヴェの森には来た事はあるのですか?」
「ええ、イストラの町に住んでいる者で冒険者や魔法使いを目指す者は必ず来た事がある場所です」
となると人の出入りもそれなりにある森って事か……今の所リーサ達の足取りと確証が言える物は何一つ見つかっていない。
どこかで盗賊や人攫いにさらわれたとなると洒落にならないぞ。
目を放すんじゃなかった……。
俺とリーサの接点は、異世界に来て最初に会った相手ってだけかもしれない。
けど、俺を尊敬してくれてがんばっているからこそ、俺もリーサの為に色々としてあげたくなったんだ。
そんなリーサが俺無しで何かをやり遂げたいとしたのだから見送った……この考えは間違いなのか?
負の考えは置いておこう。
全て事が片付いてからでも遅くは無い。
リーサ達の日程はなんだった?
まずは森に向かう、現地に着いたら採取と魔物退治をしてキャンプ……翌日も森の中を探索してその日の内に帰還するんだった。
なら、どこで予想外の事が起こったのかを、目印にする。
「キャンプ跡を探しましょう。足跡を探すよりも早いはずです」
「ええ」
しかし……松明の明かりだけじゃちょっと探すのが不安だな。
俺はサンダーソードを手に持って光りを意識する。
するとパチパチとサンダーソードが淡く発光し、明かりとなる。
「魔物がいつ飛びだして来るかわかりませんが行きましょう」
「はい」
俺はサバイバル知識も経験もある……落ちつけ。
リーサ達の足取りを追って早く見つけないと。
そうして森の中を俺達は注意深く進んで行く。
……
…………
………………?
「妙だ」
しばらく森の中を進んでいた俺は森の中を歩いて違和感に気付いた。
「どうかしました?」
「この森、静かすぎませんか?」
「そう言えば……」
今まで野宿をしていたら動物……魔物の鳴き声とか木々のさざめきとか色々と物音が耳に入る。
もちろんさざめきや風の音は耳に入るのだが、虫や鳥の声が微塵も聞こえないのは幾らなんでもおかしい。
そして、俺の技術は未熟かもしれないけれど周囲にその手の気配が一切ない。
ここまで不自然な状況は過去に覚えがある。
前の異世界で不吉な事が起こる時はいつもこんな感じだった。
「これは本当に何か危険な事が起こっているのかもしれない」
「正直……見知った森のはずなのに凄く不気味に感じてきました。夜の森ってここまで不気味でしたっけ?」
レナさんもシュタイナー氏との旅を経験しているからか経験はそれなりにあるだろう。
それでも感じるこの不気味な静寂……。
「リーサ! アルフレッドー! みんなー!」
どちらにしても警戒しながら俺達は藪を掻き分け、森の奥へ奥へと進んで行った。
そこで開けた場所に……焚火の跡らしき残骸と無数の……なんだ? この足跡は。
人の足跡じゃない。
大型犬並みの足跡が無数に焚火の跡の周りにある。
……ぬかるんだ跡も発見。
そして……リーサの持っていたレナさんから借りた杖や孤児たちが持っていた武器が転がっていた。
アルフレッドの剣や兜なんかも一緒だ。
「これは……」
ぬかるんだ跡以外に争った痕跡は確認出来ない。
リーサ達が抵抗する暇も無くこの魔物の群れに襲われたって事か?
イヤな汗が全身から滲んで来る。
「そんな、リーサちゃん……みんな……」
「まだそうと決まった訳じゃない」
さすがに魔物の襲撃で一網打尽にされたのならば骨や……があってもおかしくない。
けれど、血痕や骨などは微塵も転がっていない。
ぼんやりと淡く俺の視界に足跡が続く先が見えて来る。
かなりの量が森の奥へと続いていた。
サバイバル技能が機能したって事なのかもしれない。
「後は……」
無数の足跡の中に他の足跡よりも大きな物があるのに気付く。
そっと……小さく息を殺して呼吸音が聞こえた。
少なくとも人はこんな声を出さない。
「誰だ! そこに居るのは!」
念の為リーサ達である可能性を考えて声を出す。
が、音の主はこちらの声に応じずに動く様子が無い。
松明とサンダーソードの明かりがあるはずなのでリーサ達では無いと自然と答えが出て来る。
盗賊? 追って来たシュタイナー氏や冒険者?
いや、さすがにそれは無いだろう。
俺はサンダーソードを向けて、隠れているであろう場所に雷を落とす。
轟音と共に雷が降り注いだ。
「ヂュ!?」
雷が隠れていた魔物に降り注ぐ。
どうやらそこまで強い魔物では無い様でサンダーソードの一振りで仕留める事が出来た様だ。
俺はレナさんと一緒に仕留めた魔物のへと近寄る。
そこに感電死していたのは……猫くらいの大きさのネズミの様な魔物だった。
ただ、モルモットみたいなネズミだな。
ドブネズミとかああ言うのとは少し異なる形状をしている。
前に居た異世界でも似た様な魔物がいたっけ、下水道とかで戦った覚えがあるが、幾分か可愛げがある見た目か。
足を確認するとどうやらこのキャンプ地を襲撃したらしき魔物はこの魔物で間違いない様だ。
「これは……ライブモットですね」
どうやらレナさんが知っている魔物であるようだ。
「この魔物が群れでリーサ達を襲ったって事で良いのでしょうか?」
「おそらくはそうでしょうけど……ライブモットが群れるなんて滅多に無いはずなんです」
「けど群れていた。しかも足跡に紛れていますけど、何か別の魔物も混じっていますね」
俺は無数のネズミの足跡に紛れてある似た大きな足跡を指差す。
「ライブモットを指揮する魔物と見るのが良いかもしれない」
「そんな魔物が……ライブモットを使役や飼い慣らすなんて難しいのに……そもそもこの辺りにライブモットが生息しているなんて初耳です」
「そうなんですか? さすがにそこまでは知らないので……」
「ええ……それに、チドリさんは知らないのですか?」
何を? と聞くのは非常に危険だ。
この世界の常識を俺が知らないのは余計な疑いを持たれかねない。
けれど、俺は知っているけど、違っていて欲しいと思っている風にして尋ねる事にした。
「そ、それは……な、何をですか?」
俺自身からしても白々しい。
「ライブモットが何かしらの条件で群れを作り、死に行くデスペインに変異するんです」
それはイストラに来るまでの間に見た惨劇の跡、死の行軍と呼ばれる魔物の変異前の亡骸がここに転がっている。
状況がどんどん悪い方向に進んでいる事を、俺に叩きつけるのだった。
「ただ……ライブモットはデスペインになるまでは毒や病なんて持っていない魔物のはずなんです。知能もそこまで高くないですし、群れて人を連れ去るなんて……」
「急いでこの足跡を追いかけましょう! 痕跡は俺が追います」
「わかりました。チドリさんは狩人の経験もあるみたいですね。それなら安心です」
リーサ達の手がかりはこの足跡の主が握っている。
他にも何らかの方法を以てリーサ達を捕まえた可能性は高い。
そして敵の目的が未知数だ。
一体何が起こっているのかを把握し、一刻も早くリーサ達を助けなくてはいけない!
「痕跡からしてデスペインに遭遇する事は無いと思いますが、十分に注意してくださいね」
「ええ! 行きましょう!」
俺達は宵闇の中を足跡をたどる様に走り出したのだ。




