096 報告の翌朝
ちょっともたつき気味なので、冒険が開始する第98話まで連日投稿することにしました。
「はよ、ダンジョン潜れや」という方は土曜日までお待ちくださいm(_ _)m
翌朝、いつもより少し遅い時間に起き出した。
リビングに向かうと、すでに起きていたシンシアがお茶を飲んでくつろいでいた。
俺を待っていてくれたようだ。
「おはよう」
「おはよう、すごい目のクマよ」
「ああ……」
「でも、吹っ切れたみたいね」
「ああ、なんとか消化したよ。もう過ぎたことだと割り切った」
シンシアに笑顔を向ける。
違和感なく笑うことができた。
「ご飯食べる?」
「ああ、いただこう」
「ここ、スゴいわよ。食料品もひと通りそろってるの。まるで高級レストランみたいよ」
「へえ、それは凄い」
「用意しちゃうわね」
俺を気遣ってだろう、シンシアはいつもより少し大げさに喜んでいる。
その心配りがありがたかった。
昨晩はあまり気に留めなかったが、広いリビングだ。
五人のフルパーティーで使っても広すぎるほど。
それに調度品も俺では価値が分からないほどの一級品ばかし。
やはり、ここは貴賓向けのゲストハウスなんだろう。
「はい、お待たせ。大したものじゃないけど」
「いや、嬉しいよ」
俺もシンシアも冒険者。
手の込んだ料理は作れないが、簡単なものであればサッとパッと作れる。
「うん。美味しいね」
サラダと焼いたソーセージだが、素材が良い。
下手なレストランよりも美味しく感じる。
「スープまでストックされてたわ」
「へえ、いたれりつくせりだね」
スープもパンも極上の味だった。
馬車旅の後なので、格別に感じる。
――食事を美味しく食べられるなら大丈夫だ。
ある先輩冒険者の言葉だ。
ダンジョンは過酷な環境。
身体は無事でも、精神が先に悲鳴をあげる。
本人でも気がつかないうちに。
心が元気じゃないと、食事を味わうどころではない。
昨日は衝撃を受けたけど、今はそれだけの余裕ができたってことだ。
シンシアの用意してくれた朝食をゆっくりと味わう。
そして、食事も終わり、シンシアがコーヒーを淹れてくれた。
なんと、この家には高級品であるコーヒーと、それを自動で淹れてくれる魔道具まであるのだ。
シンシアと向かい合い、コーヒーを傾けながら、俺は口を開いた。
「じゃあ、話すよ。『無窮の翼』になにが起こったか――」
俺が語り終えると、シンシアがそっと一言つぶやいた。
「そう。そんなことがあったのね」
「ああ、俺も驚いたよ」
「ラーズは大丈夫なの?」
シンシアが心配そうな表情を浮かべている。
そう、俺には心配してくれるパートナーがいるんだ。
俺のことで自分のことのように心配してくれる相手が。
「ああ、もう完全に吹っ切ったよ。ありがとう、シンシアのおかげだよ」
「あら? 私なにもしてないわよ」
「いや、隣にいてくれる。それだけで、なによりもありがたい」
「そっ、そう……」
ぽっと頬を赤らめて目を伏せる姿に、胸の奥がジンとなる。
今回の件をあっさりと割り切ることが出来たのは、シンシアのおかげが大きい。
その身ひとつで俺を追いかけて来てくれた。
すべてを失った俺について来てくれた。
隣に並んで、一緒に前を向いてくれる。
シンシアという現在があるからこそ、『無窮の翼』を過去に出来たのだ。
もし、俺が一人ぼっちだったら、こんなに簡単にはいかなかっただろう。
「ありがとう。シンシア」
「うっ、うん……」
「ねえ、ラーズ……」
「ん? なに?」
「あのね……えーとね……あのっ――」
シンシアが思い切ってなにかを切り出そうとした、その瞬間――。
「おはよーございまーす」
朝一番、悩みを一昨日に置いてきたような脳天気なロッテさんの声が広い家に響く。
「おはようございます」
「おはようございます……」
さっきまでとは急転して、絞り出されたシンシアの声は限りなく低かった。
「どうしたの、シンシア。大丈夫?」
「シンシアさん、大丈夫ですか?」
「いえ、別に……」
そう言いながらも、シンシアは肩を落とし落胆している。
「あれ、おジャマでした?」
「いえ、別に……」
シンシアはいったい、なにを言おうとしてたんだろうか?
まあ、ともあれ――。
「ロッテさんも座って。話したいことがある」
「はい、なんでしょう?」
ロッテさんがシンシアの隣に座ったのを確認し、俺は話し始める。
「シンシアに『無窮の翼』の事を話したよ」
「その様子だと、もう引きずっていないようですね」
「ああ、『無窮の翼』は俺にとってもう過去の存在だ。今の俺は『精霊の宿り木』のラーズだ」
「そうですか。安心しました」
さて、俺はシンシアに伝えなければならないことがある。
少し気が重いのだが……。
「さっき、ウルがレベル下がってこの街に来てることを話したでしょ?」
「ええ。まだ諦めていないのよね」
「実は、もう一人いるんだ、この街に来てるのが」
「えっ? 誰かしら?」
「ジェイソンだよ。シンシアの元パーティーリーダーのジェイソン。彼もこの街にいる」
「えっ……」
さすがにシンシアも驚いたようだ。
だが、すぐに表情が戻る。
「そう。でも、私にも関係ない話よ。今の私は『精霊の宿り木』のシンシアよ」
シンシアの強い視線を感じる。
俺と同じ未来を見ている視線だ。
「そうか、じゃあ、さっそく冒険に出かけよう」
「うんっ!」
シンシアは何を言おうとしてたんでしょう?
次回――『風流洞』




