029 火炎窟攻略1日目4:攻略を終えて
フレイム・オーガの死体はしばらくすると消滅し、後には赤く輝く魔石が残された。
ボスのドロップアイテムだ。
初回撃破時には魔石に加えて炎属性の敵に有効な武器や防具が人数分、それぞれのジョブに応じて貰うことができる。
しかし、俺もシンシアも既にフレイム・オーガを討伐済みなので、今回のドロップ品はこの赤い魔石だけだ。
直径2センチほどの赤い魔石は、サード・ダンジョンで得られる魔石に比べたらカスみたいなもの。
だけど、それでも今夜二人で豪華な食事を食べるくらいは可能だ。
俺は魔石をマジック・バッグに仕舞い込み、シンシアに話しかける。
「じゃあ、帰ろうか」
「ええ」
俺たちはボス部屋の最奥に進み、次層へと続く階段を下りていく。
もちろん、この階段は普段は魔法障壁で塞がれており、フレイム・オーガを倒さなければ進めないようになっている。ボスを回避して次層へ進むというズルは出来ないのだ。
10メートルほどの階段を下ると、そこは第11階層だ。
全ての階層に共通のことだが、階段脇にはチェックポイントがある。
当初の予定通り、俺たちはチェックポイント登録し、転移してダンジョンから帰還した――。
外に出ると日が暮れかけていた。
沈みかける夕日に赤く照らされた街並みに既視感を覚える。
ダンジョン入り口のそばには、行きと同じ管理官が相も変わらずやる気がなさそうに突っ立っていた。
「おう、アンタらか。お疲れさん。久々のファースト攻略はどうだった?」
「ああ、予定通り、フレイム・オーガを倒して来たよ」
「はっ?」
俺が赤い魔石を見せつけると、管理官は大きく目を見開いた。
「じゃあな」
「さよならです」
ポカンと口を開けて固まる管理官に背を向け、俺とシンシアは歩き出した。
管理官は俺たちがチェックポイントへ転移できないことを知っている。
なにせ、俺たちのチェックポイント登録記録を消去した本人なのだ。
俺たちがたった四時間で第10階層まで駆け抜け、フレイム・オーガを倒してきたという事実を受け入れられずにいるんだろう。
「びっくりしてたね」
「まあ、普通じゃ無理だからな」
ジョブランク3の精霊術があったからこそだ。
これがなければ、【2つ星】でもこの記録は不可能だ。
俺が追放される前の『無窮の翼』でも無理だろう。
あらためて自分が手に入れた力の強大さを実感し、再度、精霊王様に感謝する。
驚愕している管理官のオッサンを置いてけぼりに、俺たちは冒険者ギルドへ向かった――。
◇◆◇◆◇◆◇
冒険者ギルドの扉をくぐる。
ギルド内は、夕方早い時間であるのにも関わらず、多くの冒険者で賑わっていた。
併設された酒場からは、既に出来上がった酔っぱらいたちの喧騒も聞こえてくる。
予定以上に攻略が順調に行ったり、レアなお宝を入手したりと調子が良かった日。
そんな日は無理をしないのが冒険者の鉄則だ。
調子が良い日ほど、「もう少し」、「後ちょっと」と無理をしがちだ。
そして、引き際を間違い、手痛いミスを犯す。
だから、調子が良い時こそ、早めに撤収するべきなのだ。
ここにいるのは今日の冒険が成功した者たち――。
レアな魔道具でもゲットしたのかもしれない。
欲しかった武器を買うための資金がようやく貯まったのかもしれない。
今日こそ、腹いっぱい食べられるのかもしれない。
いつもよりワンランク上の酒を飲めるのかもしれない。
娼館で溜まりに溜まった欲望を吐き出すのかもしれない。
故郷に残してきた恋人にプレゼントを送るのかもしれない。
実家へまとまった額の仕送りができるのかもしれない。
喜ぶ気持ちも分かるし、騒ぎたくなる気持ちにも同意だ。
やはり、アインスの活気は格別だ。
この街は冒険者の数が一番多いし、他よりも若い。
他の街の冒険者はもう少し落ち着いているのだが、この街は向こう見ずな若さのエネルギーで飽和しそうだ。
その熱気にあてられ、俺まで若返った気分になる。
「みんな若いわね」
「ああ。でも、ちょっと前までは俺たちもああだったんだぜ」
「そうだったわね」
シンシアが懐かしむような笑みを浮かべる。
「じゃあ、とっとと精算しちゃおう」
「ええ」
カウンターの窓口は、どこも長い列が出来ている。
普通だったら、精算のために行列に並ばなければならない。
だけど、俺たちにその必要はない。
今朝、ロッテさんに言われた通り、俺たちは特務窓口に向かった。
緊急事態を報告するための特務窓口には、もちろん、誰も並んでいない。
「あのー」
「ん!?」
特務窓口の担当者は書類に視線を落としている体を装っていたが、その頭はコクリコクリと船を漕いでいた。
まあ、暇なんだろうし、その気持ちは分からなくもない。
俺が声をかけると、担当者は慌てて飛び起きた。
「なんだっ!? 事件かっ!?」
「いや、違います。ロッテさんに取り次ぎお願いします」
「なんだよ。驚かせて。話は聞いてるよ。ちょっと待ってな」
俺が専属担当官任命証を見せると、担当者は一大事ではないことに安心したようだ。
「あら、ラーズさんとシンシアさん。お帰りなさい」
担当者に呼ばれ、ロッテさんがすぐにやって来た。
朝と同じく酷い目のクマだが、意外と元気そうな姿だ。タフだなあ。
「別室に移動しますか?」
「いえ、買い取りだけだから、ここで大丈夫です」
俺たちのやり取りを聞いていた担当者は、気を利かせて席を外してくれた。
空いた椅子に腰を下ろし、ロッテさんが尋ねてくる。
「何の買い取りでしょうか?」
「ああ、フレイム・オーガの魔石だ」
俺は小さな赤い魔石を差し出した。
今日はダンジョンを駆け抜けたので、道中の雑魚モンスターのドロップ品はすべてスルーした。
だから、今日の収入はこの魔石だけだ。
ロッテさんは魔石を受け取り、鑑定の魔道具にセットし、話しかけてくる。
「フレイム・オーガですか。まあ、お二人なら楽勝でしょうね。近くまで転移したんですか?」
「いや、チェックポイント記録は全部削除しました。初心に帰りたいのでね。第1階層からフレイム・オーガまで突っ走ったんですよ」
「…………。はい? お二人でですよね?」
「ええ」
「正直、驚きました。ラーズさんの新しい力は想像以上ですね。ちなみに、時間はどれくらいかかったんですか?」
「四時間ちょっとです」
「たった四時間で!?」
「ああ、邪魔なモンスター以外は全無視で、最短ルートを突っ走ったんです」
「それにしても、速すぎですよ。正式な記録はないですけど、間違いなく第10階層までの最速ですよ。どれだけ最速記録を出せば気が済むんですか……」
「まあ、俺たちは既に踏破済みですし、ズルしてるようなもんですよ」
ロッテさんは呆れ顔でため息をつく。
「なにはともあれ、お疲れ様でした。こちらはフレイム・オーガの魔石の買取金、3,000ゴルです」
ロッテさんが小さなトレイに硬貨と小さな紙切れを入れて、こちらに差し出す。
紙切れはギルドが幾らで何を買い取ったかが書かれた受取証だ。
精算に並ぶのは普通一人だ。
その一人がちょろまかすのを避けるための受領証だ。
魔石の報酬が3,000ゴル。
サード・ダンジョンの報酬には比べるまでもないが、この街なら豪華なディナーを食べることが出来る。
俺もシンシアもサード・ダンジョン時代の貯金があるし、今夜は報酬を豪勢に使いきろうと二人で決めてある。
昨日は時間も遅かったので、適当な晩飯で済ませた。
今日は時間もあるし、ゆっくりと豪華な食事が出来る。
久々の機会に、期待が膨らむ。
ちなみに、この街の物価だが、ギルドが支給している食事、黒パン・スープセットと黒パン・干し肉セットがどちらも50ゴル。
黒パンは歯を折るための武器なんじゃないかってくらいに硬いし、スープはくず野菜と肉の切れ端しか入っていないし、干し肉はひたすら、塩、塩、塩だ。
最低限の食事で、味も栄養も期待できないが、金のない駈け出しの冒険者はこれで過ごす。
冒険者登録してから最初の三ヶ月間は、一日二回無償で支給されるからだ。
寝床に関しても同様。ギルド建物に隣接した宿泊施設があり、板張りの床に雑魚寝で一晩100ゴル。それが三ヶ月はタダなのだ。
これには理由がある。
ファースト・ダンジョンの収入はだいたい一人一日当たり、階層数✕100ゴルなのだ。
冒険者は意外と出費が多い。
ポーション等の消耗品も必要だし、武具のメンテナンスにもお金がかかる。
第5階層を突破する頃までは、完全に赤字。
ギルドの支援なしでは、やっていけないのだ。
だから、三ヶ月以内に第5階層を突破するのが、最初の目標になる。
それを達成できないと、素質なしと見なされ、冒険者を辞めるしかない。
第6階層に至って、ようやく寝食に困らなくなるのだ。
――買い取りが済んだ俺たちはロッテさんに別れを告げる。
そのままギルドから去ろうとしたのだが、複数の視線を感じる。
どうやら、結構な注目を集めていたようだ。
普段は人が近寄ることがない特務窓口で話し込んでいたのだから、それもしょうがない。
しかも、担当者ではなく、受付嬢の中でも人気のあるロッテさんが相手だったからな。
俺たちの噂が広がるかもしれないけど、その頃には俺たちは次の街だ。
あまり、気にすることもないだろう。
そんなことを考えながら、俺たちはギルドを後にした――。
第5階層のセーフティー・エリアで居合わせた冒険者がギルド内でも二人を見ていて、早速話題になっていたりいなかったり。
次回――『勇者パーティー9:潰走』
勇者パーティー、潰走する姿を他の冒険者に見られちゃったよ。




