166 ヴェントンの回想5
――背中の違和感に、目を覚ました。
フカフカのベッドに寝ていた。
久しぶりすぎて、最初は理解できなかった。
最近の俺は酒場のテーブルで酔いつぶれるか、路地裏に寝転がるかだった。
それがベッドだと、昔はベッドで寝ていたと思い出したとき、空気の清潔さに驚いた。
生ゴミと吐瀉物とカビの匂い。
それが染み付いている俺の鼻が驚いていた。
澄んだ空気にアルコール臭。
場末の酒場の濁った泥のようなアルコール臭ではなく、汚れを清めるためのアルコールだった。
そこまで考えて……考えて?
今度こそ、本当の衝撃だった。
濁りきっていた意識が綺麗に晴れている。
夏の青空のように、どこまでも透き通っていた。
こんなに整然と物事を考えられる。
それが、なによりも、信じられなかった。
ガチャリと部屋のドアが開き、二人の男が入ってきた。
先頭の男が声をかける。
「よう。生きてるか?」
聞き覚えのある声だった。
憧れていた男の声で、さっき、腹に重い一撃をくれた男の声だ。
「アラヤさん……」
一番会いたくない相手だった。
いや、本当に会いたくないのは元パーティーメンバーだ。
とくに、アイツには……。
ともかく、彼らを除いて一番会いたくない相手であることは間違いなかった。
「スッキリしたか?」
一年前と同じ軽い話しぶりだった。
「俺は……」
「ガツンとくるヤツ、入れといたからな」
アラヤさんは注射を打つ手付きを見せる。
「アタマ、シャキッとしただろ?」
「…………」
「安心しろって、副作用はないからな……たぶん」
最後に余計な一言を付け加えて、こちらの反応を試す。
間違いなく、アラヤさんそのものだった。
「俺は――」
「話は後だ。まずはシャンとしてこい。ひでえ有様だぜ」
髪もひげも伸び放題。
着替えをした記憶もないし、ましてや、風呂に入ったことなんてなおさらだ。
「おう、後は任せたぞ」
アラヤさんはもう一人の男に告げると、俺を気にかけることもなく、さっさと部屋を後にした。
「立てますか?」
「ああ」
「では、ついて来て下さい」
男に連れられ、髪とひげをさっぱり切られ、風呂で全身の垢を落とされ、清潔な衣服に袖を通す。
鏡で見た自分は、一年前よりやつれ、痩せこけ、老けていた。
だが、こうやって格好を整えると、見た目だけはまともな人間に見えなくもない。
見た目だけだがな……。
男の話によると、俺が寝ていたのは冒険者ギルド併設の治療院だった。
身なりを整えられた俺は、ギルド建物の最上階の一室へ案内された。
過去に何度かきたことのある場所――ギルド支部長の執務室だ。
部屋の奥、立派な椅子に座ったアラヤさんはタバコを手に、紫煙をくゆらせていた。
俺が入ると軽く片手を挙げる。
「おう、サッパリしたな。まあ、座れや」
次回――『ヴェントンの回想6』




