56:対決①(ラファエル視点)
途中からラファエル視点になります。
ついに、ウルクハイ国王陛下へ正妃マリージュエル様のオーク様暗殺未遂を始めとした悪行の数々を告発しに行くーーー振りで、ウルクハイ陛下をピアちゃんの魅了の力で傀儡にしてしまおう大作戦決行の日がやって来た。
正妃様はゴブリンクス皇子殿下のやらかしの件でやってくるポルタニア皇国の方々との会談準備にかかりきりらしい。
ウルクハイ陛下を護衛している王家の影もすでにエル様の臣下になっているので、邪魔をされる心配はない。
「じゃあ行ってくるよ、ココ。護衛の騎士を離宮に何人か置いていくから、騎士達から離れないようにね」
「はい、エル様の離宮で大人しく待っておりますので、心配なさらないでくださいませ。エル様の計画通り物事が運ぶことを祈っておりますわ」
「ありがとう、ココ」
「大丈夫ですわよ、ラファエル殿下。わたくしもココレット様と共におりますから、安心してくださいませ」
「ええ。よろしく頼みますね、ワグナー嬢」
エル様がウルクハイ陛下のもとまで連れていくメンバーに、わたしは入れなかった。なにせピアちゃんの魅了の力はわたしの顔面力に破れてしまうので……。
エル様の側近としてドワーフィスター様とレイモンド、従者のフォルトさん、護衛にダグラスとルシファーとシャドー。告発メンバーとしてオーク様とルナマリア様と側妃サラヴィア様、オーク様の護衛としてヴィオレット様とサルバドル君、……かなりの大人数である。ワグナー宰相は正妃様の足止めもかねて手伝いをしているらしい。
ウルクハイ陛下のいらっしゃるもとまでこの大人数で行くと、異変に気付いた衛兵達が正妃様に報告する可能性が大きいので、それぞれバラバラのルートで行くらしい。
それでもバレてしまわないか、大変心配である。
「必ず母上に勝ってみせるよ、ココ」
「離宮で応援しておりますから……!」
次々と離宮から去っていくみんなを見送り、最後に出ていくエル様にわたしは手を振った。
こちらを振り返ったエル様も穏やかに微笑んで手を振り返してくださる。そして襟足辺りの金色の髪をサラサラとなびかせながら、去っていった。
「はぁぁぁぁ~……」
「ココレット様、心配ばっかりしてたってしょうがないじゃない。わたくしたちはやることをやりながら、吉報を待ちましょうよ。ゴブリンクス元皇子を監禁する屋敷の手配をするのでしょう?」
「ええ……。そうですね、アボット様の希望としましては、鉄格子付きの窓が絶対条件なんだそうです。鎖付きの足枷をゴブリンクス元皇子につけて、バストイレは自由に使えるけれど部屋の出入口には絶対辿り着けない間取りにしたいそうなんです……」
「不動産を幅広くやっている殿方の知り合いがおりますから、その方に相談に乗ってもらいましょう」
「助かりますわ、ミスティア様」
新たなミスティア様の親衛隊メンバーかな、と思いつつ、わたしは頷いた。
足枷付けられて監禁されるゴブリンとか、想像するだけで心が塩をかけられた青菜みたいにしなしなになっちゃうから、プロに任せよ~っと。
……どうか上手くウルクハイ国王陛下を魅了できますように。
▽
運命の巡り合わせとは、実に不思議だな。
私はふとそう思った。
ドワーフィスターとレイモンド、フォルトとダグラスを連れて、離宮からウルクハイ陛下がお過ごしになっている陛下専用サロンへと向かう。姿は見えないが、ルシファーとシャドーも付いてきているはずだ。
前回の人生で私は王都を襲撃したが、その最終目的は弟であるオークハルト陛下を殺害することだった。
その後のシャリオット王国を乗っ取ろうとしたわけではない。ただの自暴自棄と破滅願望で、私から奪われたもののすべてを破壊し尽くしてしまいたかったのだ。
そして今、こうして陛下のもとへ続く廊下を歩いていると、まるで前回の人生の復讐をやり直しているかのような気分になってくる。
前回の私が辿り着けなかった王宮の最奥部で、国王陛下の権力を奪う。
今回の私はまだ王太子の座に立ち、醜い男達以外にも多くの仲間が居る。ココだって今、離宮で私の計画の成功を待っているだろう。
違う道を選び、違う未来を求め、だがその通過点として私は国王陛下を討つ決断を下したのだ。
「だけど今回の私は、この国を破壊する為に陛下を狙うのではない……」
呟いた言葉は、皆の足音にまぎれて消えていく。
王がきちんとまつりごとをし、正妃が権力で他者を虐げたりしない、真っ当な国に戻す。
その為にウルクハイ陛下を傀儡にするのだ。
私たちが無事に陛下のサロンの扉に到着したときには、別ルートでやって来たオークハルト達と、騎士に連れてこられたピア・アボットの姿があった。
「皆、無事についたようですね」
私が声をかけると、全員がそれぞれ目で頷く。
「ラファエル殿下」
名を呼ばれて視線を向ければ、側妃サラヴィア様だ。
普段はおかしな男装姿で過ごしているサラヴィア様が、今日ばかりは女性物のドレスをきちんと着用している。
ポルタニア皇国風の原色使いのものだが、彼女の褐色の肌と橙色の髪や瞳によく似合っていた。こうしてきちんとドレスを着れば、少々迫力はあるが美しい妃である。
「サラヴィア様、そちらのドレスもよくお似合いですね」
「ありがとう。これからは妾も男装をやめようかと思っていてね。いつまでも腐った母国に囚われていても仕方がないであろう。
それに、正妃様が退かれるならば、妾もオークに関する心配事が減る。これからは妾が妃業務を担当しよう」
「それは大変有り難いです」
男装という格好のせいで敵も多かったが、元来の性格の良さでベルガ辺境伯爵家をはじめ、様々な味方がいた御方だ。
妃としてのきちんとした姿を見せれば、いままで疎遠であった貴族達とも距離が縮まるだろう。
もともと皇女としての教育を受けてきたのだから、妃業務も出来るはずだ。
母上の抜けた穴が埋まることに、私はホッとした。
「では行きましょう」
扉の両脇で警護していた二人の衛兵が、突然の大人数の訪問に戸惑っている隙に、ダグラスがその重厚な扉を押し開ける。
開かれたサロンから甘い香木の香りが流れ、入ってすぐ正面に見える大きな窓からは、陛下しか立ち入ることの出来ない緑豊かな庭園が広がっていた。窓の近くには巨大な鳥籠があり、赤や黄色の羽が鮮やかな小鳥がつがいで歌を歌っていた。
本来なら陛下が親しい相手を呼んで過ごすために存在するサロンだが、普通なら応接セットを置くべき場所に天蓋付きの巨大なベッドが設置されていた。
天蓋から下りるカーテンはすべて開けられていたが、ウルクハイ国王陛下はそこでクッションにまみれて横たわっていた。
「失礼いたします、ウルクハイ陛下。火急の用件のために参りました」
私は一歩前に出ると、ウルクハイ陛下に話を切り出した。
「……なんの用かは知らぬが、私はお前達に入室を許可しておらん。不敬であるぞ」
ウルクハイ陛下はクッションを抱き締めて寝転んだまま、そう答えた。
その姿は呆れるほどに怠惰であり、息を飲むほど美しかった。
オークハルトが歳を取ればこう成長するのだろうと想像させるような、絶世の美がそこにはあった。
私と同じ金髪と蒼眼でありながら、まるで別の色のようだ。光を纏ったように輝く髪は宗教画に描かれた創造神のそれと同じように見え、極小のその瞳は海の奥底に眠る宝物を思わせる。
その巨大な唇で微笑まれたら、貞淑な月の女神ですらウルクハイ陛下に恋に落ちてしまうのではないだろうか。
昼寝を楽しんでいたせいだろうウルクハイ陛下は、上半身裸で下半身に柔らかな生地の簡素なズボンを身に付けていただけだった。
目に毒なほどの色気に、耐性のないクライスト嬢が顔を真っ赤に火照らせてよろける。「ルナ!」と慌ててオークハルトが彼女を抱き止めた。
ピア・アボットがウルクハイ陛下の色気に惑わされていないか心配になり、彼女に視線を向ける。
ピア・アボットはチラチラと陛下の顔や体を見ながらも、「あたしにはゴブ様が居るんだから……、そうよ、あたしだけのゴブ様が、監禁されてあたしの帰りを待っているんだから……ぐふふ、ゴブ様にもこんなかっこいい格好をさせたい……」とブツブツ呟いている。
どうにか惑わされずにいるようでホッとした。彼女がウルクハイ陛下に堕ちてしまえば、私たちのために魅了の力を使ってもらえなくなってしまうのだから。
ウルクハイ陛下は面倒くさそうに私たちに視線を向ける。
「処罰される前に全員ここを去れ。火急の用とやらはマリージュエルに伝えておけ。あやつが上手く取り計らうであろう」
話をまるで聞く気のないウルクハイ陛下の態度に、私は内心で溜め息を吐く。本当にこの御方は働かない。
だがそれは本日までだ。
「その正妃マリージュエルがこれまでに行った数々の悪事を、告発しに参ったのです」
私の発言に、ようやくウルクハイ陛下の表情が変わった。
驚いたように豆のような小さな瞳をしばたたくその表情は、正妃の悪行を知らなかったからではない。
公然の秘密であるそれを、息子である私がわざわざ告発にやって来たことに驚いているのだろう。
さあ、始めよう。
この男を馬車馬のように働かせてやる。




