2話 復讐。
2話 復讐。
『――田中ロキ、ぬしが体験した絶望は、その天才的な頭脳を磨く理想的な糧。ワシの下で学びなさい。ぬしは、いつか、ワシを超える帝王になれる』
『……誰?』
『ワシは、ぬしの憎悪を昇華させる者。あまりにも【理不尽な悪意】で家族を奪われたぬしの痛みは尊い。田中ロキという天才を究極の魔女へと変えうる供物』
『……』
『ロキ。復讐を望め。世界に、ぬしの憎悪を教えてやるがいい。たぐいまれな天才であり、【この世の業】――【耐えがたい地獄】を知っているぬしにならできる』
『わ、わたしは……』
『今、決めよ、ロキ。時間は優しくない。未来を【粗悪なレプリカ】にするな。生まれもったその天才的頭脳と世界に対する憎悪を解放させよ。さあ、決断の時じゃ』
『……やる……やります。やらせて下さい。……わたし、この世界を許さない』
★
ロキは滔々(とうとう)と語った。
あの日、妹の出産を終えた母が退院したばかりのあの日。
「わたくしの誕生日でした。……ですから、退院祝いも兼ねた、少し豪華な食事に行く予定でした。高級ホテルのバイキングを予約して……かなり奮発したと笑ったお父様の顔をわたくしは今でも覚えています。わたくしは幸せでした……小さな妹の泣き顔も……クシャっとした笑顔も……全部、覚えています……覚えているんです……全部……全部……わたくしの記憶力は……抜群だから……いえ、そうでなくとも、きっと!」
ロキは語った。
あの日、何があったか。
「殺されました……お父様も、お母様も……『ルナ』も……」
当時、全く話題にならなかった大事件。
三人も殺されたというのに。
その中の一人は生まれたばかりの赤子だったというのに。
――詳細は、ほとんど報道されなかった大事件。
「犯人は……当時のわたくしの同級生でした……九歳の……子供です……」
★
『――やあ、ロキちゃん。どうだい? 死んでいるよ。君のママとパパと、そして、この赤ちゃん。ほら、ちゃんと確かめて。ちゃんと死んでいるから。はは! どう? 僕の、この手が殺したんだ。どうどう? 凄くない? 君のパパが小柄で助かったよ。もう少し背が高くて力が強かったら危なかった。やっぱ頭がいいだけじゃだめだね。それだけじゃ家族は守れない。僕みたいに狂気を孕んでいてこそ一流。ふふ……結構大変だったけど、僕は成功させた。見事、大人の男と女と、そして赤子を殺した。僕は、九歳だってのにさぁ! やっぱり、思っていた通り、僕も……僕だって天才だったんだ!』
『なんで……どうして……こんな事……』
『君が嫉妬に値する天才で、あと一番幸せそうだったから、かな。猟奇殺人は僕の命題だったんだ。で、殺すなら、君の家族しかないと確信した。これで、僕と君は同等だ。同じ天才。僕らは同レベルの超人だよ、あはは』
『……』
『ロキちゃん、まだ終わりじゃないよ。むしろ、ここからが本番なんだ。これから先の僕をちゃんと見ていてね。これからの僕は、完璧なアクター。好きな子の家に下着を盗みに忍びこんだら、その両親にバレて、混乱してしまい、捕まらないよう、近くにあった刃物を振り回して逃げようとした。その時、誤って刺してしまい、その母親がアヤしていた赤ちゃんも殺してしまう。でも! でも、僕は殺すつもりなんてなかったんだ! 僕は人を殺したいなんて思った事ない! ただ、混乱して、逃げようとしただけなんだ』
『……』
『どうだい? うまいものだろう? 必死に練習したんだ。想定通りに事が進めば、まあ、施設に半年って所かな――』
★
「――小さな手だった。生まれたばかりの命は、とても暖かかった。知っています? 赤ちゃんって、とてもツルツルしていますの……抱きしめた時、トクンと命が鼓動しているのが分かって……お母様はとても優しく、ルナを宝物のように抱きしめて、お父様は感動のあまり泣いていて……………………分かるか、無崎……分かるか……あの時の……わたしの気持ちが……」
怒りで顔が紅潮している。
噛みしめた奥歯。
その美しい瞳が鬼眼となって、世界を睨む。
無崎にすら匹敵する阿修羅の双眸が地獄を睨みつけている。
「加害者は九歳のガキ……つまり……ご存じでしょう。十二歳以下の子供は、刑事罰には問われません。どれだけ残忍で狡猾で醜悪であっても!!!」
加害者が九歳の少年だったので、児童自立支援施設に送られただけで済んだ。
おまけに、度を越してサイコパスだった加害者の少年は、
家裁で、判事に対し、全力で、
『殺すつもりなんてなかったんです! う、うぁあ……本当なんです! 僕、動揺して……殺すつもりなんて……ご……ご、ご遺族に……ロキちゃんに……なんてお詫びしたらいいか……あ、ああああああ!!』
サイコパスゆえの、涙さえ自在な、不備の無い演技をしてみせたため、
「入っていた期間は、本当に、たった半年です。信じられますか? 三人殺しているんですよ? その中の一人は赤ちゃんですよ? ………………ぃ、いい加減にしろ……」
泣くまいと心に気合いを入れていたようだが、
しかし、ロキの目からは涙が溢れた。
「それだけじゃない……それだけではないのです。あいつは――あのクズは、施設を出たその足で、わたくしの元に来ました。ホームセンターで購入した果物ナイフを片手に」
『どう、ロキちゃん。凄かったでしょう? 僕、凄かったでしょう? 僕も天才だったでしょう? でも、まだ終わりじゃないよ。これから、もう一度、あの世で、君の家族を殺してくる。さあ、閻魔様をどうやって騙そうか。タノシミダナァ』
「そう言って、あのサイコは、自分の首にナイフを刺しました」
あの時、自分の顔にかかった鮮血。
ドロっとした、濁りのない赤い血。
――悪魔の血も紅いんだな、なんて思った。
「あのクズは、わたくしから、復讐という、最後の希望すら奪った……あいつをこの手で殺すことだけが唯一の生きる希望だったのに」
必死に涙を止めて、
無崎に、『魂の深部から湧き上がる心痛を訴えよう』と、
「お偉い判事様は、あのカスの涙を信じて、あのカスを許しました。後から聞いた話ですが、あのカスの訴えを、涙ながらに聞いていたようです。そして、最後には、あのカスに同情したようです。ヤツが地獄へと旅立った数日後、その判事は、わたくしの元にきて、こう言いました」
『あの子が自殺という道を選んだのは、本気で反省をしていたからです。君は許してあげるべきだった。謝罪にきた彼に、君は、いったい何と言ったのですか? 許してほしかったら死ね、とでも? 最低ですね。許してあげられなかった君の心の弱さは……反省すべきです。彼を見習いなさい』
「は、はは……ははは………………ふ、ふざ、ける、な……」
体がまた震える。
憤怒に心がかきむしられる。
大きく、何度か深呼吸をしてから、
最後にもう一度だけ、スゥっと息を吸って、
「この世界は歪んでいる。狂っている。わたくしはそれを知っている……だから、お爺様がその黒い手を差し伸べてくれた時、わたくしは迷わず決断したのです。この世界に、わたくしの『憎悪』を……わたくしの『悪』を教えて差し上げようと。判事、検事、警察、官僚、政治家……不完全な法令しかつくれないド低能どもを皆殺しにして、絶望しか産まないシステムや無秩序極まりないルールを、すべて破壊してさしあげようと」




