38話 ゾーン系はレアすぎる。
38話 ゾーン系はレアすぎる。
『龍名誓子』は、中学一年の春――十二歳の時に、三段リーグをくぐりぬけて、史上最年少で『プロ棋士』となり、高二の現在、最年少でタイトル戦に挑戦する事がほぼ確定しているという超天才棋士である。
龍名は、女子高生でありながらA級のプロ棋士として盤の前に座るという特異な日々を過ごしつつ、対局がない日は、異世界で野究カードを探すという毎日を過ごしている。
今日も、彼女は、Pワールドで野究カードを探していた。
(やっぱり、『直接的に将棋が強くなる汎用野究カード』は無いのかなぁ)
彼女にとって大事なのは勝つ事だけ。
正々堂々という概念はどうでもいい。
使えるなら、チートも裏技も惜しみなく使い、
勝利という結果だけを貪欲に求め続ける。
友達などいらない。
将棋以外の娯楽には一切興味がない。
当然、恋人もいらない。
(まあ、別にいいけど。棋力を直接あげるカードはなくても、時間を操作できる野究カードならあるから。ただ、ゾーン系はレアすぎるのが問題なのよねぇ……これだけ探索しても一枚しか見つからないとか、入手難易度高すぎでしょ)
汎用野究カードの中には、一秒がそれ以上に感じたり、数秒だけ時間を止めたり出来る、俗に『ゾーン系』と呼ばれている時間系の野究カードも存在する。
(未来が見えるゾーン系さえあればなぁ……相手の手を読む必要がなくなるから、すごく楽なんだけど)
「――こんにちは、龍名さん」
背後から、ふいに声をかけられて、
龍名は、ビクっと体を震わせる。
――ここは、異世界の人々が行き交う商店街の、ザワつく喧噪の中。
それなのに、『彼女の声』はハッキリと聞きとれた。
聞き覚えのある声。
闘手であれば、誰でも知っている悪。
強力な野究カードを大量に保有し、『大々的』に『己は悪である』と公言している、頭がおかしい女。
卒業後には、野究カードを駆使して、世界のすべてを『己の悪で染め上げる』などとのたまっている邪悪な魔女。
実際、野究カードの奪い合い等で、多くの闘手が彼女に殺されかけている。
未だ死人が一人も出ていないのは、正義の執行者を自任する夜城院が、バイ〇ンマンに対するアン〇ンマンのように『ロキの枷』になっているから。
もし、夜城院がいなければ、ロキの手によって、複数人の闘手が命を落としていただろう。
「……ろ、ロキ……」
「交渉をしたいのですが、よろしいですか?」
「交渉?」
そこで、龍名の優秀な頭脳がフル回転する。
ロキの態度や、最近校内で蔓延している『億劫な噂』などを積み重ねていけば、すぐに――
「……ああ、なるほど。無崎を潰す協力要請ね」
「流石、先を読むのがお上手ですわね。尊敬いたしますわ」
「おちょくられるのは気分が悪い。本題だけ、たんたんと話してほしい」
「相変わらず、つれないですわね」
「ちなみに、わたしは、『あなたと無崎は決裂する』と思っていた。噂のキ○ガイヤクザは、多分、あなたとは少し違う悪」
「おっしゃる通り。彼とわたくしでは、同じ悪でも、ベクトルの方に、大きな違いがあります」
「だから、あなたは無崎を排除したいと願っている。――了解。手を貸す。協力する理由は、断ってあんたに睨まれたくないし、わたしも、あの腐れヤクザが怖いから」
「エクセレント!!」
「で、いつやるの?」
「まだ、超特待生の皆様を勧誘している段階ですので、ハッキリとは申し上げられません。決定しだい連絡させていただきますわ」
「……了解」
良き返事に満足気なロキの背中を見送った後で、
龍名は、
(あのロキが、あれほど無防備な姿を晒すなんて……よっぽど追い込まれている? もしかして、無崎は、わたしの想像以上にヤバいやつ?)
そんな事を考えていると、
「こっちっすよ、センセー。あそこの店っす」
((異世界のメシかぁ……まあ、イヤじゃないんだけど、本当に美味しいの?
「正直、そんなでもないっすね」
((えぇ?! じゃあ、なんで連れてきたの?!
(――ひぃっ! 佐々波と無崎?! なんで、ここに?!)
二人の姿を見つけた龍名は、その場でビシっと固まった。
会話の内容は聞こえないが、
どうやら『何か』を探している。
(ま、まさか、ロキ側についたわたしを排除しに?! ひ、ひぃい……)
ビビって動けなくなっている龍名に、
ドンドンと近づいてくる二人の悪魔。




